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前編

 雪が降る十二月のある日。

 シャルロ領領主代理のサフランはこっそりと屋敷を抜け出して町の中を歩いていた。


 普段であれば考えられないような行動ではあるが、今日は話が別だ。


 聖夜祭(せいやさい)


 シャルロ領初代領主であるマミ・シャルロッテが最初に考案した行事であり、今ではシャルロ領での一大イベントの一つとなっている祭りだ。

 町は魔法灯と呼ばれる魔力を使って光をともす道具を使った飾りであふれ、町の中央にある広場にはクリスマスツリーと呼ばれる大きな木の飾りがおいてある。


 この行事は町中の家々に施された飾りの美しさや技術を競う祭りなのだが、夜にもかかわらず町中が明るいという幻想的な風景からか、愛を誓い合った恋人たちがその親交を深める日ともされている。

 残念ながらサフランにはこの日をともに過ごすような相手はいないのだが、飾られた町をみるために町へ繰り出したのだ。今ごろ、屋敷では自分が残した書き置きを見て、大騒動になっているかも知れないが、そこにはウソの行き先が書いてあるので、ここに使用人たちがたどり着くのはしばらく先のことだろう。


 時間は十分に稼いだのであとは迎えがくるまでゆっくりと町を散策するだけだ。


 誰か知り合いはいないかと周りを見てみるが、見知った顔があるような気配はない。


 そもそも、自分の知り合いにこのような催しに参加しそうな人間がそこまで多くないような気がした。


 森に棲む魔法使いはこんな行事に興味はないだろうし、その同居人に至ってはその魔法使いがこの行事について言及しない限りその存在すら知らないだろう。

 自分の親族はこの近くにいないし、使用人たちは口を開けば仕事をしてくださいの一点張りだ。ほかにも数人の知り合いの顔が浮かんだが、彼らがこの辺りにいる保証もない。


「………………一人でというのもつまらないですね……」


 昨年まではこのシャルロ領の本来の領主であるアイリスが一緒にこの催しに参加してくれたのだが、彼女がそばにいない以上それもできない。

 町の人たちをなんとなく眺めながら歩いていると、突然背後から声をかけられた。


「領主代理が声をかけられることもなく堂々と歩けるなんて、顔知られなさすぎじゃないか?」

「………………うるさいですね。私はそれぐらいの方がちょうどいいんです」


 どこか聞き覚えのある声に答えながら振り向くと、真っ黒なローブに身を包んだ人物が立っている。

 その姿は華やかな街の中で明らかに異質の存在となっているのだが、通行人たちの中でそれを気にする人物は見受けられない。おそらく、目の前の人物が何か仕掛けているのだろう。


「………………シルクですよね? あなたがこういう場にいるというのは不思議です。どういう風の吹き回しですか?」

「くくっやっぱりわかるやつにはすぐわかるんだな」


 サフランに名前を呼ばれたシルクはくつくつと笑い声をあげる。

 そもそも、サフランからすれば、これほどまで怪しい格好をして町に違和感なく溶け込める知り合いなど一人しか知らないので間違えようがない。

 目の前にいるシルクはエルフ商会と呼ばれる商会に所属する商人なのだが、裏では少し怪しい商売もやっている人物だったりする。


 そんな彼女が皮肉たっぷりな口調で話しかけてくるものだから、サフランはため息交じりに彼女に相対する。


「………………答えてもらえませんか? それとも、あなたの店まで言って話をしたいとかそういうことでしょうか?」

「いや、そういうわけじゃないさ。たまには祭りごとに参加するのもいいと思ってな。ただ、ちょうど一緒に回るような相手がいなくて、マーガレットの家にでも乗り込もうと思っていたときにあんたを見つけたんだ。どうだ? どうせ、あんたも一人なんだろう?」


 要約すれば、たまには遊びたいから付き合えということだろう。

 サフランとしても、一緒祭りを楽しむ相手を探していたところなのでちょうどいいといえばちょうどいい。ただ、シルクが相手となると、なにか裏があるのではないかとすら思えてくる。


「なにか裏があるかもとか考えているなら、それはお互い様だ。それで、どうするんだ?」

「………………いいわ。私も相手を探していたわけですし。それにたまには仕事とかいろいろ関係なく、こういうことをするのもいいかもしれないですね」


 これ以上の追及は必要ないと判断して、サフランはおとなしくシルクの誘いに乗ることにした。そこには何か目的があったところで彼女が話すはずがないという半ばあきらめに似たような感情も含まれている。


「………………どこから行くんですか?」

「それはどうぞご自由に。木の下で仲良くしている恋人たちに特攻を仕掛けたいとしても手伝うよ」

「………………誰がそんなことするんですか。私は姉さま一筋です」

「なに? えっ? それってつまり……」

「…………さて、そういうわけで町の中でも適当に見ていきましょうか」


 何かを言いかけたシルクの言葉を遮ってサフランは町の中心部へ向けて歩き出す。

 シルクは一テンポ遅れて彼女の後ろについて歩き出す。


「適当にっていったってある程度何か決めないと回りきれないだろうに……せめて、どこのあたりとか……」

「………………市場のあたりにしましょうか」

「っておい!」


 シルクが話しかけるのをほとんど無視するような形でサフランは市場の方へと歩いていく。

 これではせっかく二人で祭りに参加しているのにその意味がないように見えるかもしれないが、サフランからすれば下手に会話するよりもこうする方が心地よかった。こんな考えを持っているからこそ、他人と友人と呼べるような関係を築くことができないのだろう。

 だが、それはそれで問題ない。無理にそういった関係を築いても疲れるだけだ。


 だからこそ、サフランはその行動を変えないし、これからも貫いていくのかもしれない。たとえ、それが祭りごとの最中だったとしてもだ。


「……あーもしかして、一緒に祭りを見る相手がアイリスやマコトじゃないからってへそを曲げたのか?」

「………………姉さまはともかく、なんでマコトの名前が出てくるのですか? 彼は関係ありません」

「別に深い意味はないさ。ただ、サフランの周囲に男って言ったら従者ぐらいしかいないだろう? 例の議会の方も今期のメンバーは全員女性なわけだし。まぁ委員会とかその他組織にはたくさん男がいるだろういるかもしれないけれどな」


 シルクが茶化すようにそういえば、サフランはいきなり立ち止まりシルクの方を向いた。


「………………死にたいのならすぐに委員会の人間を向かわせますよ。ちょうど近くに一人着ているみたいですし」

「それはごめんだね。私はまだまだやり残したことがたくさんあるんだ。せめて、それを全部達成しないと棺に収まっていららる自信がない」

「……………………そうですか。だったら、言動をもう少し見直すことをお勧めします。さて、それでは行きましょうか」


 サフランはそのまま市場の方向へ向けて歩き出す。

 シルクがついてきているかどうかなどいちいち確認しない。ついてきていないならいないで再び一人になれるのだから。

 誰かと一緒にいたいとは考えていたが、まさか相手がシルクになるとは今頃ながら驚きだ。


 背後から誰かが追いかけてくる気配を感じながらサフランは小さく笑みを浮かべた。

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