4話:火殺魔
あの後は普通に電車に乗って高校に着いた。壊れた自転車は押して運ぶくらいはできたので、駅近くの駐輪場に置いてある。
ここまでの道のりで、それほど大きな混乱があったようには見えない。学校も存外と普段通りであり、良い意味で騒がしい。
「俺が2回も遭遇したのは相当な不運だったのか……」
もしくは俺のようにスキルを使って誰かが即時討伐したのか。
多分その線だろう。俺でもやれたんだからやる気があれば誰でもできる。
別段1番の実力を持っていたいという願望があるわけではないが、不謹慎にも少し残念な気分だ。今の俺は9までSPが回復している。
よって、緑肌の巨漢くらいなら楽に倒せるだろう。その誰かが殺した怪物が俺の経験値になったかもしれないと思うと勿体ない気がする。だいぶ意味のわからないことを考えている自信はあるんだが。
でも、こういうのって仕方ないと思う。漫画、アニメ、ラノベとかは節度のある範囲で出来るだけ主人公に得があって欲しいし、オンラインゲームとかだと自分だけがレアドロップを獲得できたり、強い武器が欲しいと思ってしまう。
それと同じなのだ。丁度現状はそれらに描かれるような非日常で、余計に強く重ねてしまう。
だからといって無理無茶をすれば死んでしまうので行動には起こせない。
「でも、レベル上げたいなぁ」とかそんな事を考えていたら教室の真ん前まで来ていた。
無意識的に扉を開けて中に入る。同時に意識を強制的に引き上げるような放送が響いた。最大音量で流しているのだろう。耳が痛くなりそうな程だ。
『皆さん、校長の高里です。今、政府から緊急の声明が発表されました。落ち着いて聞いてください。どうやら街中に怪物が現れたようなのです。しかし、数はまだ少数です。直ちに危険があるものではありません。ですが安全を考え、現在外に出ている生徒達は校舎に戻るようにお願いします。用事があっても、校舎に戻ることを優先してください。繰り返しますーーーー』
スマホを開いてニュースを見れば政府の声明に関する記事が載っていた。
どうやら詳細は分かっていないらしい。ただ警察に対処させるので落ち着いた行動を心がけるように、だそうだ。
「きゃああああああっ!」
突然教室内から悲鳴が上がる。何かと思い、見てみれば1人の女生徒が窓の方を見てへたり込んでいた。
騒めく教室を駆け抜け、窓から外を見る。怪物が学校の敷地内に入って来たかと思ったら、正門近くにいたのはやや薄汚れている黒ジャージを着た成人男性だった。
明らかに不審者だ。しかし、武器を所持しているようには思えない。
何も叫ぶほどか?と女生徒を振り返ったら、うわ言のように「火が、火が……」と小声で呟いていた。
「火?」
疑問に思って見返す。すると正門が影になって見えにくいが、門の外に何か落ちているのが気づいた。
茶色。
茶色一色だ。だから最初は何なのか全く分からなかった。けど目を凝らすと、それは足だった。靴と靴下があり、輪郭も脹脛のそのもの。
「なるほど……」
躊躇いはあったが、俺は窓を開ける。そして疑問の声を上げるクラスメイトを無視して乱暴に足で机と椅子をどかした。
十分なスペースを作り、槍を作成する。
「え?」
「おい、高倉どうした!?」
一層騒がしくなる教室。
怪物を既に殺してしまったとはいえ、俺だって人まで無感情に殺せるなんて思えない。現に心理的な抵抗はあるし槍を握る手は少し震えていた。
けれど、あれはおそらく快楽殺人者だ。放っておいたら、この学校は地獄絵図に様変わりする。その死傷者の中に、どうして俺が含まれないと言えるのか。
殺されないためには、殺すしかない。
「やるんだっ」
迷いを振り切り俺は投げた。ここは2階。男との距離も直線で10秒走るくらいはあったが、派生技能『投擲』を取っていたのが良かったんだろう。
「ァアアアアアッ!」
ここまで聞こえてくる男の叫び声が上がる。命中したのだ。
しかしSPを1消費して「強化投擲Ⅰ」まで乗せていたというのに、絶命した感じじゃない。
男は倒れたまま、体から火を吹き出し始めた。それは螺旋を描き、鋭い切っ先のような先端がこちらを向いている。
炎の弾丸でも撃つというというのか。
けれど、こっちにだってまだ手はある。
「これで、終わりだッ!」
2度目の槍作成。「SP消費緩和Ⅰ」を取得していたので消費は4に抑えられている。
つまり残りSPはこれで0であり戦力はガタ落ちだが、そんな心配をする必要はなかった。
2度目も申し分なく当たる。脳内にレベルアップの感覚。男の体を基点に螺旋を描いていた炎も消失した。
これにて一件落着。安堵の息を吐き、生き残った実感を近くの椅子にでも座って噛み締めようと思ってると、誰かに襟首を掴まれた。
「何やってんだよ高倉ァ!」
「え……あぁ」
俺の身体能力が上昇しているおかげで自分より体の大きいやつに掴まれてもビクともしない。
叫びかかかってきたやつが誰かと言えば、学級委員の塔橋だ。
勉学ができる真面目優等生タイプではなく体育会系だが、だからといって成績も悪くないし気遣いのできる良いやつ。あまり話したことはないが、俺としてはそういう印象だった。
なんで怒鳴られてるんだと一瞬本気で疑問に思ってしまったが、すぐに朝から殺しすぎてて感覚が麻痺してるだけだと気づく。
塔橋からしてみれば俺は、いきなり政府に禁止されてるはずのスキルを用いて人殺しをした大悪人なんだろう。
とりあえず、ここは穏便に話し合いをする必要がある。というか今更気づいたが、それよりも先に正門で倒れている人の安否を確認するするべきだ。
「端的に言う。正門を見てくれ。よく見えないかもしれないが、あれは焼き焦げた人間だった。そして……松林だったか、叫んだ彼女が火と呟くのを聞いて、俺は男がスキルによって快楽殺人をしたと判断した。彼に学校に入られては当然困る。だから、俺は殺したんだ」
「だからって、そんな簡単に人を殺して良いもんじゃねぇだろ!」
「それについては、後だっ。今は、正門に倒れてる人の安否を確認しなきゃいけない」
「っ、確かに……おい!誰か、医療系のスキルを持ってるやつはいるか!?」
とりあえず、塔橋は俺を解放してくれた。優先順位は間違えない。やはり印象通りのいいやつである。
どうやら塔橋が手当てできそうな人を探してくれるようだったので、俺はいち早く倒れている人の容体を確認するために正門へ急ぐことにした。