表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
119/483

百十五話「不可解な死」

 そのまま楽しい時間はあっという間に過ぎていった。ガッドさんの美味しい手料理に舌鼓を打ちつつ、シロ様やヒナちゃんと話して。時折ミーアさんの暴走をレーネさんと止めつつも、レゴさんやフェンさん一家となんでも無い世間話を交わす。自分が楽しいのもそうだが、それ以上に嬉しかったのはヒナちゃんの表情。初めて見るものや食べるものに瞳を輝かせては、拙くも誰かの言葉に応じて。

 人形みたいだった女の子が今、一人の人間として歩き始めている。胸元で揺れる簪のように、心を揺らしながら。その姿を見ていると、ミーアさんの言う通り歓迎会を開いて良かったと思った。尊敬できる年上のお姉さんとして、清く正しくヒナちゃんを導いていきたい。そんなことを改めて心から思えたから。


「……寝た、かな?」

「ああ。疲れていたんだろう」


 ……まぁ、尊敬できるお姉さんとしての道は今ヒナちゃんが歩いている道よりも遥かに遠い気もするが。一時間ほどの宴会を終え、現在私達は部屋へと戻ってきていた。ちなみに今の部屋は二人部屋ではなく三人部屋である。なんでもヒナちゃんが増えることを考慮して、レーネさんが予め部屋を用意しておいてくれたんだとか。部屋に関してはすっかりと失念していたので、正直に言えばとても助かった。最悪ヒナちゃんと二人で寝れば良いかもしれないが、それだと人馴れしていないヒナちゃんが疲れてしまうかもしれないし。

 レーネさんこそが尊敬できるお姉さんの理想像なのかもしれない。頼りになる気遣い上手の美人なお姉さんに感謝しつつ、私はベッドの上で健やかな寝息を零すヒナちゃんを見て微笑んだ。枕の上にふんわりと広がった赤い髪。その近くでは真っ白な毛玉がちょこんと鎮座し、同じような寝息を立てている。どうやら今日はヒナちゃんと一緒に寝るつもりらしい。


「……ミコ、少しいいか?」

「ん?」

「話したいことがある」


 たくさん食べては色んな人に絡みに行ったフルフと、今日は初めてのことばかりだったヒナちゃん。きっと楽しくはあったのだろうけれど、二人共それですっかりと体力を消耗してしまったのだろう。小さな二人の穏やかな眠りを妨げないようにと暫く見守っていれば、そこで後ろから声が掛けられた。静まり返った夜にさえ消えていきそうなほど、小さな声。振り返れば一番離れたベッドに腰掛けたシロ様が、こちらを見つめている。


「どうしたの?」

「……奴の話だ」

「……うん、わかった」


 自動的に真ん中のベッドに私が寝ることが決定してしまったな、なんてことを考えて。しかしそんな暢気な思考は真剣味を帯びた低い声で一気に流れていった。奴の話。このタイミングでシロ様がそんな言い方をする人物は、一人しか居ない。

 そっとヒナちゃんに掛けられた毛布の乱れを正しつつ、立ち上がると同時にシロ様の方へ。以前より少しばかり広くなった部屋に小さな違和感を感じつつ、私は自分用と決定した真ん中のベッドの前を通り過ぎた。内緒話をするのならば距離は出来るだけ近いほうが良い。そんな思考のままに歩み寄って、シロ様が座るベッドの隣にぽすんと腰を掛ける。軋むスプリング、けれど隣の少年の体幹は一切と揺らがないまま。左右で揃わない瞳が、静かに私を見上げた。


「……兵舎では自殺と断定されたらしい」

「……そっか」


 低く、静かに。私にだけ、聞こえるように。主語を整えない口調は、いつものシロ様の話し方。すっかりとそれに慣れてしまった自分に内心で苦笑しつつも、私はその言葉に瞳を細めた。

 自殺。それをしたのは、あの黒い髪の男。ヒナちゃんを散々と傷つけて、あまつさえ殺そうとまでしたあの男。奴隷騒ぎの犯人たちの中でリーダーのような役割を務めていた彼の名前を、結局聞くことすらできなかったなぁなんて考えて。名前も知らないくせ、酒焼けた声と淀んだ緑の瞳は未だ印象として私の心の中に深く残っている。はっきり言ってしまえば好ましく思えるところなんて一つもなかった、大嫌いな人。その人は一週間前……捕まった日の翌日の朝に、兵舎の中で死んでいるのが発見されたらしい。そうして兵舎側はその死を調べ尽くした結果、自殺と断定した。シロ様が伝えたいのはそういうことである。


「あの時聞いたの?」

「ああ。仲間の男は嘘を吐いておらず、状況的にも他殺は不可能。手段があった自殺が一番現実的だ」


 恐らくは私がヒナちゃんと話している間、交渉の際にでも話を聞いたのだろう。淡々と語るシロ様の話に相槌を返しつつも、私は顎に手を当てて考えた。一応は関係者ということでその時の状況はいくつか聞いている。なんせ私は男に、後日面会ができるようにと頼んでいたのだ。こう言ってしまえばなんだがオレンさんと話す機会はいくつもとあったし、その時にだって何度か男の話を聞いていた。恐らくは彼にとっては、ヒナちゃんを連れて行かれないようにとの必死な時間稼ぎだったに違いないだろうが。


「……自殺、か」


 まぁ今はオレンさんのことよりも、あの男の死因についてだ。状況を整理しよう。聞いた話では確か、牢を見張っていた兵士は三人。男の牢屋の周りには同じ事件の犯人たちが捕まっていた。その誰もが、男の牢に近づいた者を見ていない。つまり男は牢の中で一人で死んだ。

 死因とされているのは、呪陣による生命力の枯渇死。法力を吸われ過ぎた結果、生命力までも吸われることになった男の死体はまるでミイラかのように干からびていたらしい。当然本物の死体を見てはいないが、それがどれだけ凄惨な姿だったかを想像するのはあまり難しい話ではないだろう。夏場にアスファルトの上で干からびてしまっている蛙を見るのは珍しい話ではない。恐らくは、それの人間版という話だ。


「腑に落ちない、か」

「……うん。そういうことをしそうな人には、思えない」


 人は通らなかった、男が誰かと揉めたような声を聞いたものは居ない、自殺するための道具は牢の中にあった。兵舎が断定したのもわかるほどに、状況は全て男の死因が自殺だったことを語っている。けれどどうしても私は納得できなかった。シロ様の言う腑に落ちない、が正しいかもしれない。そう、腑に落ちないのだ。

 思い出したくもない姿を思い出してみる。常に横柄な態度で怒鳴り散らし、暴力に何の躊躇いもなかった彼。付き合いこそ短かったが、彼が自分さえ良ければ他はどうなってもいいと考える人種であろうことはなんとなく察しが付く。上のお偉方、一瞬上司の存在を仄めかした時だってそこに敬意は感じ取れなかった。そんな彼が情報が漏れないようになんて、自殺をするだろうか。しかもわざわざ苦しいと知っていた呪陣の性質を利用して。


「例えばそうだな……法術で姿を消した誰かが殺しに来た、っていう方が納得できるかも」

「……気配だけならばともかく、姿を消すのはかなり難易度が高いだろうな。牢の中ならばいくら気配を消しても姿ははっきりと見える。誰も刺客の姿を見ていない以上、気配を消しただけという線も薄い」

「そっかぁ、じゃあナシだね」


 しかし残念なことに私の推測はハズレらしい。成程、いまいちピンと来ないが、シロ様が言い切った当たり姿そのものを消す法術とはかなり難しい話なのだろう。それならば結局あの人は自殺してしまったのか。いまいち腑に落ちないが、たかだか一日か二日過ごした私の印象と状況証拠じゃ軍配が上がる方は明らかだ。探偵には向いてないらしいと苦笑を浮かべつつ、私はそのままぱたりと背中からベッドに倒れ込んだ。慣れないことを考えたせいか疲れてしまった。人の死について考えるなんて、正直に言えば苦手な分類なのに。


「……大丈夫か?」

「……うーん、あんまり。手、繋いでくれる?」

「わかった」


 人のベッドに寝っ転がって、瞼を閉じて。すると数秒後に降ってきたのは気遣わしげな声。目を開ければ、光のない部屋の中でもどこか輝いて見える瞳が視界に映る。クドラ族、虎の種族。一応はネコ科に入るからなのだろうかとぼんやり考えつつ、私はそっとシロ様の方へと手を差し出した。そうすれば何の迷いもなく温かな体温は私の手を包む。生きている人間の温度に、ほっと安心できる何かが心に降り積もる感触。


「……言えなかったなぁ」

「何を」

「『ヒナちゃんはお前に飼われてたわけじゃないし、役立たずでもない』って」


 その感触に引きずられるまま、言葉は勝手に引き出されていった。尊敬できるお姉さん、こうしてシロ様に甘えてしまう内はまだまだその道は遠いのかもしれない。なんとかヒナちゃんに呆れられないようにはしたいのだが、なんて一人ごちつつ。けれど今脳裏に浮かぶのは別のことだった。

 私があの人に面会を希望した理由は、はっきり言ってしまえばそれだけ。捕まって牢の中に居て、あとは裁きの沙汰を待つだけのその人にそれだけは伝えたかった。貴方と違って誰も恨まず憎まず懸命に生きてきたヒナちゃんには、これからも輝かしい道があるのだと。この先暗い道しかなかったであろう彼にそう言いたかったなんていうのは、少しどころかかなり性格が悪いが。でもそれでも、どうしても伝えたかったのだ。そうすれば漸く、私の中のヒナちゃんが過去と決別出来る気がして。


「亡くなった人には、もう言えないね」


 けれど自己満足は叶うこと無く、死人に声は届かない。いつだって伝えたいことがある人ばかり、先に去っていく気がする。小さくそんなことを呟けば、手のひらを握る手の力が少しだけ強まった。見上げた瞳は変わらず凪いでいたけど、少しだけ寂しそうで。私はそんなシロ様の頭に、そっと手を伸ばした。さらりと気持ちの良い手触りが指を通り抜けていく。頭を撫でることへの抵抗は、なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ