01話
俺には彼女がいる。
いや、正確にはいた、と答えるのが正しいだろうか。
いやでも、仲良くしていた友と浮気しているとは誰も思わないだろ。
なんならこの目で見た、キスしているところだって。
こちらの悪口を言いながら盛り上がっているところも。
なんかとてつもなく無理になって関係を切るしかなかった。
「……帰るか」
夢を見て嫌な気分になったのは言うまでもない。
誰だってそんなことは思い出したくはないだろう。
「おかー」
「おう、今日部活はなかったのか?」
「いや、だるいからサボった、最近はもう暑いからさー」
「顧問に怒られるぞ」
「帰宅部には言われたくねー」
あまり可愛く育たなかったいい例だ。
昔はよく付いてきて無邪気な笑みを浮かべていたものだが。
そもそも男の時点で可愛いもクソもないのだが。
おまけにああいうことがあったから男にもいいイメージないんだよな。
自分がいい人間ではないというのも影響していた。
「あ、今度の土曜に女子と出かけてくるから金貸して」
「いくらだ?」
「あー、3000円ぐらい?」
「それはいいがちゃんと返せよ、えと……ほら」
「サンキュ、土産買ってきてやるよー」
それはいいから相手に使ってやれよと言って床に寝転がる。
「兄貴は彼女作らないのか?」
「元友に取られたんだぞ? そもそも、モテないからな」
あの時だって俺が努力して告白して受け入れられた結果だったのだ。
が、興味があったのはすぐ側にいた元友だったということになる。
ま、あいつは容姿だって整っていたからな。
許せないのは、俺の話を聞いて大丈夫だとかお前ならできるとか言ってきていたこと。
それが全て筒抜けになっているとも知らず、馬鹿みたいに喋っていた自分が悪いが。
「え、つか彼女なのか?」
「いや……でも、いい子なんだよ」
「へえ、やる気のねえ面倒くさがりのお前が言うなら相当なんだろな」
「手を出したりするなよ?」
「だから寝取られた俺になに言ってんだ」
あの調子ならやることもやっているだろう。
外でキスすることができるぐらいだ、ふたりきりになったらしているだろうな。
男も女も好きになったら結局やることは変わらない、それが早いか遅いというだけで。
まあ、あいつにとってはこちらとはなにもしていなかったわけだから弊害もない。
だが、元友の方はよく女と付き合っては別れてを繰り返している奴だったので――つうか、どうして俺はそんな軽そうな男と一緒にいたのかがわからなくなってくるが。
「寝取られたって言うけどさ、兄貴はなにかしたのか?」
「さあ、なにもしていなかったからそうなったのかもな」
ぶっちゃけ、告白して受け入れられただけで満足していたのかもしれない。
一概にあいつが悪いとは言えないか、というかもうどうでもいいし忘れよう。
「ま、金はちゃんと返すから」
「おう、いつでもいいからな」
俺は俺で早く忘れられるように努力しようと決めた。
「た、大地!」
「おう、どうし――ごふぉあ!?」
廊下に情けなく吹っ飛ぶことになった。
さすがに運動部所属のパワーを前に、平然と突っ立っていることはできない。
「た、大変だよ!」
「落ち着け……どうした?」
「し、真一くんがさあ!」
「ああ、真がどうしたんだ?」
「知らない女の子とデートしてた!」
そういえばこいつは弟のことが好きだったか。
それは残念だな、まあ付き合ってから自由にされるよりはいいだろ。
「そういうことだ、諦めろ」
「嫌だ! 諦められないよ!」
「それなら突撃してくるのはやめろ、痛えんだよ……」
「あ、ごめん……」
直接本人に聞けばいいのに。
そうすれば馬鹿みたいに話してくれると思う。
いい子だって言っていたからな、あんなことはなかなかない。
こいつ――たえにとっては嫌だろうが。
席に座ってもまだ続けてくる彼女にため息をつく。
どうせ下に下りて数クラス分移動すれば本人にぶつけられるというのによ。
「兄貴」
「おう、こいつの相手頼むわ」
「え、たえ先輩の? それは別にいいけど……」
俺は寝るという仕事があるのだ。
そうやってしっかりしておかないと学校にいくのが嫌になる。
とにかく女子の笑顔は胡散臭く見えるし、男子は純粋にやかましいし。
「真一くんっ、あの子は誰なの!?」
「あ……気に入っている子です」
「き、気に入るってなんで?」
「そりゃ、いい子だからですよ、というかそれ以外にあります?」
「ない!」
「で、ですよね」
ちなみに何気に同じ部活だったりする。
だからこそ真面目にやる真を見て気に入ってしまったのだろう。
こいつが真面目にやっていることなんてほとんどないけどな、だってサボるぐらいだし。
「たえ先輩はいないんですか? そういう人」
「いるよ! 私のすぐ目の前にね!」
いつでもド直球だなこいつは。
そういうところが人気だったりする理由のひとつではあるが。
そう、こいつはモテるのだ、弟の真と一緒で。
なのに自分のしたいことに集中ばかりしているから全然気づいていないということになる。
真の方はめんどいからという理由で全て断っていると聞いた。
「え? 兄貴……ではないですよね、俺ということですか? 残念ですけどそれはちょっと」
「わかってるよっ、言う機会がなくなりそうだから言っておいただけ! うわーん!」
「あっ、たえ先輩! 行っちまった……」
長い付き合いなのに敬語をやめないところとかが人気な理由だろうか。
いまだって年上の女にチラチラ見られているのにも関わらず涼しそうな顔をしていやがる。
「やーい、女を泣かせるなんて最低ー」
「う、うるせえよ……変に期待を持たせる方が残酷だろうが」
「ま、それはお前の言う通りだな。それでなんのために来たんだ?」
こういうことはあまりあるわけではない。
仲は悪くないと思うが特別いいわけでもないからだ。
本当に適度な距離感を保っていると思う。
こんなんでも喧嘩したことがないのが面白いところだった。
「ああ、ただ兄貴に会いに来ただけだ、暇だったからな」
「好きな女子のところに行けばいいだろ」
「そんなほいほい行けたら苦労しねえよ……」
そういう反応を見せていいのは女子だけだ。
弟からそういうのを見せられても困ってしまう。
「あ、真一くん」
「え? なっ、なんでここにいるんだ?」
「友達に聞いたんだ、真一くんがここにいるって」
「そ、そうか……兄貴、それじゃあな」
「おう、じゃあな」
なるほど、たえが恨めしそうに見ているから彼女がそれか。
「うわーんっ、なんでー、私の方が先に出会っていたのにー!」
「知らねえよ、なにかしたのか?」
「……お話し、かな」
「あいつらは一緒に出かけたぐらいだぞ、そりゃ無理だろ」
「うるさい! 友達に彼女取られたくせに」
ちっ、知られているのが痛いところだよな。
忘れたくてもこうして毎回出されてしまうから。
くそ、あんな奴と友達になどなっていなければこんな惨めな思いは味わわなくて済んだのに。
いや、友達だと思っていたのは俺だけだったんだろうがな。
「ぷふっ、取られるとかださー!」
「だな」
「しかもそんな性格だから誰にも求められないしー」
「俺を馬鹿にしたって真は振り向いたりしないぞ」
「やだー!」
知らねえよそんなの、だったら努力すればいい。
同じ部活なんだから接点だってあるだろうが。
一緒に帰ることだって家が近いのだからできる。
それをしないで関係のない話を持ち出して他人を馬鹿にするなんて有りえないことだ。
「ねえ……ほんとに無理なのかな?」
「そんなのお前次第だろ、全て自分で選べよ」
「もしかして怒ってるの? そろそろ笑い話にでもしたらいいじゃん」
「生憎とそこまで寛容な人間じゃないんだよ」
しかもわざわざ付き合っていることだって報告してきたんだぞ。
別になにを言ったわけではないのに「残念だったな」なんて煽ってもくれて。
色々な複雑さから人間不信になりそうになったぐらいだった。
こいつはその事件よりも前から友達――いや、顔見知りだったから続いているだけ。
でもあれだよな、それこそ真が弟だからこそ近づいてきているようにしか思えない。
弟に対するそれとこちらに対するそれとでは雲嶺の差があるから。
「とにかくさ、人を煽っている暇があるなら行ってこいよ」
「無理でしょっ、あの子が側にいるんだから」
「なら無理だな、諦めろ」
無駄に時間を消費してしまった。
これから授業を受けなければならないのだから勘弁してほしい。
恋愛話なんて他所でやってくれ、誰が誰と付き合おうとどうでもいいだろ。
そこで燃えるか諦めか、たったの2択でしかない。
HRが終わって休み時間からの1時間目。
授業自体は問題なかった、問題がないように普段から勉強はしっかりやっている。
ただ問題だったのは各休み時間、わざわざ来ては文句を言ってきやがる。
ここでなにかを言い返せば途端に悪になるから無言で突っぱねた。
そういうところだぞと指摘したらどうなるのかと考えてやめる。
「大地!」
「なんだよ、飯を食ってるんだが?」
「真一くんを連れてきてっ」
「知らねえよ、自分で行ってくればいいだろ」
だけどいるんだよなあ、仲良くもねえのに今日も仲いいとか言う奴らがさ。
だからなるべく教室では静かに過ごしたいというのにたえは全く叶えてくれない。
そりゃ自分の要求ばかり押し付けていたら選ばれねえよ、他のいいやつを探すはずだ。
「大地、いい加減――」
「悪い、トイレ」
高校生になってから途端に面倒くさい生き物になってしまった。
一方的に関係解消になった時なんかは慰めてくれていたぐらいだったのに。
「ちょっと待ってくれないか?」
「ん? ああ、俺か、どうした?」
知らない顔だ、周りを見ても誰もいなかったから間違いなく俺に話しかけたのだと思う。
「荒尾真一の兄、だろう?」
「ああ、荒尾大地だが」
「少し……」
「じゃあそこの空き教室でいいか?」
「よろしく頼む」
だからどうして兄の方に来てしまうのか。
適当な席に座って話しかけてきた女子を眺める。
小さいのに髪の毛が長くて話し方が独特で、埋もれるようなタイプではない気がした。
青紫色の髪に瞳か、いまのところはたえよりはマシだな。
「単刀直入に言うと、私は荒尾真一に興味がある」
だろうな、そうでもなければ俺のところになんて来ないだろう。
つかよくわかったな、俺が兄って。
そういう情報があったとしても顔とかわからないのが普通だろうに。
「そこで……だが、協力してもらえないだろうか」
「近づけるようにって? そういうのは自分でしないと意味ないだろ」
裏技でメチャクチャ前に進んだところで中身が伴っていなければ意味がない。
それがわからないようなタイプではないように見えたが、恋は盲目というやつだろうか。
「最近は近くにある女子がいて近づけないのだ」
「それは俺の同級生も言っていたが、別に恋人ってわけじゃないんだぞ?」
「……いや、あれは明らかにその人物を気に入っている顔だった」
「それならいまから邪魔しようとするのは違うだろ」
「……言っていることが矛盾しているぞ」
「いや、それはこっちのセリフでもあるんだが」
気になるなら動けよ、たかだかそんな女子ひとりに恐れやがって。
そうやって臆している間にもあいつらは仲を深めているんだぞ。
そもそも真がいい子だと言っている時点で相当不利なんだからよ。
余計に頑張らなければならないことだというのに、兄になんかなにかを言っている場合じゃない。
「真は甘い物が好きだぞ」
「いきなり渡しておかしなやつだと思われないだろうか」
「まずは深く考えず友達になればいい」
「よ、呼んでくれないか?」
仕方がないから電話で呼んだ。
割とすぐにやって来て「どうしたんだ?」と聞いてくる弟。
「この子が真に興味があるんだってよ」
「え? ああ、小泉か」
「知ってるのか? それなら後は頼――わかったからそんな顔するな」
こちとら真剣にトイレに行きたいのに。
しかもまだ弁当は中途半端に残している形になる。
このまま残して帰ったら母親みたいな姉貴に殺されるぞ。
「と、友達になってくれないか?」
「別にいいけど、え、そのためにわざわざ兄貴を使ったのか?」
「……最近は特定の女子といるだろう?」
「ああ、気にするなよそんなこと、どんどん話しかけてくれればいい。俺らは同じクラスだろ」
同じクラスかよ……そりゃまあ気になるか。
結局ふたりで一緒に戻っていった。
なにもされてねえのにこの疲労感はなんだ……。
「いたっ、大地!」
「新しい女子が真の周りに増えたぞー」
「自分が増やしておいてこのばか!」
「ふっ、ざまあみろ」
気になるなら動かなければ駄目。
それをしないで文句ばかり言っていてもなにも変わらない。
「こらあ! なに煽ってくれてんの!?」
「おい、男子トイレに入ってくるつもりか?」
「あっ……」
これからは真剣にトイレにこもっていようかなと思った俺なのだった。
「それでね、今度の土曜日なんだけど」
「ああ」
「3人でさ、どこかに行かない?」
「小泉がいいならいいけど」
「私は大丈夫だ、特に予定もないからな」
俺は大丈夫じゃなかった。
なんだこの地獄の時間。
ひとりで帰ろうとしたら付属品みたいに付いてきやがって。
弟の彼女になるやつらかもしれないから冷たくもできねえし……というか部活行ってねえし。
「あ、お兄さんはどうしますか?」
「は……いや、気にしないで行ってくればいい」
弟狙いのところに兄が出しゃばれるかっつうの。
あーあ、真のこういうところは悪いところだ。
明らかに自分と帰りたがっているとわかっているくせに、無自覚に他人を誘ったりする。
「大地も来たらどうだ?」
「ちょっと待て、どうして俺とお前は友達みたいになっているんだ?」
「兄弟揃って荒尾と呼んでいたら紛らわしいだろう?」
「だったら逆に真一と呼べばいいだろうが」
「小さい男だな、つまり年下に呼び捨てで呼ばれるのが嫌だということか」
ちげえだろ……せめてもの助言みたいなものだろうが。
別に年下に呼び捨てで呼ばれたからって気になるような小せえ男じゃねえぞ。
真が気に入っている女子にも笑われたぞ、ほんとにそいつはいいやつか?
「しかも小さいのはお前だろ」
「お前ではない、小泉ひさめという名だ」
知らねえよ、自己紹介もされてないのに。
弟を好きになるやつなんてろくなやつらがいない。
その点、真が気に入っている女子は自分だけで動いているからまだマシか。
いちいち兄経由で近づこうとするやつは選ばれなくて当然なのだ。
「じゃあお前が逆にひさめって呼ばれたらどうするんだ?」
「構わない、そこまで自惚れてなどいないからな」
「そうかい」
理由を作って無理やり離れることに。
色々なストレスを甘い物でも食べてふっ飛ばさなければやっていられない。
「大地も甘い物が好きなのだな」
「ああ……って、なんでいるんだ?」
一緒にいると恐らく兄妹にしか見えない身長差。
嫌と言うわけではないが理由がわからなくて困惑した。
「私もコンビニに寄りたかったのだ、なにかおすすめはあるか?」
「そうだな、これとか安いのに量が多くて美味いぞ」
「確かに美味しそうだ、もっと教えてくれないか?」
よくわからないが気に入っている物を全て紹介しておく。
「ま、スーパーで買う方がコスパはいいぞ」
「ふむ、飲み物なども少し高いように感じるしな」
「そうそう」
距離があるから大抵はそれでもコンビニで済ましてしまう。
卑怯なところはそういうところだろう、だからこそ値段が下がったりはしないと。
利用し購入する客がいるのだから当然の話だ。
怖い怖い、ジュースなんて半分の値段で買えるのにな。
「ありがとうございましたー」
店外へと出て帰路に就く。
「これをやる、お礼だ」
「いいのか? サンキュ」
「これを1番熱心に見ていたからな、それに荒尾を呼んでくれたお礼でもあるからな」
こいついいんじゃねえか? 頑張れば真だって振り向かせられる気がする。
「小泉、お前頑張れよな、お前なら真だって振り向かせられるだろ」
「大地は判断が早すぎる、私とは今日初めて話した仲なのだぞ?」
「いや、それでいいやつだと思ったんだが……」
「そう判断してもらえるのは嬉しいが、まだ早すぎるぞ」
側にいるのがたえだからなおさら良く見えたのだ。
同級生なんだから敬語じゃなくてもおかしくはないし、没個性というわけでもないし。
あっさりと友達でいることは認めたのだから0ではない。
「あまり無闇に人を信じるべきではない」
「そんな悲しいこと言うなよ」
「それで悲しい思いをしたのが大地だろう」
「……知ってるのか?」
「ああ、下の学年にも噂が出回ったからな」
なにが気に入らないって俺に問題があったかのような話になったことだ。
あの女も男もただ気が合って相手を選んだってだけでいいだろうに。
わざわざ煽ってきたということは、まあずっと気に入らなかったのだろう。
そしてあの女は顔や積極さを評価し奴のところに行っただけ。
「荒尾大地=みたいなことになっているのだぞ」
「高校に入ってからは言われることはほぼなくなったけどな」
「これからも弊害としてつきまとう問題だ」
「心配してくれてありがとよ、でもそれとこれとは関係ないだろ? 小泉は普通に真と仲良くすればいいんだよ」
いいところに頭があったからぽんと優しく叩いて帰ることにする。
やっぱりいいやつだな、たえと比べたら小さくて愛らしいのもあって天使に見えるぐらいだ。
「で?」
「……晩飯前に甘いパンを食べました」
19時現在、家の床で正座させられていた。
「いい度胸だね、残したら怒るからね?」
「せっかく作ってくれているんだから残すわけねえだろ」
「だったらもっと美味く食べられるよう間食すんなや!」
こんな言い方でも優しい姉だ。
飯とか家事とかしてくれている。
まあ両親が忙しいから渋々といった感じだろうがな。
「大地、いまから買い物に行くから付き合え」
「え、飯前にか?」
「少しは空腹だった方が美味いだろ」
「まあ、いいぞ」
「いいぞじゃねえ、命令だよこれは」
元々できることはしていこうと決めていたから気にしない。
荷物持ちぐらいならしてやらなければ、一応こんなのでも女子だからな。
あまり買いたい物もなかったらしく1袋で済んでしまったのはあれだが。
「もっとまとめ買いしなくていいのかよ?」
「あ? ああ、いいんだよ、新鮮な方が美味くなるだろ」
「意外と拘るよな」
「当たり前だ、お前らふたりをしっかり元気にさせなければならないからな」
自分は? なんてわざわざ聞くのは野暮ってものか。
「姉貴もそろそろ彼氏作れよ」
「うるせえ、作ろうと思ってできたら苦労しないだろ」
「それな」
しかも慌てたら見誤ってしまう。
なるほど、小泉が言いたかったことはこういうことか。
しっかり見極めてからでないと痛い目に遭うと。
「大地はどうなんだ? もう癒えたのか?」
「姉貴や真がいたから人間不信にはならなかったぞ」
それでもいい思い出とはとてもじゃないが言えない。
いつまでも引きずっていたところで意味はないのだから捨てたいのだが……。
「感謝しろよ、私がいてあげたことに」
「ああ、本当にな」
「気持ち悪……違うって言わないのかよ」
「実際姉貴の存在は俺の中ででけえよ、それこそ親みたいにな」
「ゾワッときたぁ……2度とそんなこと言うなよ」
なんでだよ、感謝しているんだから素直に受け取っておけばいいのによ。
感謝しろと言うからその度に見せているのにこの調子だから困ってしまう。
「「いただきます」」
「どんどん食べろ」
ああ、動いたのもあってより美味しく感じられたのだった。
「だから見に来てほしい」
そう言われたのは金曜日の放課後で現在は土曜日の12時前。
楽しそうに歩いている3人を尾行しているアホがいた。
なんたって小泉がそんなことを頼んできたのかはわからない。
自分ひとりだけになる可能性があるから不安だったのだろうか?
だが確かにあの女子は仲間外れにするなんてことはなく、頻繁に話を振っていた。
ふむ、もっとがつがつ行けよ小泉のやつ。
「ふーん、仲良さそうじゃん」
「お前もやっぱり気になるのか」
「真一くん狙ってるんだから」
「追うぞ」
「うんっ」
今日はたえも大人しいモードを選択しているようで、特に言い争いにはならず。
寧ろ絶妙なコンビネーションでバレることなく最後まで尾行を完遂できた。
みなが別に方へと歩いていく、なかなかに早い解散はがっついていないところを見せたいからか。
「わわっ、私は真一くんのところに行ってくる!」
「ああ、気をつけろよ」
「大地もね!」
俺は逆にこちらへと向かってくる小泉と合流。
「来てくれていたのだな」
「ああ、つかもっとがっつけよ」
「……そんなに大胆にできるわけないだろう」
「悪い、余計なこと言った。帰ろうぜ、送るから」
「ありがとう」
なんかああいうの見ていると指摘したくなる。
だって気になっているんだろ? 積極的にいかなければならない。
あの女子みたいに表面上だけでも友達思いの人間だと評価だってどうしたって良くなるわけで。
そもそもいいところによりいい評価になって手が届かなくなってしまう。
「大地、女子と一緒にいただろう」
「ああ、真のことが好きな同級生な」
「真一は人気なのだな」
「だな」
間違いなく静かに暮らせなくなるだろうからいいことばかりではないだろうが。
そしてそんな人間を好きになった人間としては落ち着かない時間を過ごすことになる。
「その女子と仲がいいのか?」
「中学生時代よりも前からいるからな」
「なるほど、アピール不足だったということか」
「ああ、そういう見方もできるな」
でも、たまには大人気ないところも見せていかなければならないだろう。
真に迷惑をかけない範囲で恥とかそういうことは一切考えずに。
「頑張れよ」
「ありがとう、送るのはここまでいい」
「そうか、それじゃあな」
帰ったら家事の手伝いでもするか。
やることがないからとダラダラしているよりはマシだと信じて。
「おかえり」
「ああ、なんかすることってあるか?」
「特にないね」
「そこをなんとか頼む」
こういう機会はあまりないのだからなんでも頼んでほしい。
お使いでも草取りでもなんでもするから、俺だって一応考えているのだ。
「なんだよ、普段は床で寝っ転がっているくせして」
「姉貴の役に立ちたいんだ」
「言うなって言ったよな?」
「頼むぅ!」
「きっもちわりぃなあ!? はぁ……なら大人しくしていろ」
諦めて部屋にこもることにした。
くそ、頼れよ、なんでもやってやるって気持ちでいるんだから。
真面目に感謝しているのだ、いい人のために動きたいと考えるのはおかしくないのによ。
「大地、酒飲むから付き合え」
「先に言えよ、素直じゃねえなあ」
「うっせえ」
たまにこうして昼間から酒を飲む時がある。
やはり負担になっているのだろうか、そのために手伝わなければならないと考えているのだが。
「っはぁ……」
「美味いのか?」
「ああ……」
酒を飲むと決まってすぐに突っ伏すようになる。
寂しいのか? 年齢的にも彼氏とかいてほしいとかそんな乙女な感じなのか?
残念ながらそういう点で力になってはやれないが、こういうことに付き合ってはやりたい。
「大地ぃ……私といるの嫌じゃないかぁ?」
「嫌じゃねえよ」
「……不安になるんだ、ちゃんとできているのかって」
「大丈夫だよ、姉貴はちゃんとできてる、ありがたいよ本当に」
あの時の俺は驚きすぎて、引っかかって、こもりがちになりそうだったが、それを必死に止めてくれたのが姉貴だった。
問題ねえって、そんな女や男は忘れろ、お前が引きこもるのはもったいねえって励ましてくれたんだ。
「そうか……ならいいんだ」
「あまり飲むなよ?」
「ああ……悪いがこれをしまって私を部屋まで運んでくれ」
「ああ、了解だ」
派手な見た目しているくせに繊細なところは昔から変わらない。
責任感が強いからこそ苦労することもあるんだろうな。
「よいしょ……おい、なんか軽くなってねえか?」
「……私の軽さなんてどうでもいいだろ」
「良くねえよ、姉貴も健康でいてくれなきゃ嫌だぞ」
「ふんっ、今日はやけに口説くじゃないか……」
ちげえよ、心配になるからだ。
さっさと部屋のベッドに寝転がせてすぐに部屋からは出た。
あまり弱気な態度の姉貴は見たくない、本人だって好き好んで見られたくはないだろうから。
「ただいま」
「おかえり。たえと会ったか?」
「おう、さっきまでファミレスで喋ってたんだ」
「へえ、仲良くしてやってくれ、そうすれば俺が絡まれることもなくなるから」
「ま、どうなるのかはわからないけどな」
贅沢者め、こいつはいつだって選べる側だから羨ましいな。
「姉貴は?」
「ちょっと今日はもう休んでる、またあれだ」
どうせ飲むならもっと楽しそうに飲んでほしい。
俺たちが協力することで笑顔が見られるのなら進んでしよう。
ワガママをあまり言わないのであれば俺だけでも良かった。
「ああ……ほぼ俺らだけになってから頻度が増えたよな」
「だからなにか力になれないかって動いたんだけどな」
「あんまり負担をかけないようにするか」
それしかない、不安になってしまわないようにするには。
「そうだ、小泉とはどうだったんだ?」
「喋り方が独特だけどさ、普通にいい子だなって思った」
「だよな、それを言うと判断が早すぎるって言われるがな」
ま、そもそもそんなことを言ったところで届かないが。
俺のところに来る女子はみな真目当てだからだ。
「説得力がないかもしれないけど、俺はみんなと仲良くなりたいんだ」
「いいんじゃねえのか?」
気になる及び好きな人間にとってはそれだけ苦しくなる可能性もある。
でも、そういうつもりではなく人として仲良くなりたいというだけなんだから気にする必要もない。
「ただ、優柔不断みたいに捉えられてしまうかもな」
「不仲よりはいい、紛らわしいことをしなければ問題ない。本当に仲良くしたいやつとだけ、それっぽいことを言ってやったりしてやれ」
「わかってる、そこまで屑じゃないからな」
それでも相手が最後までクリーンにいてくれるとは限らないんだよなあ。
どのタイミングで発症するかわからない、唐突に自分のことを悪く言ったりする可能性がある。
どちらかと言うと女子に多いだろうか、少なくとも女子の例しか見たことがない。
全員が悪いと言うことはもちろんしないが、あの時のことが引っかかったままでいるのも大きい。
ま、あれは男もあれだったがな。
「たいちぃ……」
「おいおい、大丈夫かよ?」
真面目に危ないから慌ててかけよった。
そう、姉は酒に強くないのだ、あっという間に真っ赤になってしまう。
救いなのは無理してたくさん飲もうとしないことと、ある程度普段のままということだ。
「……寂しいから側にいてくれ」
「いいから戻るぞ」
一応真を見てみたら見て見ぬ振りをしていた。
あいつなりに考えているんだ、だって素面に戻った時に恥ずかしい思いをするだろうから。
「姉弟で恋愛できればいいのになぁ……」
「聞かなかったことにしておいてやるよ」
とりあえずまたベッドに転がして俺は床に座る。
こういう時は顔なんか見ない方がいい。
余計なことを考えてしまうことも0ではない。
「真一もいたな」
「さっき帰ってきたんだ」
「あいつはいま気になっている女がいるんだろ」
「みんなと仲良くしたいそうだぞ」
「全員を平等に扱えるわけがないだろ」
そりゃそうだが、それでもと考えて動くつもりなんだ。
別にそれが無理だと突きつけるつもりはない。
それどころかあのいい小泉もちゃんと相手をされるのならそうしてやってほしいと思う。
「甘いな、大体甘やかされた人間は平気で裏切るんだ」
「全員が全員そういうわけじゃないだろ」
「裏切られたお前がなにを言っている」
「だけどもう大丈夫だ、思っていても言わないでやってくれ」
俺たちが本当の意味でできるのは見守ることだけ。
できれば余計なことを言わず、求められた時だけ求められているであろう言葉を言えばいい。
誰かを贔屓してやれなんて言えないのだ、だから気をつけなければならない。
「できればそのふたりをぶっ潰したいところだ」
「やめろ、いつまでも俺の気に入っている姉貴のままでいてくれ」
あの頃の俺が大袈裟に反応しすぎたせいで姉にも真にも迷惑をかけた。
そういうのもあってあまり迷惑をかけなくて済むように生活を送っているつもりでいる。
「弟が舐められたんだぞ?」
「無理するな、喧嘩とか苦手だろうが」
「……家族のためなら苦手だろうが動ける」
「成人女性が未成年に暴力を振るったら終わりだぞ、気にしないで寝ろ」
家族思いでいい姉なんだがな。
とにかくできる限りなにかしてやろうと決めて、追い出されるまで部屋に居続けた。