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夏の風物詩

作者: トマトだけは…

 夏といえば?海に山に川に遊びに行ったり、夏フェスに遊園地にスイパラに映画に行ったり。

夏といえば?海で山で川で部屋で道で、人が死ぬ。皆さんどうぞ、熱中症にはお気をつけを。


「げっ。」

「随分な言葉だな…。そんなに嫌なら食うな。」

「ちげーよ……。うーわ…見てる…。」

「……あー…ほら目逸しとけ。」

「……いや、ちょっと無理っぽい。」

「マジか…今どんな感じなんだ?」

「あんたの上で血反吐吐いてる。」


 飽き飽きするほどの晴天。熱されたアスファルトの無慈悲な照り返しから逃げるために、青年は歩いていた。

― 暑い。

シャツは汗にまみれて肌に絡みついて離れようとしない。拭いても拭いても吹き出す汗が止まらない。口を閉じると口の中まで蒸し暑くなりそうで、犬のように無様に呼吸をする。余計に暑くなったような気がする。

 ふと見れば、チェーンのコーヒー屋があった。そうだ、あそこにしよう。

「いらっしゃいませー!」

「あー…涼し…あの、店内でアイスコーヒーを…えーとSで。」

「あ、申し訳ありません。現在満席となってまして…。」

「え、そうなんですか…。」

 こんな涼しい場所から、あんな暑い場所へ行けというのか。しかし、満席なら仕方が…。

「おーい!こっちこっち。」

「へーい、おいでー。」

「あの、あちらのお客様達が…。」

「へっ?」

 言われた方に顔を向けると、二人の男女がいた。男の方はどこかで見たような顔で、どこにでもいそうな格好をしている。女の方は驚くような美人だ。鼻筋の通った顔つき、キリリと切り上がった眉尻。だが、おかしなことに彼女はスーツを着ていた。男の方はどこからどう見てもジーパンにどこかのTシャツと皺まみれの薄手の上着。なんというかちぐはぐな連中だった。

 彼らは視線を捕らえることに出来たことに気が付いたのか。手の平で椅子を示す。四人がけのテーブル席。向かい合わせに座る二人の横を。


「あの…ありがとうございました。相席なんて…。」

「いやいや。困ったときはなんとやらってやつですよぉ。」

 座ったのは女性の横だった。選んだんじゃない。男の横には二人の物らしい荷物が置かれていたので、致し方なくというやつだ。まぁ、横に座れて嬉しいというのは否定しないが。

 しかし。

「えーと、お…いえ僕は仕事中の一休みなんですが。お二人は?」

「…………。」

「いやーまー…なんだろ?人助け的な…えーと、なんて言うんだったかな…?あー…いー…。」

「ボランティア。」

「あっ!そーそーボランティアボランティア。そんな感じなんです。」

「は、はぁ…。」

 女の方は窓の外を眺めていて、会話には混ざろうともしない。たまに男が詰まる時に口を挟むくらいだ。嫌われている…?のならなんで席に招いたんだ?

 美女の不機嫌顔ほど恐ろしい物はない。まるで何もかもを拒絶するような、冷たい美しさが。

「それでっすねー…あれ、聞いてます?」

「え…え、えぇ!はい。もちろん!」

「あーよかった。」

 変な男だ。顔全体で笑顔を表現しながら、明るい声で話しかけてくる。その話は友人知人の馬鹿話で。酒の席ででも聞けばありがたいんだろうが…。昼下がりの喫茶店には似合わない。というか、どうしてこんな男と彼女が一緒にいるんだろうか。

「あの…失礼ですが。どんな仕事をなさってるんですか?」

 気が付いた時には言葉になっていた。なんてことだ。普段なら間違っても口にしない、のに。どうしてだ?この男がニコニコベラベラ喋るからか?あんまりにもおかしな二人のせいで、俺までおかしくなって…。

「え?僕っすか?いやーヒモやってまして。」

「養ってます。」

「養われとりまーす。」

「は…はぁ…。」

 …ダメンズ好きってやつなんだろうか。それからも男はくだらない話を続けた。適当に相槌を打ちながら、横目で彼女を見る。横顔すら見えない。その艶やかな黒髪だけが目に映った。


「あ、水飲みます?」

「…え?あ、いや僕は…。」

「いやいやご遠慮無くご遠慮無くー。やっちんはどする?」

「まだある。」

「おっけ、じゃ。ちょいとお待ちを~。」

 そう言いながら男は軽く手を振ってカウンターの方へと向かった。なんてことだ。本当に最近ツイてない。

 だが、それも今日までだ。

「ねぇ、君…。やっちんって呼ばれてたけど…。なんて名前なんだい?」

「ヤヨイ。」

「へー…可愛い名前だね。

…っと、そうだ。これ、僕の名刺。」

 そう言って彼女に名刺を差し出す。が、振り向いてくれないので、テーブルを横切るように手を伸ばした。彼女の視界に入ったのだろうか。そっと手が伸ばされ、名刺が受け取られる。

 空になった両手。よし、まずは第一段階クリアだ。

「……ふぅん。おっきな会社ね。」

「あぁ、そうなんだ。これでも結構期待されてるんだぜ?

後ろに個人的な番号も載せてるから何時でも連絡してよ。」

「いつでも?」

「あぁ。何時でも。」

 ヤヨイがゆっくりとこっちに振り向く。しかし、俺に視線を留めることもなく、そのまま自分の紅茶に手を伸ばし。口へと近付けて。

 匂いを嗅いだ。

「…………え?」

「酷い混ぜ物ね。安い葉っぱは好きじゃないの。」

「な、え…?紅茶から変な匂いでもするのかい?ハハハ。困ったねぇ…替えてもらおうか?」

「別に気にしちゃいないわ。それより、どこかの誰かから貴方にお返しよ。」

 そう言ってヤヨイが顔を近付けてくる。迫るほどよく彼女の顔が見えた。シミもシワもない、まるで人形のような美しい顔が。目の前まで。そして彼女が笑った。亀裂が顔に走る。いや、違うこれは。

 嘲笑うように三日月が現れる。そのガラスのような目に。目に。女が映っている。

「え――だ、れ…?」

 瞳の中の女が、穴から血を出した。


「ヒィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」

「……おー、おー走るねぇ。若者。」

「あんたより年上よあいつ。」

「ありゃそうなんか。」

「ま、遊んでるみたいだし…。健康診断に怯えてるあんたよか、健康的に生きてる分。若く見えるのね。」

「いや、ビビってないからね。ちょーっとメタボかなぁってだけで…。」

「少しはダイエットしなさいデブ。」

「デブじゃないデブ。」

「あ、あの…お客様…?レジの前は他のお客様のご迷惑になるので…。」

「あっすみませーん!すぐ出ますんで!じゃっ、ご馳走様でした!」

「何してんのデブ。」

「出るのはえーよ…。」

「あのね。見えないあんたと違って。あたし二時間も見てたんだからねアレ。」

「まーいーじゃん。ツいてったんでしょ?」

「まぁ…ね。」

「しっかし、思い詰めるにしてもちょっとなぁ…。」

「あら、嫌いなんでしょ?あーゆーオ・ト・コ。」

「まーな。でも死ねばいいとは思わないっしょ。」

「一人殺してても?」

「……………………んー……まぁ。なんかヤだ。」

「変なヤツー。」

「うっせうっせ。」

「ま、肩も軽くなったし。今日は焼き肉行きましょうか!好きでしょ?オ・デ・ブちゃんっ。」

「いやちょっと俺内臓脂肪が気になるから…。」

「あたしの飯が食えないっての?」

「うごっ!ちょ、ヘッドロック決まってる!決まってるから!タップタップ!」

「さーてどこの焼き肉屋行こうかな~っと。」


『―えー、本日未明。アパートで大学生の氏村美沙さんが亡くなっているのが自宅のアパートで発見されました。室内の状況から警察は自殺と断定。また久多晴交差点にて、安満地連夜さんが交通事故に遭いました。即死だったそうです。警察では―』

 ちなみに声は聞こえないので彼らは無駄に喫茶店で朝から粘ってました。無言で必死に…いや既死に案内する女の(でろでろ)。イけ…ないですね。

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