7話:上位種
救急車が来ない。
これが緊急時だったら、もう手遅れになる程に待ったが全く来る気配がなかった。
原因は分かっている。テレビの前でスタンバっているんだろう校長から先程追加の放送があったのだ。
謎の巨大怪物、現る。
だ、そうだ。発見報告例は少ないが首都に1体現れて、尋常ではない被害を及ぼしているらしい。
討伐されたかは知らない。けど多分、軍事兵器を持ち出して即刻片付けたのではないだろうか。
被害が出てるということは人里なんだろう。生活圏内に入られてるなら、そこで戦闘はできないだとか懸念する段階では既にない。
と、まあ。確かにこの事も言われたけど、遠い地の出来事で救急車が来ない原因には関係なかった。関係あるのは怪物出現が本格化してきたという知らせだ。
どうやら各地に怪物が湧き出て来る穴が出現したらしく、政府がその存在に気づいた時には手遅れなレベルで怪物が流出していたらしい。
詳しい事は分らないが、その穴から溢れ出た怪物達が街にも流れてきている。
学校周辺は至って平和なように見えるが、少し遠くに行けば怪物が人を襲う姿を見ることができる阿鼻叫喚な状況になっているのではないだろうか。
だとしたら負傷者が続出して、救急車の対応が間に合っていなくても仕方ない。
「佐宮さん、動けるか?」
「え?うん……」
一瞬、何故俺が話しかけてきたのか分からない表情をした彼女だが一応返事はくれる。
「救急車には期待が持てないから校舎内に戻ろう。怪物出現が本格化してるならここは危ない。籠城戦ができるようにした方が、まだ希望はある」
「けど佐宮さんの負傷具合は尋常ではないのよ?病院に預けないと確実に命に関わるわ」
そう言ったのは先生だ。
正論だが、その病院が機能しているかすら怪しい状況で楽観的行動は取れない。
「佐宮さん、レベルは上がってたか?」
「う、うん」
「なら常人より頑丈になってる。俺も朝、怪物に盛大に吹き飛ばされたがレベルを上げたおかげで今はピンピンしてる。だから、暫くは大丈夫なはずですよ先生」
「そうなの……?」
「まあ実際、救急車が遅れて来るなら、いつまでもここに彼女を置いておくわけにはいきません。設備が整った場所で安静させるという意味でも彼の言に従った方がいいと思いますよ、凪乃先生」
医者志望の先輩の言葉もあり、佐宮さんを保健室に運び込むことに決まった。
俺は護衛のため、ここに残らなきゃいけない。塔橋と先生に担架を持ってきてもらい、それを俺と塔橋で持ち上げて佐宮さんを保健室の教室まで運んだ。
これで、ようやく自由に行動できる。
後の事は先生と先輩に任せて俺は屋上を目指した。何故かと言えば学校に近づいてきた敵を遠距離から一方的に狙撃するためである。
そのための【槍投】【槍射】だ。
現在、残りSPは6。「SP消費緩和Ⅱ」の効果が予想通りであれば、最低威力で2回攻撃できる計算だ。
はっきり言って、非常に心許ない。1回屋上に行って直近の危険はないことを確認し、俺は階下に戻って備品の箒を集めた。
はたき部分はいらないので腕の力で無理やり折り取り、10本の棒を作る。軽すぎて大した攻撃力にはならないだろうが、ないよりマシだ。
今度こそ屋上に張り込んで偵察を続ける。
「遠方に煙?やばそうだな……」
駅のある目立つビルが立ち並ぶ辺りだ。明確に火の手は見当たらないが、いくつか煙が上がっているのが見える。
耳をすませば、ほんのかすかに轟音や叫び声が聞こえる……ような気がする。
まあ多分それは気のせいなんだが、町の雰囲気が異様なのは確かだ。
具体的に何だとは言えないし、もしかしたら俺の心情がそう錯覚させてるだけなのかもしれないが、理解不能の怪物達が現れておいて異様にならないはずがない。
「ん?おっ」
そうやって街中を眺めていると、ここから狙える位置の道路を走る男性と彼を追いかける巨漢の姿が見えた。
槍作成を使ってもいいが、箒棒の威力を試してからでも遅くはないだろう。
「とぁっ!」
気合いを入れて投げつける。
目視できてはいても距離にして数百メートル離れた場所への投擲だ。外す可能性も懸念していたが思っていたよりスキル補正が高く、折った際にギザギザになった棒の先端が巨漢の肩に刺さった。
巨漢の足が止まったので、それで逃げていた男性はどんどん距離を離していく。どこに行くかは知らないが、これ以上助ける義理も余裕もないので気にしないことにして次の標的を探ることにした。
肩を貫いた巨漢は死んではいないが、相当深く突き刺さったのか身動きが出来ていない。どちらにせよ死ぬだろう。
ざっと見ても怪物はいないので、思ったより効力を発揮してくれた箒の棒を追加することにする。
箒が入ってるロッカーは各教室の出入り口横の廊下に設置されているので、箒を回収していると教室内の様子が覗けた。
とりあえずのところは担任がまとめてくれているようで大人しく席に座って自習させているようだ。
先生によっては立ち話を許しているところもあったが、全てのクラスにおいて教室から生徒を出させてはいない。
ロッカーは出入り口横にあるものの、扉上方につけられた小窓から死角になる絶妙な位置だ。見つかって話しかけられる面倒がないよう、こっそりと動き続けて大体20本ほど回収できた。
ちょっと時間をかけすぎたことに焦りつつ屋上に戻る。
適当に棒槍を置いて偵察を始めれば、先ほど殺した巨漢のところに仲間が集っていた。
その数4匹。
3匹は普通の緑肌の巨漢だが、1匹だけ体格も大きければ少し色が濃い。しかも胸当てをした上で、右手には大きな石製の剣を持っている。
「上位種か……」
ただ大きくなっただけなら問題なかったが、防具がある上に投げた矢を剣で落とされそうでもある。
「取り巻きを潰してから考えよう」
棒槍を10本ほど攻撃しやすい場所に持ってきて、まず1投。
流石にこの距離だと特定部位に精密投擲することはできないんだが、運良く顔面に当たった。即死だろう。
続く2投目。
上位種の近くにいた個体を狙ったら、剣を振り上げられ棒槍を叩き落とされた。
しかし、投げてから着弾まで距離的に時間差がある。既に俺は3投目の準備を整えており、上位種と少し離れたところにいた個体を狙った。
腹に刺さる。
これであとは放置すれば死ぬだろう。上位種の意識が近くの個体から離れた瞬間を見計らい、その雑魚を狙って4投目。
頭から胴のどこかに当てたかったんだが、下に行きすぎて太ももに刺さってしまった。
しかし結果オーライだ。移動力を奪えたのだから脅威がなくなったも同然。
最後の上位種は6本投げて2本が足と剣を持つ腕に刺さったところで槍作成を用い、顔面に向けてとどめを刺すことが出来た。
7回も投げて4回防がれたわけだが、胸当てが邪魔なのと石製の剣が大きい事が悪かった。胸当ては後ろ側をカバーできていないようであったが、流石に背中は見せてくれない。加えて距離が開きすぎているので精度が甘くなるという理由もある。
だからといって精度を上げようと近接で戦えば、簡単に押しつぶされそう膂力と頑丈さであった。2回も攻撃を受けて剣を振るえなくはなっていたが、尻もつかず元気にこちらへ駆けてこようとしてきたのだ。
物陰に隠れるとかの行動はしなかったから、頭は良くないんだろうが十分な脅威である。
代わりにレベルが上がったので投擲の派生技能である「命中Ⅰ」を新しく取り、「槍射速度強化」をⅡに強化しておいた。