行商人組合 4
「アハハハハ、すまんすまん、ついな」
ようやく、ギルド長はクヌクヌをなで回す手を止め、僕の方に向き直りました。でも、腕の中には、しっかり小さな茶色いうさぎを抱きかかえたままです。
「うん、実はなあ、ちょっと変わった方から変わった依頼を受けていてな。誰でもできる、って訳でもない仕事なんで、掲示板には貼り出さないで、儂が直接誰か適任者がいないか探しているところなんだ。まあ、座ってくれ」
僕は、年期の入った水牛の革張りのソファーにエリーと並んで腰掛けました。ガドは、ソファーの脇でちょこんと床に座りました。
「へん? 一体、どんな仕事なんでしょうか?」
僕は、改めて尋ねました。
「ちょっと訳ありな仕事でもあるんでな、細かな話をする前に訊いておきたい」
「はい」
「お前さん、女の子は好きか?」
「はい?」
「同じくらいの歳の女の子は好きか?」
「はい?」
言い直されても意味が分かりません。
「じゃあ、別の訊き方にしよう。お前さん、同じくらいの歳の女の子は苦手じゃないか?」
あまり、意味に違いがあるとは思えませんが、今度はとりあえず、何か答えなくちゃと思いました。
「……エリーもいますし、全く同じくらいの歳じゃないにしても、フィーユとかもいますから、特に苦手、ということはないと思います」
「ひと月かふた月くらい、一緒にいてもケンカしないか?」
「……さあ、でも僕は女の子とケンカなんかしませんよ」
「ガドはヤキモチを焼かないか?」
今度は、ガトに矛先が向きました。
「そんな、ヤキモチなんか焼く訳ないじゃないですか!」
僕が代わって答えましたが、ガドは、座ったままそっぽを向きました。
「うん、分かった。いいだろう。……それじゃ、ちょっとお前さん以外の他の人に話す訳にもいかないんだ。悪いけど、エリーちゃん、下に行ってベルとでも遊んでいてくれないかね?」
「……」
怯えた表情で、エリーは黙って首を横に振りました。
「あっ、エリー、ロブさんの所はどう? キャラバンの人達も何人か一緒みたいだったから、お喋りして待っていてくれると助かるんだけど」
僕は、助け船を出しました。
(エリーに何かあったら僕がブランカ婆ちゃんから怒られる)
心の中でそうつぶやきました。
「うん、ロブさんの所で遊んでくるのです」
ようやくエリーは納得して、部屋を出て行きました。部屋を出る時に、びょこんの会釈することを忘れずに。
「何か、エリーちゃんには悪かったな。お前さんと離れたくなかったのかな?」
「いえ、別の理由だと思います」
僕は、ベルさんのいやらしい目つきと温厚なロブの顔を交互に思い浮かべながら、即答しました。
「実は、仕事というのは、人を1人、スール・リジョンまで、送っていってもらいたいんだ」
「人、ですか。それがさっき言っていた、僕と同じくらいの歳の女の子、ってことですか?」
「まあ、そういうことだ」
「スールのどの辺りまで行けばいいんですか?」
「南の端、海峡に面した港町のアルヘシランだ」
「アルヘシラン……」
行ったことはありませんでしたが、名前くらいは何となく耳にしたことがあります。海運の重要な拠点となっている大きな港町のようで、海路をよく使う行商人からは時々話が出ている場面に居合わせたことがあります。ただ、ここからからだと陸路で行くことになり、確かに1か月では少し厳しいくらいの距離があります。
「だいたい、アルヘシランのことは分かるか?」
「はい、よくは知りませんが、場所や経路はたぶん分かります」
「そうか……」
ギルド長は、ようやく、仕事の『訳あり』の部分について話し始めました。
「その、送り届けて欲しい女の子というのは、アルヘシランの領主の一番下の四女なんだ」
なるほど、さっきお話しした通り、アルヘシランは大きな港町で、海運の要衝ですので、その街の領主といえば、もしかすると侯爵レベルの非常に身分が高くて有力な権力者であるように思えます。
「アルヘシランの領主の家は、ゲルニート侯爵家と言って、王族の血を引いていらっしゃる家柄だ。本来、我々のような一般市民と交わりを持つようなことはないのだが」
やはり、そういうことでした。ギルド長は、しばらくの間、事の経緯をまとめて説明してくれました。
ギルド長の話によれば、現ゲルニート侯爵には、2人の男の子と3人の女の子がおりました。2人の男の子のうち、1人は小さなうちに病死してしまいましたが、もう1人は無事に成人し、今も元気に暮らしており何年か後には領主の地位を継ぐそうです。また、3人の女の子のうち、1番目と2番目の子は、すでに国王に近しい王族家との間で婚姻が成立し、それぞれとある公爵家、侯爵家に正妻として嫁いでいます。
もう1人、3番目の女の子は、スール・リジョンの中の有力領主の1人である某伯爵家に嫁ぐ予定でした。その伯爵家は伝統的にゲルニート侯爵家の下に付き従う家柄ですが、その忠誠をより強固にさせるための政略結婚の道具として、3番目の子を時期領主に嫁がせるつもりだったのです。
ところが、その子は、花嫁修業の一つとして習っていた初級魔法の練習中に事故に遭い、その時の負傷が原因で3か月ほど前に亡くなってしまったそうです。
と、ここまで話が来たところで、
「そのことと、今回のご依頼と何の関係があるんですか? それに、さっき、送り届ける女の子は、四女と言っていましたよね?」
僕は、途中で一度ギルド長の話を遮って、どうしても訊きたくなった疑問を口にしました。




