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その昔、翼をもった人類が本当に下界にいたのだろうか?仮にそうであったとしても天界に住む天使の純白な翼とは違い、罪で穢れた漆黒の翼であろう。それは飛ぶことを許されない形だけのもので役に立たない。しかし、なぜ人類は穢れた翼を切り落とす選択をしたのだろうか。翼を切り落としたところで罪で穢れた部分は禍根として消えることはない。禊を終え、穢れを浄化して元の白色を取り戻すという選択もあったはず。なのに…
「でもね、拓海お兄ちゃん。千佳子は人間に生まれてきてよかったと思っているよ。病室でずっと引き篭もりっきりだけどナースさんは優しいし、拓海お兄ちゃんとも仲良くなれて、こうやってお話もできるし。それと昔、お父さんと山登りした時に木の枝や土の中にいろんな生き物がいてさ、お父さん生き物に詳しいから楽しそうに全部千佳子に教えてくれたんだよ。千佳子たちは空を飛ぶことはできないけれど、その代わりに地上にはいっぱい面白いものや楽しいものがあるんだよね。人間じゃなかったらそう思ってなかったはずだよ、きっと。」
「・・・この地上…下界にいっぱい面白いもの、楽しいものがある…か。」
僕は数日前に出会った天使のような少女との出来事を再び思い出していた。あの少女も語っていた。
『人は美しい』と。
その美しさの真意を知れるのであれば翼の必要性を感じない…人類のサガが実に不思議だと思っているのに、少女本人もそれに理解を示している自己矛盾。その深層を探れば、辿り着く先は『興味がある』という単純明快な解。
未完成で不完全な人類だからこそ、再び純白な翼を持つことに価値を感じなかったのであろうか。そんなものよりも僕ら人類側は各々の手で創造し、曲を作り上げていくことに可能性を見い出したのかもしれない。人類が今は亡き漆黒の翼の禍根を抱えながらも作り出したその曲には『楽しいもの、面白いもの』が凝縮されているのだろう。確かにそれならば人類の作り出す曲の可能性は無限大である。そしてこれから先の人類が奏でるメロディも僕らの生き様次第で形が様々なものに変化していくということだ。
不可視の亡き翼を持つ人類にしか作り出せない音、もっと言えば『僕には僕にしか作り出せない音』がある。あの少女も僕の音の集合体から作り出されるその一曲に期待をしてくれていた。
『僕は…僕自身はこの下界で面白いもの、楽しいものを本当に見つけ出せているのだろうか?・・・千佳子のように、人間に生まれてきてよかったとはっきり言えるのだろうか?』
自然とこんな疑問が浮かび上がってくる。・・・分からない…それが僕の正直な答え。
『下界で生きていくという選択をしてよかった』だなんて、はっきり言い切ることはできない。