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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-8 悪魔祓い⑤

 ドリップコーヒーを淹れる。


 昨夜は午後のうちは姉さんに振り回され、午前になってもリキマルに振り回されるという悲惨な事態になってしまったのであまり寝ていない。一応、寝ていない状況でも動くことに慣れていないといけないので睡眠不足の状況での情報記録としてほぼ寝ていない状態で台所に立っているのだ。


 窓の外から聞こえてくる小鳥の鳴き声とぷくぷくと音を立てるバター、そして居間でつけっぱなしのテレビから流れるニュース番組が雑に聞こえてくる。


 なんのことはない。

 いつもの朝である。


 時刻は七時半だ。


 すでに姉さんは学校へと走っていった。

 子供じゃないんだから全力疾走で学校に行くのもどうかと思うのだが、飼育委員らしくヒヨコの面倒をみているそうだ。毎日少しずつ大きくなっていると嬉しいと言っていた。


 前から同じことを言い続け、今日も「ヒヨコのめんどうをみてくるわさー!」と元気な声をあげていたのだが……


 ヒヨコって、何ヶ月もヒヨコのままなのか?


 すでに半年くらいヒヨコヒヨコ言っているんだが……


 まああの姉のことなので鶏になってもヒヨコと呼称し続けているのだろう。


 じゃないと俺の精神衛生上に問題が出そうだ。


 フライパンにバターを置いて軽く暖めて極厚切りの食パンを焼き始める。

 今日はフライパンでトーストをつくる気分だ。


 食パンを焼いているうちに目玉焼き用の卵をボウルに割って塩を軽く振りかける。黄身が割れないように軽く混ぜてから目玉焼き用の小さなフライパンで焼き始めた。買ってから気が付いたのだが、この小さなフライパン、すげえ二度手間感がある。普通のフライパンの傍で使っていると何かしらもやっとした気分がまったく止まらない。


 冷蔵庫からミニトマトとレタスを取り出す。

 ミニトマトをひとり二つ、レタスを二枚むしって皿に置くと、焼きあがった目玉焼きをその隣に置いた。普通のモーニングプレートだ。ベーコンはない。一応、塩気のある肉っぽいものとして棚の中にスパムがあるのだが、二年前に隣の家で失踪した俺の兄さんの所有物なので迂闊に食べてはいけない。あと開けるのめんどくさい。鍵みたいのに缶詰の一部を引っ掛けてぐるりと一周させてから蓋部分を外すという缶切りいらずの構造のため逆にめんどくさい。

 故に塩気はない。バターでなんとかする。

 

 さて、そろそろリキマルでも起こすか。

 そんなことを考えながらエプロンを外そうとすると、二階の俺の部屋で少女が目を覚ました。しばらくきょろきょろとベッド上を見回した後で急に完全覚醒すると顔面蒼白で部屋の外へと走り出る。そのまま二階の廊下、そして階段を駆け下りてくる音が聞こえてきた。もちろん「他人」ということはない。


 リキマルだ。


「まさゆみまさゆみまさゆみー!」


「はいはい。朝ごはんにするから手を洗ってこい。風呂に入るのはそれからでいいから」


 俺はエプロンを外すために結び目のある腰の後ろへと手を回す。


「ましゃゆみ!」


 リキマルが俺のボディにタックルをかけてくる。

 俺の胴を抱きしめるように腕を回して、俺の両手を腰の後ろで掴み止める。そのままリキマルは俺の腹に顔をこすり付けて匂いを嗅ぎながらこう言った。


「なんでいないの!?」


 なぜいると思ったんだよ。

 

「だから姉さんの朝食の仕度をしないといけないからって、昨日の夜にすでに伝えておいただろう」


「……あ、言われてみれば、そうだったかも?」


 俺の胸から上目遣いのリキマル。べったりとくっついた胸が多少は「胸」であることを意識させた。いや、膨らみはないんだがな。


 そのときに、俺にちょっとした遊び・・が思い浮かんだ。

 どちらかが「攻め」て、どちらかが「守る」だけの遊びだ。

 それなりに体を密着させて遊べるんじゃないだろうか。


 俺は無下にリキマルを外そうとせずに後方へと倒れる。


 力場をクッションとして使い受身を取ると、今度は俺がリキマルに上目遣いする。雑なそれだが、位置が入れ替わったのは確かなことだ。


 リキマルは少し驚いた表情でこちらを見ていたがすぐに俺の顔に自分の顔を近づけた。あと、本当に少しで唇が触れ合う距離だ。軽く目を見開いているが、リキマルはほとんど無表情でこちらを見ている。


「転んじゃったな」


 そうだね。


 そんな無音の発言がリキマルから発せられた。

 

 いまだに俺の両腕はリキマルに掴まれたままだ。腕力的なものを言えばリキマルのほうが強い。リキマルはガリガリだが、俺のほうが背が低いために体重もそこまで変わらない。俺が本気で抵抗しなければされるがままになるだろう。


 リキマルが俺の左手を離した。


 そのまま右手で俺の顔を触ろうとする。


 俺はそれをさせまいとリキマルの右手を掴む。

 リキマルは「あれ?」みたいな表情で掴まれた手を見る。そのまま力を込めて俺を触ろうとするが俺はそれをさせないように抵抗する。


 リキマルは左手を使って俺の右手を外そうとするが、俺はそれをさせないように外そうとする手を押さえる。


 二人の両手が重なった。


 リキマルのバランスが悪くなったので尻が上がって俺の両足を膝で押さえつける形になった。完全に俺の上に乗っていると言ってもいい。


 両足を膝で押さえつけている状況は少し痛い。それを悟ってか、リキマルは足を開いて膝を床に落とした。滑るように体が流れ、リキマルが俺にぶつかる。


 互いに体の密着感が圧倒的に増した。


 俺は笑顔のままで力の足りない腕で抵抗する。今度はリキマルが抵抗しない。俺は掴んだ両腕をリキマルの腰へと回した。


 俺がリキマルを抱きしめている形になった。


 リキマルは表情が薄くなっているがどこか期待した面持ちでこちらを見ている。俺は確実にリキマルを動かないように固定すると、やはり抱きしめたままで、何もしない・・・・・




 ……どのくらい時間がだっただろうか。



 顔をすれ違わせたまま俺たち二人は少しずつ汗ばんでいく。


 びくり、とリキマルが動く。

 業を煮やしたのか、それとも俺を触りたいのか、リキマルが両手に力を込める。

 悪いが外させはしない。俺は純粋な腕力では勝てないのでリキマルの腕を固めるようにする。


「ん、あ!」


 リキマルが本気で俺の腕を外す。

 めきりと一鳴りした後で俺の腕を思い切り弾いた。


 すでにそれは「攻撃」の類だ。


 やばい、一気に痺れた。

 動かない。


 リキマルが俺の服に手をかける。

 今の俺は寝るときに着ているシャツとハーフパンツだ。どう控えめに見てもシャツを毟り取ろうとしているのがその表情から伺えた。


 リキマルは体を引いて起こして膝で立つ。

 俺のシャツへと手を伸ばすが、俺は立てた膝を倒してリキマルのバランスを崩した。なんか口にできないくらい甘い悲鳴を出したことにちょっとこちらもやはり甘いものを感じてしまう。感じてしまったが、この遊び・・を続けるために初志貫徹を目指す。


 リキマルの体をひっくり返すと、今度は俺がマウントポジションになる。


 そこでリキマルは無表情を装った愉悦に満ちていることに気が付いた。

 ようやくこの遊び・・に気づいたようだ。この「体を密着させてゴロゴロしてイチャイチャするだけ」の遊びに。


 リキマルが速攻で俺に手を伸ばす。俺は体を逸らしてそれを避けた。

 それを確認したリキマルががら空きになった俺の胴体に思い切り抱きついて押し倒そうとする。もちろん俺もそれをさせないように体をゆすって抵抗する。


 これは小さい頃に日守家でやらされた護身術のひとつだ。


 別に護身術をしているつもりはないが、本気で追いかけっことかやることもできないし、ベッドの上でやってもそれはそれで問題だ。この辺で適当に体を触れ合って互いに知っている遊びで代用していたほうがいくらかいいだろう。


 そもそも俺は正式なイチャイチャの仕方なんて知らないからな。


 リキマルが絡みつくように俺にキスをしようとするが、ゆるりと逃げる。リキマルもそれをわかっているから笑顔で俺を追いかけてくる。

 そもそもリキマルはまだキスするのにテレがあるようだからな。「キスしない」という「お約束」で遊んでいる状態だとキスの練習もしやすいだろう。


 隙を見て、リキマルの尻の谷間に丸く手を這わせると体を硬くした。

 まあゆっくりと遊ぶということでひとつ。


 ちょっと怒ったように、不満そうな顔で俺に拳をぶつけてくるリキマル。多少は痛いがそれだけだ。


 今度はリキマルが少し嫌がって怖がってるので俺が攻めてみる。

 普通にリキマルが後方へと退くので俺も合わせて移動する。ほぼ密着状態が継続しているので何も状況は変わっていない。


 限界まで退いたリキマルが食器棚にぶつかって止まった。ガチャンと大量の食器が一度に鳴ったが、それだけだ。別に何かを現状をごまかすイベントは発生していない。

 ようやく顔を真っ赤にしてから、何かを決めたように俺に抱きつく。


 ――いや、抱きつこうとした。


 瞬間で俺はリキマルを避ける。

 顔を真っ赤にした照れを隠すように怒りを含ませた表情をすると、今度はリキマルが俺を追いかけてきた。


 わかりやすく避けたり、触れたり、ちょっとだけ性的に指を這わせてみたりと二人で喜怒哀楽を現しながらキッチンでバタバタと騒いだ。すでにフライパンの火は止めておりトースターに新しい食パンを叩き込んでおいた。目玉焼きも冷え切っているだろうが、別にそれでもいいかなと思う。嫌だったら新しく焼けばいい。


 ただ、ドリップコーヒーには大量のミルクを注いでカフェオレにしたほうがいい気がする。


 そう、互いに――




 電子音が鳴った。

 大きな電子音が鳴った。




 ――それは電子フォンの呼び出しの電子音だった。けたたましい電子音は程よく家中に音を響かせて誰かにその受話器を取るように催促している。


 冷や水を浴びせられた気分だった。


 俺とリキマルは互いに顔を見合わせる。

 もうすでに雰囲気は散っていた。


 俺の上に乗っかっているリキマルの頭を撫でると、するりと抜けるように立ち上がった。

 まあ、興も逸れたし頃合いだろうか。


 俺はギリギリまでリキマルが伸ばした小さな手のひらに触れながら優しく別れを告げると、玄関から続く廊下に置かれている電子フォンまで近づいた。そして受話器へと手を伸ばす。そして触れる前にちょっとだけ考え事をして三秒ほど時間を潰す。


『――留守番電話に接続します。発信音の後にご用件をどうぞ』


 簡素な女性合成音の説明が終わると電子フォンのスピーカーから声が聞こえてきた。


『雅弓ッ!? まだいるんだろ!! 知っていると思うけど大変なことになった! 助けてくれ!! 現在、俺は葵家の地下三十七階にいる。どうやってもここはひとりでは脱出できないんだ。お前の力が必要なんだ、助けてくれ! おそらく通信機器の類は全録音されているだろうから詳しいことは言えないが助けにきてくれたら見返りに黄金アルス――――!?』


 ブツン、ツー、ツー、ツー、ツー……


 俺は電子フォンを操作する。

 どうでもいいことであるが、実はこの電子フォンは逆探知が可能である。もちろん条件がいくつか存在するが、ないよりはだいぶマシであろう。そんなわけでかなり気に入っている。


「雅弓! 大変だ、早く助けに行かないと!」


 話を聞いていたリキマルがいつの間にか傍で立っている。相変わらず知覚できない。たぶん本当は驚かそうとか思っていたのだろう。上着を下着ごとめくりあげようとした状態のままだ。

 しかしリキマルが珍しくやる気を出している。

 たぶん「俺に助けを求めている=俺の友人=雅弓の友人は助けなきゃ! =ほめてもらえる」的な式なのではないだろうか。


 なんてかわいいやつだろうか。


 俺はぺちぺちと電子フォンを操作する。


『録音を消去します。件数、ゼロです』


「ちょッ!? 雅弓、助けに行かないの! それを調べたらいろいろわかると思うよ!」


「あー、うん。まあ、ねー」


 俺はやる気のない声で返す。

 本当にどうでもいい感じでやる気がない。


「雅弓、行こうよ! 助けを求めてる!」


 いやいや、お前そんなに熱血じゃないだろう。

 もっとシニカル風味に振舞う熱血じゃん。それだけじゃないけど。


「雅弓!」


 リキマルが俺のシャツを掴む。


「オレ、雅弓に褒められたい!!」


 リキマルの真面目な表情を見てられなくなって目を逸らす。

 「氷上雅弓」がリキマルの中で割りと大きい比重になってしまったんだろうか。俺はそんなに良い人間でもないと思うんだが。


「あー、いや、なんというかさ」


 俺は言葉を濁す。


「雅弓!」


 怒ったような声になるリキマル。「褒められたい」と言ったのは照れ隠しなのではないかと思うほど力強い声だ。


 もうどっちなのかわからん。

 そもそも俺も「そういう気がする。個人的に」とか語尾につけたい感じの断定系なので、何かを言えた義理などないのだが。


「あー、電話のやつさ。兄さんなんだよね。俺の兄貴。名前は「氷上司ひかみつかさ」っていうんだ」


「だったらなおさら行かないと」


「えーと、場所もだいたいわかるんだよね」


「じゃあすぐに助けられるよ!」


「あー、えーと、隣なんだ」


 俺はぼそりと声を落とす。

 あまりの情けなさにちょっと泣きそう。


「だったら――」


「兄さんを拉致監禁しているのは隣に住む超金持ち「葵家あおいけ」のご息女、「葵日向あおいひなた」ちゃんだ。ちなみにヒナタはそこそこ強いけど所詮は人並みだ。そして兄さんはすげー強い。異能者としては日守家でも上位にくるだろうよ」


「……ん? え、どういうこと?」



 頭にハテナマークが浮かんだリキマルがようやく疑問を持った。

 まあ、あんなに切羽詰った声で電話をかけてきたら誰でも「やべえ! 電話のやつソッコーで殺されんじゃねえの!?」とか思うだろう。


「年下のヒナタに拉致監禁プレイされている最中なんだ。うちのダメ兄貴。一応、本気な声と精神状態らしいんだけど、帰ろうと思えば普通に帰ってこられるよ。ほんとに」


「…………えーと」


「ほら、俺たちがさっきまでやってた遊びを思い出してくれ」


「あ、あー、あーなるほどー。そうかー。エスエムってやつ?」


「イメージプレイ、が正しいのかな。まあそんなわけでプレイの最中なんじゃないかな。ぶっちゃけ、マジでヤバイ状態だとしても別に殺されはしないだろう。それよりも問題なのはヒナタがハラボテになってないか心配なんだけど」


 ちなみにヒナタは普通に通学している。

 これがどういうことなのかは情報が足りないのでわかりかねる。


「えーと、つまり」


 リキマルは空を見ながら考えて答えを出す。


「問題ないの?」


「ああ、問題ない。無理に離してヒナタに恨まれるのも嫌だしな」


 俺はスタスタとキッチンへと戻る。

 こげこげのバタートーストをフライパンから出して自分の皿に移す。そしてトースターのスイッチをバネごと押し込んで加熱を始めた。目玉焼きはすでに冷たい。が、半熟なのでそのままでいいだろう。ドリップコーヒーはピッチャーに一度移してから冷たいミルクを注いだ。これだけはちょいと汗ばんでいる今ならかなりおいしいと思う。


「さあそろそろ朝食にするか」


「もう九時だけどね」


 俺たちは笑いながら二人で朝食の準備すると、二人で並んで座って食べ始めた。俺の皿に載っている焦げたバタートーストが食べたいというので少しあげたら「苦い!」と叫んで、もう一口分は要求してくる。そしてなんだかんだで二人で半分ずつ食べた。焼きたてのトーストはいつのまにか冷めてしまうくらい話ながらそれも半分こした。



















 笑いあいながら、ニュースを見ている。

 今日、何度も放送されているそれを俺は見間違いであってほしいと重いながら、朝のニュース番組をザッピングしている。そして今もほら、別の番組で同じ内容をやっている。



『――週末まで小春日和の陽気が続くでしょう。

 では続いて今日の「悪魔憑依デビル」のニュースです。本日未明――県――市の住宅街で「悪魔憑依」が発生しました。対象者は「赤城二子あかぎにこ」さん十三歳。大量の鉄の鎧の化け物とたいへん強力な雷を操る危険な「悪魔憑依」でしたが、たまたま付近を巡回していた特殊災害対策課デビルバスターズの活躍によって大きな被害となることはありませんでした。

 被害者は「悪魔憑依」の赤城二子さん、そしてその姉の赤城一子あかぎいちこさん十七歳の二人で、二人とも搬送先の病院で死亡が確認されました。たいへん強力な「悪魔憑依」でしたが特殊災害対策課の活躍により大きな被害にはなりませんでした』



 赤城一子が死んだ、らしい。



 実に俺の予感は当てならない。

 少なくとも今度からは確実に手を伸ばそうと思う。


 俺に、できる限りは。



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