行商人組合 3
「そうだ、お前さん。別にもう外に出たって王国軍の心配はする必要ないと思うが、せっかく来たんだ、よかったらギルド長に会っていかないかい?」
「ギルド長?」
ロブの提案に、僕は聞き返しました。
「実は、ギルド長がちょっと人を探していてな。大人じゃ出来ないって訳じゃあないんだが、出来れば子どもがいると助かる仕事なんだ。しかも。お前さんなら、ガドちゃんやクヌクヌ嬢ちゃんがいるからな、ある意味うってつけかもしれん……」
彼は途中からは独り言のようにそう言いました。
詳しい事情は分かりませんでしたが、
「まあ、嫌だったら断わりゃいい。上行って話だけでも聞いて来たらどうだい?」
ロブがそう言うので、僕も2階の執務室にいるギルド長の所に行ってみることにしました。
僕達は、ロブにお礼を行って階段の方に歩いて行くと、階段のすぐ横にあるフロントにいた受付係のベルガモットさんと目が合ったので軽く挨拶をしました。
「こんにちは、ベルさん」
ベルさんの愛称でギルドメンバーから親しまれている彼女は、兔人族のだいたい20歳前後の可愛らしい女性で、その族名の通り、長い耳と短い尻尾を持っています。
掲示板で見つけた仕事を申請しに行く時と、仕事が終わった後に報告と報酬を受け取る際にベルさんのお世話になります。
「こんにちは。あら!? エヘヘッ、エリーちゃんも今日はご一緒なんですね」
エリーさんは、すごく感じの良い人だとは思うのですが、微妙に幼い女の子を見る目がいかがわしいことがあります。
エリーが一緒に暮らしているブランカ婆さんは、軽口はしょっちゅうたたいていますが本来的にはものすごく真面目な人ですので、街に出て、特にギルドのように少し変わった性格の人達が集まっている所に来ると、エリーは草食動物が隠れる場所のない草原に立たされて何処からともなく飛んでくる視線に晒されているような不安げな表情をすることがよくあります。ベルさんに声をかけられたエリーは、まさにそんな表情をしていました。
「ガドさんもご一緒ですね。こんにちは、ガドさん」
ベルさんは、続けてガドに挨拶をしました。ガドはそれに応えて、ベルさんを見つめて尻尾を振りました。
「……」
でも、クヌクヌにも気がついたベルさんは、クヌクヌには何も声をかけないまま、視線を逸らしました。
クヌクヌの方も、ベルさんには見向きもせず、トントントンと、先に階段をかけ上がって行きました。
ベルさんもクヌクヌも広い意味では同じうさぎ系の性質を持っている存在です。でも……、これはあまり知られていないことかも知れませんが、意外とうさぎさんはうさぎさんに対して厳しいのです。2人以上うさぎ系の人が集まると、たいていはお互い黙ってお互いを無視し合って離れて行きます。なぜかは分かりません。
ブランカ婆さんが言うには、
「何万年も前から、うさぎさんはそういうもんなんだよ」
とのことです。特に同性同士が難しいようです。まあ、それが本能的なものなら、そういうものとして放って置くのが良いのかも知れません。
「じゃあ、ちょっとギルド長に会ってきます」
僕は、ベルさんにそう声をかけて、クヌクヌの後を追って2階に上がって行きました。
ギルドの建物は3階建てで、一番上の階は、倉庫代わりの使われている部屋が多く、人が常時いる部屋は、2階と1階にかたまっています。ギルド長の執務室は、階段を上がり、廊下を左に曲がった一番奥にあります。
執務室の扉をノックして、ギルド長に、
「おお、お前達か。誰に聞いたんだ? 入ってくれ」
と言われてから、扉を開けて中に入りました。
中に入ると、明るい窓を背にして甘橿で作られた黒く光る大きな机を前に、熊人族の大男が座っていました。ギルド長のオルスです。
オルスは、熊人族と言っても、外見は人間に近く、よく見れば小さめの丸い耳が頭に生えていて、尻尾も兎人族のベルさんよりも一層控えめにお尻についてはいますが、言われなければ、幅広の体格に幅広の四角い顔、眉間に深い皺の刻まれた北方系の白い人間族と思うかもしれません。
ギルド長は、前にお話ししたとおり、ギルドメンバーの頂点に立って命令を下す、といった立場ではなく、人望のあるメンバーがボランティアでまとめ役を引受けている、そんな感じの立ち位置になります。ただ、対外的には、ギルドの代表者ということになりますので、領主であってもギルド長に対してはそれなりの敬意を持って遇しますし、外からの仕事も形式的には全てギルド長を通して入ってくることになっています。
「下で、ロブさんに言われたんです。ギルド長が僕達に何か話があるみたいだ、って」
僕は、挨拶に続けて、ギルド長に会いに来た理由を説明しました。
「そうそう、そうなんだ。お、それはそうと、クヌクヌ! 来てたのか! さあ、こっちこい!」
ギルド長、オルクさんは、どういう訳か、ベルさんとは反対にクヌクヌとは大の仲良しなのです。クヌクヌは、僕に対してさえツンデレのところがあり、他の人に対してはほとんどツンツンといってもいいほど素っ気ない態度を取るのですが、オルクさんとは見えない何かの波長が合うのか、クヌクヌもオルクさんには大変懐いています。
すぐに、オルクさんの足下に行くと、両手を広げて抱き上げようとする彼の胸の辺りに飛びついて行きました。
もっと言いますと、クヌクヌはあまり誰かに抱きかかえられるのも得意ではありまんので、オルクさんに抱きかかえられて大きな手のひらで撫でくり回されて目を細めている彼女をみると、いつもながら少しびっくりします。
……このままでは、オルクさんはクヌクヌごと床に転がってじゃれ合い始めかねません。そうなってはギルド長としての威厳というものが……。そこで、僕の方から声をかけました。
「あの、ギルド長、オルクさん? 何か用があったんじゃないんですか?」




