第85話「ありえない提案」
「電車の中でも思ったけど、あなたいったい何を考えているわけ?」
佳純はジッと警戒の目を凪沙へと向ける。
一応仲直りをしてはいるし、昔陽が懐柔して以来凪沙はおとなしい。
しかし、過去一度本気で追い込まれたことがある佳純はどこか凪沙を信じきれずにいた。
昔陽が佳純を切り捨てた際に凪沙が何かしたのではないのか、と疑ったのもその疑心感からである。
「別に悪だくみをしているわけじゃないさ。ただ、一つ提案をしたくてね」
「提案?」
笑みを見せる凪沙に対し、佳純は不機嫌そうに首を傾げる。
陽がいなくなってから話を持ち出してきたことが更に佳純の警戒を高めていた。
凪沙は表情からそのことには気が付いているものの、特に気にした様子もなく笑顔で話を続ける。
「二人が幸せになれる可能性があることさ」
「何それ、胡散臭すぎるんだけど」
「ほんと君は、陽君がいないと突き放すことしかしないね。君にとっても真凛ちゃんにとってもいい話のはずだよ」
「…………」
凪沙が呆れたように言うと、それが癇に障ったのかギロッと佳純は凪沙のことを睨み始める。
それにより、先程までとは打って変わって凪沙ではなく真凛が居心地悪そうにしていた。
「ま、まぁまぁ、凪沙ちゃんから何かお話があるようですので、まずはお話をお聞きしませんか? ね?」
明らかに不機嫌となっている佳純に対し、真凛はかわいらしい笑みを浮かべてなだめようとする。
それを見た凪沙は真凛を困らせていることに気が付き、先程とは逆の立場になっているので思わず苦笑いをしてしまった。
「……何を笑っているのよ?」
そしてその苦笑が自分のことを馬鹿にしているのだと佳純に勘違いさせてしまい、更に食って掛かってこられてしまう。
「いや、今のは僕が悪かったよ。それにごめんね、真凛ちゃん。別に僕も喧嘩がしたいわけじゃないんだ」
「いえ……」
「さて、話を元に戻そう。あまり遅いと勘がいい陽君に気付かれちゃうしさ」
「別に、どっちみち凪沙が変なことを企んでることは言うから」
「君は本当に話を最後まで聞きなよ。このままだと、誰も望まない結果に終わるよ?」
「それは……」
凪沙が最後に言った言葉によって佳純は言葉を詰まらせてしまう。
それは、佳純も薄々感じていたことだったからだ。
今の陽と自分たちの関係を客観的に見て、その上真凛の懐き具合や陽の性格を考えるとこの先に待っている未来はドロドロの泥沼。
挙句、陽に多大な負担をかけてしまうことだろう。
そうなることを佳純も望んでいない。
だから、早く真凛の興味を陽から逸らしたいのだ。
まだ真凛は、陽に懐いているだけで依存するほどに本気で好きなようには見えない。
嫉妬しているのだって、飼い主を盗られたくないペットが不機嫌になっているだけのように佳純には見えている。
しかしそれも、時間の問題だ。
真凛が陽と一緒にいれば、いつか必ず本気で惚れて四六時中一緒にいたくなってしまう。
――そう、かつての自分がそうだったように。
だから今のうちに真凛を陽から切り離しておきたい。
争いを嫌う真凛に自分と陽が相思相愛だと見せつければ、さっさと気持ちを切り替えてくれるはず。
佳純はそう考えていた。
「うん、やっぱり佳純ちゃんもわかってるね。だから――」
「――そうね、ここできっちりと話を付けておく必要があるわ」
「いい加減話を聞いてくれる?」
話を遮った佳純に対し、我慢の限界だったのか凪沙は数段トーンが下がった声を発した。
それにより佳純はビクッと肩を揺らし、半ば無意識に真凛の服の袖を握る。
(実際に見るまで信じられませんでしたが……本当に、普段大人のような雰囲気を発しているのに中身は子供な人ですね……)
陽が佳純を放っておけないのもわかる気がする、と真凛は思ってしまった。
「い、言いたいことがあるならさっさと言えばいいじゃない」
「佳純ちゃんがさっきから邪魔をしてたんでしょ……」
疲れたように肩を落とす凪沙。
相変わらずめんどくさい子だな、と思いつつ佳純の顔を見つめる。
その後凪沙は真剣な表情を作り、佳純と真凛の顔を交互に見始めた。
そして――
「僕からの提案は、いっそ君達二人とも陽君の彼女になるってのはどうかなってことだよ」
――常識ではありえない提案を、二人へと投げかけるのだった。







