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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百十八話「飛行練習と貝殻探し」

 深い深い青空のてっぺんから、いっそうと眩しく降りかかる日差し。手を翳せば血管の動きが見えてしまいそうなほどの光を目を細めて見上げながらも、私は遠くの空に見える橙色と赤色の方へと視線を向けた。悠々と飛び回る橙を、赤色が時折覚束ない動きを見せながらも追いかける光景。すなわち、レゴさんとヒナちゃんの飛行練習の図を。

 赤が橙を追いかけて追いかけて、追いつけなくなっては橙が歩み寄る。その光景を見ていると、レゴさんにヒナちゃんの飛ぶ練習を任せたのは正解だったと改めて思えた。遠い空には、どう頑張ったところで私じゃ手が届きそうにない。もしあそこでヒナちゃんが一人危ない目にあったらと思えば、ぞっとしないものである。なんせ翼のない私では、あの空まで助けには行けないのだから。


 あの時、ヒナちゃんとの話が纏まった後。シロ様が帰ってくると同時に私達は早速飛行練習兼ピクニックに赴くことにした。シロ様と殆ど同時刻に帰ってきたレゴさんも誘って。勿論レゴさんに何か予定があれば誘うのは諦めようかと思っていたのだが、誘いをかければ褐色肌の気のいいお兄さんは速攻で「いいぜ!」と頷いてくれた。相変わらず面倒見がよく優しいお兄さんである。

 出てくることをミーアさんやレーネさんに伝え、街で昼食代わりの軽食を取った後に、私達はあの日気球で着陸した砂浜へと来ていた。私の考えた通り、初めて飛ぶ練習をするのであれば開けた場所のほうがいいらしい。そうして今、ヒナちゃんとレゴさんは特訓中というわけである。空についていけない私は何をするでもなく、暢気に空を見上げているのであった。


「ミコ」

「……ん?」

「焼けるぞ」


 先生役を快く引き受けてくれたレゴさんに何かお礼を考えておかねばなと、そんなことを思って。しかし空を見上げていた私の視界は、突然白色で覆われる。近くから聞こえてきた声に視線を向ければ、そこには傘を持ったシロ様が立っていた。フリルで彩られた可愛らしい傘は彼の見た目にこそあっていたが、シロ様の中身を知る私としては妙にアンバランスに思えて。


「……傘? 買ってったっけ?」

「海辺に行くと言うと宿の姉のほうが貸し出してくれた。日焼けは痕になると痛むと」

「ああ、確かに私も痛くなっちゃうタイプだな……シロ様の肌も白いし、レーネさん気を遣ってくれたんだろうね」


 見覚えのない女子力の高そうなアイテム。果たしてそれはどこから現れたのか。けれど答えは思ったよりも単純だった。成程、出る時にレーネさんから借りてきたらしい。私がミーアさんからガッドさんお手製のクッキーを頂いている内に、あの頼りになるお姉さんは気を回してくれたようだった。尊敬ポイントが留まるところを知らない。

 私の中のレーネさん株がストップ高を更新していく中、シロ様はそっと私に座るようにと促してきた。言葉なんて無くても、軽く肩を押されて視線を下げられれば意図は伝わる。その指示に大人しく従って、いつのまにやら彼の羽織が敷かれていた砂浜へとすとんと。すると傘を持ったままの少年は、そのまま私の隣へと収まった。白い布地で作られた影は、私の方へと傾けられる。


「紳士だねぇ」

「お前の体を気遣うのは我の義務だ」

「義務って……そこまで心配しなくても」


 羽織越しとは言えそこまで熱く感じない砂浜に若干の疑問を感じつつ、まぁそんなのは些細ごとかと私はシロ様をからかうように笑ってみせた。しかしそんなからかいに隣の少年が動揺することは無く。あたかもそうすることが当然だと言わんばかりの表情を浮かべるシロ様。義務て。別にそこまで徹底管理をされるほど弱くはないのだが。……いや、シロ様から見た私は恐らくめちゃくちゃにか弱いのだろうけれど。


「……冗談だ。ただ、過ぎた日焼けは火傷と変わらないらしい」

「ああ、そうだね」

「後から痛い痛いと喚かれてはかなわないからな」

「あはは、そこまで子供じゃない……はず」


 さりとて、流石に義務というのは冗談だったらしい。ふっと口元を緩めた少年が、こちらを見て僅かに瞳を細める。珍しい、ちょっと意地悪げな笑顔だ。先程のからかいに対する仕返しなのかと思えば、悪い気分にはならなかった。なんせ仕返しをしようと思えるほど、シロ様の情緒が育ってきている証拠でもあるので。

 笑みを零して否定をしつつ、内心では完全に否定はできないかもしれないなんて苦笑を浮かべ。そして私はそのまま一度砂浜の方へと視線を向けた。波打ち際では白い何かがぴょこぴょこと走っている。どうやらフルフは綺麗な貝殻を見つけようと躍起になっているらしい。いつだってその時間を楽しもうとするガッツは見習うべきものがあるな、と小さな体で懸命に進む姿を見守り。


「ピュイ!?」

「あっ……!?」


 しかしハプニングは突然と起こるものだ。突如として高くなった波が、フルフを攫っていこうとその魔の手を伸ばす。遠くから聞こえてきた悲鳴のようなどこか間の抜けた鳴き声。けれど悲鳴の暢気さに比べ、あの状況はあの子にとっては大のピンチである。急いで助け慣ればと咄嗟に立ち上がりかけたところで、だが隣の少年の方が私よりもずっと速かった。傘が私の首に掛けられると同時、目にも見えないスピードでシロ様は波打ち際まで走っていく。


「……全く。近づきすぎだ」

「ピュ……」


 そうして迷いなくその手は、波でどこかに流されていきそうだったフルフを掴み上げた。海水に足首を浸からせつつ、片手は毛玉をがっしりと。呆れの滲んだ叱咤の声に、フルフは体を縮ませた。もっとも海水でびしょ濡れになった姿では、それがいつもより本当に小さくなっているのかいないのかはわからなかったが。

 とりあえず、無事だったことに安堵する。つい微笑ましくて見守ってしまったが、あの小さな体では溺れるどころか小さな波にすらも攫われる危険性があるのだった。今はシロ様がたまたま間に合ったから良かったが、危険がある以上近くで見守っておく必要があるだろう。そう考えた私は傘を手に持つと同時、一人と一匹の方へと近づいていった。


「二人共、大丈夫?」

「問題ない」

「ピュイ……」


 砂浜の上でも歩きやすいブーツに感謝しつつ、波打ち際に立つシロ様とその肩でぺしょりと沈むフルフの方へ。声を掛ければ、凛然とした声としおしおとした頼りない声が返ってくる。対称的なそれに苦笑を零しつつ、私はシロ様の肩にいたフルフをひょいと持ち上げた。それと同時に傘をシロ様の方へと預け、もう片方の手で懐からハンカチを。びっしょりと濡れてふわふわを失った体を拭いていく。どれくらい効果があるかはわからないが、何もしないよりはマシなはずだ。風邪を引いてはいけないし。


「……はい、これでいいかな」

「ピュ!」

「ふふ。危ないから、私と一緒に貝殻を探そうか」

「ピュイ!!」


 あらかたと拭き終えて、問題はないかと問いかける。元気なお返事から察するに、濡れた不快感は大体は取り払うことができたのだろう。よしよしと撫でれば、擦り寄ってくる毛玉。すっかりと元気を取り戻したのか、鳴き声ももう先程のしおれたものではない。

 さて、せっかくここまで来たのだからフルフの貝殻探しに協力と行こうか。この子が食べ物以外に熱を上げるのは珍しいし、もしかしたら何かの目的があるのかもしれない。ヒナちゃんの様子は気にかかるが、私が見上げていたところでどうすることもできないし。


「シロ様はヒナちゃんを……」

「ミコ、上を」


 けれどやっぱり心配は心配なので、ヒナちゃんの見守りをシロ様に任せようとしたところ。運動神経が平均以下の私では何も出来ないが、シロ様ならば万が一ヒナちゃんが落下しても今みたいに助けることが出来るだろう。しかし私のそんな考えを悟ったのか、返ってきたのは静かな声で。

 上。それに釣られるように空を見上げた私は、けれどそこに広がっていた光景に目を大きく見開いた。見上げた先には赤い翼と橙の翼。それは先程と変わらない。だが変わったことが一つ。それは赤い翼の動きだ。先程までのまごついた動きはどこへやら、赤は青空を堂々と闊歩する。まるで空は自分のものだと言わんばかりのその動きは、先程の彼女からは想像ができないもので。


「……ええと、飛ぶの本当に初めてだよね?」

「赤い翼というのは、ああいうものなんだろう」


 正しく華麗と呼ぶのが相応しい飛行に、思わずと呆気に取られた声を。気づけばヒナちゃんはレゴさんに置いていかれることもなく、寧ろ迫る勢いで空を自由に飛んでいた。想定外にも空は彼女にとっての庭だったらしい。シロ様とて一応納得の体は取ってはいるものの、声音の奥には密やかな驚きが見える。その感情は、とてもよく理解できた。


「一応定期的に見てはおくが、それよりお前たちの方が不安だ」

「……一応聞くけど、どうして?」

「お前が付いているなら波はどうにかなるかもしれないが、海から魔物が近づくかもしれないだろう」


 つまりシロ様が言いたいのは、あんなにも自由に飛べるようになった上レゴさんが付いているヒナちゃんよりも、私とフルフの方が心配だということである。私の方がお姉さんだし、糸くんもあるのになと一瞬反抗心が芽生え。しかしごく小さなそれは魔物という言葉によって瞬時に萎れていった。今の私になら魔物をどうにか出来る力はあるのだろうけれど、どうにかする自信は現状無い。そういえば海に住む魔物も居るのだなと、そう考えれば不安は一瞬に胸の中に根付いた。どう考えたところで、シロ様に一緒に居てもらった方が安全である。


「……お守り、お願いします」

「拝命した」


 歳下の少年にお守りをさせる自分が情けなくなりつつも、ぱんと両手を合わせて拝めば寛容な少年はさらりと受け入れてくれて。それと同時に差し出された傘にお邪魔させていただきつつ、私はシロ様とフルフと一緒に貝殻探しというお宝発掘に勤しむことにした。素敵なものを見つけたらリースの飾りやらキャンドルのアクセントなんかに使って、ミーアさんたちへのお土産にしてもいいかもしれない。

 時折傘の隙間から空を見上げて、悠々と飛び回る赤と橙を視界に収めつつ。そうして私達のお宝探しは、空が二人の羽の色のような暖色に変わるまで続くのであった。なんせ飛ぶのに夢中になっていたのか、二人は夕方になるまで地上に降りてくる気配がなかったので。

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