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幼馴染は修行をする

 テストの返却・解説も終わった。

 明日からは夏休みだ。


「秀幸、カラオケ行かね?」

「悪い、今回はパスで」


 クラスメイトの誘いを断ると、俺は足早に部室に向かう。

 部室には珍しく顧問が顔を出していて、川辺、森田、文子は既にやってきていた。


 顧問の竹之内が俺を見て右手を上げる。


「来たか坂本。いやぁ、それにしても山下の成績アップには驚いたぞ。お前の仕業だろ」

「文子の努力の結果ですよ」

「ガッハッハ、謙遜するな。それを引き出したのはお前だろう」


 機嫌良さそうに豪快に笑う。

 竹之内は文子の担任で、俺たちの関係も前々から知っていたらしい。たまに文子に部室の鍵を貸し出してるのも竹之内の仕業なんだとか。


 体育会系のガタイだけど、教師になる前はシステムエンジニアだったと聞いている。俺もいろいろなことを竹之内から吸収できたから、教師の中ではわりと尊敬もしている方だ。


「で、夏休みの活動についてだが──」


 顧問を含め、いろいろと相談を進める。

 環境さえ整えば家でも活動はできるから、夏休み期間中は各自好きなように進めることになった。


「じゃあ、この三回だけは学校で集まるとして、あとはそれぞれ好きなようにやってくれ」


 けっこう緩い感じで、好きなようにやらせてくれるのがこの部のいいところだと思う。

 俺は予定表をカバンにしまうと、文子とともに家路についた。




 夏休みが始まると、文子は勉強道具を持って俺の家にやってくるようになった。俺もいよいよ受験に向けて準備を始める必要があるから、午前中は文子と一緒にみっちり勉強している。


「ヒデ兄はどんな大学行きたいの?」

「情報系の学科のあるとこだな。人工知能とかやってみたいし。好きな科目をとことん追求できるってのは、やっぱ魅力的だよな」

「ヒデ兄ってブレないよね」


 趣味だからなぁ。

 俺の趣味はたまたま一般に受け入れられやすくて、関連する大学も職業も存在する。文子の趣味はたまたま今の時代には合わなくて、みんなに理解もされなければ関連する職業もない。

 言ってみればそれだけの違いだ。


「魔法大学があれば我も行くのになぁ」

「まぁ、魔法なんて存在しないからな」

「くくく……ヒデ兄は何も知らないんだね」


 文子は楽しそうに笑う。

 そして、俺が何を言わずとも自ら英語の書き取りを始めた。


「ずいぶん熱心だな、文子」

「ふふふ。これも魔法の修行なのだよ」


 そう言うと、文子は勉強に没頭し始めた。



 黒魔法サイトの修行ページ。

 これまでは、集中力アップや脳を休める方法を魔法チックにアレンジして公開していた。文子もこれらはかなり取り入れて、自分なりに勉強に役立てられている。

 そして、最近いくつかのページを追加した。


 魔力の蓄積速度を増やすためには、集中力の他にも必要なものがある。

 魔法学問に対する深い理解だ。


 ルーン言語。

 魔法の深い理解のためには、ルーン文字を自由に操る必要がある。そしてその前提として、何かしらヨーロッパ語を収めておく必要がある。英語などがおすすめだ。


 数秘術。

 数字にはこの世の真理を明らかにする魔力がある。高度な魔法使いに数秘学を知らない者はいない。導入として、古くからある数の学問に精通しておく必要がある。


 錬金術、占星術。

 物質の構成や動きを明らかにしたり、大きな視点での星々の動きから未来を見通す魔法の学問だ。これらの理解のためには現代理科系科目を収めるのが大きく役に立つだろう。


 魔法史。

 一般書籍には現れていないが、歴史の転換点には必ずと言っていいほど魔法使いが関わっている。歴史をただ学ぶだけでなく、その事件に関わるどの人物がどんな魔法を用いたのか、類推できる目を養うべし。


 これらを収めるには多大なる時間が必要だろう。

 他にも様々な魔法学問が存在するが、それらへの理解が深まるに連れて魔力の蓄積速度も大きく向上し、使用できる魔法も次第に高度になってゆく。


 鍛錬を怠るべからず。

 ラグナロクに備えよ。



 文子は完全に信じ込んでいる。

 そして意気揚々と勉強にのめり込んでいった。


「ヒデ兄、我にこれを教えよ」

「まだ授業でやってない範囲じゃないか?」

「必要なのだ、鍛錬が」


 あぁ、楽しそうだな。

 俺はホワイトボードを引っ張り出してきて、自分なりの理解で文子に解説する。

 文子は不明点を一通り聞いて納得したあと、記憶に定着させるために繰り返し問題を解いていく。このあたりはこれまで家庭教師でやってきたのと同じ流れだ。



 今日の昼食は文子が作ってきてくれた。

 俺は少し躊躇しながら弁当箱を開く。


「うぉっ!?」

「どうかな、上手くできてる?」


 弁当箱の中では、鼻から上しかない女性が血走った目で俺を見つめている。憎悪にまみれ、この世のすべてを怨むような視線だ。チラリと見るだけで寒気が俺を襲う。


 文子は右目を箸で持ち上げた。


「はい、あーん」

「……あ、あーん」


 俺の口に目玉が入った。

 おぉ、これはウマい。


 半熟程度に程よく茹でられた卵。黒目の部分は海苔で作ってあるのか。赤いソースはケチャップをベースに他のものが混ぜてあるな。磯の香りとともに、濃厚な旨味が鼻から抜ける。

 完璧に俺好みの味付けだ。


「私……わ、我の手料理はどうだ」

「すげぇウマいよ。毎日でも食べたい」


 文子はボンと顔を赤くする。

 いい嫁さんになるだろうなぁ。


「料理上手だなぁ、文子は」

「我の名は文子ではない。猛毒の魔法使いゴルゴンゾーラ」

「それはチーズだ」


 文子は口をプクっと膨らませる。

 その仕草が可笑しくて、頭を撫でた。


 外ではセミがうるさく鳴く。

 麦茶の氷が溶けてカランと音を立てた。


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