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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第三章 愛の大地と飛べない少女
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百一話「後始末と再会」

「……これでよし、かな?」

「誰一人として逃していない。問題ないだろう」


 乳白色の輝きが収まると同時、伸びていた糸がぷつりと千切れる。確認するように後ろから見守ってくれていたシロ様の方を振り返れば、問題ないと告げるように頷かれて。合計で十二、だろうか。これにて糸くんで犯人たちの腕を縛っておくお仕事は終わりだ。

 最後の男……私が今しがた縛ったばかりのあの黒髪の男を、シロ様が引きずっていく。そうして彼は、今まで縛ってきた人達と同じ場所に捨て置かれた。一箇所に纏めれる、腕を縛られた十二人の男たち。シロ様に何をされたのか、彼らは獣人も人間も関係なく昏倒していた。おかげで縛る時にも抵抗がなく楽だったのだが、一体彼らはシロ様に何をされたのだろう。少し聞くのが怖いような。


「ミコ、念の為に纏めて縛っておけ」

「うん、わかった」


 恐らく逃亡防止の為なのだろう。慎重かつ容赦のないシロ様に苦笑を零しつつ、私は再び乳白色を見下ろすと同時に静かに願った。すると指輪から生まれたのは先程よりも太く見える糸で。迷いなく伸びていった糸は、男たちを纏めてぐるぐる巻きにしていく。流石にここまで拘束すれば、逃げ出すのは不可能だろう。


「……ええと、もう大丈夫ですよ。危ないので、崖際から離れた方が良いかと」

「あ……」


 そうしてひとまずと処理を終えたところで、私は未だに座り込んだままの女性たちに声を掛けた。何があるかわからない以上その場に留まってもらったが、処理を終えた今ならばもう大丈夫だろう。犯人たちは昏倒中かつ捕縛済み。もう動いても大丈夫なら、今居る崖際から移動した方がいいはずだ。シロ様曰く、逃した人はいないという話だったし。

 そんなことを考えながらもこちらを見上げてきた女性たちに微笑みかければ、彼女たちは誰もがまだ夢現といった表情をしていて。恐らくは、まだ助かったことを実感できていないのだろう。けれど私の言葉にか、何人かは現実を現実だと飲み込むことが出来たらしい。誰ともわからない声が上がると同時、周りの女性に声を掛ける形で彼女たちは徐々に崖際から離れていった。その中にはミーアさんや、ミーアさんに連れられたあの少女も居て。


「……ところでシロ様、ずっと気になってたんだけど」

「なんだ」

「その木刀、どこで拾ったの?」


 とりあえずこれで当面の危険は去ったと安堵しつつ、私は再びシロ様の方に向き直った。何故ならば、尋ねておかないといけないことがあったからである。私がぴっと指を向けた先、シロ様の手に握られているのは見慣れぬ木刀。シロ様の武器は風為の白爪牙。間違ってもこの修学旅行でテンションが上がって買っちゃうようなやつではないはずだ。


「これは借りているだけだ。我の刀では奴等を微塵にするだろう」

「ああ、そうだね……」

「故に借りた。先程もこれで奴等の腹部を殴打して回っただけだ」


 だがシロ様がそれを持っている理由は割と切実なものであった。少なくとも修学旅行にテンションが上がって買った結果、部屋の衝立になってしまった橋本くんの木刀よりは余程有意義な仕事をしてくれたのだろう。

 確かにシロ様の武器は人間に振るうには、些か破壊力がありすぎる。触れただけでも指が取れるらしい剣で人を切ったら、なんて考えるのも恐ろしい。しかもシロ様の力はゴリラ並。どう手加減したところで、年齢制限が掛けられるレベルの大惨事になるはずだ。いくら相手が犯罪者とは言え人を殺さないという選択肢を取ったシロ様に内心で安堵しつつ、私は話を聞く過程で生まれた気になったことを続けて尋ねた。


「借りたって、誰から?」

「ああ、それは……」


 そう、買ったならばまだわからないことはない。果たしてこの木刀がどんな店で売っているかはさておき、買うだけならば現在持て余し気味のお金で解決できる。だがシロ様が持つその木刀はどうやら借り物らしいのだ。一体誰に借りたのだろうと気になって問いかけた瞬間、しかしそこで聞こえてきたのは何人かの足音で。


「っ、ここに、居たか……!」

「えっ、レゴさん?」

「! 嬢ちゃん……」


 さては新手かと警戒して振り返った先、けれどそこに居たのは予想外の人物だった。乱れきった髪、心底疲れたような声。聞き覚えのある声と見覚えのある姿に思わずと声を漏らせば、十数メートル離れた場所で肩で息をしていたその人は顔を上げた。やっぱり懐かしく思える金色の瞳は丸まって、呆然と私を呼ぶ。

 それはレゴさんに続くように走ってきた人達も同じで。生憎と知らない顔ばかりだが、彼らは私と少し離れた地点で纏まって待機している女性たちを見て目を丸くした。ここからでも彼らが槍やら剣やらをを持っているのがわかる。恐らくは彼らこそがレゴさんやシロ様が言っていた警吏とやらなのだろう。つまりは、レゴさんが警察組織の人達を連れてきてくれたということだろうか。


「遅かったな」

「クドラ族様と一緒にすんな……飛べたら楽だったけどよ、それじゃ兵士さん方が見失うんだよ」


 女性たちの方へと向かった警吏さんたちとは別に、こちらへと歩み寄ってきたレゴさん。シロ様の不遜な物言いに溜息を吐きつつも、金色の瞳は確かに私を捉えていた。心配と安堵が綯い交ぜになった瞳が、じっと私を見下ろす。伝った汗は、どれほど彼が焦ってここまで来たのかを示していて。


「……無事か、怪我はしてないか?」

「……はい、大丈夫です」

「そう、か……」


 すっと息を吸って、吐いて。その間に何かしらの感情を整理したのだろう。静かに問いかけてきたレゴさんに、私は同じように静かな声を返した。そんな私達をシロ様は無言のまま見つめている。

 遠くからは、身元を尋ねるような穏やかな声が聞こえた。もう一方向からは、小声で何かを話し合うような声も。恐らくは兵士さんとそう呼ばれた人達が、被害者の女性たちの保護や犯人たちの処遇のための会話を交わしているのだろう。彼らがどういう形で呼ばれることになったのか、私は知らない。けれど幼い外見かつ決して口が上手とは言えないシロ様が、あの兵士さんたちを連れてきたとは考えにくくて。そう考えるとやはり、彼らを連れてきたのは今私を揺れる金色の瞳で見下ろすその人だ。


「……あのな、俺が今から言うことは多分、言っちゃいいことじゃねぇんだ。一時的とは言えカシ子からお前らを任された以上、俺は大人として怒るべきなんだと思う」

「……はい、そうだと思います」

「はは、なんでそこで素直かねぇ」


 胸に浮かんだ確信を飲み込むと同時、レゴさんの言葉に頷く。レゴさんの言わんとしていることはわかった。レゴさんは私とシロ様をカッシーナさんから任された身。その上一時的とは言え、彼には案内役と言う名の保護者になってもらうという契約を結んでいる。子供が自らを省みずに危険なことをした時、大人は何をするべきか。勿論、怒るべきだ。もっと周りに相談しろと、危ないことは避けろと、その子のためにそう怒るべきだ。

 けれど、もしそれが誰かを助けるためのものだったら。そうして実際に助けてしまった結果が背後に広がっているのなら、大人は自分のために行動してくれた子供に何を告げるべきなのだろう。一応今回の私の目的は二つ。ミーアさんと、そしてレゴさんの相棒であるフェンさんの妻子を助けること。きっとそれをレゴさんはわかっている、わかってくれている。だからこそ金色の瞳は何を言うべきか迷って、頬を掻く癖は相変わらずで。それでもレゴさんは、小さな沈黙の後に口を開いた。意思を定めた瞳が私を見下ろす。

 

「……まず、予め何かは言っといてくれ。多分俺の気持ちに配慮したってのはわかるけど、嬢ちゃんが居なくなったって気づいた時は気が気じゃなかったんだぜ」

「……はい」

「ていうかそもそも危ないことにあんま首を突っ込むな。誰かのためなのはわかるけど、嬢ちゃんには嬢ちゃんを死ぬほど大切にしている奴が居るだろ?」

「……ふふ。そう、ですね」


 それは、怒るというにはあまりにも優しい口調だった。どちらかといえば強面と呼ばれる分類の容姿なのに、レゴさんの声はいつだって穏やかで優しい。思わずシロ様を見て笑みを零してしまった私に、レゴさんは途端に眉を八の字にして。


「……でもな、ありがとう」

「…………」

「危険な真似をしてでも俺の大事な奴の大切な人を助けようとしてくれて、ありがとう」


 しかし、それでも。それでもその声には、確かな芯があった。困ったように笑った顔が私を優しく見下ろして、無骨な手はゆっくりと私の頭を撫でる。シロ様は撫でても、私を撫でることは少なかったのに。ふとそんなことが頭を過ぎった。けれどそんな思考はあっという間に過ぎ去っていく。胸で花咲いた喜びが、全てを塗り替えていく。

 自分のためだった。今回私がやったことに関する理由付けとしては、それが全てである。見ないふりをする自分になりたくなかったから、駄々を捏ねてでも手を伸ばすことを選んだ。誰かのためというにはあまりにも烏滸がましい、不純な動機。だから誰にも感謝されなくても仕方なくて、怒られるのも想定の内で。


「……はい、どういたしまして」


 でもそんな自分の身勝手が、苦しんでいた誰かのためになったのなら。それに勝る喜びはないだろう。


「でも本当に無茶はするなよ? 今回だって絶対安全なわけじゃなかったんだ。次は無いようにするんだぞ」

「おい、あまりミコに無理なことを言うな」

「全然無理じゃねぇから! っつかお前も止めるんだよ! なんで嬢ちゃんにだけそんなにイエスマンなんだ!」

「理由なら話しただろう」


 へらりと笑顔を浮かべたまま言い争いを始めたシロ様とレゴさんを見つめる。ああ、駄目だな。自分が満足できればいいと思ってたのに、やっぱり誰かのためになれたことを知ってしまうと嬉しくなってしまう。ミーアさんと、レゴさん。私を心配しながらも感謝を返してくれた二人に、心の底で小さな感謝を述べつつ。


「……?」


 しかし私はそこで目に入った光景に思わず目を瞬かせた。被害者の人達は大丈夫だろうか、そうやって女性たちの方へと目を向けた瞬間に見えた小さな影。気の所為かと思ってミーアさんの方に目を向けると、彼女は今しがた兵士さんから事情聴取を受けているところだった。そしてその傍に、あの子の姿はない。

 私は慌てて視線を彷徨わせた。さっきのは見間違いではなかったのだ。あの子は、あの赤い髪と赤い瞳を持つ少女はどこに。どうしてミーアさんから離れてしまったのか。考えても答えはわからないまま、けれど視線を動かすことはやめなかった。何かが起こってしまう、その焦燥感だけが胸を埋め尽くしていたのだ。だからその何かが起こる前に、あの子を。


「暴風! 落ちろ!」


 なのに、私は間に合わなくて。狂ったような声が聞こえた。それはいつのまにか意識を取り戻していた、あの黒髪の男の声だった。瞬間、尋常でないほどに強い風が吹く。目を開けていられないほどに強い風の中、しかし私は衝動のままに走り出した。目に入ってしまったのだ。いつのまにか崖際に居た小さな影が、あの子が、突然の暴風にその小さな体躯ごと吹っ飛ばされているのを。


「……!」


 暴風の中、崖下へと落ちる瞬間の彼女と目が合った。瞬間彼女は、赤髪のあの子は、笑っていた。全てを諦めた空虚な笑みを浮かべたまま、その小さな体は崖下へと落ちていったのだ。

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