04話
聞いてみたらなんと同じクラスの人間だった。
しかも昨日俺にぶつけた人間でもありました、なんか急に故意に思えてくる不思議。
「昨日のあいつ見たか? めっちゃ痛がってたよな」
「だよな、弟が生意気だからつい兄にやっちまったよ」
実は故意でしたというパターンだった。
どうしようもねえな、どう動いても真に迷惑をかけるからなにもできねえしな。
「ちょっときみたち!」
「おわぁ!? って、うるさい押水かよ」
「いまわざと当てたって聞いたんだけど!? それに真一くんは真面目にやっているだけでしょうが!」
おいおい、机が上下に跳ねるぐらいの威力ってどんだけだよ。
「兄貴、ちょっとどいてくれ」
「あ、おう」
いつの間にか側にいたみたいだ。
代わりにたえが言ってくれたのを見て、代弁させてはならないと判断したんだろう。
変に動いたりしなくて良かった、部外者が出しゃばるといいことはなにもないからな。
好感度稼ぎとかそんなのじゃねえんだろう、ずっと運動部所属だったからこそしっかりしたいと考えての行動だと思う。動ける理由のひとつになったのならぶつけられたことは悪いことではなさそうだ。
「大地……」
「おう、あ――」
やばいものを目にして言葉を失う。
制服を着ているからただの女生徒のように見えた。
だがその相手が成人していて。
今日は明らかに悲しそうな表情を浮かべていて。
変に言おうものなら周りも巻き込みそうな雰囲気を漂わせていて。
咄嗟に空き教室に連れ込んだが、ばれたら不味いぞこれは。
「な、なにやってんだよ、今日仕事は?」
「休んだ……」
「いいから早く帰れよ、教師に見つかると面倒くさいことになるぞ」
他校の生徒が意味なく来ただけで結構な事になった。
元生徒とはいえ一般人が学校に紛れ込んでいたら問題になる。
「……ひとりじゃ寂しいんだよ」
絶対にばれない場所、屋上とかか?
大人しく従うだろうか、空き教室で待たせたりなんかしたら教師とか通りかかるだろうしな。
「大地ー、え゛」
来たのがたえで良かったね。
床にぺたりと座ったままでいる弱々しい姉に駆け寄って「な、なんでなつめさんが!?」と。
俺が1番そう言いてえよ、いまの俺に対しては必殺の攻撃だった。
「たえ先輩?」
「あっ」
「兄貴もいた――あれ、ちょっと目が疲れてるのかな……姉貴がいるように見えるんだけど」
「俺も疲れてるのかもしれない、姉貴がここにいるように見えるんだ」
冗談言っている場合じゃない、休み時間はいまにも終わろうとしている。
弟は「あ、そろそろ戻るわ」なんてクソムーブを見せてくれた、押し付けられたことになる。
「とりあえず誰も来ない場所にいてもらうしかないね」
「だな、姉貴、移動するぞ」
ああでも大人しく従ってくれるらしく、立ち上がったらこちらの袖を掴んでいた。
……意外と制服着ても遜色ないというか、喋り方が男っぽくても女子らしいというか。
絶対に言わないけどなそんなこと、だってたえが代弁してくれたし。
いやでもまじでたえがいてくれて良かった、やはりこいつもいいやつだな。
「姉貴、とりあえず次で午前最後の授業だから待っていてくれ」
「……わかった」
戻る途中にたえに礼を言っておいた。
「まだ出かける約束守られてないからね」と指摘してくる彼女だが、そんなことぐらいいくらでも約束を取り付けてやるよという気持ちになる。もちろんふたりきりでだ、余計な存在はいらない。
「たえ先輩、先程はありがとうございました。でも、できればああいうことはもうしないでください、俺のせいでたえ先輩が悪く言われるのは嫌ですから。それでなんですけど、お礼がしたいので今度どこかに行きませんか?」
「うぇ……や、やだなー、別にあれぐらい普通だよ。それにわざと大地にぶつけたって聞いたしさ」
「……お願いします」
「あ、頭なんて下げないでよ、私で良ければ付き合うよ、お礼とかはいいからさ! 純粋にお互いに楽しめたらいいかなってっ。その時は大地も――」
「ふたりきりで、お願いします」
ナイス俺、これを見られればデッドボールなんて全然苦じゃないね。
引っかかるとすれば小泉やあの女子か。
ま、誰かが選ばれたらその他大勢は選ばれないものだから、割り切るしかないけれども。
「え、なん……なんで?」
「お礼がしたいからですけど、なにか間違っていること言っていますか?」
「ひさめちゃんとかはいいの?」
「お礼がしたいのはたえ先輩にですから、関係ないじゃないですか。……たえ先輩がどうしても兄貴を連れて行きたいということならまあ……しょうがないですけど」
日和るなよ馬鹿、本人がそう言ってくれてんだからありがたく受け取ればいい。
そこで変に遠慮することは、真を好きでいる人間を馬鹿にするのと一緒だと思う。
もちろん本人にそのつもりはないだろうが、なんでも遠慮をすればいいわけでは決してないのだから。
「あ、いやっ……ふたりきりで、ふたりきりがいいかも」
「はい、それでは行きたい日が決まったら連絡してください、失礼します」
真が去ってもぎこちないたえの肩に触れて良かったなと。
「あ、ありがとう」
「は? それはこちらのセリフだが」
驚くからやめてほしい。
礼なんか言わなくてもいい、こっちはダサいだけだし、たえに助けられただけだし。
「だってさ、大地のおかげで……」
「お前最低だな、故意にぶつけられた俺に良かったなって言っているのと同じだぞ」
「ちがっ!? 違うって……本当に感謝しているんだから」
「だったら楽しんでこい、変に意識しないでお前らしくな」
とりあえずは目の前の授業を終えて、早く姉のところに行ってやらないと下りてきてしまう。
姉は熊かよ、そうして目撃されたら残念ながら殺処分か。いやまあ、怒られる程度で済めばいいが。
当然のように落ち着かない時間になった、ソワソワしすぎて教師に注意されたぐらいで。
あの話を聞いていなくて本当に良かった、聞いてたら大暴れして失敗だったから。
「行くの?」
「ああ」
それで向かったらすやすやと寝ているところだった。
俺は勝手に横に座って弁当を食っていく、姉が作ってくれたやつに比べてなんとも言えない物を。
家事を取り上げたら今度は寂しいか、正社員並に忙しい方が合っているのかもしれないな。
「ひぃっ!?」
「落ち着け、俺だよ俺」
「……目が覚めて男が近くにいたら怖いだろ」
「声をかければ良かったな」
にしたってそこまで怯えることはないだろ?
精神攻撃だけではなく物理的にもされていたのか?
姉はずっと同性の同僚がうざいうざいうざいうざいと言っていたんだが。
「やっぱり駄目だな、姉貴が作ってくれた弁当の方が美味いよ」
「当たり前だろ、やってきた年数が違うんだから」
「だな、早起きも結構きついしなあ、だからって真を巻き込みたくねえし」
あの日休んだのだってあいつらが影響しているんだろう。
今日の衝突でどうなるのかはわからない、でも楽しくやれるようになってくれればと願っている。
だからこそ負担をかけたくない、恋愛とか部活とかに励んでくれればいい。
こちとら暇人だからな、休みの日なんて働いていない人間と変わらないぐらいだ。
「なあ、わざとぶつけられたって本当か?」
「まあな、なんてことはねえよ」
「大丈夫なのか?」
「姉が通っていた高校に制服着て来ることよりは大丈夫だ」
弁当箱を片付けて、あまり綺麗とは言えない床に寝っ転がる。
「見せてみろ」
「なんともねえって、午後も大人しくしておけよ?」
「……私はお前の姉なんだが?」
「正しいことを言っているが?」
「あほ、ばか、まぬけ」
しおらしいよりらしくていい。
昼休みぎりぎりまで寝て教室へ戻って。
さすがに姉も馬鹿なことをするつもりがないとわかったので落ち着いて午後の授業を受けて終えた。
部活組のふたりと別れて姉を回収し昇降口へ。
「無理やり突っ込みやがって」
「仕方がないだろ、知らない生徒のところに入れたら可哀相だ」
俺のがぐちゃぐちゃになるのは可哀相じゃないんですね、ま、本人の言う通りだけどさ。
「大地、珍しく知らない女子といるのだな」
「小泉か、こいつは俺の彼女なんだ」
「本当か? 大地はもう少し地味めな人間を好むと思ったが……」
「嘘だ、姉だよ姉、来ちまったんだよ」
「ということは……コスプレ、というやつか?」
「そうなるな」
小泉を相手しているのが1番落ち着く。
こんなこと言ったらまた「判断が早すぎる」とぴしゃりと指摘されてしまうだろうか。
「寂しくて来てしまったと」
「ああ」
「姉弟仲がいいのだな」
「いや、最近は微妙だったんだ」
負担を減らすためにしたことが逆効果だったとは思いたくない。
ただ、あまりにも急すぎたのは確かなようだ、口数が少ない姉を見ているとそう思う。
「大人しい人なのだな」
「大人しい? 姉貴が大人しいわけあるかよ」
「でも、先程から全く喋っていないぞ?」
「ま、誰だって初対面はこんな感じだろ、あ、小泉は違かったけどな」
同性が怖いのかもしれないな。
全てそれに該当するわけじゃないとわかっていてもなかなか捨てられないもの。
あの時支えてくれたようにこちらもしてやれたらと考えていても、いい案が浮かんでこない。
「そうだ、家に来ないか?」
「悪い、今日は帰るわ」
「あ、それなら私も行っていいか?」
「姉貴、大丈夫か?」
「……大丈夫」
そのまま小泉も連れて行くことになった。
練習する相手としてはこれほど最適な人間はいない。
「私は小泉ひさめだ」
「……なつめだ」
「なつめは大地のことを気に入っているのだな」
「は? そんなわけないだろ」
「ならどうして学校になど来たのだ?」
それな、あと険悪な雰囲気出すのやめてほしかった。
姉の印象がわるかったばかりにこちらの印象まで悪くなったら嫌なのだ。
「つかさ、敬語使えないのかよ」
「教師以外には使わない」
「なんだよそれ、生意気女が」
「はははっ、口が悪いな、確かに大人しくなどない」
「うるせえっ」
小泉は強い女、これから姉関連で困ったら連れてこようと決める。
意外にもフォローしなくてもふたりの様子は悪くないように見えた。
それならばとこちらはできることをすることにして、それでも一応意識は時々向けておく。
「そんなに大雑把な切り方じゃ食べにくいだろ」
「文句言うな」
「雑なんだよ、食べる人間のことをなにも考えられていない」
元気が出たらすぐにこれかよ、真よ早く帰ってきてくれ。
「これぐらい細くだっ」
「はいはい、姉貴様には敵いませんよ」
「……そういうのはやめろ、真似してくれればいいから」
「そういう顔はやめろ、真似してやるから」
「ふざけるな!」
うるさいから丁寧を心がけけると約束して向こうへ行ってもらうことにした。
いきなりは無理でも姉に追いつけるように努力するつもりだ。
それで全てやるまではしなくても分担できればいいと考えている。
「できたぞー」
「私も食べていいのか?」
「当たり前だろ、ここで帰したらクソ野郎だ。食べ終わったら送ってやるからさ」
「ありがとう、大地は優しいな」
「ちげえよ、いいから食おうぜ」
真? はどうせ帰りが遅いから待ったりしない。
待ってたら待ってたで「先に食ってれば良かったのに」とかふざけた顔で言ってくれる奴だから。
ほらな? 俺は優しくねえんだ、母親みたいに律儀に待ったりはできねえんだよ。
そんな言い訳は建前で単純に我慢できないだけだ、だって目の前に出来たての料理があるんだぞ。
「ふむ、美味しいぞ」
「そりゃ良かった」
「ただ。なつめの言う通りだな、もう少し具材は小さい方がいい。ほら、見ての通り私の口は小さいからな、なかなかじゃがいもが……」
「普通にスプーンで切ればいいだろ……」
わがまま娘かよ、家もなんか高そうだったしよ。
ま、家が立派でなくても家族仲はいいからいいけどな。
「ごちそうさまでした、また食べたいな」
「文句を言わないなら食べさえてやる」
「うむ、その時までにもっと具材は細かくな」
うるせえ……もうみじん切りで出すぞこらっ。
「へえ、あそこに住んでいるのか」
それでなぜか付いてきた姉、なつめ。
この短時間で小泉のことを気に入ったということだろうか。
それならそれでいいことだ、同性と言えども女子高校生と話せる機会は少ないだろうし。
おまけに駄目なところはしっかり指摘してくれる相手だ、いい影響を与えてくれるはずだ。
「興味があるのなら中に入ってみるか?」
「いいのか? それじゃあ入らせてもらうかな」
「なら外で待っておいてやるよ、いくら姉貴と言っても危ねえからな」
「格好つけたって評価を変えたりしないぞ」
「興味ねえよ、早く行ってこい」
不審者として扱われないように気をつけておこう。