表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/10

幼馴染の魔法にかかりたい

 文子の処女をもらった日。

 彼女はベッドの上でわんわんと泣いた。


「ごめん、痛かった?」

「ひっぐ、ひっぐ、違うの……」


 焦る俺に、文子はゆっくり説明した。

 貞操を失ったら、今後一切の魔法を使えなくなる。つまり、彼女はもう魔法使いではなくなってしまったのだと。


 彼女の中にそんな設定があったのは初耳だったが、いい機会だったので黒魔法のWebサイトは閉じることにした。隙を見て彼女のスマホのブックマークと閲覧履歴を消去したから、後始末は完璧だったと思う。


「勉強は続けような」

「……うん」


 一定以上の学力がついてくれば、勉強そのものに面白みを感じることもできるようになる。

 幸いなことに、文子は魔法を失ったあとも勉強を続けてくれて、一年遅れで俺と同じ大学にも入学した。


 黒魔法グッズの収集は相変わらずだけれど、痛々しい言動はすっかりなりを潜め、少しずつ友人もできるようになった。パソコン部の川辺・森田とはいい関係を築いているようだ。


 ちなみに、たまに俺がお願いすると、夜だけあのキャラが復活することは二人だけの秘密だ。





 それから10年。

 文子は専業主婦になり、娘の珠子は五歳になった。


 ある日俺が仕事から帰ってくると、珠子はひっくひっくとしゃくりあげて泣いていた。

 何かあったのだろうか。


「幼稚園でね、お友達に“珠子”なんてダサいって言われたんだって」

「ひっく、ひっく、あたしのお名前、ウケグチノホソミオナガノオキナハギとかがよかった」

「魚の名前か。よく知ってたな」


 珠子は文子の胸に顔を埋めて泣く。

 俺は頭をかいて、どうしたもんかと悩む。

 文子はにっこり笑い、珠子の目を見た。


「わかるよ、お母さんも昔、自分の名前が嫌だった」

「……なんで?」

「ふふふ、もっとかっこいい名前がよかったのかな」


 あとで知ったんだけど、文子の父親はかつて不倫をして家を出ていったのだそうだ。そんな父親につけられた名前を文子は嫌っていて、執拗に違う名前を名乗りたがっていたらしい。


「あるときね、お母さんの名前を大好きだよって言ってくれた人がいたんだ」

「……お父さん?」

「正解!」


 珠子は泣き止んで俺の顔を見る。

 その面影は、かつての文子によく似ていた。

 俺は珠子の頭を撫でて微笑んだ。


「珠子の珠っていう字は、宝物の意味なんだ。お父さんとお母さんの大事な宝物だから、珠子って名前にしたんだよ」

「そっかぁ……じゃあ変えるのやめる」


 珠子はケロッと機嫌をなおしたようで、そのあとはケラケラと笑いながらいつもの調子で過ごしていた。

 俺はそんな珠子に問いかける。


「珠子、今日の晩御飯は何かな」

「うん、白身魚の水死体風と、焦熱地獄スープ」

「お、やった! あれ美味いよな」

「ね。お母さんの料理って魔法みたいだよね」


 楽しそうな珠子の声を聞きながら食卓につく。

 三人揃って、いただきます、と言った。



 珠子は無邪気な声で文子に問いかける。


「お母さんって魔法使える?」


 文子は少し考える。

 俺をチラリと見て、楽しそうな顔を浮かべた。

 珠子の目を見てゆっくり告げる。


「昔は使えたんだけどね。今は使えなくなっちゃった」

「えー、なんでー?」

「うんと幸せになっちゃったからかな。お父さんがいて、珠子がいて……だから魔法なんていらないの」


 文子は珠子の頭を撫でる。

 珠子は気持ち良さそうに目をつむった。


「そういえば、お父さんも昔魔法を使えたのよ」

「え、お父さんも!?」

「そうそう。気づいたのは、しばらく後になってからだったんだけどね……」


 そう言うと、文子は珠子を膝に乗せる。


 俺が魔法?

 そんなもの、使った覚えはないけど。


 珠子は文子の顔を見上げた。


「お父さんはどんな魔法を使うの」

「ふふ……あのね」


 文子は意味深な笑みを俺に向けた。


「お母さんをダメにしない魔法、だよ」


 なにそれー、と言う珠子の声に、文子は可笑しそうに肩を揺らした。

 俺は苦笑いをしながら、今夜は久々に文子の魔法にかかってやってもいいか、なんてことを考えていた。

ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ