6話:価値観
塔橋の連れて来た3年の男子生徒は【解明】というスキルを持っているらしかった。また、当人が医者志望ということもあり独学で医療に関して勉強しているらしい。
彼が指示した早急に直すべきところを保健室の女先生が【治癒】というスキルで癒す。
もう1人の1年生女性は【浄化】というスキルを持っていて、最初に佐宮さんの体を清めた時点でやることはなかった。
結果的に佐宮さんを襲う痛みは多少引いたようだ。しかし完治には程遠い。救急車は既に呼んであるとのことなので、それまでは先生が保健室から持って来た用具で先輩と共に応急的な手当てをするようだ。
「ありがとね、みんな……」
涙を滲ませながらいじらしくこう言ったのは佐宮さんである。本気で俺への態度が何だったのか疑問に思うほどの清楚美少女っぷりだ。
先輩は女に興味でもないのか、素っ気なく「どういたしまして」と答えるだけだ。しかし塔橋や後輩女子は頰を染めたりなんかしている。
塔橋に関しては何もしてなくね?と思ったが、彼が呼びかけなければ3人が集まらなかったかもしれないのだから、十分すぎる貢献だと思い直す。
はっきり言って俺はすることがなく暇だったから、どこかに行きたかったんだが、怪物がいつ現れるとも知れないのに5人を放置するわけにもいかない。
結局、所在なさげに突っ立っているところを塔橋に捕まった。
「どうして、そう簡単に人を殺せるのか。話してもらうぞ」
忘れていなかったらしい。
多少冷静になっているようで襟首は掴んで来ない。感情的になっておらず、きちんと話し合いをできる場になったわけだが、だからといって俺が誰でも納得できる理由を話せるかは別だった。
「どうして、と言われると答えに困るんだが……強いて言うなら慣れだ。今日は今朝から災難だった。政府が声明を出した例の怪物に2回も遭遇して、どちらも殺した」
思い返せば血が出たりして相当にショッキングな事だったが、興奮していたためか俺はあまり気にならなかった。
実を言うと返り血は結構浴びてたのに、いつのまにか消えていたという理由もある。
それで気持ち悪さを抱え込み続ける必要がなかった、というのもあるんだろう。
「それで、人間も殺せた他の要因は生存本能だろうな。殺さなきゃ殺される。あの時は強くそう思った。当然、攻撃する前に手が震えたり迷ったりもしたけど、その思いで覚悟を決めてからは怪物の時と同じだったよ」
「高倉はそういう理由で殺せたのか」
「ん?まあ俺が思いの外、人より感情的ではなかったとか生来の気質的な部分もあるだろうけど、大体は」
何故か塔橋は深刻そうな顔をしている。激昂するでもなく悲しむでもなく、まるで自分を責めているみたいな感じだ。
「人を殺したのを悪いと思ってるのか?」
「そうだな……殺人って法律で犯罪だと定められてるけど、今回の場合はやらなきゃ殺されてたかもしれないんだよ。いわば正当防衛だな。先攻防衛でそれが適用されるかはわからないけど、俺としては悪いとは思ってない。生きたいと願うことを悔やむような性根はしてないからな。その結果やってしまったことも、悔やむことはない」
よく考えれば、人を殺してあまり感情が揺れ動かないのはこれが原因だろう。
つまりは自己中なのだ。俺は相当に自分を愛しているから、そのために他人がどうなろうと知ったことではない。
常識の範囲内で社会に生きるものとして他人の権利を尊重することは出来てるつもりだが、今回に関しては常識の範囲外だ。だというのに、社会の常識に囚われることはない。
生きたかった。だから生きた。
これのどこに罪悪感を感じろというのだろう。 まさか他人から他人のために死ねと言われることが正義なわけがないし、やはり悪く感じるところはない。
「なんだ?俺の場合の意見が知りたいようだが。もしかして塔橋も殺したのか?」
「何故それを!?」
責めてくる様子ではないから違和感を感じて適当を言ってみただけなんだが、図星をついてしまったようだ。普通に予想外である。
いや可能性として推測はしていたが、あり得ないと即座に切り捨ててたため予想外なのだ。
しかし、故にこそ塔橋は突如殺人を犯した俺に迷いなく突っかかってくることができたと考えれば、納得できるところもある。
塔橋はなんらかの理由で人を殺して、俺とは違い後悔していたのだろう。
なのに同じことをして平然としている俺が不思議でたまらなかったに違いない。
「罪悪感で押し潰されそうなのか?」
そうだったとしたら、俺にはどうすることもできないんだが。
「いっ、いや、それほどではない……。俺が殺した奴も笑いながら無差別に人を害そうとしていた。俺がやらなければ、殺されそうだった人がいる。お礼も言われた。だけど、それでもぬぐいきれないものがあって……」
しかし、違うらしい。単純に心にしこりが残っているだけのようだった。
それはそれで対処に困る。こういうのって自分で自分を納得させるとか、そういう感じで解決するのではないだろうか。経験ないから知らないけど、どっかのラノベで読んだ。
「まあ、それなら今無理に清算する必要もないだろ。塔橋がそういうやつだったってだけだ。時間をかければ解決することもあるとか言うし」
「解決しなかったら!?」
何でもいいから言っとけとばかりに言葉を連ねていたら、叫ばれてしまった。
とはいえ、出来なかった時のことを考えてもどうにもならなくないか?そんなこと言ってたら何もできない。かといって当たり前すぎることを言っても塔橋を納得させられるかは疑問だし、何かないかと言葉を捻出する。
「塔橋は塔橋の思う正しいことをしたんだろ。なら、その内自分を肯定できるようになるかもしれない。お前に必要なのは自分を信じる心とかだと俺は思うぞ」
「本当か?」
「いや、確たる根拠はないから断定はできないんだが……」
断言できたらよかったんだが世の中に絶対なんてものはない。俺が正しいと思うことが、塔橋にとって正しいとは限らないのだ。
だから、そう問われると非常に困るんだが……。
「いや、すまない、取り乱した。ありがとう高倉。教室で襟首を掴んでしまって悪かったな。少しは方針がたった気がする」
「おお、そうか」
よく分からないが、納得してくれようなのでよしとする。
「ねぇ、塔橋君達」
別に隠れて話していたわけじゃない。人を殺したのどうだのという会話は近くの人に丸聞こえで、それに先生としては思うところがあったのだろう。
出来ることを済ませたのか佐宮さんから離れて俺達の方に来た彼女は歯切れ悪く、しかしはっきりと自分の考えを伝えてきた。
「こんな状況だから、一概に貴方達のした事を責めることなんで出来ないわ。……けどね、やっぱり人殺しなんて極力しない方がいいと思うの。それだけ、お願いだから胸に留めておいて」
あまり、俺としては肯定できる言葉ではなかった。生きるため、慎重策をとるなら、過剰な人死に配慮する余裕がない時だってあるだろう。
多分、その時は俺は自分に利する選択を選ぶと思う。
けど……。
「はい。先生。その言葉、胸に刻み込んでおきます」
塔橋はそのように迷いなく言葉にしていて、なんというかこれが人徳の差なんだと俺はしみじみと思った。