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四幻獣の巫女様  作者: 楪 逢月
第一章 マンホールの底からこんにちは
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一話「ある日マンホールから落ちまして」

「……よし、これで全部かな」


 見慣れたエコバック、その中身に入った物を確認して私は満足げに笑った。じゃがいもに人参、豚肉に糸こんにゃくとくれば本日の晩御飯は決まったも同然だろう。そう言えば玉ねぎは近所の桜田さんからの貰い物があったなとぼんやり考えつつ、私は帰路をスキップ混じりに歩いていた。

 背中に背負ったリュックは教科書やら裁縫道具やらで重い。その上手下げているお使いバッグの中身だって決しては軽くない。けれどそれでも今の私がご機嫌なのは、家へと帰ればおばあちゃん特製の肉じゃがが待っているからである。


「尊ちゃん、今帰り?」

「あ、こんばんは!」

「気をつけて帰るのよ、この先工事中ですって」

「はーい!」


 狭い田舎町の古びた商店街。当然買い物といえばここくらいしか行く宛はなく、そうなれば当然顔見知りにも出会ったりするものだ。おばあちゃんの知り合いのおばさんに声を掛けられたので、愛想よく返事を返す。手を振れば名前も知らない彼女は、人好きのする笑みを浮かべて振り返してくれた。相手が一方的にこちらの名前を知っている関係は、どう対処すればいいのか時々困る。多分おばあちゃんとの会話の種にでもされているのだろうけど。

 田舎は娯楽が少ない。スマホだなんて贅沢品を覚えた若者はともかく、そういった物を忌避して触れない人は存外多かったりするものだ。そんな彼らの娯楽といえば、昔ながらの噂話で。古馴染みの橋本くんはそれが嫌だと愚痴っていたっけな。まぁプライバシーなんて無いも当然だ。高校生という私達くらいの年頃ならば、嫌に思っても仕方ないだろう。


「……工事中、か」


 遠くで烏が鳴く。おばさんと別れて少し歩いただけなのに、夕焼けは色濃く空を埋めて橙の色を下へと降り注いだ。商店街を過ぎて家へと近づけば近づくほど、夕焼けに焼かれた街は寂しさを増していって。人気が無くて何やら怖い雰囲気だと、私は僅かに肩を震わせた。先程の彼女は工事中だと言っていたはずなのに、何故か周りからは物音一つもしない。


「……はやく、帰ろ」


 お使いに時間を食べられ過ぎてしまったのだろうか。普段の人通りも決して多くはないが、少なくとも私がいつも帰る時間であれば通行人の一人や二人は居るのに。人気も音もなく、聞こえてくるのは烏の声だけ。そんな不気味な状況に少し怯えて、私は歩く速度を速めた。急いで帰らなければいけない、なんてもう小さい子供でもないのに。

 道路だか歩道だかもわからない、田舎特有の境界が曖昧な道をただただ歩く。秋の冷たい追い風に早く帰れと、そう追い立てられるように。そこに先程までのご機嫌な気分はなく、根底に在るのはどこか怯えにも似た感情。急いで帰らなければ、何か大変なことが起こってしまうような気がして。


 そういえば夕焼けが色濃いこの時間を逢魔が時と、そう呼ぶのだっけ。インターネットで得た知識と昔おじいちゃんから聞いた知識が混ざりあって、ぼんやりと頭の中に浮かび上がってくる。視界に映る橙色は相変わらず色濃く、私の視界をいっそのこと真っ赤に染め上げていて。

 私はただその夕日を、じっと睨みつけた。大概のことが科学で理由付けられしてしまう昨今、こんな眉唾物のオカルトを信じるなんて馬鹿らしいのかもしれない。けれどしっかりと見ていなければ何かこの夕日が大それたことを起こすのではないかと、その時の私はそう思ってしまったのだ。ただ空を見上げて夕日を睨みつけながら、帰路を歩く。早く着けと、焦りにも似た感情を懐きながら。


 今思えば、それが失敗だったのかもしれない。


「っ!?」


 ふっと、爪先の地面が消える感覚。焦りのまま夕日から視線を下ろして足元へと向けても、時は既に遅くて。ぽっかりと空いたマンホールへと私は、足の半分を曝け出してしまっていた。大して運動神経も反射神経も良くない私は咄嗟に足を引くことも出来ず、そのまま下へと真っ逆さまに落ちていく。


「っひ……!?」


 落ちていく感覚に声を漏らす。それと同時に、頭の中には様々な疑問が溢れかえった。何故マンホールの蓋が空いているのか、このまま落ちたとして落下距離は以下ほどのものなのか。怪我をしてしまうのではないか、はたまたこのまま落下死するのではないか。そんな最中にもおばあちゃんの肉じゃがのことを考えてしまうあたり、私は筋金入りの食いしん坊だとは思ったけど。

 困惑から怯えへ、そうして恐怖へと感情は徐々に移り変わっていって。けれどそれだけ考えても私は、まだ落ち続けていた。この町の地下はこんなにも深かったのかと、死の恐怖の中にそんな疑問が浮かぶ。それは現実逃避とも呼べた。暗い穴の中では状況は掴めない。今自分がどこにいて、どこがこの穴と命の終着点なのか。人間がどれくらいの高さで死ぬかなんて細かい話はわからないが、恐らくこれだけの滞空時間の後に助かることはないだろう。


 強く目を瞑る。もう少し足元にも注意を向けておけば良かったとそう考えてももう遅くて、ただ私は悔しさに唇を噛み締めた。まだまだしたいことも、なりたいものもあったのに。けれどこんなにも人は呆気なく死んでしまうものらしい。いつかの、彼らのように。


 拝啓、天国の父さん母さん。親不孝かつ祖父祖母不幸の不肖娘、城崎尊は今を以ってそちら側へと向かうことになりそうです。

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