第32話「結末とこれからのこと(修羅場不可避)」
陽は晴喜から相手の名前、されていたこと、やられ始めた時期などの全てを聞き出すと、彼らから離れてあるところに電話をかけた。
『――にゃはは、君が僕を頼ってくるなんて珍しいこともあるもだにゃ〜。でも、生憎僕人気者だから、忙しくて〜どうしよっかにゃ〜?』
「あぁ、そうか。じゃあ他をあたるからいい」
電話越しに聞こえてきた愉快そうに笑う声に対して、陽はすぐに電話を切ろうとする。
まず最初に電話越しの相手にかけただけで、今回陽にはいくつものやり方があった。
その選択肢が一つ潰れたところで特に困りはしないのだが――。
『わわ、待った待った! 久しぶりに電話してきたくせにその対応は冷たくないかな!?』
「忙しいんだろ?」
焦って素の口調に戻った相手に対して、陽は再度そう言って電話を切ろうとする。
すると、相手は更に焦ったように口を開いた。
『君と僕の仲でしょ、予定ぐらい空けるよ! 本当に君はいじわるだよね!』
「いや、俺はお前とそこまで仲良くなったつもりはないんだが……」
『君はほんっとうに、何年経っても変わらないね!?』
「まぁそんなのはどうでもいいが」
『よくないけど!?』
流そうとする陽に対し、懸命に噛みつく電話越しの相手。
しかし陽は、特別視している相手以外は基本的に取り合わない。
「早急に対処したい事案がある」
『む、無視……。君ぐらいだよ、僕をこんな雑に扱うのは……』
そう言いながらも、どこか嬉しそうな声が聞こえてくるので陽は眉を顰めた。
(電話する相手、間違えたか?)
そんなことを考えながら陽は口を開いた。
「それで、協力してくれるのか? 報酬はネタの提供と金だ」
『もう、仕方ないにゃ〜。今回だけ特別だよ?』
陽が勝手に話を進めると、電話越しの相手はまた若干猫語を混ぜて喋りだした。
この口調は知り合った時から続いており、本人からしたらキャラ付けらしいので陽は特にツッコミを入れることはしない。
「あぁ、助かる。ついでに、今から送る奴らの素性などもしっかりと調べてくれ」
『にゃんで? 叩き潰すだけじゃだめなのかにゃ?』
「一応裏を取っておきたいのと、どこまでしていいのか、という判断材料にしたい。また、他にも何かやってるのなら、そちら方面を理由に俺たちが動いた体を取りたいんだ」
『にゃるほど〜。君を頼ってきた人物が万が一にも報復されないためにゃ〜。それにしても、君が佳純ちゃん以外のことで動くなんてめっずらしぃ〜』
「色々とあるんだよ」
『真凛ちゃん、かわいいもんにゃ〜』
「――っ!」
電話相手から真凛の名前が出てきて、陽は思わず息を呑む。
陽がこの相手と話しをしたのは久しぶりで、少なくとも真凛の存在を話したことはない。
それどころか、ほのめかしたことすらないはずだ。
それなのに相手が知っているということは――。
「相変わらずだな、ストーカー」
陽はスマホを耳に当てたまま、視線を屋上の入口へと向けた。
すると、錆びたドアがギィーッと開き始める。
「人聞き悪いことを言わないでほしいにゃ〜。ストーカーじゃなく、探偵。事件、依頼の匂いがしたら飛んできてるだけにゃ〜」
現れたのは、猫耳の形をした帽子を被る学生らしき存在。
女の子みたいにかわいらしい顔付きをしているが、服装は男物を着ている。
真凛と晴喜は現れた人物の顔を見て凄く驚くが、陽は二人の反応をスルーしてその人物に話しかけた。
「おい、部外者は不法侵入だぞ? というか、わざわざ顔を出す必要はあったのか? 凪沙」
陽たちの前に現れたのは、神風凪沙。
高校生ながら探偵をしている少し変わった人間だ。
そして、陽と共通した部分も持つ。
「にゃはは、依頼を引き受けるに当たって直接許可をもらっておきたいことがあるんだにゃ〜。一応、全国に流れるものだからにゃ~」
凪沙はかわいらしい笑顔を見せながら陽に近付いてくる。
そして、そんな凪沙に視線が釘付けになっていた真凜が、ゆっくりと口を開いた。
「な、凪沙ちゃん……! 現在人気動画配信者の中でトップ10に入ってる、懲らしめ系動画配信者の凪沙ちゃんですか!?」
真凛の言葉を聞き、陽は凪紗に対して、いつの間にそこまで人気者になっていたんだ、と疑問を思い浮かべる。
(いくら顔がかわいい系とはいえ、男が猫語を使うなんて嫌がられそうなのに、世の中わからないものだな……)
「ご紹介どうもにゃ。その通り、凪沙だにゃ」
凪沙が挨拶と同時にお決まりの猫ポーズをすると、真凜は興奮して拍手を始めた。
(こいつ、意外とミーハーなんだよな……)
陽は真凛の反応に対して苦笑いをしながら、凪沙の頭に手を置く。
「とりあえず、人のことを嗅ぎ回っていたことは後で説教するからな」
「にゃ!? 僕が色々と知ってたからこそこれからスピード解決できそうだっていうのに、それはないと思うのにゃ!」
「それとこれとは話が別だ」
「にゃ〜!」
凪沙の主張を陽がバッサリと切り捨てると、凪沙は悲鳴に近い声をあげてしまった。
そして、二人のやりとりを見ていた真凛といえば――。
「お、お二人は、どのようなご関係で……?」
陽と凪沙の関係が凄く気になってしまっていた。
しかし、まだ打ち明ける時ではないと思っていた陽はゆっくりと首を横に振る。
「今はそんなことよりも優先しないといけないことがある。凪沙、実際にどれくらいかかる?」
「ん〜、既に相手の情報は調べつくしてるし、証拠もたくさん持ってるにゃ〜」
「つまり、後は木下の許可さえ下りれば今日中に方がつくってことだな?」
「そういうことにゃ〜」
凪沙の答えを聞いて、さっきまでの電話でしていたやりとりはなんだったのか、と少しツッコミたくなる陽だが、思っていたよりも早い決着になりそうなので目を瞑ることにした。
その代わり、凪沙を交えて晴喜にこれからすることの説明をし、陽は凪沙とともに実行に移すのだった。
◆
次の日の放課後――陽は、真凛によって屋上に呼び出されていた。
「本当に、たった一日で全て解決してしまわれたのですね……」
昨夜、真凛のスマホに晴喜からもう大丈夫だという連絡が入った。
真凛は、晴喜をいじめていた人間達が悪さをしている動画がアップされることは知っていたが、まさかそれだけでこんなにも早く解決するとは思っていなかった。
だから驚いた様子を見せているのだ。
――まぁ当然、それだけで解決したわけではないのだが。
「凪沙のチャンネルであいつらの今までの悪事は公になったから、あいつらの少年院行きは確定だろうな」
しかし、陽は動画をアップした以外に何をしていたのかについては、真凛には伝えない。
昨夜陽と凪沙は動画を更新したと同時に、いじめをしていた男たちの元にも向かったのだ。
そして、金に物を言わせて彼らに一夜だけ地獄を見せた。
結局はそれにより彼らの心は折れたのだが、あまりそういった事情を真凛に知られたくない陽は話したくないのだ。
「まぁそれにしても、中々のクズだったな。木下だけじゃなく他にもいじめをしていて、そいつらの金を巻き上げてたり、万引きの常習犯だったりと、正直救いようがない」
だからこそ、陽は容赦をしなかった。
晴喜へのいじめは中学一年生の時から始まっていたらしく、それが次第にエスカレートして彼らを調子に乗らせていたのだろう。
いじめや万引きは相手の人生を狂わせる行為。
そんなことをしたのなら、それ相応の報いを与えるのは当たり前だと陽は思っていた。
「そんな人たちには見えなかったのですけどね……」
「お前、前に根本に人を見る目には自信があるって言ったらしいな? 悪いけど、お前に人を見る目はない」
真凛の言葉を聞いた陽は、厳しい口調と冷たい声色でそう発した。
それを聞いた真凜は悲しそうな表情をして落ち込んでしまう。
「そんな、いじわるを言わなくてもいいと思うのです……」
「いや、お前は人が良過ぎる。だから、もっと人を疑うことを覚えろ」
口は悪いが、陽は真凛のことを本気で心配してそう忠告した。
ひねくれた晴喜に、自分の都合で彼女の傍にいようとした陽。
そして、晴喜をいじめていた奴らに、真凛を邪魔者扱いしていた佳純。
今でこそ真凛は佳純に対しては色々と感情を抱いているが、それまでは佳純のことを憧れの人のように見ていた。
これだけ酷いメンバーが傍にいてもなお相手を警戒できない真凜は、今後悪い奴に嵌められかねないと陽は懸念したのだ。
だから、考え方を見直してほしかった。
「人を疑うってとても辛いことですよね」
「そうだな。でも、実際この世にお前みたいないい奴なんてほとんどいないんだよ。大なり小なりあれど、誰かしら相手に暗い感情を持っていたり、利用しようと思っている。それが人間だ」
「それは、葉桜君もですか……?」
真凜は潤んだ瞳で陽のことを見つめながら、そう尋ねてきた。
思わぬ返しに一瞬陽は息を呑むが、真凛の目を見つめ返して頷く。
「あぁ、そうだ。お前と一緒にいようとしたのだって、それが俺にとって利になるからだよ。誰もお前のためにやっていたわけじゃない」
陽のその言葉を聞いた瞬間、真凛の瞳は大きく揺れる。
裏切られた、そう思ったのかもしれない。
少なくとも何かしらの動揺があるのはわかった。
「その、利になるとは……?」
「さぁな」
真凛の問いかけに対し、陽は首を傾げてとぼける。
さすがの陽でも、綺麗な景色に溶け込む真凜が一番綺麗だったからもっと見たいと思った――なんて臭い台詞は言えないのだ。
それに、ここで答えたところでもうそれは過去の話だ。
「私が葉桜君と共にいることは、あなたにもいいことだということなのですね?」
「あぁ、そうだな。だけど、この関係ももう終わりだ」
「…………」
陽の言葉を聞き、真凜は黙り込んでしまう。
とても賢い女の子なので、既に理解していたのかもしれない。
「よかったな、木下と仲直りできて。今度はもう邪魔は入らないだろうから、頑張れよ」
陽はそれだけ言うと、踵を返した。
陽と真凛の関係は、失恋した真凛に晴喜のことを忘れさせるためのものだった。
しかし、今回の一件で晴喜と真凜は元の仲良し幼馴染みに戻ることになった。
晴喜の心が不安定だから元通りになるのはまだ時間がかかるだろうけど、それも時間の問題だろう。
そして、そこに陽がいてしまうと関係の修復に時間がかかることを陽は理解していた。
だから、この一件が落ち着いた時点で真凛とは縁を切ることにしていたのだ。
もちろん、惜しいことをしていると陽も思わないわけではない。
ただ、まだ佳純との約束があり、彼女の気持ちを知っている陽としては真凛と一緒にいるのは思うところもある。
だから、これはちょうどよかったのだ、と陽は自分に言い聞かせていた。
しかし――。
「だめ、ですよ……?」
なぜか、立ち去ろうとした陽の服の袖を真凜は掴んできた。
「秋実……?」
陽が振り向くと、真凜は俯きながら陽の袖をギュッと力強く掴んでいる。
「約束は、ちゃんと守ってください……」
「いや、約束って――」
もう必要ないだろ?
そう言おうとした陽だが、顔を上げた真凛の顔を見て思わず言葉をとぎらせてしまった。
陽の顔を見上げた真凛の顔は真っ赤に染まっており、そして目は潤んでしまっている。
幼い顔つきにもかかわらず、不思議な色っぽさがあった。
「私が、晴君のことを忘れられるようにしてくださるんですよね……?」
「それはもう、必要ないだろ……?」
「女の子を、甘く見ないでください……。もう、元通りになんて戻れませんよ……」
それはどういう意味なのか。
今の陽にそれを聞き返すことはできなかった。
「木下がショックを受けるんじゃないのか……?」
「昨日、あの後二人でちゃんとお話しました……。これが、私たちの答えです……」
「なるほど……」
二人が納得しているのなら、もう陽に言えることはない。
ましてや最初に始めたのは自分だ。
真凛が望んでいない以上、勝手に終わらせることはできないだろう。
「本当に、いいんだな?」
「はい」
短く、しかし熱がこもった声を出して真凛は頷いた。
それを見た陽は、息を吐いて真凛の目を再度見つめる。
「それじゃあ、また週末空けといてくれ」
「あっ、はい……!」
遠回しの言い方をした陽だが、しっかりと真凛には通じており彼女はとても嬉しそうに頷いた。
描いていた結末でも、望んでいた結末でもない。
だけど、陽は嬉しそうにする真凛を見てなぜか少しだけホッとした。
しかし――。
(これ、絶対にやばいよな……?)
嬉しそうに笑みを浮かべている真凛から顔を背けた陽の頭には佳純の顔が横切り、これから先修羅場が待っている気しかしないのだった。
これにて第一章は終わりとなります!
楽しんで頂けていましたら、評価やレビューをして頂けますと嬉しいです!
多くの方に読んで頂きたいです(#^^#)
また、新キャラが出てきましたが、メインヒロインではないです!
この作品は、真凛、佳純のダブルメインヒロインでいきます(*´▽`*)
そして、次章――いちゃいちゃ満載、そして修羅場も満載でいきます!
これからも楽しんで頂けますと幸いです!







