第16話「あてこすりと癒やしの猫」
その日の夜――膝の上で丸まって眠るにゃ〜さんを撫でながら、陽はパソコンを弄っていた。
あの後真凛からの接触はあったものの、結局佳純からの接触はなかった。
今も時々スマホを確認しているが、何度確認しても佳純からメッセージは届いていない。
(あそこまで言っても駄目、か……)
負けず嫌いな佳純なら煽ることで話し合いの席に着かせることができるかと考えたが、どうやら期待外れだったらしい。
そんなことを考えていると、陽のパソコンに一通のメールが届く。
そのメールを開くと、中にはこう書かれていた。
『できた、確認よろしく』
短く一文で済まされた言葉。
主の素っ気なさを全面的に表しているメールを見て、陽は苦笑いを浮かべてしまった。
「絶対に今日の当てこすりだな……」
陽は半ば呆れながらも添付されていた二つのファイルを確認する。
片方のファイルを開くと、誰もが思わず耳を傾けてしまうほどに綺麗な声が聞こえてきた。
陽はその声を聞きながら、予め自分が用意していた動画ファイルを開いてその声と共に動画を流す。
そして、それをすべて聞き終えた後にもう一つ添付されていたファイルを開いた。
今度は、声ではなくピアノを用いて作られたBGMが聞こえてくる。
相変わらずの完璧な仕事に再度陽は苦笑いを浮かべてしまった。
(本当に、こいつのメンタルはどうなってるんだ……)
チェックが終わった陽は、返信をするためにメールを開いた。
『問題ない、完璧だ』
それだけ送ると、早速もらったナレーションとBGMを使って動画の最終編集を始める。
これは、陽が中学一年生の時からやっている趣味みたいなものだ。
親からは部活にも入らず――とよく文句を言われていたけれど、今となっては全く注意をされてはいない。
そのおかげで陽は休日など好き放題できていた。
しかし、いつもならこのまま編集に集中する陽だったが、今日だけはそうもいかなくなってしまった。
それは、先程のやりとりの相手から返信があったからだ。
いつもなら陽の確認完了のメールに返信はない。
それなのに今日は返信があったということは、昼休みの一件は無駄に終わらずに済んだということなのだろう。
(これで、まともな内容だったらいいんだけどな……)
そんなことを考えながら陽はメールを開く。
すると、そこには――。
『こんなことが可能なのは、私だけだから』
明らかに、陽が望んでいない答えが書いてあった。
その内容を見た陽は思わず天井を見上げてしまう。
自分が彼女を縛っているのか、それとも彼女が自分を縛っているのかはわからない。
ただ、やはりこの一件は根が深く、一筋縄ではいかなそうだった。
(というか、完全に当てこすりのメールじゃないか……)
自己主張が激しいメールの送り主に対し、これからどうすればいいのか陽は再度頭を悩ませる。
そして――。
「まぁ、とりあえず俺ができることをやるしかないよな」
優先すべきはなんなのか。
今日一日を振り返り、陽は自分の方針を再度固めた。
「にゃ〜」
陽が方針を固めると、まるで待っていたかのように膝の上で眠っていたはずの猫が声を上げた。
「にゃ〜さん、起きたのか」
「にゃ〜」
名前を呼ぶと、にゃ〜さんはご機嫌そうに陽のお腹へと頭を擦りつけてきた。
相変わらずの甘えん坊である。
「にゃ〜さんがいてくれるだけで、俺は救われるよ」
「にゃ〜?」
たくさんのことを抱えて若干ブルーな気持ちになっている陽がそう呟くと、にゃ〜さんは不思議そうに首を傾げた。
当然陽の言った言葉は伝わっていないので、それも仕方がない。
ただ、陽の表情から何かを感じたのか、にゃ〜さんは急に陽の肩に登ってきた。
そして、ペロペロと頬を舐めてくる。
「慰めてくれてるのか?」
「にゃ〜」
猫は人間の感情がわかる生き物だと言うけれど、励まそうとしているにゃ〜さんを見ていると本当なのかもしれない。
陽はそんなことを考えながら、今日は動画編集をするのはやめてにゃ〜さんを甘やかすことにするのだった。
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