表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
120/483

百十六話「突然の打診」

 シロ様とそんな話をした翌日。気づいたら寝入ってしまっていた私は、真ん中のベッドで目を覚ました。自分でベッドに戻った記憶がないので、恐らくはシロ様が運んでくれたのだろう。また頼りになるお姉さんへの道が一歩と遠のいたことを感じつつ、私はカーテン越しからでも伝わってくる日差しの眩しさに目を細めた。成程、本日もウィラは快晴らしい。

 さて、今日は何をしようか。目的であった朱の神楽祭りは延期によって確か五日後にまで伸びてしまった。つまりそれまではこの街に居るということだが……特にやることがない。旅のための物資は昨日の買い物でついでにと買い込んでしまったし、強いて言うなら観光くらいか。けれど確か昨日立ち寄った店でのうわさ話を聞くに、祭りの準備に向けて今日から閉店してしまう店が多いらしいし。


「……うーん」


 でもまずはともかく身支度からか。そう考えた私はベッドを降りて立ち上がると同時、左と右のベッドに視線を向けた。右のベッドの一人と一匹の住人たちは眠る前に見たのと変わらず、健やかな寝息を立てている。確か幻獣人は長い睡眠時間を必要としないらしいが、子供となると話は別なのかもしれない。何にせよちゃんと眠っているのは良いことである。

 なんせ、左のベッドの住人はそこからもう姿を消していたので。また訓練か何かに勤しんでいるのだろうか。勤勉な彼の姿勢には目を瞠るものがあるが、もう少ししっかりと休んでほしい気もする。いや、私が頼りないのが良くないのかもしれないが。例えば私が筋骨隆々としたマッチョだったら、少しはシロ様も……いや、ないか。


「ヒナちゃん、朝だよ。フルフも」

「んぅ……おねえ、ちゃん」

「ピュ……」


 私がどんな人物であったとて、シロ様がその在り方を変えたりはしないだろう。そういう少年だ。頭に過ぎったマッチョの自分という悪夢の想像を振り払いつつ、私は簡単に髪を整えた後にヒナちゃんの体を揺さぶった。ぽんぽんと、優しく肩を叩く。すると寝付きの良い一人と一匹は、そんな声掛けだけで大きな目を眠たげに開いて。


「よく寝れた?」

「うん……」


 もぞもぞと起き上がるヒナちゃんと、それを真似するかのようにぷるぷると震えるフルフ。なんとも微笑ましい光景に思わず口角を上げつつ、私は乱れたヒナちゃんの髪の毛を直すことにした。肩まで伸びたふわふわの髪はその性質上寝癖が付きやすいのか、あっちこっちと乱れている。寝相が悪いようには見えなかったので、やっぱり髪質の問題なのだろう。

 ベッドに乗り上げ、寝ぼけて目を擦るその子の後ろに回る。そうしてブローサの街で日用品を揃える時に買った櫛を、そっと艶の戻った赤髪に通した。すると時折引っかかりながらも、櫛はゆっくりとふわふわの髪の間を滑り落ちていって。


「痛くない?」

「……ううん。ありがとう、お姉ちゃん」


 子供だったのが幸いしたのか、ここ一週間の内に兵舎から出された食事と私達の差し入れの効果でヒナちゃんの状態はかなり改善されていた。痩せぎすで骨が浮いていた手首やら足首は僅かに丸みを帯びて、全身の切り傷やら擦り傷やら打撲痕も薄れている。特に髪の毛やら片耳の変化は劇的とも呼べるものだった。私が通う間も毎日手入れを欠かさなかったのが功を奏したのか、あのふわふわの代名詞とも呼べるフルフにも負けず劣らずの質感を取り戻したのである。魅惑のふわ髪というやつだ。


「ピュピュ!」

「うん? 貴方もしてほしいの? それならヒナちゃんにやってもらう?」

「っ、やりたい……!」

「ピュ!」


 最初は戸惑っていた様子のヒナちゃんも、今では私からの手を当たり前のように受け入れてくれている。努力の賜物とはまさにこのことだ、なんて素直に櫛を通っていく髪の毛にしみじみと実感しつつ。しかしそこで鳴き始めた小動物の方へ、私は視線を下ろした。

 ぴょんぴょんと飛び跳ねて何かを訴えたい様子。茶色の瞳はどこか羨望に輝いているような。そこから察せられることと言えば、寂しがりのこの子らしく私達のこの時間に参加したいのかなということで。尋ねるついでに提案を呼びかけてみれば、赤と茶色の瞳はキラキラと輝いた。どうやら二人にとっての正解を導けたらしい。さて、二人がしたいというならば答えは一つだろう。


「……何をしている」

「おかえり。シロ様も参加する?」


 その後、予備の櫛を取り出して三人で毛繕いと洒落込んでいた私達。後ろから見ているだけでもヒナちゃんの表情は楽しそうで。この子は誰かに尽くすということが好きなのかもしれないなんてことを考えつつ、私はそのタイミングで帰ってきたシロ様の呆れ顔に笑顔を返した。生憎と誘いは断られてしまったが、私達を眺める少年のその表情は穏やかだったということをここに記しておく。











「そんな楽しそうなことしてたなら、私も混ぜなさいよ!」

「ええ……だいぶ無茶ですよ、ミーアさん」


 そんなこんなで朝の身支度を終え、朝ご飯へと食堂に降り立った私達。朝ということで宿泊のお客さんしか居ないせいか、暇そうな様子のミーアさんは私の話を聞くと同時に腰に手を当てた。ヘーゼルの瞳は眇められ、頬は子供っぽく膨らむ。どうやら仲間はずれにされたことにご立腹らしいが……残念なことにミーアさんには仕事があるだろう。いくら朝の時間が暇とは言え、完全に抜け出すことは許されないと思うのだが。


「客に絡むな」

「っいだ!?」

「おまちどうさん。昨日は眠れたか?」

「はい、お陰様で。改めて、昨日はありがとうございました」


 やっぱり許されなかったらしい。本日のガッドさんから繰り出されたデコピンにミーアさんは壁へと沈む。最初は心配になったものだが、これがこの食堂で馴染みの光景であることはこの一週間でよくよく知ってしまった。そして、大概にミーアさんが頑丈なことも。

 運ばれてきた四人分のメニュー。本日は皆揃って朝定食、と呼ばれる焼き魚と味噌汁とご飯、それに副菜が二種類のセットである。焼き魚と副菜のメニューは毎日がランダム。本日は何らかの白身魚とれんこんのきんぴら、それときゅうりの酢の物のトリオらしい。朝のメニューも色々とあるが、結局はこれが一番という結論に至ってしまった。なんせ味が美味しい上に健康的なメニューなので。


「気にするな。ちっさい嬢ちゃんも大丈夫だったか?」

「……うん。ベッド、ふわふわだった」

「そうかい。レーネが聞いたら喜ぶだろうな」


 私はともかく、二人はまだまだ成長期。それならばバランスよく食べてすくすくと育ってほしいものである。無論、他に食べたいものがあるのならば強制したりすることはしないが。内心で本日も美味しいご飯に舌鼓を打ちつつ、私は拙くもガッドさんに報告をするヒナちゃんを微笑ましく見守っていた。いいお父さんであるガッドさんと小さなヒナちゃんの交流はなんとも心がぽかぽかする。一見、年の離れた親子のようである。


「ああそうだ。嬢ちゃんたちに……というかちっさい嬢ちゃんに話したいことがあったんだよ」

「え? ヒナちゃんに……ですか?」


 しかしほのぼのとした雰囲気に、そこで亀裂が入る気配。先程までの子供を見て緩んだ表情はどこへやら、何かを思い出してか厳つい雰囲気を取り戻したガッドさんに私は釣られるように表情を引き締める。ヒナちゃんに話したい話。現状厄介事くらいしか思いつかないのだが、大丈夫だろうか。例えばオレンさんが諦めきれず、再び変なちょっかいを出してきたとか。去り際の様子を思うに考えにくい話ではあるが、それが表面上のものでしかなかった可能性も無くはないのだ。


「……そう警戒しなくても、悪い話じゃない。あんたらからしたら少し面倒な話かもしれないがな」

「面倒……?」


 けれどがしがしと頭を掻いたガッドさんの様子を見るに、そういう話ではないらしい。警戒の表情を浮かべた私とシロ様、それと不安そうなヒナちゃんの顔を見回したガッドさんの眉は困ったように垂れ下がった。ちなみにフルフは話などガン無視で食事を続けている。マイペースここに極まれり、というやつだ。

 まぁ今はフルフの様子はどうでもいいのである。悪い話ではない、しかし面倒な話かもしれない。それでいて、ヒナちゃんをメインに据えられた話。それは一体何なのか。考えてみても答えは出ず、私は促すようにレゴさんを見上げた。こればかりは話を聞かなければ判断できそうにない。すると私の表情から感情を読み取ったのか、ガッドさんは心得たと言わんばかりに頷いて。


「朱の神楽祭が五日後に開かれるのは知ってるな?」

「えっと、はい。今日からお店もそれでお休みになるところが多いって……」

「生憎宿は年中無休だがな。それで、嬢ちゃんに頼みたいことが合ったんだよ」


 そうして語られたのは朱の神楽祭のこと。意外な切り口に首を傾げつつも相槌を。愚痴るかのようなガッドさんに苦笑を零しつつも、切り出された本題に私達は表情を引き締めた。朱の神楽祭にまつわる、ヒナちゃん宛の話。果たしてそれは一体何なのか。


「嬢ちゃん、良かったらなんだが……朱の神楽祭に出てみないか?」

「え……?」


 しかしその後ガッドさんから切り出されたのはまったくもって予想外の要件で。突然の打診に、おろおろとしていた少女の瞳は見開かれることとなったのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ