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59作品目  作者: Nora_
7/9

07話

「ふむ、家事はまだ大地が全てやっているようだな」

「ああ、姉貴にはなにもさせないようにしているんだ、これ以上細くなられても困るからな」


 月曜日からひさめが来ることが多くなった。

 休み時間とか家にとか、本当に観察を趣味にするみたいだ。

 そんなことをしてもメリットはないだろうに、許可したからやめろとは言わないが。


「ふむ、大地はなつめの体のバランスに拘っていると」

「そこまでではないがな、でも、細すぎて気になるんだよ」

「もう少し肉付きがいい方がより良くなるということだろう?」

「そういう点ではお前も同じだ、飯作るから食ってけ」

「ありがとう、あ、決してそういうつもりではなかったからな?」


 別にそんなのどうでもいい、飯のために来てくれるのなら楽しみにしてくれているということだし。

 そこまで小洒落たものではないが提供して、食べ終わったらこさめを送って行くことにした。


「決して姉にだけするわけではないと」

「当たり前だ、不安になるから送った方が気楽でいい」

「心配してくれているのか?」

「だから当たり前だろ、そうでなくてもお前は小さいんだから素直に送られておけ」

「ふむ、なるほど」


 いや、寧ろ問題なのはこいつだろ。

 高校1年生でこの身長は不味い、なんなら片手で抱えられてしまう。


「異性に体にベタベタ触れるのは良くないな」

「いや、筋トレしようと思ってな」


 それにこうしておけば目の前からやって来ている酔っぱらいに絡まれなくて済むし。

 いち、にいと持ち上げたり下げたりしていたら冷たい声音で「下ろせ」と言われて大人しく従う。


「私は器具ではない」

「まあそう言うなよ、歩かなくて済むんだからさ」

「歩くのが趣味だと言っただろう、なにも聞いてくれていないのだな」


 だからそれは日課で……まあいいか、確かに気軽に触れるべきではなかった。

 ほぼ失恋中の女子にすることじゃないな、これからは気をつけよう。


「ここでいい、送ってくれてありがとう」

「ああ、じゃあな」


 そうなったら面白いなんて考えたが全く面白くねえだろ。

 もし仮に中学生以来の恋をするのだとしても相手は姉じゃ駄目だ。

 そりゃ楽だよな、お互いに細かいところまで知っているんだから。

 でも、それは逃げでしかない、なにより姉にとって本当の幸せにはならない。

 だが、俺と関わってくれている人間は全員、真に興味があって。

 叶わなくて無理やり諦めようとしているところで。


「大地」

「あれ、まだ帰ってなかったのか?」


 目の前の小さい少女は観察するなどと言っていたが、正直なところはどうなんだろうな。

 仲が良くねえからわからない、そもそも友達かどうかすらわからない。


「家、来るか?」

「いいのか? かなり前で別れようとしたのは一緒にいるのが嫌だったからじゃないのか?」

「一緒にいるのが嫌なら観察なんてしない」


 どうせ用もないからと寄らせてもらうことにした。

 それで上がってから気づいた、いつも19時頃に両親が帰ってくるという言葉を。

 もう18時半ぐらいになっているわけだが、さすがに親との対面はしたくないぞ……。


「なつめには謝らなければならない」

「なんで?」

「嘘をついた、両親は帰ってこないのだ」

「へえ」

「20時まで帰ってこないのだ、だから寂しくてな」


 重い話かと思いきや全然そうじゃねえじゃねえか。

 ただまあ、これで親と会って気まずい思いをするということはなくなったわけだ。


「まだ食べたいなら飯作ってやるぞ」

「いやいい、大食漢というわけではないからな、これでも一応女だ」

「……俺はただ、もっと食べて大きくなってもらいたかっただけだが」

「ふふ、拘るのだな。でも私たちはこうして元気に生きている、それだけは忘れてくれるな」

「ああ……わかってるよ」


 ただなにかをしていたかった。

 そうじゃなければなにをしていればいいのかわからないから。

 異性の家で、本来なら自宅にいる時間で、その異性とふたりきりっていうのが慣れない。

 本人はただ寂しさを紛らわせたいというだけなのが辛いところではある。


「落ち着け、大丈夫だ」

「ちょっと下を見ていいか?」

「ああ、構わないぞ」


 そうだよ、これはこういうためにある。

 ベランダから下を眺めていたらキラキラして綺麗で暇もつぶせる。

 慣れないこの時間を無難に乗り過ごすことができる。


「気に入ったのか?」

「ああ」


 普段は集団の中に埋もれているからこそなおさら思う。

 ある意味孤独ではあるが、このひとりみたいな時間がもう好きになっていた。

 風呂から上がった後だったりしたらもっといいかもしれない、ひさめが羨ましいぞまじで。


「私はあまり好きではないな、寂しくなるのだ」

「それは人それぞれだからな」


 地面に足をつけている方が落ち着くものだ。

 ここと違ってすぐに集団に押し潰されそうになってしまう場所でも。

 恋愛関連のことと一緒で矛盾を抱えているのはわかっている。


「なら下に来いよ」

「それは大地の家に来いということか?」

「住めとは言ってないぞ? 姉貴だってひさめのことは気に入っているからさ、寂しいなら親が帰ってくるまででもいいから時間をつぶしていけばいい。飯ぐらいなら食わせてやるよ、だからそのかわりにやかましい姉の相手を一緒にしてくれ」


 正直なところ、俺はひさめを利用しようとしている。

 いまのあまり良くない姉との距離感を正すために。

 別にひさめを狙おうとかそういうことではなく、同性と関わることで過去のあれを乗り越えられるだろうからという狙いがあった。


「悪いが断る」


 だから断られた時、そりゃあなという気持ちしか出なかった。

 利用されて嬉しい人間なんていない、ましてやいまされるのは特にだろうから。

 

「大地、お前の考えていることなどこちらに筒抜けだぞ」

「無理ならいいんだ、もう帰るから忘れてくれ」


 やっぱりここは俺のいる場所ではない。

 自業自得だけどな、自分勝手に利用しようとして実にださい話だが。

 

「なにやってんだか」


 自分で言って姉とまた関係が悪くなるのが嫌なだけ。

 そこに他人が仲介してくれればなかなかに平和に戻せると思ったんだけどな。


「ただいま」

「やけに長かったな」


 迎えてくれたのは姉。

 この前の真みたいにアイスを食べながらこちらを見ている。

 すぐに興味をなくしてリビングに戻らないのが悪い変化だった。


「ひさめの家に入らせてもらってたんだ」

「信用されているんだな」

「いや」


 俺らの間にはなにもない。

 でも、それを自らの手でさらになにもないものにしてしまった。

 自分で言え、この距離感はおかしいって、そうすればいつもみたいにこれだから童貞はと笑い飛ばしてくれるはず。

 姉とはそういう人だ、優しくて常識がある、他人のためになるかを常に考えてくれている。


「姉貴、いまの距離感はおかしいからさ、やめようぜ」


 実姉ではなく、あくまで家族じゃない状態でここまで普通に仲良くできていたのなら。

 その時は絶対に選んだと思う、例え他のことが疎かにしてしまってでもこの人のために動いていた。

 だが実際は違くて、俺と姉は血の繋がった姉弟で。

 姉弟で恋愛というのは世間からしたら有りえないことで、だからこうして止めるしかない。


「なに言ってるんだ? もしかして勘違いしてしまったのか?」

「ああ」

「はははっ、やっぱり童貞は駄目だなっ、チョロすぎる!」

「だよな、笑い飛ばしてくれて助かったぜ」


 姉は最後までいつもの姉だった。

 くそ、ひさめに余計なこと言っていなければもう少し気分がマシだったんだがな。


「おい、どこ行くんだよ?」

「ちょっと甘い物食いたくなったんだ」

「なら付き合うぞ」

「勝手にしろ」


 俺も甘い物食ってすっきりしたい。

 それでとにかく頑張らなければならないことはいかに気に入ってもらえる物を作れるかということ。

 自分の好みと類似しているわけではないのが難しそうだが、それはそれで頑張れそうだった。




「大地、ちょっといい?」


 こうして話すのもなんだか久しぶりだなと思いつつ了承し教室を出る。


「ひさめちゃんやぬいちゃんのことだけどさ」

「ああ」

「……いいのかなって」


 いやまあ、わからなくもないが……。


「そんなこと言ってやるなよ、たえは真といたいんだろ?」

「うん……でもさ、なんか私だけがずるしているみたいで気になるというか……」

「ずるじゃねえよ、お前は真にまっすぐ向き合っているだけだろ。それに真だってお前といたいから一緒にいるんだろ、そこで悩んだりしたら駄目だ」


 唯一願いが叶いそうなんだからもっと自信を持ってほしい。

 少なくとも自分がひさめやぬいの立場ならそう思う。

 あの約束通り正々堂々やっているだけなのだから責められる謂れはないことだ。


「うぅ……」

「なんだよ、なに不安になってるんだ」

「いや、大地がいてくれて良かったなって」


 なんだそりゃ、紛らわしい反応見せやがって。

 だけどそういう優しいところに真も惹かれたということになる。

 自信を持っていただきたい、最初はともかく最近は本当にお似合いだし。


「真のところに行ってこい、あ、でもできればあんまり見せつけるような感じにならないようにな」

「うん、ありがとね!」

 

 さて、こちらもとっとと弁当食って寝るか。

 姉も真も甘い物が好きだから、今日の買い物の時になにか買っていこう。

 だからそのためにしっかり食べて、休憩しておかなければならない。


「お兄さーん」

「よう」

「それ、お兄さんが作っているんですよね? ちょっと食べさせてもらってもいいですか?」

「いいぞ」


 どこが駄目なのか指摘してくれると助かる。

 そうやって改善していけば姉や真にとって満足度の高い物を提供できるからだ。


「うん、美味しいですね、ありがとうございました」

「なにか気になるところってないか?」

「そうですね、少し味が濃いかもしれませんね。ただこれは人それぞれですからねー」

「姉貴は濃い味付けが好きでさ、真は普通ぐらいがいいみたいなんだが」

「そういうのって難しいですよね、絶妙な塩梅ってなかなか見つかりませんし」


 姉は遠慮なく言ってくれるからいい。

 だが、真はなんでもかんでも食えればいいというスタンスだから困ってしまう。

 だって最悪ふりかけご飯だけでいいとか言い出すんだぜ? 作る側としては虚しいわけよ。


「先程、たえさんが来たんですけど逃げてきてしまいました」

「しょうがないだろ、見て嬉しくなるわけじゃないし」

「恨んだりしないとか言っておきながらださくないですか?」

「安心しろ、年上の俺の方がださいから」

「お兄さんはださくなんかないですよ、安心してください!」

「サンキュ、そう言ってもらえるとありがたいわ」


 みんないいやつだからみんな応援してやりたいが意味ない。

 一夫多妻制とかだったら世の中はどうなっていたのか、少しだけ興味がある。

 諦めるしかできなかった人間にも可能性はあるわけだからな。


「悔しいです!」

「だろうな」

「なにかいい発散方法ってないですか?」

「がっつり食うとか?」

「なるほど、確かに食欲を満たすのはいいですよね」


 あとは思い切り寝るのもいい。

 性欲には触れなくてもいいだろう、後で虚しくなるだけだろうし。


「私、お兄さんのお姉さんに会ってみたいです」

「なら今日来るか? 飯も作ってやるぞ?」

「それなら今日行かせてもらいます! それでは!」


 どうせならひさめも来てくれればもっといい――廊下にいた。


「ぬいも行くのか」

「ああ、そういうことになったな」

「私も行く」

「い、いいのかよ?」


 昨日、ばっさりと断ってくれたものだが。

 そこまでではないと考え直してくれたのならありがたいな。


「ふっ、利用されるのが嫌だっただけだ」

「はは、そうか、なら来てくれ」


 やっぱり普段通りに戻れると落ち着けていい。

 俺らの仲が普通なら姉だって普通で対応できるだろうし。


「大地、私はトマトが好きだぞ」

「トマトか……俺、嫌いなんだよな」

「自分が嫌いだとなかなか調理したくないか」

「ああ、あの食感とか匂いとかが苦手でな」


 包丁の切れ味が悪いと潰れるところも嫌なところだった。

 おまけに一緒に詰められていたりすると汁で侵食されるのもそう。

 トマト好きな人には申し訳ないが、どうしてあれを好きになれるのかわからない。


「ひさめはなにか嫌いな物とかあるのか?」

「人参が好きではない……恥ずかしい話だがな」

「ははは、子どもらしくていいな」

「子どもではないっ!」

「落ち着け、でもなんかそれっぽい感じするしな」


 こうしておけばお互いに無駄に煽り合いをしなくて済む。

 いやでも人参嫌いって小さいのもあって子どもみたいなんだよな。

 絶対に口にはしないでおこうと決めた。

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