1-6 悪魔祓い③
氷上雅弓は天才である。
俺が自分のことをそう感じるようになったのはいつのことだろうか。そんなに昔の話じゃないと思う。たぶん昨日のことだろう。それはいつだって昨日のことだ。まだこない明日じゃない。
とりわけ今の状態みたいな時に強く感じる。
四本の丸太槍が体を掠めて極大な擦過傷をつくり、回避場所がなくなったところに丸太槍の払いと叩きつけ。地面に引きずり倒されたあとにやはり丸太槍で全身狙われた瞬間だろう。
生きている。
それが俺の天才性の発露であり、ダメージを負っても気力が萎えないという類稀なる戦闘感性だといえる。俺も昔は殴られただけで気力も戦闘意欲も萎えていたが、今ではここまで成長した。敗北を積み重ねようが不利な状況に長時間晒されようが俺は戦う。
一撃。
一撃だけいいやつを貰った。
厚みが二センチを超える菱形の刃先を数センチほど体の中心に刺された。すぐさま体を捻って心臓への直撃を外すことに成功するが、体を捻ったことにより大きく肉がめくれてしまう。
さすがに堪らず退く。
巨大腕を自分に接続、そのまま地面を叩き、後方へと跳んだ。前衛の槍盾鎧が追撃をかける仕草は見受けられない。ただ隊列をしっかりと戻している。やりづらい。
――直後。
おびただしい数の強弓が放たれた。
それは直線で俺へと向かい、余剰で回避ルートを塞ぎ、そして駄目押しとばかりに放物線を描きながら面範囲で頭上から降り注ぐ。あまりの容赦のなさに乾いた笑いが浮かぶが、さすがに俺を弓矢で殺すことはできない。
驟雨の如く襲い掛かる矢を回避していく。
それはどうやって回避しているのかは、実際に行っている俺にすら理解できない。ただ見切っているだけなのだろう。それに体が付いていっているだけなのだ。
これが俺の言霊法で会得している矢除けだ。
実際、言霊法は伊達ではない。
こうやって適当に生きているだけでもそれなりの効果がある。
ただし、この現代において一生で何回くらい弓矢で攻撃されるのかはわからないが。
今、この場では「雅槍」という名前のほうが良かったと思えるくらいだ。
胸の肉がめくれているのでさっさと治癒させる。ズタズタにされているわけではないので結合自体は問題ない。それよりも体中の擦過傷――いや、やはり裂傷に近いか。それらの出血が気になる。しばらくは持ちこたえてくれるだろうが、いつまでもこのままでいけるはずもない。どこかで完全治癒させてからゆっくりと休まないと命に関わるだろう。
逆を言えば、まだ戦えるということだ。
巨大腕を二十四本用意する。
握り拳だけで身の丈もある不可視の巨大腕が俺を中心に出現する。少女側で特に目立った動きはない。どうやら俺の力場は知覚できないようだ。このレベルでも見切れないのか。いや、知覚類を鍛えていないのか。
十二対の左右腕を構える。
それは攻撃と防御を繰り返し無尽に行える絶対必要数だ。
少女が隊列を敷きなおし、武器を再構成する。どうやら強弓は排除されて強大弩と攻城大弩が装備されている。飛び道具なら効かないのでどちらでもかまわない。そして前衛が盾を廃した両手重槍と重槍盾の混合二種編成で千鳥組みになっている。先ほどよりも隙はできているが、攻撃力は上がっている。
前衛を突破しやすくなったが、前衛自体の数は増えており、前衛のすぐ後ろにはやはり重槍盾が横隊列を組んでいる。突破させて八方より串刺しにする予定なのだろう。
単純明快な強さに閉口する。
痺れるほどの戦闘感性。
俺たちのような専門の家で生まれていれば今頃はとんでもない力を持っていたことだろう。
しかし、そう考えるのも空しい。
少女の強さは環境がそうさせているものだ。
例えば日守で生まれていたらこの鉄騎軍団が使えたかどうか怪しい。もしかしたら鉄の剣と盾を生み出すだけの異能力になるのかもしれない。
異能力とはそういうものだ。
本人の欲しい能力がその「努力」でのみ開花する。
俺は、歩く。
走るでもなく、近づくでもなく、技術を使うそれでもない。ただ、しっかりと普通に家の中を闊歩するように優しさと雑さを兼ね備えた歩き方だ。
少女がある程度、威圧されているのであれば、迂闊な戦闘行動だと即断即応で攻撃される可能性がある。それはそれで構わないが、自分が放つ一手が自分が考える二手目に繋がらなければ強さの意味がない。それを求める価値が薄まる。
次の一手は俺からだ。
手刀の四連同時落とし、そして外側への四連同時払い打ち。
予想としてはこの最中に、前衛後列が突撃を行い両翼で攻めてくる、と思う。
二十四の巨大腕の内、八本縦横に振りかぶる。
俺の定めた式により柔軟で硬度のある骨格と強靭な筋繊維が付加されている力場が音を立てて握りこまれると、そのまま二対の両手が拳槌打ちを正面の空間に叩き込まれる。対象はあってないようなものだ。場所を開かせるための戦術攻撃なので、鉄騎兵どもの破壊は優先ではない。
ただ確実に陣形を崩す。
仮想神経から伝わるびりびりとした痺れる衝撃が脳に返ってくる。拳槌の衝撃だ。自前の拳ならば裂傷に近いダメージを受ける数値が返ってきたが、別に問題はない。確かに多少は痛むが、俺の式の操作性の関係でこの痛覚を遮断してしまうと巨大腕の感覚までなくなってしまうので、さすがにそればかりは譲れない。そもそも大した痛みではないので無視できる範疇だ。
巨大腕の力場を修復しながら次弾の攻撃タイミングを計る。できるだけ相手の攻撃最中、鉄騎兵が俺に近づいたときに攻撃を行いたい。
拳槌の巨大腕を上空へと引き上げて待機させる。
もうもうと土煙で霞む軍団をちらりと確認すると、やはり隊列を整えている。
――直感。
一対分の両腕を解き放つ。
内手刀で正面すべてを叩きのめす。もちろん通常よりも強化を行った。
音と共に現れる丸太と細丸太をすべて打ち払う。
強大弩と攻城大弩が一斉に飛来したのだ。
一対の巨大腕が無残に千切られて飛散した。力場としては定量を残したままだが、そのままでは使えず、また修復するよりも力場操作をカットしてから新しいのを作成したほうが早く確実で、エネルギーロスも少ない。
太矢はともかく攻城大弩で発射された三十の重槍と、二次効果の絡みつきでズタズタにされたのだ。
本来、ただの指向性エネルギーである俺の「力場」であるが、これは俺の「強い想像力」で「特定方向への力の動き」のみを指定で発生しているものだ。無駄に強い想像力と正確な式であるために映像が付加されていない。そのために「不可視」となっている。
直接斬撃や壁などはこれをそのまま流用したものとなっており、固定化や流動化によって起こる異能力だ。そのため指向性が破れればあっさりと霧散してしまう。
しかし巨大腕は別だ。
これは人体の「腕」に限りなく近づけているのでその動きに精密性と擬似重量を付加している。本来ならそれを複雑な式で動かさなければならないのであるが、強力な知覚類でしっかりと情報を集めたあとで自分の腕の計算経過を流用しているので驚くほど簡単に操作することができる。またそのために仮想的な神経が接続しやすく、俺が実際に使用できる技術が使用できるのが一番大きな部分だろう。
修復不可能なほど攻撃を受けるとその場に腕の破片が残るため、使用接続を切断するか修復するかの選択を迫られる。
簡単に言えば、バラバラにされたのに神経が繋がってビチビチと動いている腕の破片があるので、痛みを抑えて破片を拾って繋ぎ合わせるか、神経ごとすべて自殺させるかのどちらかを行う。だいたいは痛くないので後者を選んでいる。修復は性格的に合わない。めんどうだ。
追撃がくる。
自殺コマンドをしていない巨大腕の残りをかき集めて一枚の壁にする。ワイヤーの束をコンクリートに埋めたような雑なつくりだが、それなりに強度はある。
大小さまざまな槍が壁を貫く。
巨大腕の破片に残った神経からその状況を理解する。腕に無数のアイスピックを突き立てられる程度の痛みを受けながら両手槍の連中は攻撃に参加していないことを確信した。
俺は陣形を潰すどころか予想通りの返しがこなかったことを不満足に思いながら、ダメージを免れている巨大腕で攻撃を行うことにした。
それはまるで、上空から落ち行く隕石のようだった。
十一対、二十二の下段正拳突きが降り注いだ。
それは無造作と呼ばれても仕方のない完全な暴力にしか見えない。正面から大地を割りながら攪拌していく。少し前までいたはずの鉄騎を目ざとく潰していきながら、潰してひしゃげた鎧を掴んで戦闘馬車に投げつける。
鉄騎兵はすべてだ。
行軍するための地面が割られていくため鉄騎兵が移動できない。自重と足元という瓦礫に足を取られて満足に動ぬことができないのだ。先ほどまで小ざかしく整えていた隊列すら今では無惨な姿を晒している。
投げられた鉄騎兵が直線を貫きながら戦闘馬車に突き刺さる。
「――――ッ!!」
すべての声が掻き消される。大地を攪拌する巨大腕が生み出す破壊が声を壊していた。
少女が大声をあげて自分を鼓舞した。
なんらかのアクションだろう。
そんなことを考えたほうが早かったか。
少女が潰れた鉄騎兵を使って十メートルほどの巨人を作り上げた。わずか一瞬で作り上げたそれは雑な造詣のそれではない。十メートルを支えるための厚みと重量を持った強力な異能力であると即座に理解できた。
切り札か。
だが叩き潰す。
身の丈ある拳は伊達じゃない。
不可視の拳が防御させる暇もなく鉄巨人を打つ。
だが鉄巨人はもとより防御する気はなかったようだった。
巨大腕が触れた部分、拳が直撃した部分を剣化させると真っ向から突き刺してきた。
予想外だった。
鉄巨人が生み出した剣が、巨大腕を殺しにかかった。一瞬で三つの拳が割られる。割られるだけに限らず手首を裂いて前腕の半ばまでもぐりこむと力任せに巨大腕を圧し折った。
本来のただの力場であるならば割られようが折られようが圧搾できるが、これは「腕」という式で動かしている。そのために物理的な被害を受けるとやはりパフォーマンスは落ちるのだ。
拳を唐竹割りにされて圧し折られる痛みが襲うが、それくらいで止まるわけもない。
俺の攻撃が不可視の力場による攻撃であること、力場を破壊可能であること、破壊した力場は再使用が無理であること理解している攻撃だった。再使用は不可能ではないが、巨大腕の圧し折りを行ったということはそう考えるのが妥当だろう。
コストを支払うと継続する効果が使用できる。
わかりやすい一般的な考えだ。おそらくは少女がそういうシステムで異能力を使っているのだろう。
しかし鉄巨人はヒトガタにも関わらず自動人形として扱わずに、罠用武器として扱っているのは、このときに限っては上手い考えだ。どうやら俺が好戦的な性格であることを理解して単純なトラップとして利用しているとわかる。
生意気にも反撃で巨大腕を三つほど潰されたが、そのまま鉄巨人は鉄くずへと変わった。そのまま鉄くずを原型を留めていない戦闘馬車に飛ばす。ごろごろと転がるように鉄巨人のなれの果てが戦闘馬車に叩きつけられると、少女が跳躍して離脱する。
だが少女も諦めてはいないようだ。
両手槍の突撃が俺本体を狙って突き進んでくる。宙でも飛んでいるのか、地面を踏みしめずに突き進んできた。さすがに体で受けるのは無理がある。俺は巨大腕のいくらかを防御に――攻撃に回す。
巨大腕は三本潰されたが、一本は修復した。
二十一本は動かせる。
二十一本のうちの半分に当たる十一本を再度、俺の正面から今度は下段貫手突きをさせていく。さすがに攪拌能力は低いがそれでも確実な攻撃力が存在する。力場の磨耗も早いが貫通力が高いので鉄騎兵をすぐに破壊できるはずだろう。
敵への攻撃は確実に行う。
その一撃一撃に必殺を込めて貫手が両手槍の鉄騎兵を襲う。
だが、そう簡単にはいかなかった。
「なにッ!?」
鉄騎兵をかばうように地面から巨大な剣が生えた。
貫手に対して垂直に突き立つように指の隙間にもぐりこんで前腕を切り裂き、やはり圧し折る。カウンター好きだな、こいつ。
十一の貫手のすべてが一瞬で迎撃されて破損する。
……破損、か。
正直、自殺廃棄にはもったいなく、修復するには時間がかかる。
俺のことを知っているのかと疑うほど、絶妙な方法だった。これならば確かに逡巡する。
残りの十の巨大腕を強く意識した。
逐次投入になってしまうが、この際はそれでもかまわない。硬く拳を握りこんで叩きつける。
しかし、やはり攻撃の最中に生えた巨大な剣で割られる。握りこんだ拳は一本程度の剣で破損することはなかったが、すぐさま近くの鉄騎兵が飛びついて巨大腕を破壊するかのように大量の棘へと変化して襲い掛かってきた。
すべて、迎撃された。
二十四の巨大腕がすべて使用できなくなった。無理やり動かすこともできないことではないが、それでは修復や再構成に集中できない。
不可視の腕に向かって攻撃を仕掛けてくる少女にも脱帽だが、破壊できるからとわかってそれを実行するのも凄まじい。しかもこちらではわからないが、不可視の巨大腕を的確に破壊している。
仕方なく俺は三尺一寸の刃を抜く。先ほど作ってから分解していなかったのでずっとそばに置いていたものだ。
幸い少女も息切れなのか剣が俺を襲うことはない。
攻撃を鉄騎兵に任せて、迎撃という繊細で精密な反射を使用する技術は自分で行う。なかなか考えられている。俺に攻撃をしている間はまた体勢を整える時間に当てるつもりなのだろう。
抜け目のないやつだ。
俺は三尺一寸を右手でふわりと握る。左手で固定――
――できない。
左腕の治癒が終了していない。
ついでに言えば治癒ができていたのかと言われれば、それも怪しい。
しかたなく両肩で担ぐように右手で構え、腰を落として構える。
重槍突撃が俺の体の中心を狙ってきた。
俺は刀を振るい重槍の刃先を掠めさせる。そして重槍の刃と柄を滑るように浮かぶように跳ぶ。
力に逆らわずに俺の体は押されながら、鉄騎兵の懐まで潜る。相手のほうが近づいていてきているのですれ違う寸前、もしくは轢かれる寸前であるといえばわかりやすいか。
季節外れの風鈴が鳴るような小さくそれでいて響く音がふわりと広がる。
斬られた。
おそらくは重槍突撃が俺を通過してからその事実に気づいたのだろう。少女が回避コースに突っ込ませていた両手重槍の鉄騎兵をすぐさま戻して俺に突撃させる。
少女が鉄騎兵に行わせている「予想回避を前提とした攻撃運用」の戦術が地味に効いていた。全員で俺を焦点攻撃するのではなく、回避を見越して整列突撃を行う。これのせいで俺が使用する技術の「回避からの反撃」が不可能となっている。無理やりできなくもないが、満身創痍の俺が更に傷を負うのは、それこそ避けたいところだ。
鉄騎兵が転回を行ったせいで速度が落ちたのを見計らうと、自分から近づいて相手に加速を行わせず、右手に握った刀を重槍の刃先に垂直にぶつけた。切れ味のほうはこちらのほうが上である自負がある。俺はあまり使わない小型の力場利き腕でしっかりと角度補正をしてから左手の代わりに握りこんだ。これは自分の手と同じ働きをする程度の力場だ。はじめからこれで攻撃したほうが早いと思うだろうが、錬度不足により自身の腕で攻撃したほうが効果が高い。そしてあまり使わないせいで式の改良が行われない。
厚みのある金属にゆっくりと通り抜けようとする刀が、俺の研ぎ澄ませた知覚類の中で微細に感じることができる。それを余すところなく記憶に収めながら、あるかどうかもわからない次のための資料として脳に保存しておいた。
衝突した武器が音を交わす。重槍がたわむ。二つに分かたれていく重槍がその金属のねばりと重量、俺の一撃による運動エネルギーの相殺によって、その場でたわんでいった。穂先を綺麗に半分割しながら、そのまま柄を切り裂いていき、さらに延長線上にある、鉄騎兵自体も滑らかに裂いていく。
これで二つ目。
そのまま三つ四つと同じように斬りつける。かなりの集中力が生まれているのを実感できていた。やはり実際に武器を持って攻撃するほうが性に合っているのだろうか。いや、それはいけない。その戦い方は明らかに弱い。できるだけ短い時間でできるだけ広範囲、できるだけ高い威力の攻撃を行うことこそ「力」であるといえる。
俺はその思考を――思想をを中心に自分の「力」を成長させているに過ぎない。
どこに行くかなど知らない。
ただ進むだけだ。
十三秒の邂逅が終了する。
純粋な殺陣を見ているかのような動きですべてを斬り捨て終えた。一体に手間取ると二体目の応援がくるので時間はかけられない。相手の動きを見切って真っ二つに斬ることがすべての時間だった。
相手の大きさや武器、技術、状態、状況から次の攻撃を予測する。内的時間を細かく刻みながら相手の動きに合わせて必殺の構えに移行して斬る。その場合、辺りの他の敵に対応した位置と角度を陣取りながら残心を効かせて次に備える。
自分よりも格下の武器術使いにしか効果がないが、一撃必殺の威力を持った攻撃が使えるのであればなんとかなる。戦場作法が役に立つ数少ない技術のひとつだ。個人的にはそんな馬鹿な思考でずっと戦い続けるとか頭がどうかしているとしか思えなかったが、時間を限定したらなんとかなる気がする。
実際、今はなんとかなった。
確実性のない動きだったが、「なんとか」はなった。
……もしかして「確実に成功するレベルの技術錬度」はいらないのだろうか。
残っているのは俺と少女のみとなった。
倒していない鉄騎兵もいたのであるが、いなくなっているということは少女がその存在を解除したのだろう。指揮官の風貌で厚みのある長剣を手にした少女がこちらを見ていた。
俺は満身創痍だ。
左手の修復など半分も終わっていない。砕けた骨を直してこれ以上の出血をさせないために傷口を塞いだだけだ。裂傷なども傷口は塞いだが、筋肉や一部の神経は切断されたままだ。肋骨など折れっぱなしで我慢がものを言っている。
対して少女はほぼ無傷だろうか。
俺と同じ異能力の行使方法であるなら多少は集中力を使って疲れているだろうが、その程度だ。マジックポイント法ならまだまだいけるだろう。たとえ空っぽだとしても本人はまだいける。自然回復力を生かして近接戦闘にシフトしたらまだ持つ。
まあ、その場合は近接戦闘に多少の覚えがある俺が勝つだろうか。
どちらにせよまだ勝負の行く末はわからない。
少女が動いた。
どろり、と融けるように装備している鎧すべてが霧散する。
その後には胸部分を斬られたセーラー服を着ている少女が現れた。
その瞳には真剣なそれが宿っている。
俺は「ああ、最後の攻撃か」と胸中で喚起の声をあげると、力場でさっさと壁を作り上げていく。先ほど見た千鳥組みの隊列に感化された新しい防壁だ。
長方形で少々厚みのある長方形の板状の力場を千鳥組みに並べて「破壊されるための壁」を作る。力場の間に空間をつくり攻撃の衝突エネルギーでわざと壁を砕かせて止めるやり方だ。これが効果があるのかはわからないが、通常の厚い壁の前に大量に敷設して置けば多少は効果があるだろう。
なにより発動と維持が「軽い」のがいい。
結局のことろ人を殺傷せしめるには、大体において物理的な作用が必要不可欠だ。手近に落ちていた消火器で相手の後頭部を殴るのも、力場を剣のように薄くして斬撃を行うのも根本的には何も変わらないのだ。そのために「運動力の減衰」をそろそろ真面目に考えるべきなんだろうと理解する。
それを今やるべきか?
いや、やるべきだ。
現在の集中力は通常よりも高いはずだ。満身創痍でこちらが殺される可能性も十分に存在する。その状況で集中力が通常よりも高まらないのであれば、そろそろ一度くらい死に掛けるべきだろう。
あとは相手の動きに合わせて攻撃焦点を見切って配置するだけだ。
俺は、視る。
少女は怖い目つきでこちらをじっと見続けている。
そして、ゆっくりと屈み地面に手をつけようと伸ばす。
クラウチングスタートか?
俺は力場を少女と俺を結んだ直線として仮配置する。まだ何かをしてくる可能性もあるから油断はならない。
細心の注意を払う。
まさにその一挙手一投足と確認して次の攻撃の予想を続ける。
それは頭の中で無数に並んでいった。パラパラ漫画のようにひとつの想像を基点として無数の派生が生まれていく。クラウチングスタートからの突撃。クラウチングスタートからの突撃を囮とした遠隔巨大剣攻撃。地面へと潜る。実は俺の後ろにすでに見えない鉄騎兵が構えている。
考え出すと限がない。
だが状況的に山を張るのであれば物理接触による攻撃が濃厚だ。
今まではその攻撃だけだったからだ。
もちろんそれ以外に対策を練っていないわけでもない。
即座に別に移れるように曖昧気味な力場配置で加減を見る。
少女の行動が進むごとに次々とこちらも構えを変えていく。
少女はゆっくりと動いている。まるでこちらに注目してもらいたいかのように。
膝をついた。反対の膝も付いた。脛を地面に貼り付けて、そして両手も地面に置いた。
……これは、この構えは。
まさか、そんなはずはないのではないか。
それを使うのはもう少し後ではないのか。
もう、それをするのか。
俺は少女を、見る。
少女は両手と両足を地面につける構えをしている。
そしてゆっくりと、本当にゆっくりと口を開いた。
俺をわずかにでも刺激しないように。
「ごめんなさい。ゆるしてください。死にたくないです。ごめんなさいごめんなさい……」
少女はぼろぼろと涙を流しながら土下座をしていた。