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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1-終 よかった生きてた

 なんといえばいいのだろう。


 リキマルが生きていた。

 いや、蘇ったのだろうか。違う、まったく同じ存在をつくりあげたのだろうか。


「コーセツの件が終了しましたので、リキマルを外に出しても問題ないと判断しました。リキマルはあなたの心変わりばかりを心配していましたよ。先ほどもあなたとキリヒトの姿を見て泣きそうになってしました。あなたがキリヒトを取っていたら、おそらくリキマルはあなたの前に現れなかったでしょう。もう、誰の前にも出ずに、この無限回廊で余生を過ごしたでしょうね。まったく聞いてませんね」


 俺個人の感覚ではそれは別人である。

 別人であるが、記憶や振る舞いと造詣を持っていたのであればそれは本物と言っても良いのではないだろうか。そんなほんの少し前まではまったく考えもしなかったことを、想う。


「リキマル、なのか?」


「うん、リキマルだよ。本物だよ」


 リキマルが自分の首を触る。

 そこには薄っすらとであるが線のような傷跡がついていた。見ればわかる。刃物傷が癒えた痕跡だ。本物であろうが偽者であろうがこんなものを消すと思うのだが、わざわざ残したのだろうか。


 おそるおそる触る。


 パリ、と小さな音を立てて俺の『思考閲覧リーディング』が起動する。これは精神構造体を介して相手の思考を読み取ることも可能であるが、もう一歩踏み込んで『残留閲覧サイコメトリー』とすることも可能だ。相手がどう思考していようともそれを無視して物品の過去情報を読み取れる。全部が全部残っていることはまずないが、それでも現在においてこれを使用するのは絶対だ。


 読み取る――


 きらめく白刃。

 地面に落ちていく首が見ていたのは泣いているキリヒトの顔だ。


 ――読み取り、終了。


「見えた?」


「見えた。あとで精査するつもりだが、本物のリキマルだ」


「うん」


 抱きしめたまま、俺はリキマルを離さない。


「なんで生きてるんだ?」


「うん。私さ、なんか雑に生きていたみたいでさ、なんか首を斬られても生きてたみたい。さすがにしばらくは意識がなかった。けど、雅弓が治癒しようとしてくれたから、大声で呼んでくれたから、なんか、起きたみたい」


 俺が、治癒ね。

 記憶にない。まったくない。

 俺のことで俺が知らないこととか正直どうかしてる。

 なんでないのか。


 恥ずかしい。

 恥ずかしい。

 恥ずかしいッ!!


「あれは困りました。雅弓が絶対にリキマルの首を離さずに狂ったように治癒と呼びかけを続けるものですから。あのままでは雅弓の体調にも影響が出そうだったので止めようとしたら攻撃されて、さんざんでしたね」


「ああ、あれね。記憶にない。リキマルの首を見た当たりから記憶が飛んでいる。次に連続した記憶になったときは左手で『青銅霊剣オリハルコン』を左手で持っていた。七歩七手詰みをお前にやったとき辺りからかな。それまではまったく記憶がない」


 さっさと切りあげるために、俺からも発言をしておく。

 そしていかにも終わったような表情で、それ以上の会話を続けさせないようにする。


「記憶に、ない?」


 瑞香は不思議な顔をしたが、「まあそんなこともあるでしょう」と言ってこの話を切った。


「しかしあのときに雅弓が治癒を行って呼びかけなかったら、リキマルは起きなかったでしょう。いくら肉体的に生きていたとはいえ、自分を死んだと思っていては目を覚まさないでしょうから。そして、そのまま肉体の状況に引きずられて完全に死んでいたでしょうね。おめでとう雅弓。間違いなくあなたの功績です。愛の奇跡ですね」


「どうかな。俺は愛がよくわからない」


「私も。おんなじだね」


「そうだな」


「えへへ」


 リキマルがいつもとはまったく違う形で微笑む。

 いや、俺があれから変わったように、多少はリキマルも変わったのだ。


 しかし、リキマルにはちょっと言うべきことができた。

 俺と接続しているリキマルの意識だ。


「わかったから、姉さんから貰った『双子の感覚共有』で俺のアーカイブを直接検索しながら話すのは止めろ。俺が好む話し方や振る舞いなんかしなくても、別にお前を見捨てることはない」


 リキマルは俺と姉の間で使用する専用回線を使って、現在俺の記憶を閲覧している。俺としてはそこそこ姉にやられている行為なので別に咎めはしないが、あまり行儀の良い行為ではない。

 しかしもともとは近くにいる他の人物の記憶を読みながら話をしていたことを考えると、いまさらこの話し方を止めることも難しいだろう。

 俺の記憶閲覧を行うのも無理やり通ってきているわけではない。その気になればリキマルを閉め出すことは簡単にできる。ただやらないだけだ。隠すものなんてないし、いくら整理されているとはいえ俺の記憶はあまりに膨大すぎるので多少見られたところでなんともない。そもそもそのほとんどが完全に記憶されたデータのようなもので、俺としても別に記憶しているとは言いがたい程度のものだ。

 簡単に言えばただの資料だ。


 だからとはいえ怯えるように俺の好みをずっと探し続けているリキマルを見続けるのもどうかと思う。


 俺はリキマルを閉め出す。


 リキマルが驚いたように目を見開いた。


「リキマル。大丈夫だ。俺はお前を見捨てない。だからお前らしく話してくれ、な?」


 俺は抱きしめるのを止めて少しだけ離れて視線を合わせた。

 相変わらず驚いた顔をしているが、ふるふると震えながらリキマルは意を決したように口を閉じて奥歯を噛む。

 そして話し始めた。


「うん……がんば、ゆ。わらひも、まさゆみといっしょに、ありゅく……よ」


 驚くほど舌足らずで子供のように話しかけてくる。

 一瞬、聞き間違えたかと思ってリキマルの顔を強く覗きこむが、どうやら間違いないらしい。

 どうしたものか。


 どよーん、とした表情になる俺。

 そのまま瑞香に視線を向ける。


「リキマルは幼い頃から他の人間の脳を借りて思考と会話を行っていたので、本当のリキマルは四歳児くらいの思考力と話し方ですよ。これでもこの数年でだいぶ改善したほうです。私の脳は読めないようなので、しばらくはずっと言葉を教えていたんです」


 ふふふ、と笑う瑞香。悪魔の顔つきだ。


「うあ、まさゆみ……どした?」


「いや、なんでもない。うーん」


 俺はしばらく考えてからこの十九歳をどうしようか考える。


 そして二秒ほど時間をかけて再検討した後で結論を出す。


「わぷ!? 雅弓、いいの。思考領域と記憶を貸してくれるの?」


「いや、良いとか悪いとか、そういうレベルじゃない、気がする?」


 今度は俺の発言が怪しくなる。

 というか、こんな状況は初めてだ。めんどくさいので俺の主観が混じった言語と常識的な思考力をかき集めて吟味する。近いうちに丸めてそっくりそのままリキマルにあげるつもりで。

 さすがに体は大人、心は子供とかどうかしてる。

 これくらいは何とかするべきだろう。

 いや、そもそもそのまま記憶を移しても問題とかでないのだろうか?

 違うな。そもそもそれくらいで問題が出るのであれば他の奴の記憶なんて受け入れられないだろう。


 ……いや待て、おかしい。


「リキマル。他の奴の記憶を使って言語中枢とか形成できないのか?」


「え、どうやるの?」


 俺もわからない。

 だってそんなことを考えるときには言語中枢とかそういう概念レベルのものなんてあったんだから。そもそもどうやるんだ。


「…………もしかして、ずっとこのままなのか?」


「……ごめん」


 本当に申し訳なさそうに縮こまるとリキマルが目を伏せた。



 まあ、いいか。

 そんなことどうだって。


 俺が隣にいればいいのだから。


 俺はゆっくりと、また抱きしめた。

 リキマルの体は本当に暖かく、今までなかったのが不思議なくらいしっくりくる。


 おそらくこの先、俺の人生によって困ったことがたくさん起こるだろう。

 だが、少なくともそれくらいは俺の手だけで何とかしていきたい。俺のほうにやってきた出来事なのだから。俺の荷物はできるだけ俺の手だけで何とかする。


 だが、それでもなんともできないことも多いだろう。

 そのときに、初めてリキマルの手を借りて、生きたい。


 それが俺の誇りであり、これからの生きる目標なのだから。




 第一部、終了。




次回課題。

12万文字以内。

目的の明確化。


現在18万文字。

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