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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1ー4 悪魔祓い①

 自転車が疾走している。


 ごく普通のカゴ付のママチャリだ。大部分を異能力でカバーしているので蹴っても壊れなくなっている優れものだ。そのためかなりの速度で走っていてもガタつくことなく走れていた。


「日守から自宅に帰るのめんどくさいなー」


「お前、任務先の千葉から日守まで走ったあと、こうして帰りにお前の自転車をこいでいる俺に対して何かかける言葉はないのか? しかもその前は不眠不休で悪魔祓いやっていたんだぞ」


「雅弓なら大丈夫だって。そうだ、そこのサービスエリアのご飯が美味しいんだ。寄っていこうよ」


「アホ、そろそろ目的地に着くのにこの辺りでウロウロしてられるか。魔王の目的も知りたいからな。到着したらすぐに作業に移るぞ。わかったな」


「えー、ご飯食べようよ」


 俺はリキマルの声を無視する。

 二人でいるときは妙に甘えたような声になるこいつを適当にあしらう。俺はどこかのコンビニでパンでも買うことを考えながら足に力を込めた。


 現在は関東圏の高速道路だ。

 初めて通る道なのでどこにいるのかはわからない。標識に県名も明記してほしい。たぶん静岡か神奈川だ。


 そして光学迷彩ステルスを使って反対側の風景を自転車に投影して移動中だ。もうちょっと正確に言うなら箱状の力場を自転車に被せてそれに投影している。わりと雑なので同じような異能者なら即座にバレるだろう。ちょっと注意深い小学生でもわかるかもしれないが、運転手には見間違いくらいですまされる程度の思考割り込みだ。いけるいけるって。


 現在はレーシングカーと同じ速度で走行中だ。

 きっと大丈夫。


「よし、高速から降りるぞ」


 俺は力場操作で緩やかな坂道をつくり、高速道路の壁を越える。それから地上十メートル下の普通道路へと落下するように着地した。


 適当に車道を走行しながら光学迷彩を解除する。

 突然現れた俺たちに驚いた後ろを走行中のトラックが運転を誤りかけたが、なんとか急ブレーキで事なきを得たようだ。即座に聞こえてくるクラクションを背景に俺たちは道路を進む。


「ん? 発信魔法アンカーが失敗してるんじゃないか。こんなところに廃坑なんてあるのかよ」


 布に織られた呪陣で対象先の大まかな距離と高さがわかる感知魔法サーチを確認しながら俺はつぶやいた。発信魔法を場所や物体の対象に打ち込み、感知魔法でその場所がわかる一般的な術法だ。個人によって簡単に対象識別アドレスが設定できるので、めんどくさがり屋でなければ無限につくれる。誰が制定したのかわからない技術であるので「魔法マジック」の分類だ。


 全部、根幹は同じなので「魔法」で統一したらいいと思うのだが、フォーミュラが違うと出力や効率、抵抗、理解が違うのでそうもいかないらしい。


 あと自分がつくった魔法に自分だけの名前ブランドを立ち上げて歴史カテゴライズを作りたがるはどこもいっしょだ。神聖変異、魔術、神秘、進化、重力、電磁波、強弱とすべてを分類分けすることで形作られるものもある。


 力の指向性と出力だけをすべての方向に使えば、それは球体のような形や力に見える、ような気もする。誰かが「そうだ」と肯定するだけで、自分が「自分を肯定」するだけでもその力の伸び具合には雲泥の差がある。


 ズレたな。


「リキマル、これは合ってるのか?」


 左手で握っている陣布を後ろへと見せる。俺の胴を思い切り掴んでいるために見せづらいし、おそらく見づらいだろう。


「さあ? けど瑞香がくれたものだよ」


「まともな品物じゃないな、これ」


 俺は瑞香を信用していない。

 いや、信用している。


 なんといえばいいのだろうか。

 あいつはあいつなりの正義か信念があり、それに基づいて動いている。極端な話をすると俺たちが生きているのはあいつが「必要」だと思っているからであり、死んだほうが自分の正義に適うと思っているならば「不要」として俺たちは殺されているだろう。


 少なくとも、一人、俺が感知した範囲で死んでいる。

 それは瑞香の行動であり、瑞香の意思であり、瑞香の異能力により殺害されている。


 圧倒的な暴力。

 見えなければそれは暴力ではなく、整然と振るわれると、やはりそれは暴力ではない。


 その自分本位の瑞香がくれた物品と、探し出した依頼だ。

 まともじゃないだろう。


 それくらいは、俺は自分の性格と行動を認識している。


 道路を左折した。

 俺の着ているバスタオルの裾の端っこが風で揺れた。リキマルがバスタオルを押さえつけるように掴んでいるのでほとんど揺れない。


 たぶん、二人だと揺れないのだ。


 そのまま自転車が進む。

 妙に嬉しそうなリキマルの顔をちょくちょく見ながら、ごく普通の地方都市を進んでいく。

 特に理由はないがコンビニに寄るのは止めた。

 たぶんリキマルもそれを望んではいないだろう。


 十分ほど走ると辺りが落ち着いてきた。

 店の数はゆっくりと減っていきマンションやアパートの数が目立っていく。遠見クレアヴォヤンスを遠くまで飛ばして辺りを確認する。上空から俯瞰すると住宅地が多いのがわかった。ベッドタウンにしては規模が小さいと思ったのだが、目的地の方向へと視線を延ばしたら重機や平地の数が増えていくのがわかった。どうやら開発途中のようだ。


 目的の廃坑は中学校の裏手にあった。


 コの字型になっている正面にグラウンドがある中学校。その裏手に潰れた山がある。カルデラのように盆地になった場所で、そこが目的地の廃坑だった。


「中学校ね」


「何か問題でもあるのか?」


 俺のつぶやきに返答するリキマル。話し方が変わっている。


 中学校前で自転車を止めたのでリキマルの表情がキリッとしたものになった。なんなんなんだろう。こいつ。


「最近、行ってないなと思って」


「え、雅弓って学校に行ってるの!?」


 こいつ超失礼なやつだな。


 俺が半眼で睨みつけるとリキマルが慌てたように手を振る。


「あ、いや、だって、雅弓ってすっげー頭がいいじゃん! 学校に行ってないと思った!」


「学校には頭の良さを鍛えるために行くものじゃねえよ。とりあえず黙って十二年は学校に行け。教養を身につけるにはそれくらいいるだろう」


「あ、う、うん」


 ばつの悪そうにリキマルがそっぽを向いた。

 確かこいつは休んでばかりでまともに学校に行っていないはずだ。頭の悪い小学生に見えるが、れっきとした中学三年生のはず。俺よりも背が高いはずだが、大きくなったのは背丈だけのようだ。


「そういえばお前、飯を食ってるのか?」


 体を密着させていた後なら感触も覚えているのでわかるが、あまりに貧弱すぎる。女としてどうこうの域を超えてしまっていて、すでに脳萎縮を心配するレベルだ。きっと俺の言葉なら聞いてくれるだろうから、こいつと三ヶ月くらいいっしょに暮らして栄養状態を管理したほうがいいんじゃないだろうか。別に詳しくはないが俺と同じものを食べていればなんとかなるだろう。


「あ、それは食べてるよ。昨日はおにぎりを三個食べたし」


 期待できない返答がきた。


 ……どう受け取るべきか。


 昨日一日だけでおにぎりを三個だけ食べたのか。


 昨日の一食で常におにぎりを三個食べたのか。


 前者だろうな。


 なんで俺がわざわざ人様の栄養状態を考えなくてはならないのか。

 いや、わかりはする。

 こいつは俺に少なからず好意を持っている。あまりに未分化で雑な恋愛感情であるが、それでも好かれて悪い気はしない。わずかなりともそれに応えてやるくらいの度量は持ち合わせているのだ。

 わずか、ではあるが。


「なあ、雅弓、オレさあ……」


「待て。見つけた」


 モジモジと俯いているリキマルを静止させると、俺は自転車にまたがった。


「リキマル、乗れ。魔王を見つけた」


「え、え?」


 リキマルは困惑しながらも俺の言葉に従って自転車の後部に乗った。リキマルの重心が自転車で安定したのを確認すると、俺は即座に走り出した。


 陣布が燃えた。

 一瞬で灰になる。向こうが俺の使っている対象識別を見つけて強引に焼いたのだ。発信魔法と察知魔法は簡単な魔法だ。対象識別も適当に探せば見つかる程度のものだが、まさか向こうに感知されて数秒で焼かれるとは思わなかった。


「雅弓、すげえなあ。もう魔王を見つけたのかよ!」


 状況を飲み込んで俺に尊敬のまなざしを向けてくるリキマル。その視線が多少は痛い。やはり状況を飲み込んではいないのかもしれない。どうなんだろうか。


「そこの中学校や住宅地、そして二区画ほど離れた高校に遠見を行っていたらそれらしいのを発見した。確実性はないが、たぶん当たりだろう」


 中学校の角を曲がり裏手の廃坑へと急ぐ。


 あそこは俺レベルの遠見では見通せなかった。

 つまりなんらかの結界魔法がかかっているのだろうと推測できる。ついでにいえば人払いもかかっているといいな、そんな憶測の元で向かっている。


 あまり全力で扱いでしまうとタイヤと地面の摩擦係数を超えてしまって滑るので手加減している。今はあまりにもそれがもどかしい。もっと速く進めよ。


「ところでさ、雅弓」


「なんだ」


 ちなみに中学校の裏手といっても廃坑までは直線距離で数百メートルは離れている。かなり大きく敷地が取られているので内部までは距離があるのだ。

 それだけ広大な敷地のために最近の都市開発になるまで予算が確保できず、放置されていたのだ。そして最近になってようやく下見をしていたら魔王の根城になっていたというよくある図式になっている。俺たち「日守(悪魔祓い)」はそれを駆除するのが基本的な仕事のひとつだ。


「なんで急いでるの?」


「ああ、そんなことか。ひとつはアレだ。目的地が結界になっている可能性があるから、誰もこないようにそこで戦いたいということ」


「うん」


 ギャリギャリと音を立てて自転車で二輪ドリフトを行う。

 スタビライザーとして俺の力場で車体の支えを行って廃坑の敷地内へと入り込む。厳重に閉ざされた入り口があったのでそれを飛び越えるために、多少無理をして自転車で跳躍を行った。


「二つ目はアレだ」


「うんアレ」


 自転車に乗っているときだと話し方が変わるのだが、別に自転車って二人きりというわけではないよな。よく考えたら。


「正確には見つかったんだ。俺が、魔王に」


 瞬間――


 俺はリキマルへと手を伸ばし、リキマルも俺を掴む。


 跳躍。


 金属を強打するかのような強力な攻撃が地面から俺へと向かい、それによって誰もいなくなった自転車が粉々に引き千切られた。見れば無数の長槍が円状に同じ角度で自転車に突き刺さり、背の低い杯のようなアートオブジェがつくられていた。密集した鈍色の槍が美しく並んだ中に貫通し、バラバラの異物がある。誰もそれを自転車であるとは理解できないだろう。


「これはこれは――」


 口に出すのがすでに後手に回った証明だった。


 俺とリキマルの着地予定地点の地面から一本の太い長槍が突き出してくる。この一撃で俺とリキマルを同時に殺すことは難しい。おそらく追撃があるのは間違いない。でないとするならばこの一撃が何かしらの効果を秘めている。


 二種類の可能性が俺の頭を過ぎるが、別にどちらかに絞る必要などない。


 直接斬撃リッパーを使う。とりあえず二十の斬撃を長槍を叩き込み、自分の前面に強力な大盾シールドを出現させる。山折になった長方形の板を思い浮かべるとわかりやすい。


 意趣返しで粉々にした長槍が破片になった瞬間に無数の超極細の槍礫へと変化してそのまま強烈な速度で向かってきた。大盾が機能してその俺へと向かってきたそのほとんどの槍礫を防御する。威力はそこまで高くない。せいぜいライフル弾程度だ。先が細いので重装甲貫通力は低いだろうが、人間には抜群の肉体破壊効果を生むのは間違いない。


 リキマルをかばったので右肩に傷を受けた。


 俺の判断ミスだった。大盾程度ではすべて防げなかった。そしてさらに重ねて防御をするのが遅れた。


 板状の力場を使い地面に叩きつける。今まさに生えようとした長槍が潰される。相手が本気でやれば貫通される程度であるが、自分の手で地面を触っている程度の感覚は存在する。地面から何かを生やすのであれば即座に感知可能だ。


 そして攻撃が更に俺へと向かってくる。


 俺はそれを地面の中だけで相殺させる。直接斬撃の効果が高いようだ。斬撃ではなく大槌のような力場を叩きつけるだけで地面の中で生成される長槍はその力を消滅させる。多少の金属は残っているようだが、それ以上に何かがあるわけではないようだ。


 地面から繰り出される長槍は無駄だと気づいたのか。


 突然に静けさが当たりに蒔かれた。その種は次の攻撃へ続いている。少なくとも俺には敵を捉えられていない。見つかった瞬間に姿が消えたのだ。それからは特有の気配が俺へと近づいてくるのがわかったので移動は可能だったが、結界内部だとその気配を掴むのが難しい。

 できないことはないだろうが、攻撃と防御がおざなりになる。


「ま、雅弓、だいじょうぶか!?」


「何を見ている。すでに傷口は塞いだ。バイタルレートもあげているから直に完全治癒するだろう。それよりも離れていろ。軍団レギオンはお前と相性が良くない。身を守ることに全力をつくせ」


 ダサい。

 一撃貰ってしまった。


「で、でも――」


「俺は離れていろと言っている。返事はハイかイイエだ。どちらだ」


「は、はい」


 全身をくしゃくしゃに潰したように小さくしたリキマルは風景に溶け込むように姿を消した。完全に見えない。感知もできない。魔王にも気を払うが、それ以上にこの一瞬にリキマルの姿を探す。


 見つからない。


 探せない。


 俺は俺たちが入ってきた厳重に閉じられた門を見た。

 バキリ、と音が鳴った。

 重い鉄の門は向こう側が見えない。

 メキ、と音が響く。

 だが何をやっているのかはわかる。


 門を取り込んでいるのだ。


 ズズズ、と音を立てて金属製の門は抵抗の後、何かに吸い込まれていった。視界が一気に開けて向こう側が見えた。


 そこに立っているのはセーラー服を着た少女だ。


 茶髪のセミロングに垢抜けた化粧をした大人びた顔。

 貶すにしてもブスとは言えないかわいい女の子だった。


 自分よりも低い身長の俺に驚いているのか少々戸惑ったような表情を見せるが、すぐに覚悟を決めたように俺に攻撃的な視線を向けた。


 魔王に話は通じない。


 俺たちの常識である。


 ここに俺が倒すべき魔王が立ちはだかった。


 弱者は死ぬべきなのだ。



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