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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第一章 マンホールの底からこんにちは
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十一話「呼び出し機能は聞いてません」

 チャックを開けて知ってしまった、リュックの問題。散々考えて悩んで、しかし私はひとまずリュックのことは置いておくことにした。今この小屋の周囲に居る人間は、恐らくシロ様と私の二人だけ。それならば今はこのことが知られて狙われる可能性も薄いし、どうしようもないことを気にしたところで私は無力なのである。それならばリュックの容量が増えてラッキー! くらいに思った方が気分的には楽だ。


「それに便利ではあるし……うん」

「……まぁそう、だな」


 しわしわの顔で自分を納得させた私を、それ以上追い詰めるのは気が引けたのだろう。若干納得のいかなさそうな表情を浮かべながらも、シロ様は同調するように頷いてくれる。その優しさに私は何だか救われたような気持ちになった。やっぱり人間、一人じゃないということは強さになるのだ。今こんなことに強くなってどうするのか、という話ではあるけれど。

 さて、リュックの事情を何とか飲み込んだところで。私は未だ威圧感を持って佇むリュックを見つめる。ここまで引っ張っておいてなんだが、チャックを開けたのはまだ序章に過ぎない。私が期待していたのはリュック本来の能力ではなく、その中身である。主にシロ様を綺麗にできる道具がないのか、という点で。


「……そういえば、何か物が引っかかったりしなかった?」


 しかしそこで私は一つ気になってシロ様に問いかける。先程の彼はリュックに怯える私を他所に、興味深そうにリュックの中や外を触っていた。ああやって探ったのなら、中の物の一つくらいには触ったりしたのではないのか。けれど安易な私の問いかけに、シロ様は首を振る。


「いや。恐らくお前以外の者では、この中の物を取り出すことができないのだろう」

「……ソッカー」

「目が死んでるぞ」


 何だその機能。シロ様から返ってきた冷静な返答に、私の目は死んだ。不便なのか便利なのかわからないし、どうやらこのリュックが狙われる日が来た時には、私もセットで狙われることになりそうである。わーい一蓮托生だね! とかつての相棒に言ってあげられる程、私が強ければよかったのだが。

 ……いやもう狙われるとか、そんなことは気にしないと決めたのだ。気にしても無駄、私はそう自分に言い聞かせる。盗難防止もあってラッキー! と思え、思うのだ。リュックに手を掛け必死に言い聞かせる私を、シロ様は相変わらず憐れみの目で見ていた。同情するならこれを引き取ってくれないだろうか。いやでも自分よりも幼い子にこんな危険物を押し付けるのは、いくら相手が相手と言えど罪悪感が勝つような。


「……じゃあ、探してみるね」

「ああ」


 数分程葛藤して、何とか私の良心は誘惑に勝つことができた。やっぱり自分の荷物だったこの子のことは、自分で始末をつけるべきである。諸々の事情を飲み込んで、私はようやくその異空間へと手を伸ばす。どうしても恐る恐ると、そうなってしまうのは許して欲しい。流石に先が見えない異空間に躊躇なく指を突っ込むのは、少し前までは平和ボケしていたただの女子高生にとってハードルが高いのだ。

 一度深呼吸をして、私はついにその領域へと手を沈める。伸ばした指は何かの抵抗を受けることはなく、そうしてリュックの中の異空間は私の指を飲み込んだ。自分の手首から先が見えないのは少々ぞっとしないが、特に体に違和感はない。痛みも拒絶感も何もなく、その感触はいつもリュックに手を突っ込む時と何ら変わらない感覚であった。そのことに少し安堵する。やはりなんだかんだ、怖いものは怖かったので。


「……なんか、変な感じ」

「体に問題は?」

「ないよ。いつもと変わんない」


 違和感と安堵で、きっと私の顔は複雑な表情を浮かべていることだろう。小さくぽつりと言葉を零せば、表情を変えないままシロ様が問いかけてきて。それに首を振って僅かに微笑めば、薄い唇は釣られるように僅かに弧を描いた。血塗れのままでも、彼は変わらず美人さんだ。


「とにかく、水筒……で伝わる? それを取れれば、水を汲むことができるんだよね」


 とは言え本人も不快と言っていたし、その姿は早く何とかしてあげたい。そう考えた私は、肘の先の全てを異空間に飲み込ませた。がさごそといつもと変わらないまま、リュックの中を探る。しかしいつもどおりならば直ぐに指先に触れるその硬質的な感触は、中々見当たらなかった。恐らく、容量が増えたせいだろう。指はまた広い空間の空を掴む。何だかもどかしい。


「伝わる。確かに水筒があれば、少し離れた位置で体を清められるな」

「でしょ? うーん、でも中々……」


 どうやらこの世界にも水筒はあるらしい。私の考えを汲み取って頷いたシロ様に、私も頷き返す。水場をお風呂のように使い血で汚すのが駄目ならば、何かに汲んで距離を取り使えばいい。それならば水筒はうってつけだ。私の水筒はこれまた可愛いデザイン重視のものではなく、機能性重視の大容量。水分補給は大事だとおばあちゃんに勧められ買ったこれが、まさかシャワー代理として使われることになるとは。

 かつてのおばあちゃんのおすすめに感謝しつつ、しかし水筒は中々見当たらない。いや中身が見えないので見当たらないと言うよりは、手探れないというのが近いのかもしれないが。先程シロ様はこのリュックを家並みの広さだと言った。それをどう判断したかはわからないが、それが本当ならばこんな中身が見えない状況でただひとつを探るのは不可能なのではないだろうか。広過ぎるのは寧ろ不便なのかもしれないと、私は眉を寄せる。だって現に今、私は水筒を見つけられていない。


「水筒くーん、でてき……!?」


 もどかしさに眉を顰めて、私は冗談交じりに水筒を呼んでみる。勿論物に意思はないのだから、それは探す間を持たせるただの悪ふざけの一つだった。しかし瞬間異空間の中で指に吸い付いた硬質的な感覚に、私はひゅっと息を呑む。それは数分程探して、けれど決して見つけられなかった目当ての物の感触である。ふんわりとしたケースの感触も、指先によく馴染んだあの物に違いない。


「……今度はどうした」


 息を呑んで硬直した私を見て、シロ様がそう問いかけてくる。こちらを見つめる白黒の瞳からは感情を窺うことが難しかったが、そこには心配そうな色が含まれていて。しかしそんな彼の心配を払拭するように快活に笑うことが、私にはできなかった。いつか博物館で見たブリキの人形のように、鈍い動きで私はリュックから手を引き抜く。


「シロ様……このリュック……」

「……?」


 そこからお出ましたのは、私の想像通りの姿だ。いつか作った裏地付きのキルティング生地のカバー。パッチワーク柄のそれは、カラフルに無骨な黒い水筒を覆っている。予想がつかないことばかりが起きるこの世界では、その見慣れた姿は安堵する程に変わりがなかった。けれどそれに安堵することが、今の私にはできなくて。

 右手に水筒を持ったまま、私は左の手でリュックを指差す。その指が示す先を視線で追って、不思議そうに首を傾げたシロ様。ぴょこんと頭の上の耳がその動きに合わせて揺れるのは可愛かったが、その可愛さすらも動揺で流れていく。無意識の内に震えた声が、口から零れていった。


「呼び出し機能も、あるっぽい……?」


 その言葉に、白黒の瞳は僅かに見開かれる。しかしそれはやがて、呆れたような視線に変わっていった。どれだけ機能を盛ればいいのかと、いつになく彼の瞳は雄弁に語る。そんな目を向けられても、私だってこの子の多機能ぶりに驚いているというのに!

 冗談交じりに水筒を呼んだ瞬間、それは指先に吸い付くように現れた。それまで虚無の中を探していたのは何だったのかと、そう叫びたくなるほどに一瞬で。それから察することができるのは、恐らくこのリュックには呼び出し機能がついているということである。水筒についてる可能性もあるが、それは考えたくない。水筒までもがトンデモであるよりも、このリュック一つがトンデモであることに逃げたほうが楽だからだ。……とはいえ少し心が落ち着いたら、改めて検証しなければならないだろう。


「……水場、行こっか」

「……ああ」


 でもひとまずは、このリュックのことを考えずにいたかった。現実逃避をするかのように水筒を片手に立ち上がった私に、連なるようにシロ様も立ち上がる。先程まで頭の上で揺れていた耳は、今は若干萎れるかのように畳まれていた。可愛いな、なんて深く考えないようにしながらも、案内をするかのように出ていったシロ様の背を追う。とりあえず目的の物は手に入ったから、いいのだ。うん。

 ただそんな逃げるかのような外出でも、リュックのチャックを締めることは忘れなかった。どんな状況でも、戸締まりというのは大事なのだ。この森に他に人がいるかはわからないが、余計なトラブルを招かない行動は重要なので。

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