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幼馴染は深く息を吸う

 金曜日、山下家の食卓。

 そこには出前の寿司が並んでいた。


 俺と文子の前には、文子の母親。

 高校合格以来の満面の笑みだ。


「本当、ヒデくんのおかげですごく助かっちゃったわ……こんな良い点数、今まで見たことないもの」

「いえ、文子自身がかなり努力しましたからね」


 おばさんの前にはテスト結果表。

 そこには前回の赤点など欠片も感じさせない高得点が並んでいた。これなら学年でもそこそこ上の方に食い込めるくらいになっているだろう。


「ぬわっはっは、我にかかればテストなどちょろいものよ。あと我にウニを献上せよ」

「はい、イクラもやるよ」

「ヒデ兄が優しいだと!? さては分身体だな。本体はどこに隠れている!」


 文子のテンションもいつもの五割増だ。

 ずいぶん荒ぶってるなぁ。


 でも本当に、今回のテストは頑張ったからな。

 俺とおばさんは顔を見合わせて苦笑いをする。


「あと、間違えるな。我の名は残虐の魔法使いロキソニンである」

「ロキソニン……は、痛み止めの薬だっけ」


 うちの母さんが頭痛の時に飲んでるやつ。

 そう言うと、文子は苦しそうにのたうち回る。相当恥ずかしかったのだろう。

 俺は文子をつんつん突きながらネギトロ軍艦を口に運んだ。


 そんな中、おばさんがボソッと呟く。


「文子とヒデくん、なんか前より距離が近いわね……もしかして何かあった?」


 俺はマグロに伸ばしていた手を止めて文子を見る。

 文子は耳を真っ赤に染めて壁の方を見ていた。

 少し遅れて、俺の顔もカッと熱くなる。


「あらあらあらあら──」

「や……やめてよお母さん。ヒデ兄に迷惑だよ」

「そうかしら。ヒデくん、娘をよろしくね」


 クスクスと笑いをこらえながら、おばさんは俺に軽く頭を下げた。俺は頭をかきながら頷く。文子はずっと壁を見つめたまま固まっていた。




 翌日の土曜日。

 俺たちは文子の家の前で待ち合わせた。

 俺はポロシャツにチノパン。文子はフリフリのついた黒いワンピース。お互いに見慣れた休日スタイルだ。


 今日の行き先は遊園地。

 テストで高得点を取ったご褒美で、文子の方から提案されたのだ。


「くくく……ヒデ兄が情けなく叫び声を上げる様を堪能してやる。我の魔力の肥やしになるだろう」


 魔法使いというよりフラグ建築士だな。

 過去の経験から、絶叫マシンやお化け屋敷で叫びまくるのは俺よりも文子の方だということは明らかだ。どうしてそんなに自信満々なのか理解に苦しむ。


 文子は俺の左手をギュッと握って頬を赤く染めた。


 今日一緒に出かけたいと言ったのは、おそらくあの魔法を使いたいからだろう。

 俺は黒魔法サイトの内容を思い返す。



 質問の魔法『アインクエリ』。

 対象に一つだけなんでも質問できる。

 魔力100以上で、一日一回に限り使用可能。

 一度の使用で魔力値を90消費する。

 対象は一定以上気を許した異性のみ。


 使用手順は以下の通りだ。


 まず、対象と6時間以上一緒に過ごす。

 そのうち最低3時間は、手をつなぐなどの身体的な接触を伴う状態にしておくこと。この接触時間の長さによって、魔法の成功率が大きく変動する。ちなみに、トイレなどの近距離・短時間の離席は全く問題ない。


 6時間経過後、継続して共に過ごしている間。

 それが魔法の使用可能時間である。


 使用できるのは二人きりの状態でのみ。

 対象の手を握り、アインクエリ、と唱えること。


 対象は五分間だけトランス状態になり、その間に一つだけ質問に答えてくれる。質問が終わればトランス状態が解けるが、この間の記憶は一切残らない。



 俺たちは手をつないで行った。

 家から駅。電車で数駅。駅から遊園地。文子いわくこれも「ご褒美」の一環なのだとか。ニヘラ、と笑みを浮かべている。


 入場ゲートをくぐる。

 この近辺では割とメジャーなデートスポットだから、手を繋いでいてもそうそう目立つことはない。カップルの他にも、家族連れや友人連れなどでなかなかの賑わいを見せていた。

 小学校の遠足以来だけど、変わらないな。


 午前中は割とのんびりコースだ。

 水上を走る小舟。座席の狭いヘリコプター。クルクル回るコーヒーカップ。ゆるキャラと写真を撮り終わった頃には、昼のいい時間になっていた。


 ホットドッグと飲み物をテーブルに置き、折りたたみ椅子に座る。

 文子は午後から本格的にお化け屋敷やジェットコースターに乗るつもりらしい。ただ、食べた直後は(文子が)やばいだろうから、その前に花畑を散歩しようと提案した。


「ヒデ兄。ホットドッグ、意外と小さいね」

「昔はこれで腹一杯だったのにな」


 文子が口についたケチャップをペロリと舐める。

 そういえば、テスト期間中は忘却の魔法を使われるチャンスもなかったから、しばらくあの唇に触れてないよな。

 俺は思わず文子の顔に手を伸ばしそうになり、誤魔化すように彼女の頭を撫でた。



 そんな風にのんびり過ごしていると、こちらに向かって何やら大きな声が飛んできた。


「おい、あれ中二病じゃね?」

「まじかよ、彼氏連れかよ」


 見れば、露出度の高いギャルっぽい服装の女子二人が、文子のことをジロジロと無遠慮に眺めている。


「まさか、あいつに彼氏とかねぇだろ」

「生贄にするぞ、とか脅したんじゃね」

「それウケる! それだそれ!」


 ゲラゲラ笑う声が不快に響く。

 楽しそうだった文子の顔が曇った。


「ヒデ兄……ごめん、帰る?」


 涙目でそう言う文子の後ろに回る。

 背後から包むように抱きしめる。

 耳元に口を寄せた。


「帰るのは、もっといろいろ遊んでからな。昼がちょっと足りないんだ。クレープでも食おう」


 俺は文子の手を取った。

 別に悪いことをしているわけでもないんだから、あんなの言わせておけばいいんだよ。

 文子の手を引いて一緒に立ち上がる。


「ヒデ兄……」

「クレープ、何味にするか考えとけよ」

「私……わ、我にチョコバナナ味を献上せよ」

「はいはい」


 一緒に歩きながら、こっそり振り返る。

 ギャル二人をギロリと睨んだ。

 奴らは決まり悪そうに視線をそらす。


 あとで川辺と森田にクラスの様子を細かく聞いてみよう。



 お化け屋敷では、無事にフラグを回収した。

 自分ではグロい弁当を作るくせに、他人が作ったおばけに腰を抜かすあたり、文子は文子だ。


 オンボロのジェットコースターは別の意味で怖かった。射的コーナーでは二人ともダメダメで腹を抱えて笑った。ギャーギャー言いながらコインゲームをやったり、もう一度小舟に乗ったり、思うがままに遊んだ。

 気がつけばかなりの時間が過ぎていた。


「我は時の魔法の深淵を覗いた気分だ」

「ほんとあっという間だったな」


 最後にあれに乗りたい。

 文子が指差したのは、観覧車だ。


 既に6時間は経過している。

 多くの時間を手を繋いで過ごした。

 あれなら二人きりになれる。

 条件は完璧だ。


 魔法を使うつもりだろうな。

 さて、どんな質問が飛んでくるのやら。



『この観覧車は10分ほどで一周いたします。ごゆっくり景色をお楽しみください』


 扉が閉まる。

 ゆっくりと上昇してゆく。


 楽しむほど特別な景色があるわけじゃないけれど、今日遊んだあれこれを上の方から眺めるだけで話題は尽きない。


「昔とあんまり変わらなかったけど、思ったより楽しめたな」

「うん、すっごく楽しかった……ねぇ、ヒデ兄」

「ん?」

「……アインクエリ」


 俺の手を握り、文子が呪文を唱える。

 俺は体の力を抜き、ボーっとした演技をする。文子は俺の目の前で手を振って、魔法が効いていることを確かめた。


 さて、今ならどんな質問にも正直に答えてやるぞ。


「五分間、だったよね……」


 文子は俺の隣に座る。

 さぁ、何を聞くつもりだ。


「ヒデ兄……だいすき」


 そう言うと、文子は俺の体にギュッと抱きついてきた。そのまま何も起きず、時間だけがどんどん過ぎていく。もしかして……。


 五分間、何も質問しないつもりだろうか。


 文子は俺の胸元でスーハーと大きく呼吸をする。ちょっと汗臭い、なんて呟きながら、ずっとそれを続けている。

 俺はムラムラと湧き上がってくる衝動を感じながら、ボーっとする演技以外になにもできることがない。なんという拷問だ。


「そろそろ五分かぁ」


 そう言うと、文子は俺の唇に軽く口をつけ、名残惜しそうに席に戻った。


 数秒。

 俺は軽く頭を振り、目をぱちくりさせる。


「あれ、俺寝てたか?」

「ぬわっはっは、我の睡眠魔法にかかっていたのだろう」

「悪いな、寝るつもりじゃなかったんだが」



 遊園地をあとにして、文子を家に送る。

 スマホを見ると文子からお礼のラインが来ていたので、また行こう、とだけ返信した。


 そしてその夜。

 Webサイトの質問フォームに投稿があった。


『魔力をもっとたくさん溜めたいんですけど、どうしたらいいですか?』

『あなたはずいぶんと素質があるようですね。あなた向けに修行のページを順次公開しますので、そちらを見てください』


 さて、ここからが腕の見せ所だ。

 俺は作り込んでいたコンテンツを再度確認しながら、ポチポチと少しずつ公開を始めた。


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