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翌日

作者: アルミ缶




2年間付き合っていた彼氏と別れた。


別に喧嘩をしたとかじゃない。仲が悪くなったわけでもない。

ただ、少しずつ、どこかすれ違うことが増えていった私たちは、大学を卒業するこのタイミングで、二人で話し合って別れることにした。




「じゃあ、元気で」


私の部屋に置いていた自分の荷物を一通りカバンに突っ込み終わると、玄関先でギターケースに手をかけあいつはそう言った。

見送る私が、うん、と頷くと、あいつはそのまま背を向けて出ていった。もう閉まるドアの隙間で目は合わなかった。



昨日のことのはずなのに、あれからもう随分時間が経ったように思える。

寝すぎたせいだろうか。

起きたらもうお昼頃だった。ベッドの上で目をこする。

毎晩遅くまで二人でゲームばっかしてたせいで、生活リズムが完全に狂ってしまっているようだ。


部屋を見渡した。

半分閉まったままのカーテン。薄暗いスペースが広がっている。

テレビ台の脇に置いてあったアコースティックギターはもうないし、カーペットの隅に積み重なった洗濯物の山もいつもよりしょぼい。


一緒に暮らしていた恋人がいなくなると、恋愛小説の主人公たちは決まって部屋の広さに寂しさを感じていたものだが、なるほど、いざ自分が体験してみると確かに広く感じる。

でも寂しいか、と言われると、そっちはよくわからない。なんとなくむしゃくしゃするこの気持ちがそれなのだろうか。


特にやることもなくて、おもむろに、あいつとよくやっていたゲームに電源を入れる。

完全に癖だ。もうやる相手はいないけど。

コンピュータ対戦モードにしてとりあえず惰性でプレイをする。コンピュータ相手にプレイするのは久々だった。弱い。

コンピュータなんだからもっと強くないと。

違う違う、あいつならそこ軽く防御してカウンターでスマッシュ技決めてくる。

なんて心の中で文句を垂れながら相手をふっ飛ばしていく。もちろん、どれだけふっ飛ばしても隣で悔しがってるあいつはいない。


「あー、もう」


なんだか張り合いがなくてつまんない。むしゃくしゃする気持ちもなくならない。

私は一人、伸びをしてベッドに倒れこむ。


* * *


長い時間ぼーっとしていた。

いや実際にはそれほど時間は経っていないかもしれない。でも、私の感覚の中では長い長い時間、何を考えるでもなく布団にごろーっと寝転んでいた。


静かな部屋の中には、子供たちの遠い笑い声が聞こえてくる。もう下校の時間なのかな、と外に目をやると綺麗な夕焼けが見えた。


そんな時間か。

ふと、今日まだ何も食べていないことに気がついた。別にお腹が空いているわけでもないけど、今は家で何か作る気にもなれなかった。


気分転換に外に散歩でも行って何か買ってこよう、そう思った。必要最低限の身支度をして、家をでる。


とりあえず駅の方へ向かって歩くことにした。静かな住宅街を抜けて、賑やかな街へ。

二人で歩くことが多かった道を一人で歩くのは不思議な感覚だ。

景色が新鮮だった。いつもしょうもない話に夢中で、周りを気にしてこなかったから。


あれこれ考えているといつの間にか駅前に着いてしまった。どうしようか。食べたいものはまだ決まっていない。

ふと、有名ハンバーガーチェーン店が目に入った。

付き合いたての頃、よく二人でテイクアウトして家に帰っていたなあ、と懐かしむ。


「百円のハンバーガーより百二十円のチーズバーガーの方が断然うまいんだよ。このチーズには二十円分以上の価値がある」なんて私に力説するあいつの顔が思い浮かんだ。


変なやつだった。


私が、ハンバーガーに入ってるチーズって普通のチーズと違くてなんか苦手だ、なんて言うと半ば強引に一口味見させられたこともあったっけ。

もう随分前だから忘れてしまったけど。


引き寄せられるように、いつの間にかその店に入っていた。

相変わらずガヤガヤした店内のカウンターで、店員さんがとびきりのスマイルとともに注文を尋ねてくる。


いつものように1番安いハンバーガーを指差そうとした私は一瞬手を止めた。

少しの沈黙。店員さんは不思議そうな顔をしている。

自分でもなぜかはわからないけど、私の指はその隣を指していた。


「チーズバーガー。チーズバーガー一つください、テイクアウトで」


* * *


帰り道はもう薄暗かった。私は土手上の道を通って帰ることにした。ハンバーガーを買った日は川沿いを遠回りして帰る。付き合っていた頃の二人の不思議なルーティーンになっていた。


春の涼しい夜風が髪をなびかせる。

歩きながらなんだか無性にお腹が空いてきて、私は紙袋を開けた。

さっき買ったチーズバーガーを取り出して、やけ食いみたいにかぶりつく。

チーズの独特な味が口に広がる。私の苦手な味。久しぶりに食べた。無理やり食べさせられたとき以来かもしれない。


気づけば涙が溢れていた。




「別れよっか」

あいつの言った言葉がずっと引っかかっていた。むしゃくしゃしていた。大学卒業後どうする?って私が聞いたとき、私は何を期待していたのだろう。ここ最近ぎくしゃくすることも多かったけど、それでも、まだ「一緒にいよう」という言葉を待っていたんだろうか。あの頃のように楽しい日々に戻れると思っていたんだろうか。馬鹿みたいだ。


泣きながら食べ続けた。堰を切ったように、思い出が溢れ出して止まらない。


ああ、私失恋したんだ。


そう思った。


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