1-5 悪魔祓い②
多少、本気を出すことにした。
なんの冗談でもなく本気を出したら俺が勝つだろう。問題なのは俺の勝ち方だ。俺のレベルを、位階を上げるのが俺の目的だ。
そのためなら負けることだっていとわない。
運悪く死ぬことすらしょうがない。
現実はトーナメントじゃない。
別に負けても終わりじゃないのだ。まだまだ先はある。
ザコとは戦わなくてもいいし、自分よりも強者には自分のなかで敗北宣言を行っていればいい。
自分が認識していればいいのだ。
強さも、弱さも。
そしてただ、自分が弱いのは我慢できない。
だから強くなりたい。
そこにいるだけで相手が戦おうとしない。
それこそが最強の証であり、最高の舞台であり、最大の高みだ。俺はそこへ到達したい。
細かい矛盾など埒外だ。
俺は前に進む。
俺の目の前で少女が鉄の門を圧縮して固めている。
門扉がすべて圧縮されてピンポン玉の大きさになった。質量が変わっていないのであれば一トンは下らないか。
セーラー服の少女は逆巻く風ので舞い上がるスカートの裾を押さえもせずにその鉄のピンポン玉を俺へと弾いた。
高速で飛来する鉄球。
確かに速いが俺にしてみれば回避は難しくない。むしろ回避してからが本番なのだろうな。少女はそんな笑みを浮かべていた。
……しかし、青の縞模様か。なかなかオタク寄り、でなければ実に少女趣味な高校生だな。友達と買いにいくとき恥ずかしくないのか、こういうのは。あ、いや、待てよ。もしかして友達がいない系のぼっち魔王なのぬうううううううううぅッ!?
鉄球が直撃した。
普通に回避が遅れた。
少女は、俺が鉄球に当たるとは思っていなかっただろう。驚きの表情で俺を見ていた。
俺の体の中心を狙ってきた鉄球を畳んだ左腕で受け止めている。左肩が外れて筋がブツブツと音を立て、前腕の骨がくの字にへし折れて砕けるのが、直撃して二秒経過しても運動エネルギーを消費し尽くしていない物理作用を通して恐ろしいほど理解できた。
ついでに、全世界の異能者に対してとても申し訳なく思う。
すまん。
「ふ、直撃してこの程度か。防御はいらんな。俺の肉体だけでも十分すぎるほどに持つ」
強がりを言っておく。
あまりの衝撃瞬間にまともな防御を講じることができなかったが、この程度なら治癒可能だ。あばら骨が三、いや四本折れてるな。状況から考えると奇跡的な軽傷だ。運が良かった。
本当に運が良かった!
頭を狙われていたら即死だった!
本当に運が良かった!!
少女が威圧された表情を向けてくる。
彼我戦力差を図るためにこんなことをしてくるやつは稀だろう。むしろ俺も見てみたいくらいだ。
肺に空気を溜めるととんでもない痛みが俺を襲うが、痛覚遮断は俺の十八番だ。強力な精神力で痛みを抑え込む。さすがにそれでも肉体的なダメージを無視することは不可能であるが、気力が萎えなければまだまだ戦える。
それに位階が常人とは違うことが大きかった。
通常の人間だったら即死でも俺やリキマルだったら何とかなる場合がある。たとえば九ミリパラベラム弾頭で俺を殺すにはあまりに力不足だ。皮膚や肉で止まってしまう可能性が高い。もちろんそれは目の前の縞パン魔王も同じことだ。本気で殺そうと考えるのなら対戦車ライフルの直撃を後頭部から当てないといけない。だが、得た能力が防御寄りであれば、それで殺せるかも怪しいものだが。
いや、そもそも脳を破壊された程度で異能者が死ぬのだろうか。からだの弱いやつなら死ぬ可能性はあるだろうが、基本的に再生能力を有している場合がほとんどなので、まず無理だ。
棒が飛んできた。
大量の棒。金属の棒だ。
長槍のときのように穂先を向けて投擲しているのではなく、それこそ面攻撃で、突風で高所から落ちてきた鉄筋のように、俺目掛けて大量に飛んできた。
防御ができないわけではないが、これはおそらく――
俺は全力で左へと跳んで回避する。
できるだけ出血を抑えて傷の把握をしていたのであるが、さすがに手当てをさせてくれるわけではなさそうだ。俺は傷が負担にならないように力場で補強してから全身に力を込められるようにする。さすがに左腕は使えないが。
俺の高い身体能力でなんとか避けることに成功した。おそらくだが、俺が直撃を受けたり下手に防御しようものなら追加攻撃が発生するだろう。
例えば棒が形状変化して俺の大盾に巻き付いてから、大量の槍や棘を貫通させようとする。そんな基本的な技が襲うだろう。
地面へと叩きつけられる大量の金属棒。
わずかな埃を撒き散らして、金属棒がその場で転がった。特に目立った何かは目に付かない。
やはり単純に金属を転がしているだけ。俺が隙を見せれば罠として再起動すると考えた方が自然だ。
直接斬撃を連続で放つ。
しかし少女の前面に展開された金属製の壁で防がれる。わずかに切り裂いたところで直接斬撃のエネルギーが切れてそれ以上に傷が進むことはない。
もう断言してもいいか。
少女は金属を操る異能者の一種だろう。炎や水といった元素を操る異能者の亜種で物理作用を基本としている基本的な連中だ。
ちなみに俺も元素を操る異能者に分類される。
壁を切り裂くつもりで、本気の直接斬撃を放つ。
甲高い音を立てて大盾が真っ二つになった。断面も切断によって切り裂かれたことを喜ぶかのように美しい切断面を見せている。
そのまま少女へと斬撃が向かう。
しかし少女にはわずかにセーラー服を切る程度にとどまった。本気で斬ったつもりだったが、どうやら向こうのほうが出力と性質を合わせた数値が高いらしい。壁を造り出されては攻撃が届かない。
言い訳をするのであれば、技に込められる力の量が決まっているので、「直接斬撃」程度の式ではあまり威力が出せない。「X+1=2」の式は何をやろうとその解法は多くない。明確にすればするほどその発動速度や能力発動成功率が上昇する。複雑化させるのは勝手だが、頭の悪いやつがそんな式を組めばその能力は劣化していく。
現状、俺の直接斬撃を止めたということは、それなりの精度と出力を維持しているということだ。
日守の使えない底辺どもと違って独創性を排除した簡潔な証明だ。長槍や壁に刻まれているほんのわずかな戦闘装飾が少女の個性を現している。
少女は金属壁を切り裂かれたことにわずかな驚きの見せたが、そのまま俺を睨んで攻撃を繰り出す。
切られたセーラー服の正面がはらはらと踊っている。服は切断したようだか、その奥に覗く灰色のブラジャーは傷ひとつついていないようだ。汗をかきやすいのか、その肌は少しだけ上気しており陽光を反射している。
空中に小さな槍が浮かび、それが無数に分かれると槍の柄を中心として高速で回転する。
その大きさが少しずつ増している。
さすがにそのまま攻撃させるほど手が塞がっているわけでもない。
直接斬撃を連続で放ちながら距離を詰める。
おそらくだが、近接戦闘を得意とするタイプではないと見た。
本来軍団は自身を指揮官とする場合が多い。稀に能力任せの無能がいるが、稀だ。その指揮官には大きく分けて二通り存在し、前線指揮官と専業指揮官が存在する。
前線指揮官は自分を攻撃の中心として戦術を組むタイプだ。
専業指揮官は配下を作り出してそれを攻撃手段とするタイプになる。
ちなみに後者は大量の配下だけを戦わせるために万能感に支配されて無能な王様になる可能性が九割を超える。そのため悪魔化した場合、格上と戦いやすく、そして死に易い。無能タイプはまず見ることは適わないだろう。
少女はおそらく専業指揮官型にも関わらず持ち前の防御力で前線指揮官の真似をしているのだろう。本人の攻撃精度があまりに低いのだ。あくまでも魔王としてみるのであれば低いだけだが、普通の異能者として見るのであれば十分な力を持っている。
そのほとんどの槍を撃墜して接近するが、俺の正面に金属の壁が作成される。即座に直接斬撃を叩き込むが力を込めたそれでも大きな破壊とはならなかった。
タイムロス。
遠見で少女が撃墜し損ねた槍に大量の力を注いでいるのが見てわかる。恐怖と万能感のアンビバレントフェイスで驚異的な集中力を引き出している。
破壊できないことを確認すると、速度を緩めることなく右へと曲がる。右からの迂回だ。
新しく金属壁が出現する。
さすがに今度は叩き斬るために大きく力を溜めていた。
「お前が槍なら、俺は剣を見せてやる」
高密度、極繊細に力場を操る。
俺が唯一持っている武器だ。
式を発動させて外形を生成する。外形に合わせるように力場を強制的に圧縮して芯を構成した。そのままいくつもの別の式を使いながら肉付けと圧縮を繰り返して、最後に毟り取るように何もない空間から、確実に何かを抜き出した。
不可視の実体剣と便宜上で名前をつけているが、そのネームセンスにあまりパッとしたものを覚えないので、いずれ改名することになるだろう。
俺は確かにその三尺一寸の刀を握った。
まるで空を持ったような右手を肩に担いで、正面の壁に目掛けて振り下ろす。
何度も繰り返した基本的な斬撃のひとつ。本来は「とんぼ」と呼ばれるそうだが、残念ながら「構えが構えてる」と口酸っぱくして駄目出しされたために、その名前をもらえなかったただの上段斬りだ。
十分な重量と速度が乗った一撃が金属をほんの少しだけついばむ音がした。
確実に斬った。
その手応えがある。
金属壁は俺の作成した剣力場によって確実に切断された。
瞬間、別に用意していた俺の力場が俺の動きを追走していく。
三十七尺を超える巨大な十二本の刀身が俺の背後で浮き上がる。巨人がその両手で刀を握りこんでおり、今まさに振り下ろす寸前だ。
当たれば死ぬ。
そう思わせるだけのエネルギー量が俺の軌跡をなぞる。
俺の打ち込んだその精度のまま、ゆっくりと二つに斬られて死んだ壁に鞭を放つように振り下ろされる。力の焦点は金属壁だが、その破壊エネルギーの方向は正面へと――
切断、衝撃、爆発、振動、の十二連続高速攻撃で何もかもが粉々に吹き飛ばされた。
金属壁は大量の欠片となって辺りに飛び散り、同時に粉砕された地面の土や車両用舗装路といっしょに攪拌されていく。爆風をを伴って巻き上げられた粉塵がすべてを覆い隠し、どこに何があるのかすらわからないほどだ。
俺は煙を吸わないように全身を軽い皮膜のような力場で覆い、黄土色の煙を吹き飛ばすために板状の力場を使って渦を生み出して風を吹き飛ばす。
無論、余波は少女の方まで届いただろう。
それは無策であれば少女をズタズタに引き裂いて絶命させるだけの力を持っており、間違えることのない完全な殺意を持った攻撃であったはずだ。
少なくとも、そう伝わったはずだ。
大量の煙が晴れて、先と変わらない廃坑前敷地内が現れる。
もちろん俺の攻撃によって多少は地形が変わっているが、些事だ。本当につまらなく、取るに足らないことだろう。
――――人影が悠然立っていた。
予想よりもだいぶ離れた場所にいた。
暗夜に染まった漆黒の完全兜に指揮官を現す赤色尾羽なく、艶のある黒髪の房を思わせる金属糸が伸びている。黒髪のかかった肩口は幅広剣を簡単に弾き返してしまいそうなほど厚みのある大きな肩装甲が乗っており、外向きに刃を尖らせている肩装甲補強がしっかりと支えていた。
前腕装甲は弧状の半連環に鎖を縫いこんだものであり、それを噛み砕くかのように指先へと伸びる凶悪な爪握りを持った篭手が極厚の長剣の柄に手を置いて切っ先を下方へと伸ばしている。
その柄の奥にある胸甲に、呼吸によって上下している蛇腹の前甲は更に暗赤色の腰巻が草摺の代わりに巻かれている。
その下にはわずかな露出もない腿甲、膝甲、脛甲、甲靴と続き、そして――
――そう、巨大な装甲戦車の壇上に悠然と立っていた。
指揮官用の壇上に立ちはだかり、ゆっくりと長剣を胸前で天へと構える。
そして長剣を俺の方向へと振り、止める。
「……全軍、前進」
完全兜の視界溝からくぐもった少女であろう声が聞こえる。初めて聞く少女の声にほのかに好意を寄せてみるが、なんの意味もない。ただむなしい。
ガシャン……
鎧が歩き出す。
重い足音だ。まるで鉄の塊だ。
鎧装備だけでも重さは一トンは下らないだろう。
それだけの装備だ。
ガシャン……
少女が歩き出したわけではない。
ザリン……ザリン……ザリン……
続く足音が重い鉄の塊をいくつも同時に落としているような音へと変わる。
鎧のそれぞれの装甲が擦れてジャリジャリと嫌な音を立てている。
ひとつだけじゃない。
いくつも、いくつも。
千の鎧がいた。
千の鎧が歩いていた。
千体もの重装甲の鎧がそれぞれで俺を狙い、間合いを詰めている。正面に位置して前進してくるやつら意外にも両翼に位置取って動かないやつらや、装甲戦車の前で少女を守るように立ちはだかる文字通り鉄の塊だ。さすがにないと信じたいが、中まですべて鉄製であったらどうしようか。
ありえん、とは言わないがかなりの実力者らしい。
普通はこれだけの配下を従えるのは相応の場所で研鑽を積んだ実力者だけだ。素人でもできないくはないが、できなくはないというだけで、事実上無理だと断言していい。
素人が陸上競技で国体強化選手に勝利するようなものだ。
ひしめく鋼鉄の軍団が俺へと歩いてくる。
遅いので逃げようと思えば逃げられるだろうが、それは俺の矜持に沿わない。このまま確実に叩き潰すことこそが俺の真価だと決定付ける。
「……目標、魔王級。大盾、重槍を構え」
少女の声と共に正面をただ歩いているだけだった二十の鎧達の両手に大盾と重槍が生成される。一糸乱れぬ動作で大盾を前面に突き出して側面の槍支えに重槍を載せて構える。
もちろん前進速度に遅延はない。
これはだいぶ強いか。
俺は胸中で叫んだ。
だが倒せないことはないだろう。
結局のところ少女を倒してしまえば問題はない、はずだ。きっと。
死んでも残り続ける呪いのような技もあるが、それも極めて稀だ。死んだ後に発動する技を開発するくらいなら、生きているときに効果を及ぼす技のほうがまだ使える。
もしそんな技を開発し続けているようなやつがいるのであれば、それは相当な覚悟や信念や恨み辛みを持った死ぬために生まれてきたやつだ。
仁王立ちする俺に重槍が重なる。高速を持って突き出したそれを俺は直接斬撃で弾く。
弾けなかった。
即座に回避する。
即応して残りの重槍が俺の回避場所へと殺到した。
治癒の最中であったためか、単純に俺の弱さか、さすがにすべてを避けることは叶わない。