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王国軍の兵士 3

兵士と冒険者の騒ぎのあったその翌日、宿を出ると、すでに馬車通り沿いには人だかりができていました。

 人だかりの理由は、すぐに分かりました。沿道の人混みをかき分けて通りの中央が見える所まで出ると、右手の方から、罪人を引き回す、兵士の一団が見えてきました。人だかりは、その見物人達です。


「あっ!」


 一団が近づき、猿ぐつわをされ、板の上に仰向けに寝かされ鎖で何重にも縛られた罪人の姿が見えてきました。間違いなく、昨日の冒険者です。

 冒険者は、身動き一つとれず、その魔術も中級魔術以下の魔力を無効化する魔錠をかけられて完全に封じられているのが見てとれました。冒険者は、ただ、空を見つめていました。


 彼は、一体何をしたというのでしょうか。ほんの少し、控えめに兵士の暴走をいさめようとしただけです。確かに、彼は兵士の剣を壊してしまいましたが、それは、あの場でできるある意味最善の手段で、誰も直接傷つけないものでした。にも関わらずです。


 冒険者は、そのまま事件のあったウエスト・リジョンを引き回されてから、旧市街に連れていかれ、その日のうちに縛り首にされて旧市街の一番高い鐘楼から7日間吊されたままにされたそうです。

 僕は、あまりのことにその様子を見に行くことはどうしてもできませんでしたので、旧市街に連れて行かれてからの出来事は、人づてに聞いた話です。


 ……もちろん、この出来事は見せしめのためのもので、いつもいつも同様の惨劇が起きていた訳ではない、ということは言えるのかもしれません。ただ、このような見せしめは、ほんの1、2回のことであったとしても、街のほんど全ての人々を心底萎縮させ、反抗心の芽を摘み取るには十分効果的なものでした。

 

 今では王国軍の兵士に表立って逆らうことはもちろん、例え絡まれたり金品を無理矢理盗られている人がいても、遠巻きに無事を祈るばかりで、誰も直接助けに入ることはできないようになりました。


◇◇◇


 ……結局、そんな恐ろしい悲劇の繰り返しのせいで、哀れなエリーに対しても道行く人々は固唾を飲んで見守ることしかできませんでした。

 誰も止めに入れず、声すらかけられない中、先ほどの兵士が顔を真っ赤にして怒りながら、いや、怒る自分に酔っているだけでむしろ快感を覚えながらなのかもしれませんが、何の躊躇も容赦もなく致命傷を与えてやろうと抵抗できないエリーの前に立ちました。


(ガド……)


 僕は、心の中でガドを呼んでいました。でも……。


 本当のことを言うと、ガドがこの兵士からエリーを助けるのは簡単です。ガドに命じれば、魔法耐性のないただの下級兵士であるその男など、その力の100分の1も使わずに肉片も残さずにこの世から完全に存在を消し去ることができるでしょう。そうです、とても簡単なことなのです。しかしそれをすれば、僕は逃げられるとしても、エリーが……。


 僕は、どうしていいか分からないまま、それでもガドを心の中で呼び続けていました。


 ガドは、チラツと僕の方を見たかと思うと、トコトコと兵士の後ろに歩いて行きました。


(お願いだ、ガド、何とかして)


  すると、ガドは兵士の真後ろでいきなり、ちょこんとお座りをしました。

 そして、思わぬ行動に出ました。


「アン!」


 と突然、ガドは、可愛らしいけれどもよく通る澄んだ鳴き声を一つ上げました。


「ああ?」


 あまりによく通る鳴き声だったので、殺気に満ちた兵士も思わず振り向きました。


「アン、アン、アン!」


 ガドは満面の笑みを浮かべ、尻尾を立てて激しく左右に振りながら、3回鳴きました。さらに、尻尾を振ったまま、ハッ、ハッ、ハッ、と口を開けて舌を出し目をクリクリ輝かせながら兵士の顔を見上げています。


 兵士の怒りは可愛い犬が一匹が現れたくらいで到底収まるものではありませんでしたが、だからと言って昔から『尾を振る犬を打つ者はいない』などとことわざにもあるように、自分に向かって全身に喜びを溢れさせながら激しく尻尾を振っている純粋無垢てれんてくだなワンコの姿に、ほんの少しだけ、兵士はとまどいました。ほとんど本能レベルの反射的な反応なのかもしれません。


 と、思った次の瞬間、路地の影から黒いかたまりが飛び出してきて、後ろから兵士の腰の辺りに飛びついたかと思うと、またサッとどこかに姿を消して行きました。


「うん? 何だ?」


 兵士が上半身をよじって自分の腰の辺りを見ようとしました。


 ……ほとんど同時に、鎖帷子から下に履いているズボンとタイツの中間のような見た目の防具が下にずり落ちて脱げていき、防具の下には何もつけていなかった男の下半身があらわになりました。


 クヌクヌです。クヌヌクはものすごく自由なうさぎで、基本的には僕たちのことについては『ワレカンセズ』といった感じでいることが多いのですが、やはりツンデレうさぎと言っていいのでしょう、やる時はやるうさぎです。

 そのスピードと草食動物の鋭い前歯の威力を存分に活かして、兵士の下半身の防具を腰に止めていたベルトにあたる部分をかじって切り取ったのだと思います。


「な、何だ!?」


 兵士は何が起きたかよく分からないまま、とにかくずり落ちた防具を引っ張り上げようとしました。

 が、今度はガドが、勢いよく兵士の股の下をくぐり抜けて行きました。


「うわわ!」


 兵士は、防具が両足に絡まって、しかも鎖帷子の重みもあったのでしょう、全身のバランスを崩して、そのまま地面に倒れこみました。


「ウワハハハハハッ! お前、何やってんだよ、アハハハハハハハハハハッ!」


 残りの2人の兵士が、下半身裸になって地面に転がっている同僚を助けるでもなく、大爆笑しながら、今にも自分達も地面に転がりかねない勢いでもだえています。

 それはそうでしょう。直前まで無抵抗の子ども相手に殺すの殺さないのという一歩手前まで行っていたいい歳をした大の大人が、突然下半身を裸にして、犬一匹に転ばされているのですから。


「大変だ! 兵士様が転倒なさった。誰か、誰か助けおこしてください!」


 僕が大声で叫ぶと、遠巻きに見ていた通行人が一斉に寄ってきて兵士を助け起こそうとします。


「や、やめろ! 俺は何ともねえ、何ともねえんだよ! ただちょっと足がもつれただけだ。さわるんじゃねえ!」


 倒れてた兵士は下半身を手で押さえながら叫んでいます。

 他の2人の兵士は爆笑を続けています。


 誰も僕達のことなど眼中になくなったその隙に、僕は立ち上がってエリーの手を取り、来た道とは別の路地に飛び込んで行きました。

 



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