後編
シャルロッテ家の屋敷の近くにある小さな宿場町。
普段はとても静かなその町は今日ばかりはとても華やかでにぎやかだ。
聖夜祭と呼ばれるそのイベントは年に一度開催されて、町を魔法灯で華やかなに飾るというような祭りだ。
そんな祭りのさなか、偶然にも領主代理であるサフランの姿を見かけて、声をかけたシルクであったが、今更ながらその判断は間違っていたと後悔していた。
町を歩くサフランがあまりにも寂しそうな表情を浮かべていたので声をかけてしまったのだが、どうやら自分はおよびではなかったらしい。
自分と出会ってからどうも彼女の機嫌がよくないように感じる。おそらく、かなり不本意だったのだろう。
会話をしようと何度か話しかけてみるが、サフランは答えないか、やや的を外れたような答えを提示するのでどうしても会話が一方通行になってしまうし、自分としてもあまり彼女の事を知らないので多くの話題を振ることができない。
結局、周りの人たちが思い思いに祭りを楽しんでいる中でこの二人だけはまともな会話もなく、何とも気まずい雰囲気の中にいた。
「………………つまらないのでしたら別の相手を見つけたらどうですか? シャルロの森へ行くというのなら森の入り口ぐらいまでは付き合いますよ」
そんなシルクの心情を知ってか知らずかサフランがそんなことを言い出す。
しかし、ここであっさりとそうしてほしいと返事してしまうのは負けたような気がするのでシルクはふんっと鼻を鳴らして返答をする。
「そちらこそ、そうしたいのならそうしたらどうだ? 私は別に誰とこの祭りに参加してもいいからな」
半ば意固地になってしまった結果、こんな言葉につながってしまった。
正直なことを言えば、裏の商売での知り合いは多くてもそういったものに関係ない知り合いというのはほとんどいない。それも今、この町にいる可能性のある人物に絞るとまったくいないに等しい状態だ。
だが、そこでほかに相手がいないだの、素直に誠斗のところへ行くなどとは言いづらい節があるので結局、この気まずい空間を維持しながらサフランときらびやかな街の中を歩く結果につながるわけである。
「なぁサフラン……」
「……………………なんですか?」
「結局、あんたはどこに向かっているんだ?」
先ほどは市場の方へ向かうといっていたような気がするが、すでに市場の入り口は通り越している。
しかし、彼女は立ち止まるような様子を見せずにすたすたと歩いていく。
「………………どこへ行こうと私の勝手です」
「一応、私と同行しているんだよな?」
「…………時間がないので急ぎますよ」
「せめて会話してくれ」
シルクの言葉にサフランは反応するそぶりを見せずに歩いていく。
もっとも、彼女が何の考えもなしに適当に歩いているわけではないと思うのでおとなしくシルクはついていくことにする。
やがて、彼女は町を出て細い街道に入った。
「おい。町から出ているぞ」
「…………………………………………知っていますよ」
「なんだその間は。いつもの倍以上はあるじゃないか」
「………………気のせいです」
たまに会話らしきものが成立したと思えばこれである。
彼女が姉と慕うアイリスとは全く正反対な性格だ。おそらく、彼女がいれば、あれやこれやと会話をしながらきらびやか町の中を歩くことになるのだろう。昨年はまさにそうだった。途中でサフランが乱入したが、全体的にはとても楽しく、思い出深い聖夜祭だった。
だが、今はどうだろう?
不機嫌なサフランと一緒に灯りのない夜道を歩いている。下手をすれば消されるのではないかとすら思えてくるような状況である。
「どこへ行くのさ?」
「…………嫌なら町に帰ってください。それとも、空の星の仲間に加わりたいですか?」
「いや、それは遠慮しておくよ。まだ、やり残したのとがたくさんあるからね」
「………………なら、文句を言わずについてくるか、帰るかのいずれかにしてください」
サフランはそれだけ言うと、再び前を見て歩き始める。
ここまで来ても彼女がどこへ向かおうとしているのか理解できない。
明らかにシャルロの森の方向ではないし、シャルロッテ家の屋敷の方向とも少し違う。シルクの記憶が正しければ、小高い丘があるだけだ。
「………………そろそろ目的地ですよ」
そんなとき、シルクの思考を現実に引き戻すかのようにサフランの声がかかる。
彼女が歩く先を見てみると、暗くてよく見えないものの、先ほどの思考に登場した小高い丘であることがうかがえた。
「なんでまたこんなところに?」
「………………頂上まで行けばわかります。黙ってついてきてください」
彼女はそういうと、ゆっくりとした歩調で丘を登り始める。
丘といっても、シャルロ領内は一部を除いで平原が広がっているような地域で今、二人が登っている丘も大した高さではない。
サフランは五分ほどの時間をかけてその丘を登りきると、その頂上にある気にもたれかかって町の方を見た。
「………………町の中で飾りを見るのも楽しいでしょうけれど、こういったのもなかなかいいと思いませんか?」
「こういうのってどういうのさ?」
サフランの言葉の意味が分からないながらもシルクはサフランが見ている方向と同じ方へと視線を送る。そして、ようやく彼女の言葉の意味を理解することができた。
「なるほど。そういうことか……」
シルクの視線の先には魔法灯で飾られた町の全景が映っていた。
大した高さの丘ではないのだが、町から続く緩やかな上り坂とこの丘の高さを合わせれば少し低いながらもなんとか町の全景を拝めることができる。
「なるほどな。確かに町の中で見るよりもいいかもしれない」
そんなことをいいながらシルクもサフランとならんで木の幹に体を預ける。
自分の体にも妖精のように羽根が生えていたらこの木の上ぐらいまで飛び立つのだろうか? いや、そういった行動はあまりにも目立つからやめた方がいいかもしれない。
目の前の風景はまるで星空が地上に降りてきたかのように輝いている。
おそらく、この風景が聖夜祭の対象であれば間違いなく優勝候補だろう。
「……あっこんなところにいたんですね!」
そんなとき、静かだった丘に元気な女の子の声が響く。
シルクが声がした方向を向くと、フリルのついたメイド服に身を包んだ少女が激しく肩を上下させて、息切れをしながら立っていた。
「やっと見つけましたよサフラン様! なんで勝手に屋敷を抜け出すんですか!」
「……………………私の勝手でしょう? いいじゃない。一日ぐらい抜け出したって……仕事は終わらせたはずよ?」
サフランがしれっとした顔でそんなことを言ってみれば、メイド服の少女はあきれたように息を吐く。
「なーにがちょっとぐらいですか! まったく、アイリス様ほどではないにしろ困りますよ。せめて、だれか従者を連れていくとか、警護をつけるとかそのぐらいはしていただかないと。とにかく、今日はもう帰りますよ」
彼女はそういうと、いたずらをした子猫を捕まえるかのようにサフランの首根っこをつかんで引きずり始める。
「あぁそうだ。そこの人」
「私の事か?」
シルクが聞き返すと、メイド服の少女はシルクの方を見ないままうなづいた。
「ありがとうございます。この方のわがままに付き合っていたんですよね? 大丈夫です。私がちゃんと家に帰しますので」
彼女は言いたいことだけ言い切ってそのままサフランを引きずって歩いていく。
サフランが抵抗しないあたり、なにかあるのだろうか?
何とも奇妙な二人がシャルロッテ家の方角に消えるまでシルクは小さな笑みを浮かべて見送っていた。