第3話「強い人間こそ脆い」
それから数分間、真凛は夕日に視線を向け続けた。
その間陽は何を見ていたかというと、綺麗な夕日ではなく彼女の横顔を見ていた。
儚く消えてしまいそうなくらいに弱々しい表情は、不思議と陽の心を掴んでしまう。
きっとそれには夕日に照らされていることも関係しているのだろう。
しかし、それを差し引いても美しいことには変わりなかった。
(我ながら、嫌な性格をしているな……)
振られたことで引き出された表情を綺麗だと思ってしまった陽は、心の中でだけそう自嘲気味に笑う。
陽は綺麗な物や美しい物――そして、幻想的な物が凄く好きだ。
だから休日は綺麗な景色や幻想的な空間を求めてよく遠出をしている。
それくらい綺麗な物に魅了されてしまう陽だが、今まで人に対してその感情を抱いたことはない。
それなのに、自分ですら不思議と思うくらいに陽は真凛の横顔に魅了されてしまった。
例えその表情が告白で振られたからこそ引き出されていたとしても、綺麗であれば陽にとって問題はなかった。
同時に、そんなふうに考えてしまう自分に対して呆れてもいるのだ。
やがて、横顔を見つめられていることに気が付いた真凛が、はにかんだ笑顔で陽の顔を見上げてきた。
「私の顔に何か付いておりますか?」
どうして陽が見つめていたのか――それは、察しがいい彼女なら既に気が付いていたことだろう。
見た目は天然系の小動物に見える彼女だが、実際の性格や考え方は天然からほど遠い。
要は気配りができる大人の女性で、とても賢いのだ。
だから彼女は誰よりも容姿が優れていることを自覚している。
その上で、お高く留まったり鼻にかけたりしないとてもいい性格をしていた。
だけど、それがいつもいい方向に向くとは限らないのが現実だ。
「お前は強いよな」
「えっ……?」
予想外の言葉を言われ、真凛のクリクリとした瞳が一瞬だけ大きく開かれる。
陽はそんな彼女の目から視線を逸らし、再度夕日へと視線を向けた。
「嫌なことがあってもいつも笑顔でいようとするし、辛いことがあってもすぐに笑おうとする。普通の人間なら誰かに打ち明けて慰めてほしいと思うようなことでも、お前はあえて笑おうとする。そんな心が強い奴他には知らないよ」
陽は真凛のことが苦手だが、それは嫌いという意味ではない。
むしろ尊敬できる人間だと思っていた。
「驚きました……葉桜君に、そのように思って頂けていたなんて……」
てっきり陽に嫌われていると思っていた真凛は、言葉にした通り驚いたように陽の顔を見つめる。
まるで信じられない物でも見ているかのような表情だ。
「俺だけでなく、秋実を知っている人間のほとんどがそう思っているだろ」
別に真凛は陽だけに対してそのような態度を取っているのではなく、全員の前でそのような態度をとっている。
だから必然、皆陽と同じ感想を抱いているはずだ。
しかし、全てが同じ考えを抱いているというわけではない。
秋実真凛という人間は見た目とは反するように強い子だ、という考えは同じだ。
だけど、強いからといって傷つかないというわけではない。
そのことを錯覚する人間は多く、おそらく先程真凛を振った晴喜も、錯覚している側の人間だ。
だからこそ、真凛を追うことをしなかった。
それが結果的に正解だったとはいえ、別の女の子であれば晴喜は後を追いかけていただろう。
彼はそのようなお人よしの性格をしている。
それなのにどうして真凛を追わなかったのか――それは、彼女ならすぐに立ち直ると思っているからだ。
彼が取った行動は結果的に正解だった、それは変わらない。
しかし、その後にしないといけないことを彼は考慮できていそうにはなかった。
あの現場を目撃した陽は、そう判断して真凛の後を追いかけたのだ。
陽と晴喜の認識の違い――それは、強い人間こそ本当は脆いというのを知っているか知っていないかの違いだった。
陽は知っている。
普段強く見せている人間が、弱い一面を見せた時の危うさを。
どんな時でも笑顔でいようとしている真凛なのに、振られた直後は我慢が出来ず泣いてしまい、その後すぐに逃げてしまった。
本来の彼女であれば何がなんでも笑顔で取り繕いきっただろう。
彼女の懐の広さは陽のような男を気に掛け続けていたくらいに異常な広さだ。
そんな彼女が取り繕いきれないほど晴喜への想いは強かったことになる。
要は、振られた際に受けているダメージが大きすぎるのだ。
現に、第三者である陽の前で彼女は我慢できずに長い時間泣き続けてしまった。
今でこそ笑顔で話しているものの、それも無理をしているのがありありと伝わってきている。
それを自然回復に任せるのは危険だった。
少なくとも、この想いを真凛は引きずり続けてしまい、学校で晴喜たちの姿を見かけるたびに傷つき続けるだろう。
そうなったら最後どのような道を選ぶか、可能性としては最悪なケースだってありえる。
だから晴喜がしないといけなかったことは、すぐにでも彼女をケアしてくれる人間を探すことだった。
(まぁ、振った相手をそこまで気にかけろっていうのも難しい話だけどな……)
だからこそ陽は晴喜に何かを言うのではなく、自分で行動に移すことにした。
葉桜陽は、決してお人よしというわけではない。
見ず知らずの誰かを救おうなんて、そんな善人ぶった考えも持ち合わせていない男だ。
だけど、少なくとも自分を気にかけ続けてくれた人間に対しては、義理を果たす人間だった。
「でもな、辛い時は吐き出していいと思うぞ。強い人間だって泣き言を言いたくなることはあるんだからな」
そう言う陽は、夕日から視線を戻して真凛の目をジッと見つめた。