表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
115/483

百十一話「白い花の簪」

 そうしてなんやかんやと賑やかだった昼食を終えた後、私達は軽くウィラの街を散策することにした。事前にヒナちゃんのための日用品は作ったり買ったりと色々と用意をしていたが、それでも下着類や靴など本人が居なければ買いづらいものもあるわけで。

 ウィラの街はブローサの街と比べれば、そういった商業施設はこぢんまりとしていた。しかしこれはウィラの街が少ないと言うよりは、ブローサの街が多かったという方が正しいのだろう。そもそも立派な観光地として栄えていたブローサとウィラでは街の規模が違う。生憎と人通りはウィラの方が多かったが、あの時のブローサ……というかクドラの領地は災害級の出没で混沌としていたわけだし。


「靴はそれでいいの?」

「うん。歩きやすい」


 とはいえ、ウィラも大きなお祭りがあるだけあって必要最低限の日用品を揃えるだけなら苦になることはない。備え付けの椅子に腰掛けてぷらんと足を揺らしたヒナちゃんに問いかければ、小さな頷きが返ってくる。ヒールがない、赤いフラットシューズ。ぺたんこのそれを宝物のように見下ろす少女は、びっくりするくらいに愛らしかった。見守ってくれていた店の人の相好も、思わずといったように崩れるくらいには。


「いやぁ、可愛いお嬢さんですね。オマケしておきますよ」

「え? いいんですか?」

「遠くで住んでいる孫を思い出させていただけたので。そうですね、一札くらいでどうでしょう?」


 人の良さそうなおじいさんがニコニコと頷いて一本と指を立てる。ここはブローサのあの店とは違い量産店らしく靴の隣には値札が置いてあったのだが、たしかこの靴の値札は二札……日本円にして二万円と書かれていたはず。それがまさかの半額なんて、本当にいいのだろうか。ヒナちゃんが可愛いのはわかるしその表情からお孫さんを溺愛してるのもわかるが、商売上がったりなような。

 一瞬躊躇って、邪魔にならないようにと後方で見守っていたシロ様の方へと視線を送る。けれどシロ様から見ても悪意は感じなかったらしく、問題ないと言わんばかりに頷かれて。なるほど、純粋な善意らしい。それならば素直にお礼を言って受け取らせていただこう。


「ありがとうございます!」

「……ありがとう、ございます」

「いえいえ。大切にしてあげてくださいね」


 しっかりと頭を下げてお礼の言葉を。するとそれを見ていたヒナちゃんもぺこりと頭を下げて。慣れないながらも人の生活に順応しようとしているのだろう。その一生懸命な姿にか、更に優しく微笑んだおじいさんは私からのお金を受け取りつつもヒナちゃんに穏やかな声を掛けた。それにこくこくとヒナちゃんが頷いたのを見て、何かを懐かしむように瞳を伏せながらも。


「ご来店、ありがとうございました」


 落ち着いたおじいさんの声を背に、店を出る。さて、これで必要なものはあらかた揃っただろうか。下着類はいの一番に買いに行ったし、靴もたった今購入した。この先旅で使う追加の携帯食やら毛布やらは事前に購入しておいたし、文字を教えるための絵本も買っておいた。本来であればこんな大荷物、持っていくのも困難なはずなのだが私達にはリュックがあるのだ。異世界持ち物には皆助けてもらっているが、リュックにはなんやかんやと一番助けられている気がする。


「……ヒナちゃん?」

「!……あ、ええと……」

「何か気になるものでもあったか?」


 今度お礼のためにほつれや汚れのチェックをした方がいいかもしれないと、そんなことを考えて。しかし私はそこでヒナちゃんの視線がどこか遠くに向けられていることに気づいた。気になって尋ねれば、遠くを見ていた瞳ははっとしたように焦点を結ぶ。赤い瞳は一度私を見上げて、そして躊躇うように揺れた。

 その様子に何かを察したのか、軽く屈んで視線を合わせたシロ様が問いかける。確かに今のは、何か気になるものを見たという反応のように思えた。もしかして欲しいものでも見つけたのだろうか。おじいさんがおまけしてくれたおかげでまだまだ手持ちには余裕があるし、というかそもそもシロ様がおおっぴらに在庫処分をしたことでお金は有り余っているし。何か欲しい物があるのなら、是非とも買ってあげたいのだが。


「……あれ、お姉ちゃんが作ってくれた服の模様に、似てるから……」


 最初ヒナちゃんは言い出しづらそうに唇を引き結んでいた。しかし私達の促すような視線に屈服したのか、やがて心底申し訳無さそうな声音と共にその指先が一方向を指し示す。その指の先を追えば、十数メートル先には一軒のこぢんまりとした露店が。そしてその店頭で揺れる、白い花の簪もばっちりと。なんせ視力には少しばかり自信があるもので。生憎とシロ様のように人外じみたものではないが。

 まぁ私の視力の話はともかく、その簪は確かに服にあしらったものとよく似ていた。製作者の私としては昔こんな服を見たよな、くらいのイメージで作ったのだが……一体何の花をモチーフにしているのだろうか。遠目から見た限りでは、マーガレットに似ている気がするけれど。


「成程。ミコ」

「ん? あぁはい、行ってらっしゃい」


 私がそうして観察している間に、ヒナちゃんの言う簪をシロ様もばっちりと視認できたらしい。そしてこの少年は私よりもよほど、迅速果断に動くタイプである。寄越せと言わんばかりに差し出された手に、ぽんと先程余った札を一枚。露店で売っているくらいだしそこまで高くもないだろう。札を片手に走り去っていく小さな背中を見送った。


「えっ……え……!?」


 なんせ私の役目は、突然のことに混乱してしまったヒナちゃんを宥めることなので。


「……ほしくなかった?」

「っ、それ、は……」


 まさか似ていると言っただけで買われるとは思わなかったのだろう。動揺したように揺れる瞳に視線を合わせるため屈んで問いかければ、唇はきゅっと引き結ばれた。確かに気になっていたし、欲しくもあったのだろう。けれどそれ以上に、それを強請ることへの躊躇があった。伏せられた瞳の奥には罪悪感がある。恐らくは、私達にお金を余計に使わせてしまったことへの。

 これは完全に、過去の経験から来る表情だ。自尊心を踏みにじられてきたからこそ、好意に甘えるのが怖くなる。申し訳なくなる。必要なものを買うことでさえも申し訳なくなるのに、そうじゃないものを強請るのはどれほど難しいことだろうか。ヒナちゃんほど辛い経験をしたわけではないが、私にもいくらかと覚えはあった。助けてもらったからこそ、救われたからこそ、その人が好きだからこそ。だからこそ、甘えるのが怖くなるのだ。我儘な子だと思われたくない、嫌われたくない。だから良い子にしようとする。自分が思うなりの、良い子に。


『そんなんで嫌うんだったら、最初から引き取ってねぇよ』


 ……この立場になったことで初めて、あの言葉の意味が本当にわかった気がした。


「……ヒナちゃん、どうしてあの時ホットサンドをフルフに一口あげたの?」

「え……?」


 ふっと口元に浮かんだ笑みをそのままに、静かに問いかける。すると不安で揺れた瞳が、今度は疑問で揺れ始める。どうしてそんなことを、と言わんばかりの表情だった。けれど根が素直だからか、直にその表情は考え込むようなものへと変わっていって。

 昼間、皆でホットサンドを食べていた時のことを思い出す。相変わらず物騒な説明書きにげんなりとしていた私と、盛り上がっていたちびっこ二人。フルフは私を慰めるように頭の上で跳ねていたが、暫くすると二人の方へと向かっていって。恐らくは二人の食べている味が気になったのだろう。ピュイピュイと強請るその声に、ヒナちゃんは笑顔で答えていた。ソースを口につけた毛玉を見て、幸せそうに微笑んでいた。


「……食べたがってた、から」

「うん。それで、食べられちゃった時に嫌だと思った?」

「ううん」


 ぽつりと落とされた声にもう一つの問いかけを。間髪入れずに横に振られた首に、私は笑みを深める。これなら伝わるはずだ。きっと、私の言いたいことをこの子は理解してくれる。その思いのまま、私は最後の問いかけを彼女へと投げかけた。


「喜んでるのを見て、嬉しいって思った?」

「……!」


 ひゅ、と息を呑む音。それと同時にどこからか「お買い上げありがとうございました!」なんて元気な声が聞こえた。それを聞いてか振り返ったヒナちゃんの視界には、きっと彼が映ったことだろう。簪を壊さぬようにと手に握りしめたまま、こちらへと走ってきているシロ様の姿が。


「ほら」

「…………」

「欲しそうな顔をしていた。違うか?」


 十数メートルの距離はあっという間に縮まり、息も乱さずに少年はヒナちゃんの目の前へと現れる。白い手はそっと、白い花があしらわれた簪を差し出した。間近で見たそれは、やっぱりマーガレットに似てはいたけど細部が違って。花びらは細長いというよりは楕円であったし、花の形は広がるというよりは全体的に絞られている。何の花だろうか、それが出てこない自分の無知が少し情けなかった。

 けれど今は自分の無知さを嘆くよりも、することがある。戸惑ってシロ様が差し出したそれを受け取れないヒナちゃんの肩を、ぽんぽんと。助けを求めるように見つめてくる瞳に、優しく見えるようにと微笑んだ。


「さっきのおじいさんのお店では言えてたよ」

「あ……」


 とはいえ答えを出すわけには行かないので、ヒントだけを。真新しい赤い靴を指差して言えば、何かを思い出したのだろう。小さく声を零したその子の瞳は、そこで見開かれた。きゅっと手が握りしめられて、何かを迷うように唇が震えて。けれど答えは確かに見つけたのだろう。ずっと簪を差し出したまま待っていてくれたシロ様の方へと、ヒナちゃんは振り返った。


「……ありがとう、シロお兄ちゃん」

「ああ」


 そっと優しく優しく簪を受け取って、小さく。それはとても小さな声で、間違えれば賑やかな喧騒に消えていきそうな声で。しかし優秀な耳を持っているシロ様が間近で聞こえた声を逃すわけもない。空いた手でぽんぽんと頭を撫でたシロ様の表情は、どこか優しかった。そしてきっとその表情の柔らかさは、ヒナちゃんにも伝わっているはずだ。

 ……ありがとうと言って、それを笑顔で受け取ってもらうこと。もしかしたら今のヒナちゃんにはそれが何よりも必要なのかもしれない。夕暮れに染まる街の中で不器用に交流を重ねる二人を見つめながら、私はそんなことを思った。いつかの私に必要だったように、きっと今のヒナちゃんにはそれが一番必要なのだ。それを見守る側になって初めて気づいたことに、小さな寂しさを抱えながらも。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ