行商人組合 2
僕は、シルバープレートを持つ行商人であった父に拾われ、そのまま行商人の子としていつも父と一緒に行商をしながら暮らしていました。
父は、ギルドの中でも尊敬を集める有力なメンバーであったこともあり、8歳の時に父が亡くなってからは、そのまま僕がギルドでの父の地位をほぼ受け継ぐ形で加入が認められ、わずか1年でシルバープレートが与えられました。
それほどの幼少であったにもかかわらず、僕が一人で行商人の仕事ができたのは、当時主な活動地域であったノルド・リジョンのとある街、……今は北部連合国軍との戦争で主要な戦場となり消滅してしまいましたが、のギルドが後見人になってくれたこと、さらには、僕には生前の記憶がかなりあったこと、それから何よりも、ガドとクヌクヌがいたおかげでした。
◇◇◇
ようやくギルドにたどり着き、ロビーで息を整えていると、大柄で美しい金髪を持つ人間族の男、客観的に見て間違いなく超美男子と言えるでしょう、……喋らなければですが、に声をかけられました。
顔見知りの同業者、シルバープレートのロッキンです。
「よう、小僧、どうしたんだ、もうその歳で女から逃げ回ってるのかよ? 相当息を切らして入ってきたじゃねえか」
ロッキンは、いつも僕のことを小僧とか、ガキンチョ、お前、とか呼びます。まあ、歳からすればそうですが……。
横にいたエリーが黙って僕の袖を引っ張りました。
「違うよ、そんな女いる訳ないだろ!」
歳は倍くらいは違いますが、彼と話す時はいつもタメ口です。
「そりゃ、そうだろうな! お前がそんな真剣に逃げ回らなきゃならないほどモテるはずないしな。知ってるよ、知ってる! それはそうと俺の話を聴けよ、聴け! 女と言えばこないだすげー茶色くて濃い毛並みのボールケーキみたいに丸々太ったオオカミ系の獣人族の、まあ小僧には一生縁のない女神のように美しい女性がいてなあ、しかも臭いがまた強烈で……。俺に気があるのは間違いないんだけどよ……」
エリーには気づいていたのでしょうが、まるっきり視界に入っていないかのようにまくし立てています。
「はい、はい、いつもの惚れられたモウソウ?ってやつだよね?」
とにかく、突然始まった彼の話がいきなり長くなりそうなので、早々に話を途中で遮りました。
ロッキンの女性についての趣味は人間族の中ではちょっと変わっているので、僕にはよく分かりません。一般的な人間族の細身の美人とかには何の関心もないようで、できるだけ毛深い、獣臭い太った年上の女性のことを心から女神と信じているようです。
出会って最初のうちは、ガドを見る目すらも少し怪しかったのですが、幸いガドは太っていませんし、ほとんど獣臭がしませんので(そもそも、ガドでいる間は獣人ですらなくワンコそのまんまですし、フィーユには会ったことはありませんが関心は全くないでしょう)、すぐに彼の興味の対象からは外れたようです。大変喜ばしい、僕は心底ホッとしたのを覚えています。
「まあ、小僧にはどっちにしても少し早い話だったな。それはそうと、何でそんなに息切らしてたんだよ?」
ロッキンは、自分自身の感性に一抹の疑問も差し挟んでいませんので、『惚れられたモウソウ』などと僕に言われても一向に気にもとめずに、さっさと勝手に元の話に戻ってしまいました。いつも振り回されて困りますが、この時は誰かにさっき起きた出来事の経緯を聞いて欲しかったので、かえって助かりました。
「うん、実は今さっき王国軍の兵士にエリーがぶつかっちゃって……」
僕は、先ほどの事件をかいつまんで彼に説明しました。
「ガドとクヌクヌが本当によくやってくれたから、多分大丈夫だとは思うけど……」
「そんな話かあああ! つまんねー、訊いて耳垢損したぜ!」
ロッキンは本当につまらなそうにそう大声を上げ、
「めっ、がっ、み〜よ、待ってろ!」
と突然叫んで、そのままロビー中央にある階段を駆け上がって消えて行きました。
(何なんだ、一体?)
僕は、話の感想が聞けないまま放り出され、呆気にとられて立ち尽くしていました。
「やっこさん、いつもの事だろう、ブレない奴だ。おや、今日はブランカ婆さんのところの小さい姫様も一緒かい?」
今度は、背の低い小太りで 白髪混じりの初老の男が代わって声をかけてきました。やはり同じシルバープレートのロブです。温厚な行商人で、小さなキャラバンを率いて他国との間も時々行き来をしているベテランです。ロブに声をかけられて、エリーも小さく頷いて挨拶をしました。
ロブの顔を見てホッとした僕は、気を取り直してロッキンにしたのと同じ話を彼にもう一度してみました。
「そりゃ、そうだろうな! お前さん達と一緒にいたガドちゃんはともかく、どっから飛び出してきたのかも分からないうさぎ一匹にベルトかじられてパンツ脱げました、そしたら転びました、下半身丸出しでした、じゃ、『あのガキどもを軍を挙げて追いかけてください』なんてことは到底そいつも言えないだろうからな。むしろ、そいつの方が青くなってこれ以上大事にならないよう今頃は必死こいてるに決まってる」
まともな答えが返ってきました。
でも、それ以上に、経験豊富なロブがそんなことを言ってくれると何だか凄く信用できます。
ロブの答えを聞いて、ようやくひと心地着きました。




