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- III -

幼少期の頃から音楽には慣れ親しんでいる。病弱な両親が早くで他界し、僕は祖母の家に身を置いていた。その時にあった小さいオンボロのキーボードを学校帰りや休日によく弾いていた。友達などいるはずもない。ただ誰かが表現し、作り上げた作品の感性に触れる事ができるだけで僕は十分幸せだった…その当時は。音楽が嫌いになったのは高校生の時だ。曲や詞を書けど書けど、何度も紙を捨てては新しい紙に書くを繰り返す。次第に筆を折り始めて、自身も音楽も嫌悪していくようになってしまった。とりあえず無理矢理にでも何曲か作り上げて公開し、嬉しいことにそれに共感してくれる人も数人はいた。…でも、僕自身は納得できなかった。


『こんなもの虚構だ。偽りの自分でしかない。僕が表現したかったものとは違う。こんなもの…』


僕は完全に自分というものを見失っていた。大学に進学してから哲学本や啓発本も多く読み漁ったが、納得いく答えが見つからない。むしろ、ますます自分が分からなくなる。

・・・知りたい。僕の存在意義を。僕が本当に書きたかった想いを、表現を。それがたとえ誰にも理解されなくとも、汚くて下手くそでつまらないモノだったとしても僕自身が受け入れられるものなのであればそれで十分だ。…僕、天宮拓海の最期までにそれを知り、集大成となる僕の作品を作り上げることが出来れば!





「…君に、下界に住む一人の人間として、僕のコエを聴いて欲しい。」


少女の横から割り込み、ストリートピアノで人間を…僕という存在を表現した。座っていた椅子を僕に譲って少女は立ち上がり、僕の左斜め後ろからその様子を見ている。

黒いダークな世界から始まり、白黒入り混じるグレーな世界へと移り変わり、白いライトな世界へと進む。行き着く先は色とりどりで色彩豊かなビビッドな世界。

そんなものを思い描き、指に乗せた。少女に比べて奏でる音は大きさも切り伸ばしも雑。運指も無駄な力が入り、不器用で硬い。弾きながらも時折、過去のトラウマが蘇り、古傷を抉ってくる。それでも彼女には聴いてもらいたかった。僕の奏でる曲を、僕の伝えたい想いを。

しかし、ダークな世界からグレーな世界へと入る入り口付近のパートで僕の指は止まってしまった。・・・そこから先が何もなかった。何も思いつかず表現できなかった。僕はまだまだ全然、自分に対する理解が及んでいなかったという現実を突きつけられる。…凄く悔しい。あれだけ苦しみ抜いてもまだ足りないというのか。

僕の指はずっと止まったままで続きを演奏することはしなかった。

無理矢理動かして演奏してもそれは偽りの音でしかない。もう以前に学んできていることだから。

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