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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第一章 マンホールの底からこんにちは
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十話「リュックの変化」

「さてと、そんなわけで探そっか! シロ様を綺麗にできるもの!」

「……だから、我は犬ではない」


 先程までの切なげな雰囲気はどこへやら。いつまでも感傷に浸っている場合ではないと、私たちは改めて荷物の検査を行うことにした。リュックを前に意気込む私の言葉に、シロ様は不満そうに眉を顰める。その不機嫌そうな顔に、別に犬と思っているわけではないのになぁと思いつつ。ただぴんと立った頭の獣耳は、確かにペット的な意味で可愛くはあった。


「……まぁまぁ、ね? 開けるよ?」

「……ああ」


 とりあえず雑に宥めて伺いを立てる。未だ寄った眉は元の位置に戻ってはいなかったが、それでもひとまずは飲み込んでくれることにしたようだ。こくりと頷いたシロ様は、私から少し離れた位置でしゃがみ込む。どうやら血の臭いが得意ではない私を気遣って、少し離れてくれているらしい。それに少し申し訳なくなりつつも、私はそんな彼からリュックの方へと視線を移した

 さて、リュックの中身。私が覚えている限り、高校入学と同時に買ってもらったこのリュックには普遍的な教科書や筆記用具、お弁当箱に裁縫道具くらいしか入ってなかったはずだ。だがあのエコバックと同じようにこのリュックも変化をしているのなら、何か今の状況の助けになれる形に変容している可能性もあるかもしれない。


 ……そういえばエコバッグにだけ注目していたが、あのじゃがいもと人参と玉葱、そしてお肉も何かしら変化しているのだろうか。仮に異世界風に変化していたらどうなっているのだろうと内心首を傾げつつ、私は恐る恐るとリュックのチャックを引っ張った。果たして中身はどうなっているのかと、期待感と若干の恐怖を抱きながら。


「……ひっ!?」

「っ、どうした!」


 しかし開けた先、リュックの中に広がっていた光景に私は思わず短い悲鳴を上げる。その声に反応したのか、直にシロ様は私とリュックの間に入るように飛び込んできて。しかし彼もまた、リュックの中を見て息を呑む。それほどまでに、リュックの中身は異様だった。


「……なに、これ。ブラックホール……?」


 チャックを開けた先、そこにあったのは私が想定をしていたような教科書が所狭しと重なる光景ではない。そこにあったのは、真っ黒な空洞がリュックの中に広がる姿。ずももも、という効果音が聞こえてきそうなほどの威圧感を持って、その黒はそこに佇んでいる。全てを飲み込まんとするようなその姿は、不気味の一言だった。


「……成程」

「え……?」


 利便性を重視した紺色に僅かな白いラインが引いてあるだけの、地味なリュック。とはいえ高校入学と同時におじいちゃんに買ってもらったこのリュックは、私の高校生活を支えてくれた相棒だった。友達の椎葉ちゃんには「もっと可愛いのを買ったら?」なんて呆れられてしまったが、それでもポケットが多く使いやすいこのリュックは確かに私のお気に入りだったのである。

 そんな慣れ親しんだ持ち物が異質に変化してしまったことに怯える私を他所に、シロ様はそこで何か納得したかのように頷く。それについていけずに途方に暮れたような声を零した私に一度確認するように視線を向けて、そうしてシロ様はそのリュックの黒い空洞へと手を突っ込んだ。


「っ!? ちょ、何やってるの!?」

「……問題ない。これはただの空間機能が付与されただけの鞄だ」

「……うん?」


 その突然の行動に呆気にとられて、しかし私は慌ててシロ様の腕を掴む。そうしてそのまま手首の先が異空間に呑まれた彼の手を、何とか引っ張り出した。手首の先が残っていることを確認して安堵しつつ、得体のしれないものに手を突っ込むなんて何を考えているのかとシロ様を睨んだ私。けれどそこで心底不思議そうに首を傾げてこちらを見つめてきた彼の言葉に、私も首を傾げることになった。勿論、空間機能という馴染みのない言葉にである。


「稀に遺跡などで発掘される道具には、今の人類が成せない能力がついた道具がある」

「……エコバッグの時みたいに腐らない、みたいな?」

「そうだ。どれも神聖時代に居た神々が作ったと言われている」


 そして私がどこに疑問を覚えたのか、彼はそれを正しく理解したのだろう。リュックを自分の方に寄せて興味深そうに探り始めたシロ様は、いつものように淡々と説明を始めてくれた。得体が知れない物体になったリュックに触る彼が少し心配ではあったが、問題ないという言葉を信じた私はその説明に耳を傾ける。つまるところ、このリュックもさっきのエコバッグと同じで何かの能力がついたということらしい。それにしては見た目が異様過ぎるが。

 神聖時代。それは私達の世界で言う旧石器時代とか縄文時代とか、そういう物の類なのだろうか。苦手だった歴史の授業を思い出して思わず眉を寄せるも、神様が作ったというのならバッグやリュックのトンデモ感も少し納得だ。寧ろこの世界の人がそんな超常的なことができないということに、少し安堵を覚える。超人だらけの世界で生きるのは、一般的な女子高生には厳しすぎるので。


「これには空間機能が付与されている。つまりは目で捉えきれない別空間がこの鞄にあるというわけだ」

「……それはつまり、どういう? 中で暮らせる、とか?」


 シロ様の言うことは少しわかった。エコバッグの時は能力的に見た目に変化がなかったが、リュックはどうやら付与された能力のせいで見た目が変わったということらしい。つまりこのブラックホールは不気味ではあるが、危険ではないということ。どうやら気づいたらシロ様の腕が取れていた、なんて惨事は起こらない。それはわかった。

 しかし空間機能とは、一体何か。文字列とシロ様の言葉でリュックの中に別空間が広がっているのはわかるが、それは一体何ができるのだろう。例えばリュックの中で暮らすとか、なのだろうか。リュックの中で暮らすのは酸素的に大丈夫なのか、そもそもこの世界に酸素という概念があるのか。冗談めいた思考でそんなことを考えていた私は、けれど次の瞬間度肝を抜かれることとなる。私の言葉に少し呆れた表情を浮かべたシロ様は、溜息混じりに告げた。


「……この中には恐らく、家程度の物が入る」

「……へ?」

「そうしていくら物が入っていても、重量を感じない」


 それは、予想を超える答えで。直ぐに告げられた情報を飲み込めずに、固まった私。そんな私にシロ様は先程持った時も一切の重量を感じなかったと、追い打ちまでも重ねてくる。ちょっと待って欲しい、ただいまの城崎尊はキャパオーバーです。

 チャックを閉じれば何の変哲もないリュック、開ければブラックホール。そうしてその中には家程度の物が入るらしい。いや確かに購入時は、大容量というその言葉に惹かれて買ったのだが。しかしそれにしても、流石に大容量が過ぎるというか。リュックの中で暮らすという私の冗談交じりの想像が、本当に可能になってしまうではないか。


「……能力の返品って、できないかな……?」

「……諦めろ」


 小市民の私でも、このリュックを商業利用したらえらいことになることはわかる。家規模の荷物が運べる重さなしのリュックなんて、どの層も欲しがるものに違いない。更に先程歴史の授業を思い出したせいで、そのリュックが権力者の手に渡ればどうなるかまでを想像してしまった。恐らく、戦争にも有効利用ができるだろう。

 ……まだどんな力があるのも知らないが、シロ様が言うには私にはなにかの力がある。勿論、能力をくれたのはありがたい。なんのオマケか、持ち物にまで能力をつけてくれた神様は恐らく相当慈悲深いのだろう。しかし腐らないエコバッグならともかく、このリュックは小市民には過ぎた力だ。お気に入りのリュックだった物の行く先を案じ思わず青褪めた私を、シロ様は哀れみの目で見つめていた。

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