03話
「大地!」
「おわぁ!?」
慌ててベッドから飛び起きたが、心臓がまじで口から出るところだった。
「姉貴……ノックぐらいしろよぉ」
「なんだよ、やらしいことでもしていたのか?」
「ちげえよ……で? なんだよ?」
「付き合えっ」
「まだ朝だぞ……」
なんでも真が部活に行っているからつまらないそうだ。
それで酒を飲んでいたらいつものやつを発症してやって来たと。
「いいから付き合えよー!」
「わかったよ……」
一緒にいてやれば満足するのは楽でいい。
どうせすぐに潰れてしまうのだから気にする必要もない。
「って、ここで飲むのか」
「ああ……ここで飲む」
「ま、いいけどな」
さすがに怒られたか、最近はサボリ気味だったしな真の奴。
友と遊びたいのなら最初から部活なんて入らなければよかったと思う。
でもあいつは中学の時からやっているバレーをやめられなかったんだな。
こっちなんて帰宅部があるとわかったら即選択したぐらいだが。
「ふっ、土曜日に部屋でごろごろしているなんて寂しいな」
「酒を飲んでる姉貴様には言われたくないが?」
「誰かいないのかよ、気になる女とか」
「俺の周りにいる女子はみんな真が気になってるんだよ」
それにいいだろうが、休日にどう過ごそうが。
それを寂しいだなんて思ったことはない。
休む時は休んで平日は学校に行く、これが学生生活というものだろう。
「私もいないぞ」
「だろうな、仕事が終わったらすぐ家にいるもんな」
「外にいたって金を使いたくなるだけだからな」
「まああれだよ、ひとりじゃなくていいだろ」
ひとりになるとどうしても悪い方に考えてしまうことがある。
だけどそういう時に信頼している相手がいてくれれば少なくとも悪化はしない。
人はひとりでは生きられないというのは本当にそうだ。
「私は別にお前を求めていないぞ」
「ならどうしてここで飲んでる?」
「うるせえ」
ただ喋っていてもあれだからと下からジュースを持ってきて飲むことにした。
そうすればひとりって感じも薄れるだろう、少しでも役に立てればそれでいい。
「ふんっ」
「まあ楽しく飲もうぜ」
面倒見いいのにどうして縁がないのだろうか。
どうして職場内で苛めに遭ったのか、やはり甘やかしてもいいことがないのか?
自分が優しく接していた相手に裏切られる感覚ってどんな感じだよ。
「私は他人が嫌いだ、優しくしたって相手がそうしてくれるわけじゃないから」
全員が全員ではないけどな。
少なくとも俺の周りにいる現在の女子は違う、はず。
噂を知っていても責めてこないぐらいだから、まあ単純すぎて判断が早いと言われたのだろうが。
で、その他人の中には俺と真も含まれているんだと思う。
いま姉貴の中にあるのは親から頼まれたから世話しなければならないという気持ちだけ。
すげえ話だよな、嫌なのに頼まれたからということでスルーできないのは。
それがいいところでもあるし、悪い奴にいいように利用されてしまう悪いところでもある。
「なんでだよ……集団で自由に言ってきやがって」
なかなかいねえよな、面と向かって自分だけで相手にぶつかれる人間なんて。
仮に姉が頑張って立ち向かったとしても潰される、個が群れに勝てることは滅多にない。
よく都合良く言うんだよな、あの時の自分は馬鹿だったとかそういうの。
その時は自由に排除しようとしていたくせに、時間が経ってからそんなの許せるわけがないだろう。
しかもせっかく忘れられるという風になったところで仕掛けてくるから質が悪くて。
「あいつら絶対にいつかぶっ――」
「やめろ、どうせ飲むなら楽しく飲めよ」
「…………」
でもそいつらからしたら辞めた時点で負けなんだ。
すぐに忘れられることではないがもう忘れて前に進むしかない。
「もう忘れろ、それで楽しく生きていけばいい」
そういえば今日は珍しく酔ってない、先程からちびちび飲んでいるのになぜだ。
憎しみが上回っているということなのか? そんな感情抱いたって疲れるだけでしかないのに。
「……偉そうに言いやがって」
もっと憎めと言うのが正解だとは思えないが。
起こってしまったことはもう覆らないから片付けて進むしかない。
なにを言っても届かないだろうからボトルを置いてベッドに寝転んだ。
「大体、お前だってやられて引きずっているだろうが」
それでもそれを出して他人に当たるようなことはしていないつもりだった。
何度も言うが取られたというだけで大袈裟に反応しすぎだのだ。
初恋だったというのが悪い方へ影響してしまった、次はもう同じような失敗はしない。
そう、こうやって未来になにか役立つ形になるならいいといまは考えている。
「無視するなよ!」
やはりこういう変わりようにはついていけないのが正直なところ。
悪いことを言ってもいいことを言っても、怒鳴られて終わるだけ。
たえの時は言い返してしまったが対姉の時はより気をつけなければならない。
家事全部一応最低限できるようにはしてあるものの、出ていかれたりすると困るから。
――つまり俺は姉を便利屋ぐらいにしか考えていなかったのかといまさら気づいた。
「大地!」
「姉貴、これから家事とかしなくていいぞ、全部俺がやるから」
とにかくいまは休ませて自由にさせてやらないと潰れる。
酒を飲む頻度が高すぎるのはその表れだったのに馬鹿だったな。
買い物とかだってわざわざ荷物持ちとして付いていくぐらいだったら自分単体で動いた方が早い。
弁当とかだって白米と卵焼きとウインナーぐらいを突っ込んでおけば十分だろう。
風呂掃除や洗濯だってそこまで時間がかかるというわけでもないし姉に任せるほどではなかったのだ。
ま、真はたまに利用させてもらうとして、なにも難題というわけではないのだからな。
黙ったまま固まっていたから俺は1階へ移動。
「ただいま」
「おかえり」
こいつはタイミングがいいのか悪いのかわからない奴だ。
「真、これからは俺が家事やるから文句言うなよ、あと絶対に姉貴になにもやらせるな」
「は? どうしたんよ?」
「どうせ暇だからな、頼むから姉貴にはなにもやらないよう言っておいてくれ」
聞きたくないだろうから少しだけ卑怯な形になるがしょうがない。
最悪白米だけでも入っていればいいと言質を取れたので少しだけ気が楽になった。
「ふぁぁ……ねみぃ」
やってみたがなかなか早起きがきつい。
洗濯干して弁当作って朝食作って学校へ向かうという繰り返しは。
まだ1週間も経っていないのにこれだからな、それだけ姉に負担をかけていたというだよな。
「おい、危ないだろう」
「って、小泉か、小さいからわからなかった、悪い」
次の時間が体育で、しかもソフトボールというのがなんとも言えない。
野球をやっていたから恥かくことはないだろうが、眠いから真剣に休みたいぐらいだ。
――で、どうなったかと言うと。
「痛え……」
眠気とかに関係なくデッドボールを食らって退場。
良かった点はベンチに座って休んでいられるということ。
いやでも痛えわ、脇腹にダイレクトは俺に恨みがあるのかと思ったぐらい。
まだ上から投げる野球じゃなくて良かった、仮に硬球だったら泣いていただろうから。
終わり頃に謝ってくれたが、別にそこまでではないので大丈夫だと答えておいた。
堂々と故意にやる人間なんていない、駄目だな、すぐ大袈裟に反応しようとする弱さが。
「おい」
「ん? あ、さっきは悪かったな」
わざわざ俺らの教室の前で立っていた小泉。
小さいから見えなかったは良くない言葉だった。
「それより大丈夫なのか? ぶつかったように見えたが」
「目がいいんだな、大丈夫だぞ」
いいやつだなあ、心配してくれるのがいい。
でもまじで本当によく見えたな、そして単純に恥ずかしい気が。
「どこに当たったのだ?」
「脇腹だな、ちょっと大袈裟に反応しすぎて謝らせちまったけど」
「故意というわけではないだろうからな」
「おう」
着替えて廊下に出たタイミングで戻ってきた女子群。
その中にいたたえはどうしてかやたらとハイテンションだった。
「たえは元気だな」
「そこがいいけどな」
ところで、小泉と話していると姉と話しているような気分になる時がある。
だが、いまは関係が最悪なのでいい気分にはならないが。
「そういえば真は?」
「本を読んでいたぞ」
「へえ、あいつでも本とか読むのか」
まだ真とは仲がそれなりだからマシだと言えた。
兄弟仲も悪かったら途端にあの家に居づらくなってしまう。
「とにかく、なにもないなら良かった」
「心配してくれてありがとな」
眠気も吹っ飛んでくれたからあのデッドボールには感謝しなければならない。
今日は帰りにスーパーに寄って買い物をして、帰ったら晩飯作りか。
姉が食ってくれるようには思えないが、それでも3人分作らなければな。
「大地!」
「は!? ああ……おはよ」
目覚まし機能としては最高の性能だった。
なんなら部屋にひとりは欲しいぐらい。
「おはよじゃないよっ、もう19時過ぎてるよ!?」
「あ、本当だな、なんで校舎内にいるんだ?」
「部活が終わったから忘れ物を取りに来たんだ、課題のプリント忘れちゃってね」
こっちは買い物を忘れてしまっているから行かなければ。
しっかりやっておかなければ姉が余計なことをしてしまうから。
「え、どこ行くの?」
「スーパーだな」
「あれ、これまではなつめさんがしていたんじゃ?」
「全部俺が引き受けたんだよ、だから少し寝不足でな」
「それでデッドボールに繋がったと、なるほどー」
確かに普段だったら避けられたかもしれないから申し訳ないことをしたと思う。
わざわざ2度目の謝罪をさせてしまったのは確実に俺が悪い。
とりあえずある程度は買って家に帰ることにした。
当たり前のように付いてきたたえを家に入れて晩飯の準備――をしたかったのだが……。
「姉貴、そこどいてくれよ」
なんともまあピンポイントな嫌がらせをしてくれていやがる。
台所なんてそうでなくても狭いのにその入口のところで酒を飲んでいた。
「知らねえよ……勝手にやればいいだろ」
大してでかいわけでもないから強制的に持ち上げて移動させる。
「たえ、ちょっと相手しててくれ」
「はーい」
やはり友は必要だとわかる日になった。
そこからは特に問題も起こらず晩飯作りを終えることができた。
当然のように姉からは味云々、帰るのが遅い、やる気ないなど文句を言われたが気にしない。
「驚いた、大地ってご飯作れるんだ」
「たえは?」
「わ、私は……あはは」
今日はまだ帰ってきてない真の分はラップをして乾燥しないようにしておく。
たえはは「美味しかったよっ、それじゃあね!」なんて呑気に言って帰っていった。
「風呂は入ったのか?」
「うるせえ……」
無視して皿洗いを済ませて、わからないものの先に入らせてもらうことに。
朝にではなく夜の内に風呂掃除を済ませてしまえば楽かと思いついた。
なんでも効率的にやらないとな、季節的に考えれば夜の内に弁当を作っておくのもいい。
「兄貴!」
「おおぃ! 入っているんだが?」
別に弟に見られたぐらいで死にはしないが見られていい気分にはならない。
「だから来たんだよ。姉貴が拗ねてんぞ」
「放っておけ、休めるんだからいいだろ」
やるなと言われたらやらないのが姉貴だ。
そもそも俺らの世話なんて親に言われたからしていただけでしかないんだから。
「つか兄貴、今日ぶつけられてたよな」
「おま、笑うんじゃねえよ……小泉見習え」
「見せてみ? あ、痣になってんぞっ、笑える!」
「笑えねえよ……」
素人の球速でも当たれば普通に痛い。
場所が場所だったのも影響している。
ああ、小泉の対応がまじで天使に見えてくるぐらいだ。
「バレーはどうなんだ?」
「楽しいよ、ちょっと嫌いな先輩がいるけどな」
「珍しいな、お前が嫌いって断言するなんて」
みんなと仲良くをずっと目指して生きてきた奴だからこそ驚く。
聞けばやる気がないだけならともかく雰囲気を悪くするタイプらしい。
後輩というのもあって指摘しづらくて困っているようだ。
「気にするなよ、下の人間だって間違ったことを間違ってるって指摘する権利あるだろ」
「ひとりだけじゃないんだよ」
「それは確かに言いづれえな」
「だろ? 同級生を巻き込むのは違うし、その人と同じ学年であるたえ先輩に頼むのも違うからな」
「とりあえず戻っててくれ、すぐ出るから」
「あ、おう」
生きてたらやはり問題ばかりが起きてしまう。
スルーして生きるのは楽だが、好きな部活の時間に悪い気分になりたくないだろう。
少しだけ俺の方で動いてみようと決めた、俺らと同級生みたいだからな。