第5話「綺麗な夜景」
それから真凛はポツリ、ポツリ、と今までのことを話し始めた。
話してしまうのを我慢しようとしても、思わず出てしまうという感じで話すため中々話は進まない。
だけど陽は急かすことはせず、彼女が言葉を飲み込みたくなるタイミングで相槌を打ったり質問を投げかけるだけにとどめた。
真凛は普段とは別人のように付き合いがいい陽の態度に対し、心の中でだけ驚きながらも不思議と心地良さを感じる。
(本当に、不思議な人……)
夕日を見つめる陽の顔を盗み見るようにし、真凛は横目で陽の顔を見つめていた。
先程の陽の言葉に驚かされはしたものの、自分に興味を持っている様子は一切見えない。
それなのに、どうしてここまで自分に付き合ってくれるのか、それが真凛にはわからなかった。
そもそも彼女が知っている陽はこんなことをしてくれるような人間ではない。
だからこそ、余計に不思議だったのだ。
いつの間にか、話をしているうちに真凛の溜飲は下がっていた。
だから真凛は陽に対して困ったような笑みを浮かべる。
「もう、私は大丈夫です」
これで終わりにしよう、そういうつもりで真凛は陽に伝えた。
しかし、陽はその言葉を別の意味で捉えてしまう。
「そうか、じゃあ約束を守ろう。家に帰るの、遅くなっても構わないか?」
「えっ……?」
陽からされた質問に対し、真凛は戸惑い考えてしまう。
家に帰るのが遅くなる――それは、ただの誘いではないと真凛は捉えてしまった。
そのため様子を窺うように陽の目を見つめるけれど、彼はジッと目を見つめ返してくるだけで、何を考えているのかはわからない。
だけど、その瞳は真剣で、邪な考えがあるようには見えなかった。
真凛は少しだけ考えて、ゆっくりと口を開く。
「大丈夫、です……。家にはいつも、私しかいませんので……」
その答えは、陽に対して好意を抱いたから――ということではない。
ただ、陽のことを信じてみようと思ったのと、ここまで付き合わせてしまった罪悪感からの答えだった。
陽は真凛の言葉を聞き一瞬だけ眉を動かすが、その言葉に対しては踏み込むことはしない。
その代わりに、真凛に背を向けた。
「場所を移したいから、付いて来てくれ。交通費は出す」
「交通費……?」
陽が何げなしに言った言葉に対し、真凛は首を傾げた。
いったいどこに行くつもりなのか――そう不思議に思っていると、陽はスマホで電話をかけ始めなぜかタクシーを呼んでしまった。
「あ、あの、葉桜君……? 変なところに連れて行こうとしておりませんよね……?」
さすがにタクシーでの移動ともなれば、目的地が全く見当がつかないので真凛も警戒せざるを得ない。
先程彼のことを信じようと思っていた真凛は、今少し後悔をしているくらいだ。
「心配するな、いいところに連れて行くだけだ」
そして真凛の質問に対して陽が無表情でそう答えてきたため、真凛の不安は更に増すばかりだった。
◆
二人してタクシーに乗って一時間、そして更にそこから十分ほど歩いてやっと目的地に到着をした。
正直真凛はこの時点で結構な疲労を感じており、人気のない道を歩かされていたので不安による心労も募っていた。
しかし――。
「きれい……」
着いた場所から一望できる光景を目にした真凛は、先程まで感じていた疲労や不安は一瞬で消えてしまった。
陽と真凛の前に広がるのは、密集された建物たちから発せられる光の集合体だった。
今居る場所は丘であり、離れた高いところから見ることによって見ることができる光景だ。
その美しさはまるでイルミネーションのようだと真凛は思った。
「気に入ってもらえたか?」
「はい……!」
光の集合体に見惚れている真凛に声をかけると、彼女は誰もが見惚れるような笑顔を陽に向けてきた。
綺麗な風景に溶け込む彼女の素敵な笑顔を目にし、陽は自分の胸が高鳴ったことを自覚する。
(あぁ……こいつはやっぱり、絵になるんだな……)
陽は綺麗なものが何よりも好きだ。
それを見るためなら多少の手段は選ばない。
そして、今までは景色が最も綺麗だと思っていたのに、そこに別の要素が加わる事で更に綺麗なものを見られることを知ってしまった。
この時、陽は珍しくも他人に興味を抱いてしまったのだ。
「ここは、どこなのでしょうか……?」
真凛は陽がそんなことを考えているとも知らず、ウットリした表情と声で尋ねてきた。
それに対し、陽は首を右手で押さえながら口を開く。
「あぁ……俺の地元にある隠れスポットだ。ここを知っているのは俺ともう一人――後は、今しがた知った秋実くらいだな」
「なるほど、確かにそれは隠れスポットですね……。それにしても、ここはかなり学校から離れていたと思いますが、随分と遠くから通われているのですね?」
綺麗な光景に目を奪われながらも、陽の言葉に引っ掛かりを覚えた真凛は思わずそこを突いてしまう。
しかし、それに対して陽は答えることをしなかった。
「…………」
真凛は陽が答えなかったことに対して何かを言うことはせず、黙ってこの綺麗な光景を目に焼き付けることにした。
察しがいい真凛のことだ。
陽に何かあることは一年生の時から理解していたことではあるし、地元から遠く離れた高校に通っていることもそれに通じると判断したのだろう。
少しの間二人とも黙り込んでしまい、二人の間には静寂な時間が流れた。
最初は若干居心地の悪さを感じた陽だが、この綺麗な光景を眺めているうちに気にならなくなる。
それどころか、時折真凛の横顔も一緒に眺めて不思議と幸せな気分だった。
だから真凛が満足するまでこのままでもいいと陽は思ったのだが――その時間は、真凛によって壊されてしまった。
「――葉桜君が晴君を忘れさせてくださるというのは、この綺麗な光景を見せてくださるということだったのでしょうか?」
 







