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小さな女の子

「エリー、ただいま!」


 僕は、エリー(赤毛の女の子)に挨拶を返しました。


「きゃーっ、ガーちゃん、いつもいつも可愛いのです! それに超カッコいいのです! あっ、クヌクヌぅぅぅっ、抱っこさせてくださいですぅぅぅ!」


 エリーは、ガドに飛びついて抱きついてから、今度はクヌクヌを目で探して叫びました。 

 クヌクヌは、ブランカ婆さんが座っている椅子の足元で丸まっていましたが、エリーの声に驚いて勢いよく部屋の中を走り回り始めました。


「あのう、僕は……?」


「……うん、きみも可愛い、デスよ?」


「別に可愛いかどうかはどうでもいいんだけど……」


「はいはい、今回もよく頑張りしました、おかえりなさいです!」


 やっと僕の方を向いて、エリーはペロッと舌を出して片目をつむりました。


◇◇◇

 

 エリーは孤児です。ブランカ婆さんの孫でもひ孫でもありませんし、近所の家の子どもが遊びに来ているわけでもありません。孤児も孤児、天涯孤独の戦争孤児です。

 2年前に起きた、ここグランド・ジョルディンを含むウェスト・リジョン(西部地方)一帯が巻き込まれた内戦でエリーは両親も姉妹も失ってしまいました。それどころかエリー達の暮らしていた村全体がほとんど焼き払われて全滅でしたので、エリーの親戚も、エリーのことをいつも可愛がってくれた近所の優しいおじさんおばさんも皆死んでしまったのです。

 その時の殺戮は、執拗で振り返るとどんな人でも吐き気が止まらないくらい徹底していました。村の全ての建物、人が住んでいる家ばかりでなく、納屋や馬小屋、鶏小屋から小さな犬小屋まで念入りに一つずつ叩き潰され燃やされていきました。どんな小さな子どもも逃さず、井戸の中に逃げ込んだ子どもさえ油を注ぎ込こまれて底に溜まった水がカラカラに枯れるまで燃やし尽くされました。


 そんな中、エリーも死んでいく運命にありました。でも、助かったのです。村の中にいればどんなところに隠れていても一人残らず引きずりだされて殺されていった、のにです。


 エリーは、家を燃やされ、何とか家から這い出ましたが、煙に巻かれながら煤だらけになってまだ燃え続ける家の横に転がっていました。すぐそばには、農具をしまう小さな物置がありました。一人の兵士が近づいてきて、まず手にしていたバテリン・マースルと呼ばれる戦闘用ハンマーで物置が傾いてひしゃげるまで叩き壊してから油をかけて火を放ちました。

 転がりながらエリーが薄目を開けると納屋を燃やす兵士の姿が見えました。兵士は、あまり楽しそうではありませんでした。火をかけた後、その兵士は黒ずんで転がっているエリーを見つけ、何を思ったのでしょう、辺りを見渡してから、おもむろにエリーを抱えて武具や食料を運搬するための大きめの麻袋にすっぽりと入れて肩に担ぎ上げたのです。

 麻袋の中のエリーの目には、袋の荒い網目の所々の隙間から夜の闇とどこかで何かが燃えているオレンジ色の光が交互に映っていました。

 

「ハハハハハッ……」


 遠くからも近くからも、お祭りの最中の男たちの笑い声にも似た怒声と爆笑の混じり合ったような狂気に満ちた何かの大声が響き渡っていました……。


 夜が開ける頃には、兵士達の一団は、焼き尽くされた哀れな村を後にして駐屯地に向かって移動を開始していました。エリーを袋につめた兵士もエリーを麻袋ごと他のいくつかの道具と一緒に馬に乗せ、自分は馬を引いて歩きながら一団の中にいました。少しだけ馬がぐずりだし、動きが鈍くなったので兵士は立ち止まりました。その兵士は、他の兵士を先に行かせて一人で馬を止めました。

 少し他の兵士との間に距離が空いて姿がよく見えなくなったところで、エリーは馬から降ろされ、麻袋ごと地面に転がされました。

 地面に横たわると、草の匂いが袋の中にも漂ってきました。袋の口を結んでいた紐はほどかれていましたが、エリーは身動き一つしないまま、じっとしていました。

 どのくらい時間が経ったのでしょう、そのまま袋の中で、エリーは再び馬を引きながら歩きだした兵士の足音が段々と遠ざかる音を聞いていました。辺りには、けたたましいくらい鈴虫のような何かの鳴き声が響いていましたが、その時のエリーには遠ざかる足音だけが聞こえていました……。


◇◇◇


「エリー、ブルーベリー茶をれておくれ」


 ブランカ婆さんは、止めていた編み物の手を再び動かし始めながらエリーに声をかけました。


「はーい!」


 エリーは、明るい声で返事をして、奥の部屋に消えていきました。


「エリーにはいつもまいっちゃうよ。そりゃ、ガドもクヌクヌも可愛いに決まってるけど、僕のこと無視しなくてもいいのに」


「そりゃあ、無理だよ。エリーだけじゃなく、あんたが、女の子の気持ちをつかめるようになるのはまだまだ先のようだねぇ」


 ブランカ婆さんは手を動かしながら静かに笑みを浮かべました。


「でも良かった。エリーも本当に元気になったね」


 僕は、初めてエリーに会った時の、おとなしく礼儀正しいけれども決して顔を上げて目を見ようとしない、今よりももっと小さかった幼女の姿を思い出してそう言いました。


 村から離れた森林地帯沿いの草地を走る小道の脇で麻袋に入ったままのエリーを見つけたのはグランド・ジョルディンに出入りしている商人のグラントさんという人で、そのままこの街まで連れてきてくれました。

 当時、グランド・ジョルディンにも多少の戦火は及んではいましたが、小さな村とは違い、ある程度の規模を持つこの街には自警団も組織されていましたし、ブランカ婆さんを始めとした何人かの有力な魔術師のおかげで、幸いにして大規模な侵略や略奪からは逃れることができていました。

 グラントさんに手を引かれてやってきたエリーを見たブランカ婆さんは、黙ってすぐにエリーを自分のところで引き取ることに決めたそうです。以来、エリーは婆さんの孫のように可愛がられて暮らしています。


「そんなこと言ったって、あんたにくれてやったりしないよ」


 ブランカ婆さんが笑いながら言いました。


「そ、そ、そんなこと、べ、別に何とも思ってないから!」


 僕は、あまりにも型通テンプレりの反応をしてしまったことで、自分でも余計に恥ずかしくなりました。

 自分で赤くなるのを止められないであたふたしていると、僕の斜め後ろの方から、透き通った女性の声が聞こえてきました。


「ブランカ様は、からかっておいでになるのですよ、旦那様」



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