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「ある日」という日常のヒトコマ  作者: みここ・こーぎー
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1ー3 御前試合決勝戦

 キレた。


 キレた。とにかくキレた。

 俺は力を行使する。


「あああああっ!!」


 俺が力場として輪郭を造り上げ、その権能を発揮する。


 キリヒトの長い髪が弾ける。

 強力な何かがキリヒトへ叩きつけられた。


 すべてはこの御前試合の決勝戦だ。

 思い出すのも億劫なそれは、俺に異能を使わせる程度には怒りを誘ったのだ。


 あまりにも一方的な言い分をキリヒトが言った。


「あなたがいると姉がろくでなしになります。死んでください」


 笑顔で言い放ったキリヒト。

 その瞬間、俺の堪忍袋の緒がキレた。


 開始の合図など必要なかった。

 俺が反応する前に動こうと、キリヒトは手元の居合用の短刃を抜こうとしたのだ。


 先手を打つつもりだったのだろうが、明らかな初動の遅さの前で俺がぼさっとしているはずもない。そのまま不可視の一撃で肋骨の右半分をすべて砕いておいた。


 優しく、それでいて強く、俺は二次ダメージを与えないように気をつけておいた。少なくとも折れた肋骨が肺や内臓に刺さる危険性はない。気を使って粉砕骨折にしておいた。


 そしてその視線が反抗的だったので右腕も砕いておいた。砂利を顔につけながらのたうつ姿に心が痛む。


 さすがに俺も容赦なくやっているのは理由がある。この御前試合には優秀な治療が使える人間がいる。俺が治癒させてもいいが、そこまではやらなくてもいいだろう。めんどいし。


 そのようなわけで手加減に手加減を重ねるという面倒なことを少しは簡略化できるためだ。放っておいても死なない程度なら俺の二度手間を省けて得をする。


「ぐわああっ!!」


 それからは、なぜか襲いかかってくる馬鹿を叩きのめしている。

 振り上げられる力。

 それは俺にしか確認できない巨大な腕であった。つまらなそうに虫を払うそれのように手を振ると日守の異能者が倒されていく。実に弱い。本当に虫といえるレベルだ。


 たかが不可視の一撃になすすべもなく蹴散らかされる様子は日本を守護する戦士の姿には到底思えない。あまりの抵抗のなさに選別する気も失せていく。


 御前試合に助太刀か。

 数年は御前試合がいらないな。献上する技などここにはない。


 現実から眼を逸らすよう顔をわずかに伏せると、一人の背の高い男が俺に不可視の刃を放ってきた。


 俺と同じタイプか。

 その不可視の「斬撃」を新たに造り上げた二本目の「巨大腕」で握り潰すと、まったく同じ大きさと精度の斬撃をそいつに放つ。意趣返しと思われるような公道であるが、そうではない。


 単純に練度が見たいのだ。

 俺の先達として。


「あぎゃあっ!」


 情けない声をあげて直撃した。


 正面からの袈裟斬り。あまりにも良い当たりだったために命の危険があるほどだ。俺は即座に遠見クレアヴォヤンスで傷口を確認すると丁寧に断面を合わせて片手間に押さえておくことにした。


「相手にならないな、ゴミども。日守家の面汚しめ。さすが御前試合に出られるほど弱く仕事もできないやつらよ」


「貴様に言われる筋合いはないわ!」

「暴力に溺れた不出来者め!」


 まずはその二人をぶっ飛ばす。力場を調節して無数の人間サイズの拳を造り上げるとそのまま全身を百発以上も打ち据える。初撃で浮かせた後に受け身を取らせず、前後より挟み込むような二撃を一発として力を逃がさずに攻撃を行う。


 悲鳴などない。


 ただ後方へと飛ばされて塀に叩きつけられた音だけが静かに聞こえた。ずるりとぬめるように地面に落ちて、それで動かなくなる。


「次は誰だ。前に出ろ」


 俺の言葉に誰もが動かない。


 この御前試合には十数名の参加者と数十人の観戦者がいる。基本的に誰もが悪魔払いが可能なやつらであり、日守の命によってすぐさま戦いに赴ける胆力を持っている。


 だが、明らかな強者への戦闘はできないらしい。

 もちろん俺だって格上への戦闘を絶対にやるわけではない。しかし普段から俺に罵詈雑言を向けている癖にこういう場で殴り合いに参加できないとはな。


 本当にどいつもこいつも背だけは俺よりも高いだけの、木偶の坊だらけだ。年下の俺にすらいいようにされている上に、なによりガッツがない。


 コーセツのほうがまだガッツがある。

 コーセツとはたった今、壁に叩きつけられた馬鹿中年だ。挟み打ちの数発を防御するのに成功していたので、防御した倍の数を余計に打ち込んでおいた。


 ちなみに日守の男がこの程度で死ぬことはない。


 死んだら日守の男ではない。そういう意味だ。


「クズども。お前らが生きている理由はなんだ。そうだ、俺が生かしてやっているからだ。今、この場で殺さないのは俺の温情だと思え」


 真実を言えば俺が日守を恐れているから、こいつらに致命傷になる傷をつけないだけだ。俺といえど日守四姉妹は恐怖の対象になる。


 しかしいずれは超えられるだろう。

 成長の度合いと俺の異能力の柔軟性は他をしのぐ。このまま出力、基本、応用を鍛えて勉強していけば最強の能力者になれるだろう。


「若造め!」


 しっかりと力を練り上げて身にまといあげた男が前に出る。全身からほとばしる異能が裸眼でも見てとれた。パワードスーツのような攻撃力と防御力を有しているのは一目瞭然だ。しかしそんな時間のかかる技になんの意味があるか。


 棒状の力場を構築し、先を尖らせる。


 様子見だ。


 俺は構築した槍を発射した。

 大きさとしては太さ三センチ長さ二メートルで、実力者の手投げよりもマシな速度だ。当たりさえすれば攻撃力としてはそれなりだろうか。


 目に映る軌跡は捉えられただろうか。

 

 男を素通りする槍。

 防御すらしないために、貫通したという言葉が俺の中で成り立たない。


「がああっ!?」


 捻りのない悲鳴を上げて右足を押さえている。大腿部から大量の血液が流れており、そのままだと命に関わるだろう。自慢のパワードスーツもどきは役に立たなかったようだ。


 あふれでる大量の血液が目につく。


 俺は舌打ちをした。


 めんどくさい。


 仕方ないので俺が治癒することにする。

 遠見の精度を極限まで上昇させてから、大腿部の組織を繋いでいく。治癒というのは実はそんなに難しくはない。ただ知らないだけなのだ。どうやって動いているのか、なんで血が出るのか、血が出るとどうして死ぬのか。

 俺のように記号式で代用して覚えているだけでも、裂傷の治療くらいは可能だ。本人の素養により覚えやすさや最大値、効果のほどは変わるが、それでも可能なのだ。

 少なくとも俺の異能だと簡単とは言えない部類だ。


「どうした。その程度なのか」


 ガッツがあると仮定して、先程と同じ槍を十本ほど俺の背後に生成して待機させた。狙いはつけていないが、即座に攻撃には移れる。


 あまりに神経を使う攻撃のためにイラついてくる。


 どうしてこいつらはこんなに弱いんだよ。


 鍛練したら効果は上がるはずなのに、こいつらはなぜやらないんだ。

 異能力としてはハズレを引いた俺のほうが圧倒的に強いのはただの皮肉なのか、それともおれ自身に「鍛練の才能」なる能力があるのか本気で考えてしまう。


「強者の驕りですか?」


 今日はもう聞かないと思っていた声が聞こえてきた。


 視線を移すもそこにはキリヒトが立っている。もう治癒させてきたのかと感心した。こいつだけはこの中で確実に強くなっている。前にあったときよりも遥かに。


「力があれば何でもやっていいと思っている典型的な人間ですね。ふふ、私も同じ力があればなあ」


 長い髪をそのままにキリヒトは優しい笑顔を俺に向けてくる。汗で張りついて邪魔であろうに、まったく意に介していない。こいつの怒りかたは一種の才能であると言えた。少なくとも俺はこいつのように静かに怒ることはできない。


 その雰囲気の軽さには危機感を覚えるが、それだけだ。それで強くなるわけでもなければ、弱くなってしまうこともない。


 キリヒトが立っている。

 刀の柄を握り潰さんばかりに締めており、最速の一歩を出すために下半身が浮き足になっていた。


 次の一手は速いだろう。


 しかし早くはない。

 キリヒトが俺の隙を見つけてから行動に移すまでの時間が長いのだ。いや、語弊があるな。キリヒトが動こうと思ってから実際に動くまでの間に、俺が反応して攻撃が可能なだけだ。

 絶対的な速度としては遅くはない。

 むしろ早いだろう。


 俺はわずかに動く振りをする。


 キリヒトが即座に反応した。


 俺のは、少し手を浮かすといった何でもない動きだ。「何かに集中した」おいう確かな隙ではあるが、そこまでのものではない。もう少し待っていたほうが良かったのではないかと思えるものである。だが、キリヒトは動いた。


 俺はキリヒトの動きを確認してから、ゆったりと斬撃を放つ。


 それは先のような「飛んでいく」ようなみっともないものではない。


 キリヒトに直接斬りつけるものだ。


 空間を裂いて袈裟掛けに斬られるキリヒト。

 弾丸のように撃ち出されるように走り出す瞬間を狙ったので、斬られた瞬間に血液を撒き散らしながら正面に突っ込んで転がる。慣性が消費される頃には俺の足元で死に体の状態だ。


 そのあまりの直撃っぷりは失笑を誘うが、さすがに笑えたものではなかった。


 ここにいる誰もがこの「直接斬撃リッパー」を避けることができない。俺が使う技術の中では最も最下の技だ。離れた相手に無線攻撃をかけるだけの技だ。対人戦闘であまりに優位に立てるため意識付けのために技名をつけておいたのだが、その実として攻略できるやつがあまりに少ない。


 馬鹿な。俺が使いたかった技はこの先だ。これを避けてもらわなくてはなんの意味もない。次を使うことすらできない。


 本気が出せない。


 これ以上に俺をイラつかせる事はなかった。


 俺はこんなところで足踏みをしている暇はない。こんな主催者がいない御前試合をやっている暇があったら一人でも多くの人間と戦い、わずかでも多くの悪魔を殺して回りたい。


 それで死ぬのであればそれまでだ。


 俺は強くなりたい。


「あ、あぅ……ごぶ……」


 当てが入りすぎたのか足元に転がっているキリヒトが喀血する。すぐにでも治癒を行わなくては命を落とすレベルだ。口から出るはずの汚れた血液が仰向けのためか、鼻腔を通って泡立っている。


 呼吸もできないとなると本当に死ぬな。


 俺は遠見を使って血液がたまっている場所を確認してから、とりあえずそれらを吐き出させることにした。

 右の鼻の穴の前に筒状の力場のようなものをつくると、空気を遮断してポンプ代わりにして鼻の中の血液の抜く。口が開きっぱなしなので入る空気は気にしなくてもいいだろうが、念のために左の鼻の穴から空気を入れて完全に抜いた。

 それから今度は両の鼻の穴からどんどん空気を入れて、入れ替わりに喉の血液を出していく。胃の中に入ったやつは放っておくが、破けていた肺の中のそれはすべて掻き出さなくてはならない。血液が溜まって傷口が判別できないので、どんどん空気を入れて血液を出していく。気管に二層型の管を形成してからだとやりやすい。もしかしたら他にもっと良いやり方があるのかも知れないが、俺にはわからない。


 ここからは簡単だ。

 胸から腹の傷口、それを奥の方からしっかりと塞いでいく。肺も治癒させた後に最後の血液を吐かせた。


 俺の考えているすべてが終わると、キリヒトは呼吸が安定して死んだように気絶した。意識がないときが一番かわいい。そんなことを思った。


「おお、キリヒトは死んだのか?」


 軽薄な声が響いた。

 見るとそこには貧弱な体をした子供が立っている。確か中学生だったと思うのだが、それにしてはあまりに肉がついていない。痩身を通り越してガリガリだ。


「治癒した。もう問題ない」


「せめてこっちむいてからしゃべってくれよ。お前はあらゆる視野を持っていてどこでも見えるかもしれないけど、オレからしたら馬鹿にされている気分だよ」


 言われてから「それもそうだな」と思った。ここまで多少の動きはあったが、基本的に動作と呼べる動きはなかった。だらしなく手を下げたままで、攻撃対象者に少し視線を送っただけだ。


 俺は振り向いてガリガリを本当の視覚で捉えた。


「お前も呼ばれたのか、リキマル。相変わらず貧弱だな。性別を超越した新しい性を獲得しているように思えるぞ」


 俺が力丸と呼んだこいつは、気絶しているキリヒトの姉だ。惜しめないその肉体を大きめの黒いタンクトップと森林迷彩のカーゴパンツで包んでいる。なんというか、何を着ていても哀れなほど貧弱だった。


 タレ目気味のそれは成長したらエロいそれになりそうだが、ただの子供顔なので現在にそんなエロスは皆無だ。大きくも小さくもない目と鼻と口にスッキリとした輪郭が無個性という個性を出していた。

 女の髷のように高く結わえた尻尾のような髪型が貧弱以外の個性だろう。


「お前に言われたくないぜ。どう見ても女の子だ」


 それはわかっている。

 俺は性別をミスったの男だ。双子の姉と瓜二つの姿をしているためそこそこネタにされる。鏡を見なくても姉を見れば自分の姿がわかる。

 大きな黒の瞳に白い肌。子供の幼児のような柔らかい質感のそれは年齢に沿ったものでは決してない。言霊法やダビスタ法の弊害だ。調整して手に入れた力のために合併した効果があるのだ。本来ならメリットだけの効果らしいのだが、女ではなく男として生まれてしまったためにいろいろズレてしまった。

 もともとこんな三下能力で生まれることはなかったそうだ。


 そしてことあるごとにそれを言われるようになったので、ムカついて、その反骨心でここまで鍛え上げたのだ。俺だって最初は弱性のサイコキネシスもどきだったことを考えれば、ここにいるような努力の足りないやつらを殴りたくもなる。


「ところで、それ何?」


 リキマルが訊いてくる。


 リキマルの細く小さい指先には俺がいる。もっと言えば、俺が着ているものだ。着ているのはごく普通の中学の黒い学ランで上から下までかっちりと着込んでいる。

 だが指しているのはそれではないだろう。


「バスタオルだ。介護用の」


 俺はその上から濃いワインレッドのバスタオルを羽織っていた。介護用のの大きいやつで厚みもある。普通にくるまって寝れるほど柔らかくもある。やらないけど。


「いまいち布の動きというのが再現しづらくてな。データを録っている。あとかっこいい」


「おいおい、バスタオルがかっこいいのかよ。確かにマントみたいだが」


 リキマルは軽く笑うが、目がマジだ。おそらくなんだかんだ言いつつ俺と同じ真似をするだろうな。


「で、御前試合は終わったのか?」

「ああ、大分前にな。瑞香はもう自室に戻ったよ。今日はもう出てこないだろうさ。前期と何も変わってないから」

「じゃあしばらくは御前試合も行われないな。それよりさ、おもしろい依頼持ってきたぜ。夜な夜な廃坑に現れる魔王級レアだ。タイプはレギオンで、お前と同じだ。ちょうどいいんじゃないのか?」


 魔王級でレギオンか。

 戦ってみたいな。そう、戦うべきだ。あと俺は別に軍団レギオンタイプじゃないけど。あとなんで夜な夜な廃坑なんだろう。


「じゃ、行こうぜ」


 リキマルが動く度にタンクトップの中にある桜色のあれがチラッチラと見えそうだが、指摘するのもあれなので放っておく。指摘するとなぜか落ち込みそうだ。


 俺は死屍累々となった御前試合の会場から悠々と出ていった。



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