05話
「なんでなんでなんでー! 真くんなんでー!」
「や、やかまし……ちゃんとお礼はしたじゃないですか」
「敬語やめてって言ったよね? それにたえって呼び捨てにしてとも言ったけど!?」
起きたらリビングで言い合いをしているふたりがいた。
こっちがリビングで昼寝をしていたのだからもう少し配慮をしてほしいが。
「それで満足できるんですか?」
「そうだよ!」
「まだやめておきます、大事にゆっくり進めていきたいんです」
「えっ……」
おいおい、まじでいい感じなんじゃないのかこいつら。
まあいい、俺は迎えに来いと言われているから姉のところに行かないと。
「遅いぞ」
「悪い、昼寝してた」
「それは姉より優先されることなのか?」
「だから悪かったって、それよりこれからどこか行くって言っていたよな?」
「ああ、ファミレスに行くぞ」
そういう横着、無駄遣いはするなと言っていたのに珍しい。
給料日だってまだまだ先だから金がたくさん入ったとかではないだろうにな。
「奢ってやるからどんどん飲んで、どんどん食べろ」
「まあ、姉貴がそう言うなら」
なんだかこうすることで後で断りにくくするとかそういう策略がありそうだが優しい姉だ、信用しなければならない。それにちょうど腹が減っていたところだったので助かるというのが正直なところ。
なかなかこういう場所に行くことがないのもあって止まらなかった、どんどん食べろと言ってきた姉が呆れるぐらいたくさん食べた。
「よし、これで断れないよな」
「はぁ……やっぱりそういうことだったか」
「やっぱりとはなんだ、お前は実の姉を疑っていたということか?」
「はぁ……それで?」
「私とデートしろ!」
なにを言っているのか真剣にわからなかった。
だからもう1度聞いてみたらそのまま丸ごと同じ発言をしてくれた。
「なんでだ? 仮にそれをすることの姉貴にとってのメリットは?」
「職場のおばちゃんに証明できる、彼氏がいるということを」
「デメリットは?」
「仮にでも弟を彼氏にするやばいやつになる」
良かった、そういうことはわかってくれていたらしい。
この前のそれはこういう時のために役立つから吐いたんだろう。
「だったらもう少しまともな真にしろよ」
「あいつはたえのことを狙っているだろうが、その点お前は誰ともそういうのがないから気楽なんだよ」
「ならいまから行くか、早い方がいい」
「だな、もうすぐ終わるからちょうどいい」
そのための時間つぶしかよ、用意周到だな。
先程のスーパーに戻ったら結構若い人が裏から出てきたところだった。
「おばちゃん、彼氏連れてきたぞ」
「誰がおばちゃんじゃ! うん? ああ、これは」
こちらをじろじろ見つめてから姉に視線を戻す女性。
「なつめちゃん嘘ついたね、この子は弟でしょ」
「弟を彼氏にしたんだ!」
なに最悪の嘘をついてんだこいつ。
自分からデメリットとか言っておきながら正気じゃねえな。
実は先程酒を飲んでいたとか? 素面なら余計に質が悪いが。
「嘘でしょ?」
「嘘じゃないっ、こうして手を繋いでいるのが見えないのか!?」
なに必死に演技続けてるんだこいつは。
家に帰ったら俺の扱いなんて弟以下になるのに。
「ふふ、無理しちゃって、顔が引きつっているよ?」
「この頑固おばちゃんが!」
「だから誰がおばちゃんじゃ! よよよ……こんなに美人なのに、ねえ?」
「そうですね、相当整っていると思います、嘘をつく姉よりすてきです」
「ほらねっ、やっぱり嘘じゃん!」
首を絞められても無視した。
どんなに嘘をついたところでこの人は騙せない。
それどころか働く際に悪いことにしかならないのでやめた方がいい。
なぜそれをわからない、また同じようなことになっていいのかと指摘してやりたいぐらいだ。
「頑張って彼氏くんを見つけてねー」
「あ、こらっ、おばちゃん!」
「おばちゃんじゃないよー」
調子に乗っている姉を黙らせるにはどうしたらいいか。
それは家に帰って自由にさせることだ、酒を飲んでくれるとなお良しである。
そして案の定、ふたりがいちゃついているからとイライラして酒を飲み始めた。
先程上手くいかなかったことも影響しているんだろうがな。
「なんで俺の部屋なんだよ」
「下はやかましいのがいるだろうが! 大体な、奢ってもらっておいてなにも返さないとかクソだろ!」
なぜ弟を偽の彼氏として紹介しようとしてしまうのかがわからない。
急に不貞腐れたり、学校に急襲してきたり、ボロクソに言ってきたりと忙しい姉だ。
「なんだよ……ちょっとぐらい合わせてくれたっていいだろ……」
「どうせばれるだろ、というか速攻でばれてたし」
なんだよあの目、俺もそういうスキル欲しい。
見極める能力とかが上がったら悪いことは起こらなさそうだしな。
「つかよ、お前はひさめのことが気に入ってんだろ?」
「勘違いするな、小泉は真のことが気になっているんだぞ」
「どうせ無理だろうが、いまはたえに集中しているんだから」
「そんなこと言ってやるなよ、可愛い後輩なんだぞ」
「ふぅん」
最近は酒に強くなったのか? 酔い潰れることがなくなっている。
それはそれで対応が楽だが、こうして無慈悲なことをぽんぽん吐くのは問題だ。
「だから楽しく飲めって」
「ちっ、子ども扱いするんじゃねえよ」
こういう時は頭でも撫でておけば大抵なんとかなる。
ある程度ではあるが確実に効果があってこうして話題を強制的に終わらせることができるわけだ。
問題なのはこの後、ぶっ飛ばされるか、悪態をつかれるかというところ。
「いつもなら気にしないことだろ、彼氏がいないことを馬鹿にされた程度でなんだよ」
こちとら初恋の人間を取られましたが?
いつの間にか俺が奪おうとしたという設定になりましたが?
それに比べたらマシだろう、なにを贅沢言っていやがる。
「別に馬鹿にされてはないぞ」
「じゃあなんでだよ」
「……彼氏がいると満足度は上がるかもと言われたからだ」
さすがにこんなのでも恋愛には興味があるということか。
年齢がいくつになっても女の子のままと言うしな。
そういう人間を紹介してやれないのが情けないところだった。
「なら小泉とかどうだ? 同性愛だって最近は結構見るようになったろ?」
「彼女か、それも悪くないかも――なんてなるか、同性の方が寧ろ恐ろしいぐらいだぞ」
「じゃ、頑張って男見つけろよ、応援してる」
苛められた件、見た目が整っていたからというのもあるんだからな。
本気で探せば合う人間がいるだろうし、向こうもまた求めてくれるようになるはずだ。
「はぁ……自分の弟がこうまで冷たいとは」
「ならどうすればいいんだよ? 俺が彼氏になればいいのか?」
「は? 気持ち悪いこと言うなよ」
「なんだよそれ……ならどうしようもないぞ」
こういうのが質の悪い相手と言う。
なにを言っても駄目、諦めたらこちらが冷たい宣言。
どうしろって言うんだ、なのに頼んできたりとわからないやつ。
もうだるいから適当に喋らせておくことにした。
どうせもう少ししたら晩飯の準備をしなければならないから休んでおきたい。
やはり休日に外になんか出るべきではないのだ、ああして罠に嵌められるからな。
「おい、自惚れ勘違い男」
その自惚れ勘違い男を偽彼氏にしようとしていたあんたはなんなんだ。
思っていても言うことはしない、なにか言ったら口実を与えることになってしまうから。
まったく、高校2年の男がそもそもこうして姉と一緒にいること自体が意外なんだがな。
「よいしょっと、ふぅ、いい椅子だな」
「重いな」
せめてまだあの時の制服姿なら目の保養になりそうなのになあ。
いまのままならただのがさつそうな女にうざ絡みされているようにしか見えない。
「そんなことはどうでもいいんだよ、大地、お前体で払えよ」
「童貞でも捧げればいいのか?」
「違う、彼氏探し手伝え」
「男友達がいないんだが?」
「なら作れよ、それでそいつを紹介してくれ」
そのためにわざわざ男友達を作りたくないぞ。
あの女よりも男の方にいいイメージがないというのもある。
それに変な奴だったりすると姉が危ないことに巻き込まれるから対応が大変だ。
なのにこいつときたらドヤ顔でこっちを見てきやがって。
「金を払うから諦めろ、な?」
「ちっ……」
姉は「使えねえばか弟」と残して部屋から出ていった。
下から騒がしい声が聞こえてきたから暴れているんだと思う。
そうだ、たまには真も苦労してほしい。
姉の対応がいかに大変かということを知った方がいい。
これでやっと平和な生活に戻れると俺の心は喜んでいた。
「お兄さん!」
「ああ、なんか久しぶりだな」
外でぼけーっとしていたらあの女子が現れた。
名前を聞いたらぬいと言うらしい、名字は教えてくれなかったので仕方がなく名前で呼ぶことに。
「真一くんがたえ先輩とばかりいます!」
「だな」
「どうしたらいいですか?」
「んー、それはお前次第だな、諦めても頑張ってもな」
ふたりきりで話すのは初めてだ。
ただ、決して自分ばかり目立とうとしないところは気に入っていた。
「そういえばお兄さんはひさめちゃん推しですよね?」
「そんなことはないぞ、いいやつだから気に入っているけどな」
「なるほど、つまり最初からたえ先輩を応援していたと、そういうことですか?」
「いや、小泉を応援していたけどな」
ぬいは「どっちなんですかー」と困ったような表情を浮かべている。
仮に俺が誰かを応援したところで効力なんてまるでないのだから気にしなくていい。
「正々堂々だなんて言いましたけど、戦う以前の問題でしたよね。やっぱり男の子は年上の女の子の方がいいんですね……ずるいなあ」
「そんなことないだろ、全員がそうだと考えるのは偏見だぞ」
「ならお兄さんは年下の子が好きなんですか?」
「好きになれば年下だろうが同級生だろうが先輩だろうがいいだろ」
「優柔不断ですね……」
いやでもそういうものだろ、年下を狙っていたからといって実際にそれが叶うとは限らないし。
大抵は妥協して、あくまで理想っぽい人間に変えていくと思う。
それでも好きになってしまえば儲けものだ、気持ちなんて意外とあっさり変わるものだ。
ま、そういう人間にさえ出会えず終わっていくこともあるから現実は怖いところではあった。
「お兄さんはもう恋愛、しないんですか?」
「相手がいないだけで興味はあるぞ」
あんなことが起きてもまだ醜く求めてしまう心には苦笑しかできない。
少なくともいま関わってくれている女子はみんないいやつだからかもしれない。
「私は真一くんのことが好きですから、無理だとわかっていてもすぐには変えられないです」
「ああ、そういうのはいいかもな、軽くない人間っぽくていい」
恋に恋をしている人間だと平気で浮気とかしてしまいそうだ。
だからこうして貫こうとする人間はいい。
「ちなみに私の評価ってどうなっていますか?」
「3人で出かけている時もしっかり小泉に話を振っていて好印象だったぞ、出しゃばろうとしていないところもがっついていなくて良かった」
「当たり前ですよ、遊びに出かけているのに嫌な雰囲気にはしたくないですし。それにひさめちゃんとも普通に仲良くしたかったんです」
「ああ、仲良くしてやってくれ、もちろんたえともな」
ぬいと別れて家に帰ろうとしたら背中を押されて危うく転びそうになった。
「なにいちゃいちゃしてんだ」
「お前なあ……危ねえだろうが」
「おい、姉に対してなんだその言葉遣いは」
「お前なんかこうしてやれば簡単に持ち運べんだよ、舐めんな」
わーわーと言っていても無視して家まで運んだ。
そのまま部屋に連れ込んでベッドに寝転がせて黙らせる。
「なにも起こらねえんだからこれからは変なこと言うなよ」
「…………」
「おいおい、さっきまでの態度はどうした?」
なんだこのエロ漫画の導入みたいな感じ。
調子に乗りすぎると良くないことをこの空気が証明していた。
真だったらもう少しまとまな感じになるんだろうがな。
「……本当に狙っているのか?」
「は?」
「私と……そういうことがしたいのか? さすがに姉弟では……駄目だろ」
誰だよこいつ、調子が狂うからベッドから下ろした。
やはり前より軽くなっている、もっとちゃんと食べさせなければ。
「悪かったよ」
「ふ、ぷふ、ま、所詮童貞なんてこんなものだよなっ」
「ああ、そうだよ」
選んだ方法は確実に最低なものだったから否定はできない。
だけどどうすればこいつを黙らせられるかわからないのだ。
家事とかのスキルだってこいつの方が上だしな、かといってこういう行為で黙らせられないし。
「酒飲めよ、俺も炭酸飲むから」
「そうやって酔わせて襲うということか?」
「違う、でも今日こそ楽しそうに飲めよな、ほらやるぞ」
ということで諦めた。
そもそも姉を大人しくさせるなんてモテるぐらい無理なことだったから。