06話
翌日から姉にたくさん飯を食べさせよう作戦を始めた。
普段弁当を持参しない姉のためにも作って渡しておいた。
重要なのは炭水化物とタンパク質、だから白米と肉を詰めていた。
「は? なに残してるんだよお前」
「こんなに食えるかばか! 弁当箱ふたつ分も食う女なんていねえ!」
残されたので仕方がなくそれは俺の晩飯に。
そうか、おかずが肉ばかりじゃ少し重いよなと反省。
明日からは野菜も入れることにして晩飯作りを再開。
「大地、食い終わったら散歩に行こうぜ」
「これ以上痩せようとしてどうすんだ、そうでなくても胸のところに脂肪がないんだからよ!」
「別に痩せるためじゃねえよ、お前といたいだけだ」
それでなにか言ったら馬鹿にされるわけか、学んだからなにも言わずに了承する。
もう少し気をつけた方がいいと思うけどな、弟とはいえ相手は男なんだから。
ま、とりあえずは飯だ、作って食って、そこから歩きでもなんでもすれないい。
途中だったこともあってそう時間はかからなかった、今日も真を待たずに食べて食器も洗って。
「姉貴ー? 行くぞー」
「うん」
なんかやけに洒落た服を着てきた姉。
これは罠だと決めつけて、なにも言わずに外に出る。
なんとも言えない季節故になんとも言えない気温だった。
横を歩いている姉の口数は少ない、これが外面モードなのかもしれないな。
あまり遅い時間というわけではないものの、歩いている人も少なくて不思議な気分になる。
昼間の喧騒はなんなのかと問いたいぐらいの感じだ。
「大地」
「なんだ?」
「この前はごめん」
この前っていつのことだよ、毎回振り回されているから色々なことが当てはまるが。
「つかなんで喋り方変えてんだよ」
「……昔はこうだったから、だ」
「やめとけ、まだ思い出すことになるぞ」
調子が狂うのだ、おまけに姉ではなく女として見てしまいそうだからやめていただきたい。
あとあれだ、先程洒落ていると感じたのは最近に比べてのこと。
仕事を辞めるまでは元々そういうスタイルだった、部屋着でも女だなあって感じで。
「なにをどうしたって忘れられないぞ」
「まあな、忘れようと思っていてもまだ中学の時のことを夢に見たりするし」
それにしても友に取られるって現実であるんだなと。
そもそも振ってくれればもっと被害は小さくて済んだのになと。
って、やはり姉の言う通りだ、忘れようと思っても強烈すぎて忘れることはできなさそうだ。
だからこれを、いつか笑い話にできるようになればいいと思った。
聞いていた人間が「笑い話じゃないだろっ」と笑ってツッコんでくれればなおいい。
「……私も飛び起きる時があるぞ、かなり息苦しくてな」
「苛めはなぁ……」
もちろん周りが全て悪かったということはないと思う。
姉も言い方とかそういうところに落ち度はあったのかもしれない。
だが、話し合いもせずに群れでぶつかることがいいわけではないのは当然だ。
さすがの姉も屈してしまった形になるが、だからこそより引っかかってしまっているわけか。
俺もそうだ、結局なにもできず、言えず終いで終わったからまだ残ってしまっている。
だからってぶつかれば余計にやられるだけだしな、対象に選ばれた時点で半分詰みみたいなものだな。
「……ひとりでいたくない理由でもあるんだ。矛盾しているよな、人間が苦手なのに人間を求めてしまうなんてさ」
「ま、俺でいいならいつでもいてやるよ」
「はは、嘘つきめ、どうせ女ができたらどこかに行ってしまうくせに」
女ねえ、高校2年生でこれだからな、それにあまりいてほしいとも考えていない。
寧ろ近づいて来る女子全員が真のことを狙ってくれて助かっているぐらいだ。
そうすれば変に勘違いすることもなくなるから。
あんなことがあっても期待してしまう馬鹿だから。
「そんないない存在の話をしてもしょうがないだろ」
「本当にいないのか? ひさめは?」
「みんなそれ言うけどねえよ、そろそろ帰るか」
「まだいいだろ、そんなに焦らなくたってどうせやることないんだから」
「風呂に入りたいんだが……まあ、いいけどさ」
途中で遭遇した真とは一緒にならず俺らは家とは逆方向へ。
なんてことはない、いつも歩いているところだから見慣れている光景だ。
先程と同じく通行人もほとんどいない、それでも一応警戒しながら歩いた。
「あんまり先に行くなよ」
「悪い」
「袖掴んでおくからな」
「腕とかでいいだろ」
早く終わらせたくて早歩きしているわけではない。
人と一緒に帰るということが少ないから自分しかいない気分になるからだ。
結局袖をちょびっと掴んできた姉の腕を掴んで歩くことにした。
こうすれば小泉とかと帰ることになった場合に参考になるかもしれないし。
細えな、飯を多くしても食う量は変わらないからな。
なにを気にしているんだこいつは、無茶なダイエットをしているわけではないよな?
食べているから拒食症というわけでもないだろうし、吐いているのを見たことがないから問題もない、はずなんだがな。
「もっと食えよお前」
「……姉なんだが?」
「だからなんだよ」
「お前はやめろ……」
扱いが難しい。
先程の考えに戻るが、あまり押し付けすぎても頑なになって終わるだけだろう。
本人が食べたいと思ってくれなければ意味がない。
本人にとってこれがベストだと言うのなら、俺らはなにも言えないことになる。
決してガリガリというわけではないからいいのかね、単純に好みで口にしてしまっているだけかね。
「ちょ……っと待て」
「あ、悪い」
いい加減帰ろう。
どちらにしてもこうして腕を掴んでいるのだから拒否権は姉にはない。
あまり外にいても危ないからというのもある、どこで変人と出くわすかわからないからな。
「姉貴、俺の作る飯ってどんな感じだ?」
「普通だな、食材の切り方も私が指摘してから丁寧になっているし、文句はないぞ」
「姉貴はどんなのが好きなんだ? なるべく合わせるが」
「そんなことしてもたくさん食べられないぞ、女と男じゃ食べる量は違うんだから」
「参考にするだけだ、どうせなら美味いと思ってほしいだろ」
真にもなるべく合わせるつもりでいる。
部活とかで体力を俺らより体力を消費するわけだから少しでも回復してもらえればいいと考えて。
「そんなことしても評価は変わらないぞ」
「そんなの低いままでいい、明日までにメモにでも書いておいてくれ。ついでに姉貴が飯を作る際に気をつけていたこととかも教えてくれればもっといいな」
「……なあ、まだ全部やるつもりなのか?」
「暇人だからな、姉貴と真には家でぐらいゆっくり休んでもらおうって考えてるんだよ。余計なことすんなよ、邪魔したら怒るぞ」
別になにをするわけではないが怒るぞと口にした際にぎゅっと強く腕を握っておいた。
こうしておけばこいつを怒らせたらなにかをされてしまうという印象を植え付けることができる。
いいんだ、全部こちらに任せておけば、将来、ひとり暮らしすることになった時に役立つし。
「ただいま」
「遅えぞ」
「おいおい、大会までアイスとかは我慢するんじゃなかったのか?」
しかも俺が買っていたアイス食うなよ……風呂後に食おうと思っていたのに。
なかなかに残酷なことをしやがるぜ、まあそれで少しでも癒えるならいいけどよ。
「い、いいんだよ、たまには自分にご褒美がなければな」
「そんなこと言って、たえと仲良くしているだろうが」
「食欲とそういう欲は別だ! つか、なんで姉貴の腕握ってんだ?」
「俺は姉貴の飼い主だからな」
もう風呂に行きたいから腕を離して別行動をすることにした。
家事を頑張ろうと思えたから悪い時間ではなかった。
「大地、起きろ」
「……なんでここにいるんだ?」
「もう10時を過ぎているぞ、さすがに寝過ぎだ」
体を起こしてもわかる背の小ささ。
その割にはやたらと長い紫色の髪。
喋り方が似ているから姉貴かと思ったが、どこをどう見ても小泉ひさめだった。
「大地、なつめの様子がおかしいのだが」
「静かなのか?」
「ああ、そのような感じだ」
下にふたりで移動したらソファにうつ伏せで寝転んでいる姉貴が。
首に手を当てて確認してみた結果、生きていることはわかって一安心。
まあたまには静かな日があってもいいだろう。
「今日はなにか予定とかあるか?」
「特にないな」
「時間があるのなら家に来てくれないか、模様替えがしたくてな」
「利用しようとしやがって、いいけどよ」
一応姉に説明したら飛び起きて「私も行く」と口にした。
小泉の家を気に入ったんだろうか、小泉も了承したので移動することに。
「相変わらず高いなここは」
「ああ、少し落ち着かなくなる時もある。だから地上にいる時は結構気が楽だな」
「わかるぜ」
会話ばかりしていても仕方がないから移動したい物を聞いて早速作業開始。
そこまで量が多いわけではなかったため、12時前には終わりを迎えた。
小泉が作ってくれた飯は普通に上手くて色々教えてもらいたくなったぐらいで。
「いい感触だな……」
「はは、両親が拘っているからな」
「へえ、親いたんだ」
「当たり前だろう、そうでなければ私は存在していない」
「いや、ひとり暮らしかと思っていたからさ」
「ちゃんと毎日帰ってくるぞ、19時ぐらいにな」
最近は全く親の顔を見ていない。
仲が悪いというわけではなく、ほとんど帰ってこないのだ。
姉は母大好きであるから帰ってきてやってほしいのだが、忙しいならわがままも言えないしな。
つか、また話し方が戻っているけどいいのかよ。
「ふむ、なつめは見事になにもしなかったな」
「当然でしょ」
「どれだけ大地のことが気になっているのだ」
「は? あんたに悪さしないように監視していただけだけど」
「物は言いようだな」
俺は適当に床に座って眩しい青空を眺める。
毎日は落ち着かないがたまにはこういう時間があってもいい。
たまには上から見下ろす時があってもいいだろう、それぐらいの権利は誰にでもあるはずだ。
ふたりの喋り声がなんとも言えない心地良さを発生させて眠たくなり始めた。
一応動いたのと飯を食ったのが影響しているんだろう。
「眠たいのか?」
「ああ……」
「なら布団を持ってこよう」
「気にしなくていい……このまま床で寝かせてくれ」
「そうか、ならゆっくりと寝てくれ」
だが、そんな心地良さとは逆で、見た夢はあの頃のことだった。
そのせいですぐに目を開けることになって、眠気もどこかに吹き飛んでしまったのは言うまでもなく。
「くそ……」
「どうした?」
「あの頃のことをまだ夢に見るんだ……」
くそが、あれを初恋にした俺がくそだ。
もっと前から積極的に動いていればこういうこともあるよなで片付けられたのに。
女々しい男だな、いつまでもうだうだ気にして。
「トラウマになっているのか」
「そういうわけじゃない、トラウマなら女子と会話することすら無理だろ」
「なるほど、潰れそうになった時になつめや真一がいてくれて助かったということか」
「ああ、だから返していこうとしているんだよ」
姉がなんと言おうともだ。
評価なんかクソのままでいい、未だに気にしている時点でクソ雑魚なことには変わらない。
せめて姉が特別な人間を見つける時までは続けるつもりだった。
いつになるかわからない、死ぬまでずっと見つからないかもしれない。
姉も相当なものを抱えている身だからな。
それでもこの気持ちは決して悪いものではないはずだと思いたかった。
「ぐっすりだな」
「ああ、大地に影響されたのだろう」
自分が辛い思いをしている時に相手のために動けるいい人間だ。
仮に俺がこいつの弟じゃなくても幸せになってほしいと心から願うと思う。
「言わないつもりでいたんだが、小泉は真のことどうするんだ?」
「ふっ、意地が悪いな、最近の様子を見て言うなんて」
「悪い……ただ、ぬいは諦めないと言っていたからさ」
「私は邪魔をするつもりはない、見守ることにするよ」
「そうか……」
そうだよな、仮に気に入っても絶対に叶うというわけではない。
仮に付き合えても、今度は俺の時みたいな問題が起こるかもしれないし。
恋愛って難しいんだな、当たり前のように良好な関係を築いけている奴らはすごいな。
喧嘩しても仲直りしてより強固なものにしてしまえる奴らと、喧嘩だけして関係が消える俺らみたいな存在の間にはどれぐらいの距離があるのか。
「小泉は初めてなのか?」
「いや、2度目だな、初めて好きになったのは幼馴染だった。実際に付き合うところまではいったのだがな、長く続かなかったよ。別れようと言われた時は苦しくて、辛くて、正直に言ってもうしないなんて考えていたのに……真一を見たらいいなと感じてしまったのだ」
真は他人思いのやつだからな、俺や姉貴以外を馬鹿にしたりしねえし女子的にはグッとくるのかもな。
その点こちらは……自分でも笑えるぐらいなんだから他人も笑うよなという話。
「だが、それも終わりそうだ」
「選ばれるのはひとりだけだからな」
「ああ、なかなかに難しいものだ」
なにも言ってやれねえ、寧ろ追いダメージを与えることになるだけ。
用も済んだしと姉を起こして帰ることもできるが、このタイミングで逃げるのも違うと。
「悪いな、年上なのにろくになにも言ってやれなくて」
「気にしなくていい、聞いてもらえて楽になったぐらいだからな」
「なんか趣味とかを作ったらどうだ?」
「趣味か、歩くのが好きで毎日歩いているぞ」
「はは、それは日課だろ」
昨日気づいたことだが夜に歩くのは楽しいことを知った。
これからは真とか姉を誘って毎日歩いてもいいかもしれない。
あまり遠くに行かないように距離は限定的なものにして、あともう少し早く出たらもっといいだろう。
「ならふたりを観察することにする」
「真とたえをか?」
「違う、大地となつめをだ」
「俺らを観察してもただの姉弟だぞ」
「ただの姉弟なら付いてきたりしない」
そういうものか? 昔、男子と友達になって遊んでいた時なんかも普通に付いてきていたが。
毎回言われていたのは「すぐに手を出したりするな」ということ。
当たり前だ、仮にイケメンでもすぐに手を出すことなど不可能だ。
とんでもない話術とかがあればいけるのかもしれないけどな。
「大体、格好もおかしくないか? 明らかに気合が入っているだろう?」
「昔はこんな感じだったぞ、家でも洒落ていたからな」
「だからどうして急に戻っているのか、という話だろう」
喋り方とかも昔に少しずつ戻しているだけなんじゃないのか?
俺と違って強いから敢えてそうすることで前に進めるようにしているのかもしれない。
俺だったら2度と思い出したくねえけどな、そう願ったところで夢とかで思い出してしまうわけだが。
「その気にさせてしまったのではないか?」
「俺が姉貴にそれっぽいことを言ったんじゃないかって? ないぞ」
ベッドに投げたことはあるがそれでも童貞だと笑ってくれただけだ。
大体、姉がこんなので満足するわけないだろ、もっと堂々として格好良くて優秀な人間を好むはず。
「ふふ、いやいい、これから観察して判断するからな」
「なんだよそれ、ま、小泉――」
「ひさめだ、初対面の時に呼んでくれただろう?」
「ひさめがやりたいならそうしてくれ」
止める権利はないし止めようとも思わない。
にしても俺と姉がねえ、もしそうなったら面白いな。
「姉貴、帰るぞ」
「まだいたい……」
「帰って寝ろ」
「大地だけ帰れ」
「はぁ……悪いが任せてもいいか?」
「大丈夫だぞ、今日はありがとう」
「気にするな、それじゃあな」
ああ、やはり地上は落ち着く。
俺がもっと偉い奴だったら上から見下ろしたくなるのだろうが。
「あ、お兄さん!」
「ぬいか、よう」
「はい! あれ? もしかしてひさめちゃんのお家に行ってました?」
「ああ」
やはり同じ部活だったというのが大きかったようだな。
おまけに物怖じせず間違っていることを間違っていると指摘できたのがいまに繋がったと。
たえはそういうところがあるから、相手が真でも揺らすことができてしまうと。
自分もバレーが大好きだからこそ、恋愛感情とか抜きに味方をしてくれる相手なんて貴重だしな。
「先程、真一くんとたえさんと話をしました」
「へえ、強いんだな」
「いえいえ、ちょっと邪魔したくなっただけですよ」
「嘘つくなよ、だったらそんな顔はしないだろ」
あとはあれか、出会えてからの長さの違い。
ほぼなにもできずに勝負がついてしまうのは辛そうだ。
好きになってしまった人間の自業自得と言えばそうだが。
「本当は……辛いです、なんとか頑張って笑顔を浮かべてみましたけど……どういう風に見えていたのかはわかりません。正々堂々だなんて口にしましたけど、そもそも同じ場所に立てていなかったんですよ私は。私もバレー部だったならもう少しは……いや、たらればですよね」
ひさめだってあんなことを言っておきながらいまは姉に正直なところを吐いているかもしれない。
簡単に割り切れることじゃないよな、身近な人間、しかも普通に会話するぐらいの仲の人間に取られたら余計に悔しい。真が本当に望んだのならって無理やり片付けるしかないと。
「人を好きになれるのは素晴らしいことだ」
「その結果、傷つくことになってもですか?」
「ああ」
「普通は嫌になりそうですけどね」
「それでもこれだって奴を見つけたら好きになっちまうだろ?」
あっという間に意見を変えて嬉しそうに笑う人間なんて容易に想像できる。
その相手が本当に最高のタイプだったのなら結婚までして子どもだって産んで幸せに暮らすんだ。
仮に子どもがいらないタイプであったとしても、合う相手が側にいてくれるなら落ち着くだろうし。
「確かにそうかもしれません、上書きしたくなりますからね」
「そう、幸せで上塗りしたいからな」
「ありがとうございました、お前だったらいい男がすぐに見つかるだろとか言わないでくれて」
「言うわけないだろ、それじゃあな」
「はい、それではまた」
まあ実際のところはそういうことを考えていたりもする。
もちろんすぐに変えられるとは思っていないが、たえを責めたりしなかったところがいいからな。
中にはいるのだ、選ばれなかったからってその相手の相手を恨むやつが。
だからそういうタイプではなくいいやつとして捉えておけるままなのは良かった。