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幼馴染のモチベーションを上げたい

『選ばれし者よ、ラグナロクに備えよ』


 パソコンの画面を眺め、ゆっくり息を吐く。

 とりあえず、必要な作業はひと段落した。



 文子が勉強を始めて一週間。

 昨日まで降っていた雨で外は蒸し暑いけど、部室はいつでも涼しく保たれている。パソコン部の活動は相変わらずだ。


 一年生の川辺と森田は、いちゃつきながらWebサイトを作っている。だいぶ顔が近い。もう付き合っちゃえばいいのに、と思うけど、二人とも奥手なのか特に何かが進展しそうな様子はない。


 そんな傍らで、文子は俺の指示のもと勉強をしていた。説明は文子の家でするから、ここでは演習問題や暗記モノ中心だ。

 休み休みやってはいるものの、あまり集中力は持続していないようだ。


「文子。このままだと黒魔法グッズ、まじで没収だからな」

「くっ……さては我の魔力を悪用するつもりだな」


 そんなことを言いながら、文子は問題を解いていた。


 高校受験に向けて家庭教師をした時のことを思い出す。

 当時は、文子に勉強を教えるコツを会得するため、書籍を読んだりしながらいろいろと試行錯誤したものだ。


 まず、疲労の残る状態にしないこと。

 どんなに心の強い人でも、疲れているとストレスに弱くなることが自衛隊の研究でも分かっている。文子については、夜はしっかり寝ているようだし、今のところ大きな問題はないだろう。


 次に、勉強の目的を納得させること。

 あのときは文子自身に俺と同じ高校に通いたいというモチベーションがあったが、現在はその目標がない。

 なかなか難しいけど、ここ最近はようやく「勉強すべき」という感覚は刷り込めてきたと思う。褒め殺しながら徐々に「勉強できる」という達成感を覚え込ませて、最終的に「勉強したい」まで持っていければ成功だと思うんだけど……。


 俺は文子を眺める。

 彼女はプリントから顔を上げ、泣きそうな目で口を開いた。


「もうやだ、我の精神は闇に飲まれた」

「休憩するか。頑張ったな、文子」


 文子は頬をプクッと膨らませる。

 面白い顔だ。


「我の名は文子ではない。氷嵐の魔法使いエシャロットである」

「エシャロット? あぁ、野菜のな。味噌マヨつけて食べると美味いやつ」


 文子はズーンと沈み込んだ。

 その様子に、川辺は苦笑いを浮かべる。


「山下さんってもっと……なんというか、近寄りがたい人だと思っていました。意外と面白い方だったんですね」

「我は面白くなどない!」

「飴いりますか?」

「いる!」


 川辺はすっかり文子をコントロールし始めていた。

 彼女たちはクラスは違うけど、同じ学年の女子同士だし、このまま仲良くなってくれたら嬉しいなと思う。俺は一年早く高校を卒業しちゃうしな。


 二人とも背が低い。150もないだろう。

 文子のほうが少しだけ背が高いけれど、川辺のほうが多少は胸のボリュームがある。

 そんな小柄な二人を眺めながら、もう一人の一年生である森田に話しかけた。


「文子って、同級生の間ではどういう子だと思われてるんだ」


 森田は微妙な顔をしながら頬をかいた。その表情だけで、文子のやらかし具合が目に見えるようだ。


「僕は又聞きですけど……噂では、教室の片隅でいつも薄ら笑いを浮かべているとか、授業で指名されたときに黒板に魔法陣を描いたとか、グロい生贄弁当を持ってきていたとか、不治の中二病を患っているとか──」

「だいたい分かった、ありがとう」


 会話をしながらも、森田は川辺の夏服の透けている胸元をチラ見している。ガッツリと男子トークをしたことはないけど、彼は草食系を装いながら、なかなかのムッツリだと思う。


「ところで坂本先輩。今作ってるのは動かないWebサイトだけですけど、もうちょっとヌルヌル動いたり何かを投稿したりできるサイトって作れませんか」

「んー、覚えることは大きく二つかな。ブラウザ側で表示だけグリグリ動かす方法と、サーバ側で動的にデータをこねくりまわす方法。どっちも必要だけど、まずは簡単に表示部分だけスクリプトを触ってみようか」


 説明をしながら、俺は自分が作っているWebサイトに目を向けた。一年生二人とは違い、俺は裏側で様々な処理をするサイトを作り込んでいた。簡単に動作確認も終わって、概ね問題ないことも分かっている。


 コンテンツも揃ってきたし。

 そろそろ始動してもいいだろう。



 文子の部屋。

 英語の書き取りに集中している文子の後ろで、こっそりと彼女のスマホを操作する。


 俺の作ったWebサイト。

 このサイトは、作成者しかわからない複雑な手順でアクセスしないと到達できないようになっている。文子のスマホにはいろいろな設定を仕込む必要があった。


「ヒデ兄、我は書き取りに飽きたのだ」

「教科書を見ないで書けるようになるまで頑張れ。お前の学年、英語は迫田だろ。あいつの定期テストは教科書の英文丸暗記でいける」


 話しかけられてドキッとしたが、文子はすぐまた書き取りに戻っていった。


 危ない危ない……。

 俺は変な汗をかきながらWebサイトを開く。黒背景。白く細い文字。背景にはうっすらと魔法陣が浮かんでいる。


『黒魔法使い養成所』


 明らかに怪しげなWebサイト。

 サイト名の下には小見出しがついている。


『選ばれし者よ、ラグナロクに備えよ』


 文子は「ラグナロク」という単語が好きらしく、本に出てくるたびにカラフルなマーカーで線を引いていた。

 これでだいぶ気を引けるんじゃないかと思う。


 小見出しの下はサイトの紹介文だ。


『偉大なる黒魔法の素質を持ち、鍛錬を積む覚悟のある者に対してのみが、このページに到達できる。運命に誘われた選ばれし者よ。今、魔法の扉は開かれた。魔法の深淵を覗き、宵闇の魔力を高め、来たるべきラグナロクに備えよ』


 文子が好きそうなワードを並べてみた。

 よし、これは気にいるんじゃないかな。


 とりあえずこれで定期テスト(ラグナロク)に備えられるといいんだけど。

 そう思いながら、俺は文子のスマホのホーム画面にブックマークアイコンを配置した。


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