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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第四章 飛べる小鳥は星火の夢を見る
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百六話「事件解決後の壁」

「シロ様、はやく行こう!」

「ピュッ! ピュピュー!」

「……わかっている。そう急くな」


 眩しいくらいの太陽の光が窓から部屋へと降り注ぐ、正午の少し前くらい。すっかり準備万端と扉の前でセーラー服のスカートを翻せば、ベッドに腰を掛けてリュックの紐を調節していた少年は呆れたように首を振った。しかしそれすらも待てないのか、私の肩に乗った小動物はなおもピュイピュイと鳴き声を上げ続けて。


「やかましい」

「ピュッ!?」

「ミコ、転ぶなよ」

「はーい。シロ様こそ、あんまり乱暴にしちゃダメだよ」


 流石にうるさかったのか、ベッドから扉まですたすたと近づいてきたシロ様が私の肩に乗っていたフルフをがしりと掴む気配。予想外だと言わんばかりの鳴き声に思わず小さく笑みを零せば、フルフを鷲掴みにした左手とは反対の右手でシロ様が扉を開ける。まるでお父さんみたいな注意に苦笑を浮かべつつ、私は出ていったシロ様に続くように扉の外へと出た。勿論、部屋の鍵をちゃんと締めておくのを忘れることはなく。しっかりと大切なものを胸の中で抱えて。

 

「……いよいよ、今日だね」

「ああ。大分待たされたな」

「うーん、まぁそうだけど……」


 階段を一歩と降りる度に聞こえてくる、木が軋む音。もう大分聞き慣れたその音に隠すかのように呟けば、シロ様は僅かに眉を顰めながらも言葉を返してきた。皮肉るかのような声音。彼は結構あちら側の対応にお怒りのようだったし、その表情や声は仕方のないことなのかもしれない。私としても、決して思うところがなかったとは言えなかったから。

 けれどそれでも、そのもやもやよりも勝っているものがある。それはこれからやっと正式に、私達の旅の仲間が増えるということだ。最後に望む結果を得られたのなら、過程などどうでもいいのである。少し長いようにも思えた一週間。それはきっと、これから誰の邪魔もなくあの子と旅をしていくために必要だった時間だから。


「まぁ終わりよければ全てよし、だよ!」

「……暢気なことだ」


 階段の最後の段を降りる。ちょっとだけふざけて、跳ねるかのように。そうして一足先の場所でシロ様を笑顔で見上げれれば、顰めっ面は呆れ顔に変わった。手の中のフルフは真似をしたいと告げるようにじたばたとしているのに、本体はクールと言うかなんというか。

 でも結局は最後の一段を降りると同時、表情はかすかに緩んだので。まぁつまりはそういうことなのだ。シロ様だってきっと、なんだかんだとあの子との旅を楽しみにしている。ここ一週間あそこに通う間に大分仲良くなったようだったし、これからの旅にも問題はないはずだ。なんてったって二人共、根が優しい良い子なのである。仲良くなれないはずがない。


「あ、ミコちゃんおはよう! 今日がお迎え、だったわよね?」

「おはようございますミーアさん! そうですよ」

「オッケー! 今日の父さんには気合い入れてもらわなくっちゃ」


 浮かれた気持ちで外へと続くための扉へと向かえば、本日も受付の業務をしていたミーアさんから声がかかる。四日前くらいから家族に心配されながらも仕事に戻った彼女は、本日もすこぶる元気そうで。わくわくとした感情が伝わってくる声に笑顔で頷けば、弾けんばかりの笑顔が返ってくる。歓迎の二文字がこれでもかと込められたそれに、私の口元は自然と緩んだ。


「今日はヒナちゃんの歓迎会、だもんね!」


 だって誰もがあの子を、ヒナちゃんが来るのを心待ちにしているのだから。行ってらっしゃい、そう明るく響いた声にお決まりのいってきますを返して。そうして私とシロ様とフルフは、海嘯亭を出た。全ては今も兵士たちの詰め所で私達を待ってくれている、ヒナちゃんを迎えに行くために。











 ……さて、先程も言った通り今日はあの日から一週間後。つまりあの黒髪の男を主犯とした奴隷騒ぎの犯人たちを捕まえたあの日から、もう一週間が経っているということである。

 その間にあったことといえば、おおまかに分けて二つ。まず本来であればあの日の次の日に行われる予定であった朱の神楽祭りが延期になった。兵士さんたちの仕事が途端に忙しくなり、警備に割く手が少なくなってしまったのだ。更に言えば被害者たちの状況も考慮して、である。今祭りを開いて現状に追いついていないであろう彼女たちの心を揺らすよりも、落ち着いた頃で祭りを開催。その心を癒やしてもらうほうがいいはずだ。ということらしい。ちなみにこれはガッドさんから聞いたことだ。もしかしたら祭りの主催側である彼が、何かしら町長さんに掛け合ってくれたのかもしれない。きっと恐らくは、無事に帰ってきてくれた娘のために。


 そして、もう一つは。


「今日のお土産どうしよう……」

「……連れて食べればいいだろう」

「あっ……」


 屋台を見て迷っていた私に、鋭いツッコミが突き刺さる。そういえば今日からはお土産という形にしなくても、一緒に屋台を回って食べることが出来るのだ。すっかりと失念していたことを思い出しへらりと笑えば、シロ様は呆れたように鼻を鳴らした。とはいえ、その目は屋台を吟味しているように思える。恐らくはきっと、ヒナちゃんに何を食べさせるかを今から考えているのだろう。

 そう、もう一つ。それはヒナちゃんが、兵舎の預かりとなってしまったことだ。他の被害者と違い、確かな身元がなかった彼女。それをそのまま見知らぬ他人である私が引き取ります! と言ったところで信用問題やらなんやらをクリアできなかったらしい。故にヒナちゃんは今、一時的に兵舎の預かりとなっている。恐らくは私が未成年かつ、町の住民でもなかったから。だからこその一週間である。この一週間はまぁまぁ大変であった。


「今日はテストないんだっけ?」

「と、当初は言っていた。これ以上難癖をつけるのであれば訴えるのも辞さないがな」

「そ、それは最終手段ってことで……」

 

 何が大変だったかって、テストである。正邪の天秤を覚えているだろうか。それを使って私達はここ一週間、兵士のお偉方との質疑応答に付き合っていたのだ。どうやら天秤には嘘を見分ける効果もあるらしく、天秤に手を載せた状態で嘘をつけばそれは邪の方に揺れるのだとか。その効果を使って、ヒナちゃんを引き取るのに私達が問題ない人間かを調べられたのである。もっともそれは、シロ様の言うようにほぼ難癖に近いものであったが。


「宿の姉の方も言ってただろう。通常そこまではしない、と」

「……うん」


 姉の方、レーネさん。シロ様の言葉に、私達がこの話をした時の彼女の表情を思い出す。私達の話に彼女は露骨に眉を顰め、心底不快だという色をその儚い美貌に浮かべていた。そうして彼女は本来の養子の引取の審査について教えてくれたのだ。

 本来であればこうして一週間も拘束されることはない。確かに正邪の天秤による審査はあるが、長くても三日程度のものとなる。そもそも孤児院でもない、なおかつ彼女に何の関わりもなかった兵舎の人間が審査をやることもおかしいらしい。ヒナちゃんは別に兵舎の所属ではないのだから、彼女が誰と共に行こうが自由だったはずなのだ。けれどそれでも、何故かこの審査は始まった。恐らくは不当なはずの形で。


「これはヒナが力を持っているから自分のものにしたかった、そのための難癖だ」


 シロ様の声が喧騒に紛れて消えていく。最近、ウィラの街は賑やかになった。きっとそれはこの付近で多発していた奴隷騒ぎが解決して、人々が犯人たちに怯える必要がなくなったから。一時期は長い黒髪の浴衣を着た少女が解決したという噂が流れて、私も取り囲まれそうになったのだが。だがそれも制服を着れば無問題。珍しい格好でちょっと目立つのはご愛嬌というやつである。少なくとも大したこともしていないのに英雄と囲まれるよりはマシなのだ。


「……でも、これからは一緒に居られるよ」


 例えば今、ハーフなのに赤い翼を持つからと自分がどこにいるかの権利を誰かに決められている彼女のように。兵舎の人達がヒナちゃんに目を付けた理由は、恐らくはそれなのだろう。ムツドリ族の中でも強い力を持つという赤い翼の持ち主。レゴさんいわく、彼らは特別な法術を使うことだって出来るんだとか。

 そんなヒナちゃんを、強い力を持ちながらも誰の管理下にもないヒナちゃんを、彼らが欲しいと思うのはおかしなことではない。ただでさえ奴隷騒ぎを私達が解決したという噂が流れているせいか、街の人達からの信頼が薄れていっている状況なのだ。他にも事件が起きてしまったし。そんな中赤い翼を仲間に引き入れたというネームバリューは、彼らにとって喉から手がでるほどに欲しいものだろう。戦力を得て信頼も回復できるかもしれない。彼らの切実なそれを、理解できないとは言わない。言わないが……。


「だって今日で終わりだからね!」

「ピュッ!」


 でもそれは、ヒナちゃんのことを何一つだって考えていない。鬱屈としたそれを弾き飛ばすように片手でピースサインを作れば、それに合わせるようにシロ様の手の中のフルフが鳴いた。そろそろ離して上げて欲しい気もするような、好き放題暴れられて目立つのはごめんなような、複雑な気分である。こころなしか鳴き声に反応して、シロ様がフルフを握る力を強くしたような気もするし。


「……今日で終わらないかもしれないぞ」

「大丈夫、流石に私だってこれ以上長引かせるようなら仕返しをする予定だし」

「ほう?」


 若干フルフが心配になりつつも、くるりと体を反対に。瞬間翻ったスカートに、やはり浴衣よりもこっちのほうが落ち着くなぁなんて考えて。そしてそのまま私はシロ様を見つめた。左手で胸の中に抱えた数枚の紙。白と黒の瞳が私の抱えたそれを見つめる。数回の瞬きを経て上ってきた瞳ににやりと笑って見せれば、それに釣られたようにシロ様の口の端が上がった。儚げな美少年の悪い顔、どこぞのマニアが釣られそうである。


「質問するなら、質問される気概がなくちゃ駄目だよね。そう思わない?」

「……ふ、そうだな」


 まぁ私はマニアではないので釣られないのだけれど。こっそりとイタズラを教えるかのように呟けば、若干楽しそうな表情のままにシロ様は頷いた。混ざりたいのかフルフが鳴き声もなくシロ様の左手の中で暴れてるのを苦笑で眺めつつ、私はそのままそっと視線を下ろす。胸の中で抱えた、紙の方へと。

 できればこれを使う出番がなく、あっさりと皆でお昼ご飯を食べれればいいのだが。そんな平和的解決を望みながらも、私はシロ様の方へと振り返っていた体を翻した。一週間と通った道だ。もう体が覚えてる。振り返れば、頭に浮かんでいた通りの石製の立派な建物が。見慣れたそれを見上げて、私は僅かに目を細めた。今日でここに来るのは最後にするのだと、そんな覚悟を胸に秘めながら。

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