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皆無真紅郎は二度死ぬ

人生誰もが一度は何かを夢見たことがあるはずだ。

例えばサッカー選手だったり、歌手だったり、アイドルでも宇宙飛行士でもいい。

そして、歳を重ねていくうちに現実を知って、諦めていく。

諦めずに努力し、才能に恵まれた者だけが、成功を掴むことが出来る。

そんなことはとっくの昔に知っていることだ。

それでも俺は、諦められず学校の屋上のフェンスに指を喰い込ませて、グラウンドで走る元仲間たちを、眺めていた。

少し前までは、自分もあそこに居たのだと思うと、頭の中がグチャグチャになって、どうしようもなくなる。

皆無(みななし)真紅郎(しんくろう)が、足を怪我したのは、今から三ヶ月ほど前になる。

帰宅途中に転倒したバイクに巻き込まれたのだ。

意識を取り戻してすぐに、妹の舞花から告げられた事実は、真紅郎を絶望へと打ちのめした。


「もう兄さんは、走ることができないの」


今でも夢に見る。

妹から走ることが出来ないと、告げられたあの時のことを。

何を言っているのかわからないと、足を動かそうとして、まるで他人の物のように満足に動かすことができない自分の体の一部を見て、やっと理解が追いついた。

自分はもう夢を追いかけることができなくなったのだと。

泣いて、叫んだ。

どうして自分がこんな目に合わなければならないのかと。

そうして喚いたところで、何か変わるかと言われたら何も変わらない。

無常にも日々は過ぎていく。

退部届けを出して、すっかり無気力になった俺は、こうして今も無為な日々を浪費している。

あれから三ヶ月。

皆無真紅郎という男は、死んでいた。


「兄さん、こんなところにいたのね」


生きた屍同然となった皆無真紅郎を見捨てない唯一の存在が皆無舞花だった。

大和撫子然とした容姿に、柔らかな物腰、成績も非の打ち所がないと、今や抜け殻と化した真紅郎と比べて月とスッポンというのさえ烏滸がましいほどの差があるくらい出来た妹であるが、兄である真紅郎に対しての献身は些か肉親の情で片付けるには、行き過ぎたものがあると言わざるを得ない。それでも周囲に対しては仲の良い兄妹ということで、通せてしまっているのが、この妹の恐ろしいところである。

 

「放っておいてくれないか」


拗ねたように言う真紅郎に、舞花は無言の笑みを向ける。

最初こそ八つ当たり気味に放っておいてくれと怒鳴ったこともある真紅郎だが、その時も舞花はこのような顔をして、一歩も引かなかったことがある。

昔は、泣きながら自分の後をついてくるだけだった妹がいつの間にか立派な個人として成長していることに真紅郎は面食らったものだ。


「わかったよ」


真紅郎は降参というように、両手を上げる。

四六時中構ってくる妹に、鬱陶しさを感じながらも完全に突き放すことができないのは、荒れ気味な真紅郎を周囲が持て余している中で、唯一いつもと変わらない態度で接してくる相手だからだろう。

真紅郎はもう一度グラウンドを振り返ると、屋上から姿を消した。


「今日もお父さんたち遅くなるみたい。晩ご飯どうしよっか」

 

代わり映えのない帰り道の途中、隣を歩く舞花が尋ねた。

皆無家は両親共働きで、昔から夕飯を兄妹二人で済ませることも珍しくなかった。

最初は夕飯を交代で用意していたが、いつの頃からか舞花が取り仕切るようになっていた。

その分、他の家事を真紅郎が受け持っていたが、洗濯や掃除も私がやるからと舞花に取られてからは、ちょっとした手伝いくらいしかすることがないのが実状だった。

そういった環境が兄妹離れが出来なかった要因の一つかもしれない。


「肉がいいな」


真紅郎が言うと、分かったと頷く舞花。

怪我をするまでは、体のことも考えて節制したり、バランス良く食事を取るようにしていたが、すっかりそんな習慣は消えていた。

アスリートが引退すると、いきなり太りだしたりするのは、それまでの反動みたいなもんかなと真紅郎は思った。

交差点に差し掛かり、赤信号で止まった時、ふと真紅郎は誰かに見られているような気がした。

言葉にできない不快感に周囲を見渡していると、青信号に変わり舞花が先に歩き出した。


「もう兄さん、置いていっちゃうよ」


前から聞こえる妹の声、そこに迫る鋼鉄の塊に気が付けたのは何の奇跡か。

一拍遅れて急ブレーキをかける甲高い音が、耳に突き刺さった。

暴走する乗用車の進行方向には、唖然とした様子の舞花がいる。

一瞬の逡巡も無かった、真紅郎は歯を食いしばり、激痛が走る足を無視して駆けた。

その速さたるや、現役時代の真紅郎でさえ置き去りにするほど。

──なんだ、まだまだ走れるんじゃないか。

そんな思考が過ぎって、真紅郎は舞花を歩道へと突き飛ばしていた。

それとほぼ同時に、全身を耐え難い衝撃が襲い、真紅郎は宙を飛び数メートル先の地面に叩きつけられた。

急速に薄れゆく意識の中で、聞き覚えのある「見つけたぞ」という声だけが、やけにはっきりと聞こえたのだった。




神童も二十歳を過ぎればただの人という話があるが、カイム・シンクロードはまさにそれだった

幼い頃から類まれなる才能と魔力を持って生まれたカイムは、周囲の期待を一身に受けていた。

カイムはその期待に見事に応えて10代とはとても思えない功績をいくつも残したのだが、ある日を境に急にその才能は陰りを見せ始めて魔力も平均値とさほど変わらないまでに落ち込んでしまった。

才能の限界だとか、何者かの陰謀だとか噂されていたが、真実は誰にもわからず、カイムという人間のことを次第にみんな忘れていった。

その代わりに目立ち始めたのが、優秀ながらもカイムの影に隠れて評価されてこなかったカイムの妹である

マイカ・シンクロードだった。

一部では、兄の才能を奪ったのだとさえ言われるほどにマイカは才覚を見せ始めた。

それから数年後。


「兄さん、起きてください朝ですよー」


いつものように、下の階から聞こえてくる妹の声に起こされて皆無真紅郎は目を覚ました。

気だるげにベッドから這い出すとカーテンを開ける。

何気なく外の景色を眺めて――


「なんじゃこりゃ」


絶句した。

遥かに遠くに見える巨大な塔に、街を囲むように建てられた分厚い壁。

どちらも昨日までは、この窓から見た光景にはなかったものだ。

もしかしたら、ここは俺の家じゃなくて、どこか別の場所ではないのか。

咄嗟にそういった考えを思いつくが、直後にそんなことはどうでもいいことなのだと理解した。

なぜなら目の前を人が飛んでいったからだ。

比喩でもなんでもなく、そのまま人が飛んでいったのだ。

それも一人や二人じゃないたくさんいる。

まるでミサイルのように、何の道具の助けも借りずに人が空を飛ぶ姿は、真紅郎の正常な思考を破壊するに十分な威力を持っていた。

 

「ま、舞花ぁー!!」


自室から飛び出した真紅郎はドタドタと階段を降りると居間に突撃した。

もしもこの時、真紅郎が正常な判断能力を失っていなかったら何か違和感を感じていたはずだったが、取り乱した状態の真紅郎には無理な相談だった。


マイカ・シンクロードの朝は早い。

兄より早く起きて身支度し、兄が起きてくる時間に合わせて、朝食を用意する。

少し前にカイムからは「お前はもうセブンスメイジの一員なのだから、そこまでする必要はない」と言われてしまったが、(兄さんは何もわかっていない)とマイカはむくれていた。

妹のマイカから見て、兄のカイムは英雄だった。

生まれつきの膨大な魔力量に加え、5歳の頃には既に《魔法》を使えたという話もある。

魔術ではなく魔法をだ。

にわかには信じられないような話だけど、兄ならば或いはと思ってしまう。

10代の途中まで快進撃は続いた。

数多くの革新的な魔術理論を生み出し、魔術世界の発展に多大な功績を残した兄は、その実績とは裏腹に、無名のまま表舞台から姿を消した。

詳しくは妹であるマイカも知らないが、兄はあの恐ろしいほどの才気を感じさせなくなり、魔力量もすっかり平凡なものになっていた。

あれから数年。

兄は引きこもり気味になり、顔を合わせてもほとんど会話がない。

だから驚いた。


「マ、マイカァー!!」


家中に兄の声が響き、魔術で振るっていたフライパンを思わず取り落としそうになった。

兄のこんな声を聞いたのは何年ぶりだろうと考えて、そもそも初めてのことだと気づいた。

パジャマ姿のまま居間に入ってきた兄は、私を見つけると言った。


「大変だ! 人が、人が空を飛んでいるんだ!」

「…………」


ああ、兄はついにおかしくなってしまった。

マイカは頬を熱いものが流れるのを感じた。

 






習作なので、何度も手直しを入れることがあるかもしれません。

よろしくお願いします。

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