第50話「ごほうび」
「――佳純ちゃん、おいしい?」
「うん、おいしい」
晩御飯――いつもは会話が弾まない静かな食卓が、今日は第三者の存在によって活気付いている。
陽は隣にくっつくように座るニコニコ笑顔の幼馴染みと、斜め前に座るご機嫌な母親を横目で見ながら溜息を吐きたくなっていた。
前を見れば主食となるご飯が赤く染められ、その上に黒い豆がちらほらと乗っかっている。
二人の関係が進んだ事に対して祝うために作られた赤飯を前にし、母親の誤解を解くことができなかった陽は頭が痛くなっていた。
「それにしても、本当に二人のヨリが戻ってよかったわ〜」
「いや、だからそもそも付き合ってないし」
ご機嫌な母親が頬に手を当てながら嬉しそうに言ってきたので、陽はすかさずそのことを否定する。
すると、隣で佳純が拗ねたように頬を膨らませて物言いたげな目を向けてくるが、陽はあえてそちらには視線を向けず母親の顔を睨んだ。
しかし――。
「はいはい、照れない照れない」
母親には照れ隠しと思われ、全く相手にしてもらえなかった。
先程からずっとこの調子だ。
「しつこいな! だから違うっての!」
「じゃあ何、陽は彼女でもない子を押し倒していたの?」
あまりにも話を聞かないので陽が声を張り上げて怒ると、母親の雰囲気がゴロッと変わる。
それは、触れてはならない怒りの化身のような雰囲気を纏って陽の顔を見据えていた。
「だ、だから、別に押し倒していないんだって……」
母親の雰囲気が変わったことで、陽は蛇に睨まれた蛙のように体を硬直させながら誤解を解こうとする。
ダラダラと汗が顔を流れ、現在陽は心臓を母親に握られているような感覚に襲われていた。
(おばさん、相変わらず陽にだけはきびしいし、陽も怒ったおばさんには弱いんだよね)
そんな陽と母親のやりとりを見慣れている佳純は特になんとも思っておらず、まるで他人事のように二人のやりとりを見つめる。
陽の発言には思うところがあったけれど、陽の母親がいる限り何も言わなくても守ってもらえるのでこの空間は佳純にとって居心地がよかった。
そして、いつもお説教を喰らうと陽はその後佳純に対して凄く優しくなるので、密かにこの後が楽しみになる。
「佳純ちゃんにあんな恰好までさせてそんなことが通ると思ってるの?」
現在、佳純の服装は遊びに来た時の状態に戻っている。
陽の母親が部屋に入ってきた時、佳純は恥ずかしそうにしながらすぐに服を着始めた。
その行動により陽の母親は、恥ずかしがる佳純を陽が無理矢理脱がせ、そのまま押し倒したのだと判断したのだ。
陽からすれば、前に家の前で平然と薄着のまま待ち構えていた佳純が今更恥ずかしがるとは思えず、どうせ母親が誤解をするように演技をしただけだと思っていた。
しかしそのツッコミも、母親が目の前にいる限りできやしない。
陽はフツフツと怒りを募らせながら、目の前で見据えてくる母親をどう凌いだものかと考えを巡らせる。
そして――。
「お前、ちゃんと説明しないのならもう相手しないからな」
自分で解決するのはやめ、母親をたやすく説得できる人間に脅しをかけることにした。
「――っ!?」
一人浮かれ気分だった佳純は陽の言葉を受け、『がーん!』とショックを受けた表情をする。
当然そのやりとりを見た母親は陽のことを怒ろうとするのだが、ここで陽に捨てられると困る佳純は慌てて陽と母親の間に体を割り込ませた。
「お、おばさん、大丈夫! 私が陽をからかってただけだからもう怒らないで!」
「佳純ちゃん、無理しなくていいのよ? こんな性根の曲がったことを言うような男庇う必要ないからね?」
「ち、違うの、本当に私がからかってただけだから……!」
ここで陽のことを叱られると、陽の母親がいる場所以外では口も聞いてもらえなくなると理解した佳純は涙目で首を横に振る。
しかし、それにより母親の怒りは増した。
「陽、佳純ちゃんが帰ったら覚えてなさいよ」
そう言って陽の顔を睨む母親。
どうやら佳純が帰った後に説教するつもりのようだ。
そんな母親を前にした陽は、ゆっくりと口を開く。
「佳純」
「おばさん……!」
そして陽に名前を呼ばれた佳純は、懇願するかのように陽の母親のことを呼んだ。
それにより、佳純の言葉を無下にできない陽の母親は悔しそうにしながらもグッと黙り込む。
どうやら佳純のために怒りを我慢したようだ。
(――よし、これからはこれでいこう)
初めて母親を凌げた陽は、味をしめてこれから佳純を盾にすることを心に決めるが――。
「……ごほうび」
部屋に戻った後佳純がご褒美を求めてきたことで、今後この手は二度と使わないと思い直すのだった。
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