第2話「夕日に照らされる彼女の横顔」
「多分屋上、だな……」
今もなお聞こえてくる階段を上る足音で、陽は真凛がどこに向かっているのかを理解する。
だから慌てて追いかけることはせず、追いついた後にどう声をかけるかという方向へと思考を切り替えた。
やがて、錆びれてしまったドアの前へとたどり着く。
錆びれたドアをゆっくりと開けると、ギィーッと耳障りの音がしてしまった。
「晴、君……?」
その音のせいで、先客は期待したかのような涙目を陽に向けてきた。
しかし、追ってきた人間が別人だと気が付くと途端に気まずそうな表情に変わってしまう。
そして、すぐに顔を背けてしまった。
「悪いな、木下じゃなくて」
期待を裏切ってしまったことに対して陽は素直に謝る。
「いえ、私のほうこそごめんなさい。お話しをさせて頂くのは一年生の時以来ですね、葉桜君」
陽の謝罪に対し、真凛は顔を背けたまま努めて明るい声を出した。
(相変わらず凄いメンタルだよな、こいつは……)
実は、陽は噂以外でも彼女の事を知っていた。
いや、正確には彼女含め先程の三人組とは面識がある。
というのも、一年生の時に陽は彼女たちと同じクラスだったのだ。
「まぁ、そうだな」
「今日はどうなされたのですか? あなたがこの時間に帰っていらっしゃらないのは珍しいですね。それに、屋上にこられたことも」
「俺でもたまには放課後に屋上へと来たくなることだってあるさ」
「そう、ですか……。ごめんなさい、今はその……葉桜君とお話をする余裕はないです……」
陽の言葉からすぐに立ち去らないことを理解したのだろう。
変に取り繕うのはやめ、素直に自分の今の状態を伝えてきた。
ここで陽にどこか行くように言わないのは彼女が優しいからである。
他人に対して迷惑を掛けたくない、傷つけるようなことをしたくないと思う子だ。
だからこそ、唯一陽に対しても対等に話してくれる。
「気にするな、俺から話しかけるつもりはない」
「ありがとう、ございます……」
真凛はお礼を言うと、屋上の隅――フェンスまで移動してしまった。
まさか飛び降りないとは思うが、一応陽は彼女の行動に注視する。
しかし、彼女はフェンスに手をかけるだけで登ろうとはしなかった。
その代わり、フェンス越しに運動場へと視線を向けた。
今は放課後なため運動場ではいろんな運動部が元気よく活動をしている。
真凛の想い人は運動部でないためそこにはいないはずだが、ただ単に景色を眺めたかったのかもしれない。
だけど、当然屋上へと来た本当の目的はそれではない。
少しして彼女はギュッとフェンスを握りしめ、小さく肩を震わせ始めた。
「ひっく……ぐすっ……」
小さく漏れ出る声は風に乗り、無情にも彼女の今の気持ちを語りながら陽へと届いてしまった。
陽は言葉にした通り彼女へと慰めの言葉をかけることはせず、ただ黙って目を閉じる。
そして、時間が流れることだけを待った。
やがて――二時間が経った頃、ようやく彼女は顔をあげる。
その頃には太陽は沈み始めていて、夕焼けに染まった屋上は綺麗なオレンジ色に包まれていた。
そんな中、彼女はニコッと陽に笑顔を向けてくる。
「ごめんなさい、みっともないところをお見せしてしまいましたね」
屋上のドアが開く音がしなかったことから、彼女は陽が立ち去っていないことに気が付いていたのだろう。
それでも泣いている姿を見られたことに対して咎めてくるのではなく、陽に対して気遣いを見せてきた。
正直に言うと、陽は真凛のことが苦手だ。
一年生の時には放っておいてほしかった自分に話しかけてくるどころか、色々とお節介を焼いてきていた。
その上、何かあるといつも真凛は自身を責めるだけで他の誰かのせいにしようとしない。
そんないい子の代表であるかのような彼女に対して、陽はどう接したらいいのかわからなかった。
彼女が優しいだけあって、他の人にするような突き放す態度はさすがの陽でもしづらいのだ。
「謝られる理由がわからないし、みっともないところを見たつもりもない」
「……ご質問、させて頂いてもよろしいでしょうか?」
陽の態度を見て、真凛は少しだけ考えた後に聞きたいことがあると言ってきた。
何を聞きたいのかは察しがつくものの、陽はコクリと頷くだけで彼女に会話のボールを返す。
すると、彼女は気まずそうに笑って口を開いた。
「もしかして、晴君たちとのやりとりを見られてしまいましたでしょうか……?」
「さて、なんのことかわからないな。俺はただ、この綺麗な夕日と夕焼けを見に来ただけだ」
明らかに下手な誤魔化しではあったが、陽は見ていないと主張をして夕日に視線を向けた。
これは別に見ていたことを咎められると思って誤魔化したわけではない。
振られた彼女があの光景を誰かに見られて喜ぶはずがないので、そう誤魔化したのだ。
もちろん、真凛が騙されない事も理解している。
夕日を見るにしては随分と早く陽は屋上を訪れていたし、普段泣かない真凛が泣いていることを目にしても動揺どころか疑問すら浮かんでいる様子を見せていない。
そのため、明らかに事情を知っていると真凛にはわかってしまうのだ。
だから陽は真凛が騙されなくていいと思っている。
ここで大事なのは、見たということを言葉にしないことだからだ。
少なくとも言及さえしなければ、例え知っていたとしてもこちらは言いふらすつもりはないとアピールできる。
陽の性格を少なからず理解している真凛にはそれだけで十分だと陽は判断していた。
「夕日、お好きなのですか……?」
予想通り、真凛はもう先程の話題には触れてこなかった。
それどころか、気分転換に利用するために陽が言った言葉へと話を膨らませたようだ。
「好きだな。秋実はこの綺麗な光景を見て何も思わないか?」
陽は真凛の質問に答えた後、今度はこちらから質問を投げる。
そして彼女へと視線を向けると、彼女は潤んだ瞳で夕日を見つめ始めたところだった。
「確かに……綺麗ですね……」
どうやら彼女もこの風景が気に入ったようだ。
だけど、その表情はどこか寂しそうで、悲しそうに見える。
夕日に照らされるそんな彼女の横顔を――失礼ながらも、陽は綺麗だと思ってしまった。