15話:新種
「じゃあ、行ってこい!定時報告と緊急時の連絡は絶対に忘れるなよ!」
朝食後。「戦闘委員会」を招集した俺は攻撃手段に乏しい人には棒槍を持たせて市街地に向かわせた。
2パーティー合同編成による出撃だ。連絡の重要性はしっかりと説いたが、それでも死人は出るだろう。
しかし、俺はお守りをしないことに決めた。なぜかと問われれば、それくらい自分でやってもらえないと困るからである。
また、俺が「戦闘委員会」の人員育成に注力したとして、実際にどれだけの安全を保障できるのかというそもそもの疑問がある。
今はレベル的に上だし一方的に殺戮できる遠距離攻撃に特化しているため、俺は学校のみんなからしたら圧倒的上位者だろう。しかし学校の外側からしてみれば違う。
今までは巨漢の通常種と上位種にしか出会ってこなかったが、これからより強い怪物が出てくる可能性は非常に高いのだ。
その時、俺がいたとしてどれだけの力になれるのか。所詮俺なんて殺す躊躇いが小さいだけで、後はスキルに頼りっきりの普通の人間である。
極論を言わずとも「戦闘委員会」の平委員達と何も変わりはしないのだ。
まあ……そういった、どうせ結果は変わらないという消極的理由ばかりではない。
さらに加えるなら、俺という強者(先ほどの通り本質は違うが)に守られる状態に慣れきる前に自立して欲しいという思いがある。
暫く擁護プレイを続けたとして、十分育った後には自立して戦って欲しいのが当然だ。でも守られているのが当たり前の認識になっていて、いざ戦わせようとすると出来ないとなったらどうだろう?それは本末転倒だ。そこまで育てた意味がなくなってしまう。
これは、そういったことにならない人員を選抜する意味もあるのだ。
もちろん強行的なやり方で上手くいきそうにないことは重々承知している。
だから僅かな時間の隙間をに縫って軽く偵察は済ませてるし、見つけた上位種には手傷を負わせておいた。
逆に傷を負わせたことで凶暴になっていなければいいのだが、そのような事実が確認できた場合は即時報告して撤退の指示に従うように言ってある。
「やることはやったよな……?」
「状況が完全に把握できてないので私には分かりません」
「ああ、すまん。1人言だよ」
呟いた声に律儀に返してくれた隣の佐宮に謝る。
「あの、私たちはいつ行くんですか?」
「今からだ。やることはわかってるな?」
「市街地を抜けた先を確かめに行きます。死ぬかもしれないという話でしたよね。団長は大丈夫なんですか?」
無表情に佐宮は意外な言葉を投げかけてきた。
心配しているのか?と1瞬思ったが、効率的に強くなるための便利な道具がなくなって欲しくないみたいな感情によるものだろう。
清楚美少女だった頃の皮被りの片鱗も見せないとは、俺の事を命の恩人にしては随分とどうでもよく思ってるらしいが今は逆にそれが頼もしい。
「そう言う以上、そっちは万全だろうな?」
「当然ですが?」
「なら、いい。行くぞ!」
レベル7の脚力に合わせて駆ける。昨日気付いたが、レベル7時点で壁を数歩歩き、平屋の天井に手をかけて登るくらいはできる。
その上で、全速力で走っても1分は持ちこたえる体力があるのだ。時に戦闘による移動停止や能動的な小休憩を挟むが、俺たちは生身にしては破竹の勢いで市街地の間を通り過ぎていった。
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佐宮から放たれた影のような黒い何かが地面を這って上位種の足に入り込む。
上位種の足関節には真っ黒な痣が出現し、敵は通路を飛び出た俺の存在に気づいて動こうとした。
「グゥオッ!」
途端に上位種は踏み出した足を滑らせて転ぶ。そこに俺の手にした石槍が放たれた。昨日は棒槍の先端を鋭く加工することに注力していた「武具委員会」が1つだけスキルの総力をあげて作り上げてくれた槍である。
棒槍よりも射程距離は落ちたが威力は段違いであり、俺の所持する派生能力等の力も相まって上位種の頭を丸ごと吹き飛ばす。
「レベルが8になりました」
「よかったな」
昨日探索できなかった市街地の範囲を超えてから暫く、俺達は先程から上位種との戦いをひたすらに繰り返していた。
その回数は足止め程度にしか貢献しない佐宮がレベル8になるほど。当然、俺のレベルは9のままだ。
このままでは追いつかれそうであるが、上位種しか出てこないのだから仕方ない。通常種がいないのは煩わしくなかったが、こうも一辺倒だと新種を倒してレベル10になり新スキルを手に入れたい気持ちにもなってくる。
「昨日も思いましたが、凄い静かですね」
「死んだら人間は消える。怪物も消える。人間が生きていても怪物が怖くて篭っている。怪物が生きていても戦闘時以外の気性は荒くない……まあ、それでも不気味なくらいだな。多少荒らされた形跡はあるが多少だし、街中に怪物が現れた状況には見えない」
「この状況は誰が引き起こしたんでしょうか。怪物の戦闘本能は野生そのままなのに、それ以外の時は異様に大人しいなど人為的な意図が見えて気持ち悪い。本当なら、このステータスというのも勝手に私に植えつけておいて怒り狂いそうなのに……」
「……お前、本当に自分が大好きだよな」
「そうじゃない人がいるんですか?」
「どこかにはいるだろう。少なくとも俺は違うが」
ベクトルや大きさが異なりこそすれど、俺も基本的には自分大好き人間だ。
しかし、そんな俺の目からしてみても佐宮の様子は異常なように見える。佐宮にとっては当然のことで、そう思わない世間一般の方がずれているのかもしれないが。
「前方に敵がいそうだな」
走りながら喋っていると、レベル9の聴覚が微かな足音を拾ってくれた。
「私も聞こえました。何かこれ、先程までの緑肌とは違いませんか?」
遅れて気づいた佐宮が、そんな事を言ってくる。集中すれば確かに巨体が歩いているというより、何かひきずりながら小走りしているように聞こえた。
「新種かもしれない。SPが残ってるなら、念のため【黒甲】を使ってくれ」
「盾としてですか?」
「ああ」
返事をすると同時に佐宮から溢れ出した黒い何かが人間1人を覆い尽くせる丸盾へと変形した。
佐宮の第2のスキルである【黒甲】は彼女の操る黒い何かを硬化させることができるらしい。ついでに【黒入】だけの時よりは操作性が上がっているらしく、自身の体と黒い線で繋げておけば宙に浮かせたまま移動するなども自在らしい。
佐宮が作り出した黒い盾を前方に配置して、俺たちは足音の発生源に近寄る。
そして曲がり角にさしかかろうとした時、何かが盾の向こうを動いたと思ったら、その盾は大きくこちらに迫ってきていて所々ひび割れが始まっていた。
「後方に離脱後、盾を解除!俺が引きつけるから、足止め頼むっ」
盾は結構ギリギリで持ちこたえてくれた。俺も槍を投げるために少し後ろに下がり、石槍を構える。
次の瞬間には俺の後ろまで下がっていた佐宮が盾を解除した。
怪物の姿が現れる。全体的には茶色っぽくて、肌はトカゲのような質感があり、長い尻尾と後ろ足に比べて前足は短いため姿勢が前傾だ。その姿勢で突き出した頭は前に長い。口は大きく、生えそろった牙は全てが鋭利。
「恐竜ッ……!?」
体高は俺の首くらいまでだが、まさに恐竜というべき姿形だ。
驚きはしたが、巨漢をすでに見た後では体が動かないというほどではない。俺は躊躇いなく石槍を投げ、佐宮と一緒に更に距離を離した。
まごうことなき新種である。この戦いで死ぬことがなければいいんだが。
書きだめがなくなったので、次話からは不定期更新となります。