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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百八話「お迎え」

「ヒナちゃん!」

「!……お姉ちゃん」


 こんこんこん、とノックを三回。聞こえてきたか細い「はい」の声に浮足立った気持ちを隠せないままに扉を開けて、そして彼女の名前を呼んだ。すると一人所在なさげに床に座り込んでいた少女は、ぱっと顔を上げると同時にこちらへと駆け寄ってくる。ぱたぱたと精一杯の急ぎ足で駆け寄って、あと一歩のところで減速して、そうして温かな体温がお腹の辺りにぽふんと。


「おはよう、今日も元気?」

「うん、ご飯も食べた。しゃけを、ご飯で包んで丸くしたやつ」

「おにぎりかな? 美味しかった?」

「うん」


 肩をぽんぽんと叩いて、一度離れるようにと促す。大人しく従ってくれたその子に視線を合わせるようにと屈んで問いかければ、近づいた赤い瞳はきらきらと輝いたように見えた。こけた頬には丸みが戻り、擦り傷や切り傷はもはや痕を残すのみ。清潔な白いワンピースを纏った今の彼女は、少し痩せているだけの可愛い女の子にしか見えなかった。

 ……一週間の内に無理やり連れ出すという強硬手段に出られなかったのは、これも原因なんだよなぁとぽつり。ここに居る間のヒナちゃんは、奴隷として捕まっていた時と違い酷いことをされるだなんてこともなかった。まぁ兵舎という治安組織のお膝元なのだから、当然といえば当然なのだが。清潔な服と安全な居場所をもらい、美味しいご飯を過不足なく与えられる。全身の傷も治療され、真っ当な教育を施され。


「絵本も、読んだ。おうじさま?が女の子を助けるやつ」

「ふふ、そっか。面白かった?」

「よくわかんないけど、みんなにこにこしてたから。だから嬉しかった」


 きゅっと膝に載せた私の手を握りつつ、拙くも言葉を紡ぐ少女。ざんばらでぼさぼさだった赤髪は、肩にかかるくらいで切り揃えられている。前髪はぱっつんに、ふわふわと広がった毛先が揺れて。ぼろぼろだった左耳だって、すっかり元通り。レゴさんみたいに毛艶よく整えられている。

もうヒナちゃんは、どこからどう見ても普通の女の子だった。本当に私が引き取ってもいいのかと迷ってしまうくらい、普通な。一瞬、迷いが生じた。本当に自分がこの子を引き取ってもいいのだろうかと、それは自分のエゴになっていないかと。この行動は本当に、ヒナちゃんのためになるのだろうか。躊躇が柔らかく胸を突き刺す。


「……今日、帰れる?」

「……!」


けれどそんな迷いは、当たり前のように問いかけるその声でどこか遠くへと飛んでいってしまった。


「……うん。今日でお話も終わったみたい。一緒に行っていいって」

「! ほんと……!?」


語りかけるように告げる。するときらきらだった赤い瞳はますますと輝き出して、頬は瞳や髪と同じ朱色に染まっていった。心から幸せだとそう告げるような、多幸感溢れる笑顔。見てるこちらですらも幸せにしてくれるような、そんな笑顔。

つまり何が言いたいかと言えば、「とても可愛い」である。迷ったのが馬鹿馬鹿しくなるな、と緩んだ口元に自分への呆れを隠して。そうだ、ヒナちゃんは私が良いと言ってくれたのだ。それなら、その信頼と好意に出来うる限り答えていく。そう、決めたんだから。


「……話は終わったか?」

「あ、シロ様」


そこでひょこんと扉から顔を出したシロ様。まだ人見知りするところがあるヒナちゃんに気を遣ってか、シロ様はある程度ヒナちゃんの状態が落ち着いたところで様子を見に来る。なんでもヒナちゃんは名前を付けられてすぐの状態だからか法力が揺らぎやすいらしく、近くに居れば多少の感情が読み取れるらしい。つまり今顔を出したということは、ヒナちゃんの状態が落ち着いたのだろう。恐らくは、一緒に帰れるという言葉を聞いたから。


「……シロお兄ちゃんも、一緒?」

「……ああ。昼食に当たりを付けておいた」


そんなシロ様の声を聞いてか、私の手を握ってはふにゃりと口元を緩めていたヒナちゃんの視線がそこで動いた。シロお兄ちゃん、たどたどしくそう呼ぶ姿は大変に可愛らしい。私に釣られてか、危うくシロ様をそのままシロ様と呼ぼうとしていたヒナちゃんを、お兄ちゃんだよ〜と矯正した過去が懐かしく思えるような。あの時は主に隣から感じるプレッシャーがすごかった。まぁその流れで私もお姉ちゃんと呼んでもらえるようになったのだから、終わり良ければ全て良しである。

シロ様へと向けられた瞳に、若干の期待が込められているのは傍から見ているだけの私にも分かった。それにノーということは精神力ピカイチのシロ様とて出来なかったのだろう。不器用に頷いたシロ様に、少女の顔がまたしても輝く気配。そしてその赤い瞳は、シロ様の手の中にいる小動物にも向けられて。


「フルフちゃんも?」

「ピュイ!」

「わ、……」


空気を読んでか開けられたシロ様の手から、毛玉が少女の方へと飛び込んでいく。そうだよ! と言わんばかりにヒナちゃんの肩に飛び乗って、頬にすりすりするふわふわにヒナちゃんは擽ったそうに微笑んだ。なにこれ可愛い。


「楽園はここにあった……」

「何を言っている」


思わず拝みそうになったところで、隣からはツッコミが。いやだって、可愛いのだから仕方ないだろう。なんてことを考えては若干頬を膨らませつつ、しかしその空気をすぐに吐き出して私はそっと隣のシロ様を見下ろした。目の前の楽園から視線を外すのは非常に勿体ない気もするが、真面目な話を忘れてはいけない。

その視線に私が何を言いたいのかわかったのか、同じように呆れ顔を元の無表情に戻したシロ様が頷いた。その様子だと、すり合わせは上手いこといったらしい。シロ様に任せれば問題ないとは思ってたが、如何せんこの少年はたまにコミュニケーションに難があるのだ。心配がゼロだったとは、少しばかり言い難く。


「……どういう話にしたの?」

「難しい話じゃない。法術を使える上たまたま攫われる人間としての条件が整っていた優秀な討伐者が、兵団の要請に応じたという形にしただけだ」


だがどうやらその心配は杞憂だったようだ。違和感なく作られた筋の通った話に、私は目の前ではしゃぐヒナちゃんたちに悟られないように小さく頷いた。別に聞かれてもいい話だが、楽しそうなところに水は刺したくない。

兵団が街からの信用を失った件に関して。これは正直、私のせいとも言えた。私が好き勝手動いた結果がこれなのだ。解決したからいいじゃん、兵団に解決するための力が無かっただけ。とそう言われてしまえば返す言葉が無いのだが、後々この事が大きな問題に繋がらないとは限らないだろう。警察のような立場の組織を信頼できなくなった街の行く末が、最悪にならないなんて保証は無いのだから。流石にそれは後味が悪いというもので。


「それで信用って戻るの?」

「全くの無関係かつ蚊帳の外で解決された、よりはマシだろう。努力義務は評価されるはずだ」


だから私は、使いもしない必要もない名誉を投げ捨てることにした。だって元はただの我儘でしかなかったのだ。見ないふりをするのが嫌だという、ただそれだけの。そんな子供の我儘を尊いと崇める方が、余程おかしい。兵団や兵士の人たちだって努力はしていたはずなのだ。彼らはあの時私達の、というよりはレゴさんの要請に答えてくれた。それもきっと、出来得る限り迅速という形で。それが全く評価されず私達だけが持ち上げられるのは、どうにも居心地が悪い。

つまり何が言いたいかと言えば、こういうことである。奴隷騒ぎの事件を私達と兵団の共同作業での解決した、ということにしたのだ。事実無根ではあるが、当本人である私達が是と言うのならば疑う人は居ないだろう。シロ様曰く、多少は効果があるようだし。


「お人好し」

「……うぐ。だって、嫌じゃない? これで街の治安が悪くなったりしたら」


尚、その話を纏めてくれた当本人であるシロ様としてはいまいち納得がいっていないらしいが。短いぼそりとした一言に込められたのは、呆れと甘すぎるという叱咤の感情。大方、自分の邪魔していた人間相手にまで何故手を差し伸べているのだと仰いたいのだろう。だが、言い分はちゃんとあった。


「さっきヒナちゃんも言ってたけど、皆が笑えるのがいいんだよ。私達はヒナちゃんと旅できる、兵団の人達は信用を回復できる、街の人達は安心出来る。誰も損してないでしょ?」

「……ふん」


そう、この取引は誰も損していないのである。言い方は良くないが私達は兵団に恩を売ったので、これ以上ヒナちゃん関連のことで手を出されることは無い。そしてその噂が広まれば兵団の人達は信用を取り戻せるし、街の人達だって維持組織がちゃんと働いてくれていたことに安心感を得るだろう。実際働いてくれたのだから、そこに嘘は無いわけだし。結果としてはみんな笑顔、正しくそれだ。

誰も不幸にならないのなら、お人好しだろうが甘ちゃんだろうがそれでいいじゃないか。と宥めるように見つめれば、不服そうにしながらもシロ様は視線を逸らした。一応は納得してくれたらしい。それにほっと息を吐いて。


「大丈夫、シロ様が助けに来てくれてばったばったと悪い人を薙ぎ倒してくれたのは私が知ってるから。あの大活躍はなかったことにならないよ!」

「……そっちじゃない」


しかしなぜか続けた言葉にまた機嫌を悪くしたシロ様を取りなすのは中々に大変だったと、ここに記述しておく。一体何が不満だったのか。難しい年頃である。

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