百九話「手製の贈り物」
その後ヒナちゃんとフルフに手伝ってもらって、なんとかシロ様の機嫌を取り戻しつつ。流石のシロ様といえど、幼女と小動物相手には形無しらしい。ちっちゃい子達ともふもふが戯れている姿は大変眼福な光景であった、とここに記しておく。欲を言うのであればカメラが欲しかった。
「……あ、そうだ」
「?」
「あのね、ヒナちゃんにプレゼントがあるんだ」
しかしいつまでもここで戯れているわけにはいかない。宿に戻ってからならば好きなほどまったりしてもいいだろうが、ここはまだ兵舎なのだ。ヒナちゃんを正式に引き取ると決まった以上、さっさと出ていかなければ。入り口の方ではオレンさんを待たせているわけであるし。
だが、出ていくに当たってやらなければいけないことがある。より正確に言うのであれば、渡さなきゃいけないものと言う方が近いが。ちょいちょいとシロ様を手招きすれば、何をしたいのか察してくれたのか近づいてきた少年はそのまま背を向けて。以心伝心とはこういうことを言うのかもしれないと若干嬉しくなりつつ、私はシロ様の背に背負われたままのリュックのチャックを引っ張った。そして先程使わなかった書類を放り込んだリュックへと手を入れる。今度は別のものを取り出すために。
「……っと、よし」
「……我は部屋を出ている。終わったら呼べ」
「はーい」
目的のものを思い浮かべれば、手には確かな感触が。触り心地のいい滑らかなそれは、確かに私が思い浮かべていたアレに違いなかった。そのまま引っ張り出せば、出てきたのは何かを包んだ朱色の風呂敷。一見何が入ってるかわからないそれに、こちらを見ていた少女の瞳がきょとんと丸くなる。
その反応に心を若干そわつかせながらも、チャックを締めて。するとこれから何をするのかを察したシロ様が背を向けて部屋から出ていく。確かにこれからのことを考えれば、シロ様が部屋に居るのはあんまりよろしくないよなと苦笑しつつ。まだまだ情緒面が幼く見えるシロ様にも、一応そういう感覚は備わっているらしい。何故かその紳士さは私には発揮されないのだが。
「はい、開けてみて?」
「ピュピュ!」
「うん……」
まぁ今更と言えば今更だしなと今までのことを思い返しては納得しつつ、私は不思議そうに近づいてきたヒナちゃんへとその包を差し出した。小さな両の手のひらに乗せられた、彼女の横幅程ある包。開けるように促して微笑めば、変わらず彼女の肩に乗ったままのフルフが元気よく鳴いた。その声に背中を押されてか、ぺたりと座り込むと同時に少女の手が包の結び目へとかけられる。そうして結び目は、ゆっくりと解かれた。
「……こ、れ……」
そして包の先のそれに、赤い瞳は大きく見開かれる。
「ふふ。私とフルフ合作の、ヒナちゃんのお洋服です!」
「ピュイ!」
見開かれたままこちらを見上げてきた瞳に、フルフと一緒に得意げに笑って。そう、そこに入っていたのは服。朱色のワンピースと白い上着。いわゆるチャイナ風の雰囲気に纏めたそれは、ヒナちゃんを迎えるに当たって私とフルフが作り出した合作であった。
朱色のワンピースはシルエットはAラインのキャミソールタイプで、背中を開けつつも上半身のデザインはシンプルに。膝丈まで伸びた裾より少し上辺りには、白い糸での刺繍が施されている。花と小鳥が戯れているような形で裾を一周するそれは、我ながら可憐な出来だ。最も働いてくれたのは糸くんの方なのだが。ついでに言えば見事な光沢の布はフルフ製。シロ様をぐったりとさせるほどに吸い取った法力と、ガッドさん作の美味しいご飯から生まれた布は今見てもやっぱり見事だった。
「……これ、ボタン?」
「うん。それも私が作ったんだ」
しかしヒナちゃんが気になったのは、ワンピースよりも上着の方だったらしい。ワンピースよりも厚めに作られた白い布は、勿論フルフお手製。ケープの形を取って、裾にはお店で買った赤いレースを。ムツナギの気候では少し厚着かとも思ったが、シロ様の問題ないという一言で押し切られたこのケープのボタン……というか留め具は、彼女が首を傾げる通り確かに特殊ではあった。それも南国めいたここ、ウィラの街では尚更。
白い紐で作られた釈迦結び状の……チャイナボタン、とも呼ぶのだったか。私はしゃか玉と呼んでいるそれは、いつかおばあちゃんに教えてもらった記憶を思い出しながら作った代物だ。花のように編んだそれは、ケープの前を留めるための装飾としてあしらわれている。ちなみにこればかりは正真正銘、私のお手製なのだ。流石に自分でできることまでを糸くんに任せるのは悪い気がして。
「私はしゃか玉って呼んでてね……悪いものを追い払う、って効果があるんだ」
「……悪いもの」
「これからヒナちゃんに良いことばかりが起こるように、ってお願いして作ったの」
確かおばあちゃんはストラップとしてくれたのだったか。子供らしく夜の闇が怖くて怯えていた私に、おばあちゃんは優しく寄り添ってくれた。これで怖いものを追い払えるのよと、温かかったその声を忘れることはない。だからこそ作れるようになりたくて、作り方を教えてとねだったのだ。私の周りの人がおばけに攫われたら嫌だから。そう言った私を見て、おばあちゃんはおかしそうに笑って。
「どうかな、気に入らない?」
「!……ううん……でも、」
「うん」
「わたしがこんなキレイなの、着ていいの……?」
懐かしい記憶を思い出しつつ、私は服を前に戸惑っている様子のヒナちゃんに問いかけた。見た感じ、あまり喜んでいないような。誰にだって服の好みがあるだろうし、もしかしたらこういうデザインはヒナちゃんの好みではなかったのかもしれない。それならば仕方ないなと思っていたのだが、しかしどうやらそのアタリは外れたらしく。すごい勢いで首を振った少女はぽつりと呟く。ひどく自信なさげな、そんな声音で。
……いいもなにも、これはヒナちゃんのためだけに作った服なので着てもらえればとても嬉しいのだが。けれど彼女の今までの境遇を鑑みるに、自分だけのものという概念に気後れしてしまうところがあるのは仕方ないのかもしれない。それほどまでに今まで彼女と接してきた奴等は、ヒナちゃんの自尊心をボロボロにしたのだ。たかだが少しばかり手が込んだ服を着るのにすら、躊躇いを覚えてしまうくらい。
「ピュイ!」
「わ、……!」
「ピュピュ! ピュピュー!」
しかしそこで割り込んで来たのが毛玉である。ヒナちゃんの肩に乗っていた毛玉は、そのまま彼女の頬へとめり込んだ。はやく着て!と言わんばかりの動きである。ちなみにめり込むと言ってもフルフには大した硬度がないので、せいぜいが頬をつつくくらいの威力にしかなってない。効果音にすれば、もふんが近いだろうか。
「……ふふ、フルフが着てほしいって」
「!」
「私も着てほしいな。きっと似合うから」
ここにシロ様が居ればすぐさま暴挙に出たもふもふを引き剥がしただろうが、ここに現在シロ様は居ない。そして幸いにしてそれはナイスアシストであった。フルフに便乗する形で笑いかければ、赤い瞳はぐらりと揺れる。先程告げていた通り、この服が嫌いなわけではないのだろう。それならば是非、着ているところを見てみたいというのが本音で。
だが無理強いをするわけにはいかないので、ここからはヒナちゃんの判断におまかせである。ヒナちゃんの頬にめり込んだままのフルフを回収して、そのままくるりと背を向けた。数秒経って何も音が聞こえてこなければ、諦めて今着ている白いワンピースを兵舎から買い取ろう。実際は服なんて何でも良いのだ。シロ様には何故か私が作った服を着せろと言われたが、どうしても躊躇するならば仕方ないだろう。ヒナちゃんの意思を無視してまですることではない。
「……!」
けれど数秒の沈黙の後、衣擦れの音は確かに聞こえて。
「……ど、う?」
そうして一分ほど経った頃だろうか。フルフと共に決して振り返ることなく我慢していれば、衣擦れの音が止まる。そこから続いたのは、躊躇うような恐る恐るとした声。問いかけの体を成したそれに答えるために、ゆっくりと振り返る。
「っ、かわいい……!」
「ピュッ! ピュピュー!」
「え……?」
そして振り返った先、そこに居たのは天使だった。足をぴたりと閉じて、所在なさげに視線を下ろす。そんなどこか庇護欲を掻き立てられる文句の付けようのない美少女が、そこには居た。いや質素な白いワンピースの時点でも抜群に可愛かったのだが、贔屓目のせいか自作の服に身を包んだヒナちゃんは余計に可愛く思えて。
ぱちっと見開かれた瞳と同じ色のワンピースはやっぱり相性が抜群だったし、スカートの丈はジャストでスタイルをよく見せる。派手な刺繍や装飾も似合うとは思うが、やはり想像していた通り控えめな刺繍の方がヒナちゃんの雰囲気に似合いだ。白いケープは少しばかり大きめのサイズにしたが、それがまたよく似合う。華奢すぎる体をカバーすることが出来ているからだ。
「すっごく、すごく可愛いよ!」
「ピュ!」
力強く拳を握って頷けば、それに呼応するようにフルフも力強く鳴く。その服は誂えたようにヒナちゃんに似合っていた。いや、実際私達が誂えたのだが。とにかくはちゃめちゃに可愛い。天使である。一応は背中から羽が生えても服に影響が出ないデザインにしたので、この姿で羽を生やす姿を見てみたい気持ちだ。だって絶対可愛いので。
「……うん、ありがとう」
だってほら、笑った顔ですらこんなに可愛いのだ。幸せそうに微笑む少女に、釣られたように私も笑う。これから、こんな笑顔を積み重ねていけたらいい。ご飯でも、服でも、なんでも。ケープを留めるために作られたしゃか玉が悪いものを祓って、空いたその部分に私達が幸せを詰め込んでいければ。それならきっと私は、しゃか玉の作り方を教えてくれたおばあちゃんに胸を張って「ありがとう」と言える気がするから。